2018/10/01 - 2018/10/04
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この旅行記のスケジュール
2018/10/01
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飛行機での移動
伊丹空港(10;40発)→ 福島空港(11:45着)ANA3179便
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バスでの移動
福島空港(12:00発)→ 郡山(12:40着)リムジンバス @1,100円2枚セットで2,100円
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電車での移動
郡山(12:52発) → 会津若松(13:58着)車内で昼食(駅弁)
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徒歩での移動
会津若松駅 → 会津若松ワシントンホテル 約300m 5分
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徒歩での移動
会津若松ワシントンホテル(14:40発)→ 会津若松駅 約250m
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バスでの移動
若松駅前(15:15発) → 飯盛山(15:20着) あかべえ
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バスでの移動
飯盛山下(16:46発)→ 七日町駅前(17:09着)ハイカラさん
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徒歩での移動
七日町駅前 → 会津若松駅 約2km 七日町通り界隈の下見がてら 1時間散策
2018/10/02
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電車での移動
会津若松(07;52発) → 塔のへつり(08:35着) JR快速
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電車での移動
塔のへつり(09:24)→ 湯野上温泉(09:29)
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バスでの移動
湯野上温泉(10:00発) → 大内宿(10:20着) 猿遊号バス
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バスでの移動
大内宿(12:25発)→湯野上温泉(12:45着)
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電車での移動
湯野上温泉(13:01発) → 芦ノ牧温泉(13:15着) 会津鉄道
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徒歩での移動
芦ノ牧温泉駅(旧名;上三寄駅) → 上三寄バス停 200m 3分
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バスでの移動
上三寄(13:26発)→芦の牧中央待合所(13:34着)会津バス
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バスでの移動
芦の牧中央待合所(14:59発)→上三寄(15:07着)会津バス
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電車での移動
芦ノ牧温泉(16:27発)→七日町(16:49着)会津鉄道
2018/10/03
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電車での移動
会津若松(08:14発)→喜多方(08:31着)JR磐梯西線
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バスでの移動
喜多方(08:40発)→裏磐梯高原駅(09:37着)磐梯東都バス
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船での移動
桧原湖クルージング(10:00発→10:45着)
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バスでの移動
五色沼入口(14:03発)→猪苗代駅(14:30着)磐梯東都バス
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バスでの移動
猪苗代駅(14:53発)→野口英世記念館(14:59着)磐梯東都バス
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バスでの移動
野口英世記念館(16:07発)→金の橋(16:18着)磐梯東都バス
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徒歩での移動
金の橋→強清水 約5.6km 67分
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バスでの移動
強清水(17:49発)→会津若松(18:32着)会津バス
2018/10/04
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バスでの移動
会津若松駅(発)→鶴ヶ城
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その他での移動
タクシー 御薬園 → 会津若松駅 10分 1,230円
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電車での移動
会津若松(14:14発)→郡山(15:21着) JR磐梯西線
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バスでの移動
郡山(15:45発)→福島空港(16;30着)リムジンバス
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飛行機での移動
福島空港(17:20発)→伊丹空港(18:30着) ANA3182
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会津エリアの列車やバスが2日間乗り放題になる「会津ぐるっとカード」を使いこなして、会津を満喫した3泊4日の夫婦旅
出発前夜に台風25号が襲来、その影響で、予約便が欠航するという大きなトラブルにも運良く対応でき、精一杯会津を満喫しました
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
PR
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【格安航空券で福島へ行こう】
8月末に、格安航空券のサイトを覗いた・・航空券の価格は日時によって、大きく変動し、中には超格安になっている便がある。
3泊4日を前提に、福島便で一番安い価格を追うと、往路は、10月1日の始発便、復路は、10月4日の第3便に辿り着き、9月1日に格安航空券サイトから上記の予約を実行した。
するとChinaの旅行会社から支払い完了の通知があり、暫くして予約確認書がメールで届いた。eチケットの控えと領収書が日本語と英語で添付されていた。初めての利用なので、少し不安である。日程が確定したので、会津若松駅近くの会津若松ワシントンホテルのツインルーム3連泊を予約した。
【台風24号襲来、予約キャンセル?!】
9月は、会津地方の観光情報をネットを通じて色々集め、旅行プランを立案した。
出発前日の9月30日夜、強力な台風24号が和歌山県に上陸した。明日早朝は交通機関が不通になることを予想し、タクシーを予約した。そこに旅行会社から 『【重要】航空便がキャンセルされました』とのメールが入った。
格安航空券は変更や払い戻しができない条件で購入しているため、航空会社の都合によるキャンセルでも、何の補償も無いのかと、心配になり、旅行会社の日本語対応に電話を架けた。
【予約変更に四苦八苦】
私「予約便がキャンセルされたとメールが来たが、どうすれば、良いか?」
日本語スタッフ「台風のため欠航になると航空会社から連絡がありました。対応は航空会社がしますので連絡を待ってください」
私「明日朝早く、伊丹空港のANAのカウンターに行くつもりです」
スタッフ「空港に行っても乗れる保証は無いので連絡があるまで待ってください」
私「eチケット控えに重要事項として、搭乗の2時間前までに空港に到着して、搭乗手続きを済ませてくださいとあるが、国内便でも同じなのか?」
スタッフ「出発の30分前までに搭乗手続きを完了していないと、eチケットは無効になります。手続きに時間が掛かることもあるので、2時間前には来てください」
私「それでは、2時間前までにANAのカウンターに行く必要がありますね?」
スタッフ「空港に行っても、乗れる保証はできません。連絡を待ってください」
マニュアル通りの対応(明らかに責任回避の態度)で、当方はどうしようもない。
スタッフの言う通りにすれば、絶対に午前の便には乗れない。
そこで、旅行会社のホームページの予約変更ページを開いたところ、認証コードを要求された。認証コード?と探していると、[認証コードをお求めですか?]の表示があったので、クリックした。 直後、認証コードのお知らせのメールが届き、6桁の数字が知らされた。認証コードを入力し、変更可能候補便の中から、次発便を選び予約変更手続きを行った。
15分ほどして認証コードお知らせメールールが届き。違った数字が知らされた。予約変更ページを開くと、予約変更手続を受け付け、航空会社と調整中とのこと。1時間しても何の通知も無いので、予約変更ページを開いたが、依然として調整中だった。24:00予約変更ページを最終確認。相変わらず調整中。諦めて就寝。
【台風一過、トラブル克服、福島へ】
05:00起床。台風24号は猛スピードで日本を縦断し東北地方を通過したとのこと
深夜、強風が吹いたようだが、21号の時程でなく、木の葉や枝も落ちていない。
タクシーで06;15伊丹空港到着。各地への便はすべて欠航になっている。
早速ANAのカウンターへ、先客が5人並んでたが、係の女性から「欠航便の予約変更の方はいらしゃいませんか」と声がけあり。eチケット控えと予約変更のプリントアウトを見せると、窓口に案内された。
窓口でeチケットを渡すと、「次便は満席でキャンセル待ちになります。その次の便でも良いですか?」と尋ねられたので、「それで良いです」とチケットの発券を
待っていた。
『少し時間が掛かるなあ』と思ったら、「キャンセルが2席出ました。並びの席ですがこれで良いですか?」とのこと。
「勿論です。有難う」次便のチケットを発券して貰った。時計を見ると、06:40
出発まで、4時間もある。時間を過ごすのに苦心した。
搭乗機はANAと共同運行のIBEXの小型ジェット機・ボンバルディアCRJ-700NextGen、70人乗りで座席の配置が「2列+2列」となっており乗り心地は良い
福島空港が強風で着陸できない場合は伊丹空港に引き返すという条件付き飛行であったが、定刻より早く11:40到着
リムジンバスで郡山へ。バス代は通常1,100円、2枚セット券2,100円がある
郡山駅は新幹線の駅であり、大きくて立派な駅である。お店や食堂が多くある。
駅弁屋で{のり海苔弁当}と{松茸弁当}を買い、JRに乗車。
電車内で駅弁で昼食。13:58会津若松に到着。この時間に着けて大幸運。感謝 -
【会津ぐるっとカード】
会津若松ワシントンホテルにチェックイン。3泊分の支払いを済ませる
一休みして、部屋に荷物を置き、観光へ出かける
本日の目的地は、飯盛山と七日町
会津若松駅構内の観光案内所で情報を収集
みどりの窓口で10月2日からの「会津ぐるっとカード」を発行してもらう
「会津ぐるっとカード」は、2,670円で、利用エリア内のJR線・会津鉄道・会津バス・磐梯東都バス・まちなか周遊バス「ハイカラさん」「あかべぇ」が2日間乗り放題
観光施設や宿泊施設・飲食店などの割引優待サービスが受けられる -
【あかべぇ】
バスセンターで「ハイカラさん」「あかべぇ」専用フリー乗車券を@600円で購入
15:15発の「あかべぇ」に乗車まちなか周遊バスハイカラさん 乗り物
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【ボランティア・ガイド】
飯盛山下バス停で下車すると、ボランティア・ガイドのおじさんが、「さざえ堂まで案内します」と声をかけてきたので、私達夫婦と一人旅の御婦人の3人で案内して貰うことにした
【戊辰戦争150年】
ガイド「今年は日本の殆どで明治維新150年と言っているが、会津や東北地方では、戊辰戦争150年と言っている」
ガイド「飯盛山は、飯を盛ったような三角形の形の良い山で、古墳だと言われれいる。昔は松林の綺麗な山だったが、松食虫にあい全滅した。今は杉が生えて形がはっきりしなくなった」
【旧滝沢本陣】
最初に案内されたのが旧滝沢本陣。
ガイド「会津藩の本陣跡で国の史跡に指定されている。若松城下から白河、江戸に至る白河街道沿い滝沢峠の城下側の上り口にある。会津藩主が白河街道を通る際の休息所で城下に向かう居住まいを正した。歴代会津藩主の参勤交代の際に休息所として利用された。戊辰戦争では、藩主松平容保の陣屋となり、白虎隊もここから猪苗代に出陣した」旧滝沢本陣 名所・史跡
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【ウコギの木】
ガイド「この木の名は、ウコギと言い、春から初夏にかけての新芽が美味しく切り和えやおひたしをはじめ天ぷらなど、食べられる。米沢地方では古くから食用を兼ねた垣根として利用されてる」
上杉家は関ヶ原の後、会津から米沢に転封された際、直江兼続が米沢に持ち込んだと言われており、そのルーツは会津にあったのではないか? -
【キンモクセイ】
会津の人はキンモクセイが好きなようで、キンモクセイが多く植わっている
【飯盛山全体が飯盛家の所有】
飯盛山の麓に飯盛と表札を掲げた家があった。表札を指差しながらガイド
「飯盛山全体が飯盛家の持ち物です。昔は弁天山と呼ばれていたが、飯盛家の山だから飯盛山と呼ばれている」
(山がその形から飯盛山と呼ばれていて、その住人が飯盛と名乗ったとも考えられる) -
【弁天洞門】
ガイド「この穴は弁天洞門と呼ばれ、江戸時代に、猪苗代湖の水を会津地方に引くための水路(戸ノ口堰)の用水路トンネル(戸ノ口堰洞穴)の出口です。戊辰戦争の戸ノ口原の戦いで新政府軍に敗れた白虎隊士20名が鶴ヶ城に戻るため水に浸りながらこの洞門をくぐり抜けて来ました。映画などで有名な場面となっています」
(戸ノ口堰は、猪苗代湖北西岸の戸ノ口十六橋水門南側から会津盆地に水を引く全長31キロメートルの水路。戸ノ口堰洞穴は、飯盛山を掘り抜いた長さ150mの用水トンネル) -
【さざえ堂】
テレビ大阪(テレビ東京)「美の巨人」で紹介され有名になった、さざえのような独特な形状のお堂。この旅行で、いの一番に行くべき場所と決めていた
かっては西国三十三観音像が設置され、このお堂をお参りすることで西国三十三ヶ所参りができた。 一方通行で上りと下りが全く別の通路になる二重の螺旋階段により、多くの参拝者が、すれ違わず安全にお参りできる。世界にも珍しい建築様式で、建築史上その特異さが認められ、平成8年に国重要文化財に指定されている
お賽銭が樋を下って1ヶ所に集まるという便利な構造になっている
明治の廃仏毀釈で観音像は撤去されて建物の構造だけが残った
ガイドさんの案内により、狭い抜け穴を潜って上り通路から下り通路に出、そのまま上って行くと下りの人とすれ違うという、珍しい体験をすることができた
ここで、ボランティア・ガイドのおじさんとはお別れ。ありがとうございましたさざえ堂 寺・神社・教会
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【白虎隊士自刃の地】
洞門を抜けた後に飯盛山から城下町が炎上しているのを見た隊士達20名は鶴ヶ城が落城したと誤解して、この場所で自刃し、1名を残して19名が帰らぬ人となった白虎隊士自刃の地 名所・史跡
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【自刃の地から鶴ケ城を望む】
隊士像が覗いている方向の遥か遠くに、小さく鶴ケ城の天守閣が見える
実際には、この時炎上していたのは、藩校の日新館で、鶴ケ城は燃えていなかった。白虎隊士自刃の地 名所・史跡
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【七日町界隈】
「あかべぇ」で飯盛山下から七日町駅に移動
七日町駅前の観光案内所で情報収集。下見を兼ねて七日町界隈を散策
5時を過ぎたばかりなのに人通りは殆ど無い。夕食をしようにも閉まっている店が多い。開いている店があっても先客がゼロでは入りにくい
適当な店を探していると、結局、会津若松駅まで歩くハメになった
会津若松駅前の居酒屋寧々家で夕食野口英世青春広場 公園・植物園
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【「会津ぐるっとカード」使用】
2日目は「会津ぐるっとカード」を使用
07:52会津若松発「JR快速AIZUマウントエクスプレス4号・東武日光行」で塔のへつりへ向かう
【塔のへつり駅】
08:35塔のへつり駅到着。無人駅で降りたのは私達だけ
小さな駅舎は休憩所でもあり、運行情報ディスプレイと飲料自販機が設置してある塔のへつり駅 駅
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【塔のへつり駅周辺】
塔のへつり駅周辺は、自然林となっており、家や店は全然無い。誰も居ない塔のへつり駅 駅
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【塔のへつり】
駅から自然林の中を5分ほど歩き、塔のへつり展望台に到着
9時前なので、開店準備中の売店の人が居るだけで、観光客は私達だけ
絶景を独り占め
塔の形をした川畔の急崖の奇岩群が『塔のへつり』
数百万年に出来た凝灰岩が、水流に削られ隆起し、硬い部分だけが残って塔の形になった・・・百万年掛かって、大地と水と風・・・自然と時間の創造物だ塔のへつり 自然・景勝地
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【吊橋を渡る】
展望台から吊橋を渡って対岸に行けます
橋の名前は、藤見橋・・・初夏には藤の花が咲き乱れるとのこと
吊橋を渡った正面の岩には虚空蔵堂があり虚空蔵菩薩が祀られています
『へつる』は削ると同語なので、川の水に削られた川岸の険しい路にも用いられる
「塔のへつり」には、へつられた路がありますが、歩けるのは10メートル程度で
それからは残念ながら、通行止めになっている塔のへつり 自然・景勝地
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【売店で白桃を買う】
対岸から戻ると9時を過ぎ、観光客が少しだけ増えた
果物の売店が営業しだした
白桃、黄桃、リンゴ、梨、トマト、しいたけ
大きな白桃を500円、大きなしいたけを500円で購入
白桃を少し試食・・・甘くてジューシー・・・絶品
塔のへつり駅に戻り
09:24発の会津鉄道に乗車塔のへつり 自然・景勝地
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【湯野上温泉駅】
09:29湯野上温泉に到着
大内宿の起点となる有人駅で物産販売と観光案内所を兼ねている
足湯がある珍しい駅湯野上温泉駅 駅
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【夫婦岩】
湯野上温泉駅から歩いて1分とすぐ近くなのに、あまり知られていない穴場景勝地
ひとつの岩を縦にバッサリと切ったような奇妙な形をしている
夫婦円満・縁結びにご利益があると言われている湯野上温泉駅 駅
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【周遊バス猿遊号】
湯野上温泉から大内宿に行く唯一の(公共交通)手段が周遊バス猿遊号
周遊券=往復券は1,000円
電車が遅れており、到着する観光客を待って出発
乗客は8名レトロバス 猿游号 (広田タクシー) 乗り物
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【茅葺き屋根葺き替え工事】
バス乗車15分で大内宿到着
大内宿の本陣跡に本陣が再建され、町並み展示館になっている
丁度、茅葺き屋根の葺き替え工事中大内宿町並み展示館 美術館・博物館
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【見晴台への階段】
見晴台へは急な石段を登る
下りは安全を期して迂回路を通る大内宿 名所・史跡
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【大内宿全景】
見晴台から大内宿全景が見渡せる
茅葺き屋根で統一されており、江戸時代にタイムスリップしたようだ大内宿 名所・史跡
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【蕎麦畑】
大内宿の裏は、蕎麦畑が広がっている
蕎麦の実が実っており、もうすぐ収穫期を向かえる大内宿 名所・史跡
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【ネギそばと栃餅】
大内宿の名物はそば、ネギ1本を箸代わりにして食べるネギそばが有名
いつもは、どこで何を食べようかと迷うのだが、今回は猿遊号乗車特典がある山形屋で、ネギそばを食べることを即断
特典の栃餅が最初に出てきた。関西では見慣れない黄緑色のきな粉をかけてある
ずんだ餅に使う青大豆(枝豆)で作ったきな粉で「うぐいすきな粉」と呼ばれる
栃餅は、搗き立てで柔らかく食べやすく、ボリュームたっぷり
ネギそばは、大根おろしが掛かった冷たいそばで、最初ネギ1本で噛りながら食べていたが、途中で面倒になり箸で食べた。食べ方は珍しいが・・・味の方は何のことは無いぶっかけそば・・・これも一つの経験大内宿 名所・史跡
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【高倉神社】
高倉神社は大内宿の村社(村の鎮守の神様)
平家討伐に蜂起して、戦いに敗れ、この村に落ち延びた伝説がある後白河天皇の第二皇子の高倉以仁王を祀っている
【湯野上温泉駅へ】
正午が近づくと、観光バスが大挙到着し、街路はツアー客で一杯になった
12:25発の猿遊号バスで湯野上温泉駅へ、往きのメンバーがそのまま乗車していた大内宿 名所・史跡
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【湯野上温泉駅】
12:40猿遊号にて湯野上温泉駅到着
待合時間が少しあるので、駅横の足湯温泉に浸かる
駅の売店で栗を300円で購入
【芦の牧温泉へ】
13:01湯野上温泉発の会津鉄道に乗車
13:15芦ノ牧温泉駅に到着
以前の駅名は上三寄であり、ホテルや旅館がある芦の牧温泉とはかなり離れている
芦の牧温泉には、300m離れた上三寄バス停からバスに乗ることが必要
バス停に行く途中、大勢の人が行列している店があった。ソースカツ丼で有名な「牛乳屋食堂」今日の夕食はここでしよう
13:26上三寄バス停で会津バスに乗車
13:34芦の牧温泉中央待合所に到着湯野上温泉駅 駅
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【芦の牧温泉】
バスの乗客は、私達だけ、鄙びた温泉街には殆ど人影が無い
目的は、温泉で入浴することで、観光案内所を訪ね、立ち寄り温泉を紹介して貰い
大川荘の日帰り温泉が通常1,500円だが800円になるサービス券をいただく
【大川荘】
大川荘は、芦ノ牧温泉の定評あるホテルであり、フリの客の私達の立ち寄り入浴も快く応対してくれた。本館の棚田の湯と旧館の空中露天風呂のどちらも利用できたが、私達は空中露天風呂を利用。エレベーターで降り、迷路のような年期を感じさせる廊下を通ると、男女共通の休憩室があり、そこから男女別の階段を降りると脱衣場と浴室があります会津芦ノ牧温泉 大川荘 宿・ホテル
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【空中露天風呂】
「空中露天風呂」は屋根付きの石作りの湯船が2つの露天風呂で、川の流れを眺めることができ、周りを木で囲まれ、小鳥のさえずりが聞こえます
石鹸やシャンプーは利用できませんが、他の客が居らず、昼間の掛流しの露天風呂を独占でき、ゆったりと贅沢な気分を味わいました
風呂上がりは休憩室でゆっくりしてからホテルを出ました
(写真は休憩室からの眺め)
【牛乳屋のソースカツ丼を食べ逃す】
14:59芦の牧温泉中央待合所発の会津バスに乗車・・・15:07上三寄バス停着
牛乳屋へ行くと、休憩閉店中(昼食は15:00まで 夕食は17:00から)
調査不足で、ソースカツ丼を食べ逃す
【七日町でソースカツ丼に辿り着く】
16:27芦ノ牧温泉発の会津鉄道に乗車・・・16:49七日町で降車
観光案内所でソースカツ丼の店を紹介してもらう
この辺りは、夕方になると人通りが途絶え、商店の閉店時間が早い
会津食彩蔵河内屋でソースカツ丼をいただく
歩いてワシントンホテルに帰る会津芦ノ牧温泉 大川荘 宿・ホテル
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【裏磐梯高原へ】
3日目も「会津ぐるっとカード」を使用
セブンイレブンで昼食のおむすびを購入して会津若松駅へ
08:14発の磐梯西線に乗車・・・08:31喜多方に到着
08:40発の磐梯東都バスに乗車・・・09:37裏磐梯高原駅に到着
バスの乗客で観光客は私達だけ、喜多方からのルートは山の中を通るため磐梯山を見ることはできず、景色はあまり良くない桧原湖 自然・景勝地
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【桧原湖クルージング】
遊覧船売場で「ぐるっとカード」を提示し、1,300円の乗船券を1,170円で購入
10:00発の桧原湖遊覧船に乗船・・・40分で桧原湖をクルージング
乗客は僅か5人・・・何か申し訳無い気がする
1888年の磐梯山の山体崩壊による岩なだれや流れ山地形が川をせき止め、裏磐梯に多くの湖沼群をつくった
桧原湖はその中の最大の湖で、湖中の流れ山が多くの島となり、変化に富んだ景色を造り上げて、磐梯吾妻スカイラインを背景にする風光明媚な「山の湖」である
【写真が無い!!】
遊覧船ではひっきりなしにデジカメのシャッターを切り、少なくとも50枚の写真を撮った・・・ところが後で確認すると不思議なことに、桧原湖に関係する写真は
1枚も残っていない
綺麗な風景を沢山撮ったつもりだったが本当に残念・・・納得できない桧原湖遊覧船 乗り物
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【五色沼自然探勝路】
10:50 磐梯高原駅から五色沼入口に向かって五色沼自然探勝路をハイキング
このコースは、通常の逆コースになるらしく、私達を追い抜いたり、私達が追い抜いたハイカーは居なかったが、ひっきりなしにハイカーとすれ違い、常に「こんにちわ」の挨拶交換を続けていた五色沼自然探勝路 公園・植物園
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【柳沼】
探勝路の最初のポイント「柳沼絶景園」柳沼 自然・景勝地
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【柳沼】
10月初めだが、紅葉している柳沼 自然・景勝地
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【青沼】
この青は青磁の青、青物の青、青毛の青、昔のアオ青沼 自然・景勝地
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【青沼】
角度によって水の色が変わる青沼 自然・景勝地
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イチオシ
【弁天沼】
水の色がグラデーションになっている、五色沼湖沼群 自然・景勝地
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【みどろ沼】
手前と奥で湖の色が違っている五色沼湖沼群 自然・景勝地
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【赤沼】
時季によって、草の部分が赤くなるそうですが、どこにも赤は見当たらない五色沼湖沼群 自然・景勝地
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【毘沙門沼】
深いブルーの毘沙門沼は五色沼で最大の沼毘沙門沼 自然・景勝地
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【毘沙門沼展望台】
展望台に上がると展望が広がる
沼に沿って歩くと、五色沼入口に到達する
裏磐梯ビジターセンターでは、五色沼や裏磐梯の情報を入手できる
私達は五色沼自然探勝路の逆コースを歩んだようだ
五色沼入口のバス停付近の広場のベンチにて、持参のおむすびで昼食
【五色沼のお奨めコース】
五色沼入口バス停で降り、ビジターセンターで情報を入手し、自然探勝路をハイキングし、桧原湖遊覧船に乗船して、裏磐梯高原駅からバスに乗り五色沼入口に戻るコースをお奨めする毘沙門沼 自然・景勝地
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【諸橋近代美術館】
ビジターセンターから300メートル、5分歩くと諸橋近代美術館に着く
日本最大のダリコレクションを所蔵する美術館
ダリの絵のようなファンタジックな建物諸橋近代美術館 美術館・博物館
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【諸橋近代美術館】
時間がなかったので、ミュージアムショップで記念品を購入
もう少し時間があれば、入館したり、ミュージアムカフェでゆっくりしたかった -
【会津磐梯山】
裏磐梯では、雲がかかって磐梯山の山頂をとうとう見ることは出来なかった
14:03 五色沼入口発の磐梯東都バスに乗車、眺めは裏磐梯コースより優れている -
【会津磐梯山】
猪苗代では、観光案内所に立ち寄り、金の橋から強清水までの道のりを聞いたが、
十六橋までの情報しか得られなかった。強清水まで歩く人は居ないとのこと
14:52 猪苗代駅発の磐梯東都バスに乗車 野口英世記念館で下車
会津磐梯山の全景が見渡せる・・・鉄柱が邪魔野口英世記念館 美術館・博物館
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【野口英世生家】
野口英世記念館の外から生家を撮影
生家は当時の場所に、200年前の当時の姿が保たれている
記念館に入館、「会津ぐるっとカード」で入館料600円が50円引きで550円野口英世記念館 美術館・博物館
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【母シカが洗い物をした小川】
当時の雰囲気を残している野口英世記念館 美術館・博物館
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【トンボ】
生家を団体客が見学していたので、ベンチで暫し休憩・・・トンボも休憩
野口英世は、1876年(明治9年)生まれて1895年(明治28年)に上京するまで、ここで過ごした
1868年の戊辰戦争の敗戦で会津はドン底に落とされた・・その9年後英世誕生
1888年(明治21年)磐梯山が山体崩壊し裏磐梯が壊滅的被害・・この時英世12歳
このことを考えると並大抵の貧窮ではなかったと想像する野口英世記念館 美術館・博物館
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【野口英世生家全景】
保護のため、建物の上を屋根でカバーしている
カバーが無ければ、背景が会津磐梯山の絶景写真が撮れるのに・・・惜しい
屋根を透明なアクリルガラスで作っておれば良かったのに野口英世記念館 美術館・博物館
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【囲炉裏】
英世が火傷をした囲炉裏
母シカは英世に対して生涯負い目を持つことになる野口英世記念館 美術館・博物館
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【決意を刻んだ床柱】
英世が上京するときに床柱に決意を刻む野口英世記念館 美術館・博物館
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【柱に刻んだ決意文】
「志を得ざれば 再び此地を踏まず」野口英世記念館 美術館・博物館
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【土間の道具】
納屋や土間には道具が展示してあり、当時の生活が偲ばれる野口英世記念館 美術館・博物館
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【野口英世ブロンズ像】
野口英世は、1900年に渡米、ロックフェラー医学研究所を拠点に世界で活躍し、
ノーベル賞の候補に3回も挙がった
1928(昭和3)年、西アフリカのアクラ(現ガーナ共和国)で黄熱病の研究中に感染し51歳で亡くなった・・・千円札でお馴染みの偉人
2階の展示館には、野口英世の生涯を時代順に、本人の遺品や資料、母シカ直筆の手紙も展示されている。「素顔の英世」「体験!バクテリウム」など体験参加型の展示も工夫されている
想いの外、内容が充実していて、興味を刺激する・・・もっと時間を掛けても良い野口英世記念館 美術館・博物館
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【猪苗代湖】
野口英世記念館の裏から遠くに、猪苗代湖が見える
猪苗代湖は、約5万年前に磐梯山が山体崩壊し、川をせき止めて、出来上がった
日本で4位の広さの湖
16:07 野口英世記念館で磐梯東都バスに乗車 16:18 終点の金の橋到着
乗客は私達だけ
バス停付近には人家や店舗の建物は無く、人影は見当たらない・・・自動車がビュンビュン飛ばして行く -
【強清水への歩行計画】
情報が少ない中で歩行計画を立てた
金の橋バス停→十六橋 1km 15分、十六橋→戸ノ口原古戦場1.4km 20分、
戸ノ口原古戦場→強清水 3.2km 40分・・合計 5.6km 1時間15分の道のり十六橋 名所・史跡
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【十六橋のお地蔵さん】
金の橋バス停から、川沿いの細い道を歩く、人家など建物は見当たらない、人や車も通らない・・・不安一杯
歩き始めて、15分、お地蔵さんに辿り着く、十六橋がすぐ近くに見える
十六橋の戦いの犠牲者を弔ったのか?十六橋 名所・史跡
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【日橋川と金の橋】
十六橋は、日橋川に架かる石橋
橋の上から金の橋を撮影、金の橋の向こうは猪苗代湖
日橋川(にっぱしがわ)は、猪苗代湖から会津盆地へ流れる阿賀野川水系の一級河川。堂島川(どうじまがわ)とも呼ばれる十六橋 名所・史跡
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【戸ノ口堰】
猪苗代湖の湖面は海抜514m、会津若松の海抜は218mなので落差は約300m
この落差を利用して若松に通水するため1623年(元和9年)八田野堰を開削、以後70年かけて1693年(元禄6年)若松まで通水し戸ノ口堰と改名した
1835年(天保6年)当時の全長31kmに及ぶ堰筋の大改修工事の際、飯盛山中腹を掘削し、約150mの用水トンネル戸ノ口堰洞穴(別称;弁天洞穴)が完成した
白虎隊が敗走したのは、戸ノ口原から強清水を通過、飯盛山の裏側に辿り着き
真暗な用水トンネル150mを通り抜けたのです
31kmは水路の全長であり、猪苗代湖から若松への距離でも白虎隊の敗走の距離でもありません -
【十六橋水門】
安積原野に猪苗代湖の水を引き感慨するため安積疏水事業が推進され、1880年(明治13年)に事業の一環として、猪苗代湖ダム化のために水門が整備された
現在は湖面の水位調節が主な目的・・・湖面の水位が上がりすぎれば湖畔周辺に浸水の恐れ、放流が多すぎれば日橋川沿いに氾濫の恐れが出てくるため、現在も重要な役目を担っている十六橋 名所・史跡
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【十六橋の戦い】
十六橋というのは日橋川に架けられた石橋で、若松の城下に入るにはこの橋を渡ることが必要であった・・・橋が無いと日橋川は水量が多く容易に渡れないので城下への関門であった。新政府軍の会津若松城下への進軍を阻むため、会津藩の奇勝隊が橋の破壊にとりかかったが、強固な石造の十六橋を落とせずにいた。
新政府軍の進軍は早く、奇勝隊と合戦になる・・新政府軍は最新式の銃、奇勝隊は火縄銃や旧式銃・・力の差は歴然で、奇勝隊は後退を余儀なくされる・・十六橋を突破した新政府軍は、戸ノ口原へと進軍する十六橋 名所・史跡
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【オランダ人技師ファン・ドールンの銅像】
明治政府のお雇い外国人であるオランダ人技師ファン・ドールンは、安積疏水の計画にあたり、猪苗代湖の自然水位を変えず、会津側の人々の水利用に支障なく、安積疏水で疏水できることを学術的計算から実証し、安積疏水の開削を政府に決断させ、当地を一大穀倉地帯に変えた功績を讃えている十六橋 名所・史跡
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【戸ノ口原古戦場】
十六橋から戸ノ口原古戦場を目指し、ひたすら歩く
この辺りは約5万年前に磐梯山が爆発、山体崩壊した岩なだれで流れ山地形となっている
小さな集落を左に見て直進し、5分ほどで越後街道に合流した地点に会津レクリエーションセンター前バス停がある(バスは猪苗代と1日2往復しかない)
ここに、「戸ノ口原古戦場跡入口」の看板があり、会津レクリエーション公園沿いに、直進を続けると戸ノ口原古戦場跡に到達・・十六橋から30分歩いた戸ノ口原古戦場 名所・史跡
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【戸ノ口原古戦場跡の現地説明文 】
慶応四年 (一八六八年) 八月二十二日、母成峠の藩境を突破した西軍は、怒涛のごとく猪苗代湖畔の要衝「戸ノ口十六橋」に殺到しこれを占拠した。
また、別働隊は湖を渡り笹山への襲撃に成功し、この両面作戦で挟み撃ちを受けた会津藩守備隊は苦戦を強いられた。
急きょ、松平容保警護の白虎隊士中二番隊が滝沢本陣より派遣されたが、会津藩守備隊に対し、数倍の兵力と優れた性能の武器を持つ西軍は優勢に戦いをすすめた。
戸ノ口原で展開された戦闘では孤立無援となり、散り果てた藩士も多く、派遣された白虎隊士中二番隊は藩主に復命するため後退し、そのうち二十名は弁天洞穴をくぐり、飯盛山へたどりつくのであった。
平成十八年十月 会津若松市戸ノ口原古戦場 名所・史跡
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【白虎隊が辿った道】
17:00 戸ノ口原古戦場跡を発ち、強清水を目指し、旧道を西へたどる
「会津藩二十二士の墓」、「赤井谷地見晴台入口」、「白虎隊野営の地」を通過
黄昏の磐梯山が綺麗に見えるが、誰も通らぬ未知の道は、日暮が迫るとより心細い
やがて、強清水の集落に到達、だが蕎麦屋やバス停は見当たらない・・地図から更に少し直進すればバス停と推定したが、その道には『工事中、迂回してください』
の看板が出ていた・・バス停はどこに?
窓から顔を出していたお婆さんに尋ねた
私「強清水のバス停はどう行けば良いですか?」
お婆さん「ここが強清水だ」
私「強清水のバスの停留所へは、どう行けば良いですか?」
お婆さん「ここにはバスの停留所は無い、バスは走っていない」
私「強清水のお堂や蕎麦屋さんがある所です」
お婆さん「蕎麦屋・・清水屋なら、前の道を真っ直ぐに行けば良い」
私「通行止めになっていますが・・」
前を見ると、通行止めの筈の道から自動車が出てきた・・通行止めでは無い
改めて、道を直進・・どこも工事していない・・放置看板に偽りあり戸ノ口原古戦場 名所・史跡
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【強清水】
17.30 目的地の強清水のバス停に到着・・バス停はちゃんと有りました
バスも1日に上下8便づつ走っている・・地の人は自家用オンリーでバスは無視?
強清水は昔から「会津の名水」として知られ、旧二本松街道の重要な休み処として栄えた・・現在は名水で作る蕎麦が評判で、4件の蕎麦屋が営業している
強清水は正式には「会津強清水湧水」と名付けられた「会津の名水」今も健在で、お堂の中の泉を、誰でも柄杓で水を掬って飲んだり・・持ち帰ったりできる
私も柄杓で直接水を飲む・・白虎隊士も同じように水を飲んだんだと想像して
すでにどの蕎麦屋も閉店していた・・営業は4時半までとのこと(閉店早過ぎ)強清水元祖清水屋 グルメ・レストラン
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【会津バスで若松へ】
17:47発の会津バスで会津若松へ・・乗車したのは私達だけ、車内には先客の若者
が1人居眠りしていた・・暫くは乗降客は無く・・暗くなった町を通り抜けていく
途中で、会津藩校日新館に停まったが、暗いので何も見えない
若松に近づくと、地元の人の乗り降りが増えてきた
18:30一中前で降車・・ワシントンホテルに帰着
夕食は、宿泊者への特典を使い、ホテルのレストランでサービスディナーを食べる強清水元祖清水屋 グルメ・レストラン
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【「会津ぐるっとカード」の成果】
旅行の2日目、3日目は、@2,670円で購入した「会津ぐるっとカード」を利用。
10月2日は
JR快速 会津若松 → 塔のへつり @1,140円
会津鉄道 塔のへつり → 湯野上温泉 @ 270円
会津鉄道 湯野上温泉 → 芦ノ牧温泉 @ 520円
会津バス 上三寄 → 芦ノ牧中央 @ 170円
会津バス 芦ノ牧中央 → 上三寄 @ 170円
会津鉄道 芦ノ牧温泉 → 会津若松 @ 600円
10月3日は
JR磐梯西線 会津若松 → 喜多方 @ 320円
磐梯東都バス 喜多方 → 裏磐梯高原駅 @1,280円
磐梯東都バス 五色沼入口 → 猪苗代駅 @ 770円
磐梯東都バス 猪苗代駅 → 野口記念館 @ 170円
磐梯東都バス 野口記念館 → 金の橋 @ 400円
会津バス 強清水 → 会津若松 @ 690円
通常は、@6,490円掛かる交通費を、@3,820円節約できたことになる
観光施設の割引サービスは、桧原湖クルージングが@1,300円の1割引で@130円、野口英世記念館の個人入館料が@50円引きで計@180円の得
カード合計で丁度@4,000円、夫婦で8,000円の得は大きい
なお、桧原湖周遊バス森のくまさん路線は、土日祝限定で運転される
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【最終日は城下町散策】
最終日の4日目は城下町散策
日新館観光を候補に考えたが、昔の場所とは、違う所に昔の姿を参考にして再建したものなので、昔の場所である「日新館跡」の方が魅力がある
9時前にホテルをチェックアウト
会津若松駅のロッカーに荷物を預け、会津バス駅前案内所で「ハイカラさん」「あかべぇ」専用フリー乗車券を購入
「ハイカラさん」に乗車して、鶴ヶ城入口で下車・・このバスのドライバーは話し好きで、案内や説明をしてくれた
案内板を参考にして、散策コースを決定鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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【鶴ヶ城天守閣】
場内に入ると、中学生の修学旅行の団体と一緒になった鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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【茶室麟閣】
場内の茶室「麟閣」に入場、入場料は200円
千利休の子の千少庵を匿った蒲生氏郷が建てた茶室鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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【茶道の世界】
最近の「日の巨人」で、松江藩主の松平不昧公の特集があった
その中で、茶道のしつらえや作法の紹介があった
寄付き→腰掛待合→茶室の流れが実感でき、興味深い鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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【鶴ヶ城天守閣】
このアングルの鶴ヶ城天守閣は端正だ鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡
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【藩校日新館跡】
日新館はお城の近くの広大な敷地に建っていた
会津藩がいかに教育に熱心に取り組んでいたかが分かる日新館跡 名所・史跡
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【山本覚馬、新島八重生誕の地】
現在は一般家庭の玄関先に記念碑がある山本覚馬 ・ 新島八重生誕の地碑 名所・史跡
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【日新館天文台跡】
日新館は天文学を教えていた
予想していたより大きな建造物・・訪問する価値あり -
【直江兼続屋敷跡、山鹿素行生誕地】
上杉景勝が越後から会津120万石の城主として移封された時、執政直江兼続は藩主景勝から屋敷を城の大手口の近くに与えられた・・関ヶ原の戦い後、上杉家は米沢に移された
ここで江戸時代の代表的兵学者、山鹿素行が生まれた
素行は思想家として「日本の道徳教育の生みの親」で「武士道精神を確立した人」
山鹿流兵学を完成させ、赤穂浪士の生みの親と言われている直江兼続屋敷跡 山鹿素行生誕地 名所・史跡
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【会津戊辰戦争集結の地】
1868年9月、松平容保は白旗を掲げて城を出、ここで降伏式を行い、会津における戊辰戦争は集結した・・その後会津藩は廃藩となった
この戦いで、戦場で死んだ武士だけでなく、白虎隊の少年の自決、国家老・西郷頼母の家族21人の乗集団自殺、日新館野戦病院の患者の焼死、新政府軍の残虐行為による犠牲者など、多くの命を失くした・・
時代は明治になり、会津藩士は禄を失い窮乏を強いられた上に賊軍として差別される・・悲劇は続いた会津戊辰戦争終結の地 名所・史跡
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【會津宮泉酒造】
会津戊辰戦争集結の地の向かい側は酒造会社
【昼食は味噌田楽】
昼食は、七日町通りの満田屋で味噌田楽と心太・・8種類の味噌を味わう
土産に柚子味噌を購入 -
【御薬園】
昼食後は、「ハイカラさん」に乗り、御薬園へ
中学生の修学旅行のグループと一緒になる
今様の修学旅行は数人のグループで、自由行動するようだ
数グループが乗り、バスは満員になった
御薬園はフリー乗車券を提示すれば入園料320円が、270円になる御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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【国指定名勝松平氏庭園】
徳川時代の代表的な大名型山水庭園・・中央に心字の池を配した回遊式の借景園
各種薬草を栽培する薬草園があるのが御薬園の名前の由来御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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【茶室楽寿亭の刀傷】
戊辰戦争時は新政府軍の療養所となったため、焼失を免れた・・当時の刀傷が残っている御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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【帰途へ】
会津若松には、13:29御薬園発の「ハイカラさん」に乗り13:55に到着予定
バスは10分遅れて到着・・しかも満員で、次の便にしてくれとのこと
予期せぬ事態に、慌て・・受付にタクシー手配を依頼
タクシーに13:50乗車し、13:55会津若松駅に到着・・綱渡りである
以後は予定通り・・JRで郡山・・リムジンバスで福島空港・・
ANA3182で大阪空港・・無事帰着
【この旅行で良かったこと】
航空券の予約変更が希望とおりにできたこと
会津ぐるっとカードを存分に使ったこと
芦ノ牧温泉で立ち寄り入浴ができたこと
五色沼自然探勝路と白虎隊敗走路を無事に歩き通せたこと
やむを得ずタクシーを使ったが、総額で12万円の予算内に収まったこと
【この旅行で心残りなこと】
桧原湖クルージングの写真が一枚も写ってなかったこと
諸橋近代美術館、野口記念館、十六橋で時間を掛けた観光が出来なかったこと
牛乳屋のソースカツ丼、強清水の蕎麦を味わえなかったこと
情報不足で、会津名産の山塩、ヨーグルトを買いそびれたこと
【會津旅行される方へのアドバイス】
「会津ぐるっとカード」は本当にお得です
湯野上温泉の夫婦岩と足湯、桧原湖クルージング、諸橋近代美術館
野口英世記念館、十六橋、日新館天文台跡はお奨めのスポット
観光案内所やビジターセンターに最初に寄って情報を入手しよう
立ち寄り入浴は午後1時~2時に入場・・3時までに切り上げるのがお奨め御薬園(会津松平氏庭園) 公園・植物園
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