2018/07/15 - 2018/07/15
585位(同エリア4642件中)
玄白さん
この旅行記のスケジュール
2018/07/15
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電車での移動
山陰線 花園駅 → 嵯峨嵐山
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野宮神社
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バスでの移動
バス 釈迦堂前 → 京都駅
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この旅行記スケジュールを元に
甥っ子の結婚式に呼ばれ、猛暑の京都に出かけることになった。結婚式参列を済ませ、最終日は夜8時の新幹線で帰宅するまで、丸一日京都観光。朝一番で、法金剛院の蓮を鑑賞した後、炎天下の嵯峨野を散策してきた。
写真の枚数が多いので、前編:法金剛院の蓮 、 後編:嵯峨野 と2部構成とした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 徒歩
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法金剛院の蓮を見た後は、花園駅に戻り、山陰線で嵯峨嵐山まで移動。竹林の小径を散策しながら、野宮神社、天竜寺を参拝後、混雑しているであろう嵐山方面には行かず、奥嵯峨方面へ。そんなスケジュールでの一日観光である。
嵐山 竹林の小径 自然・景勝地
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猛暑が続く京都だが、竹林の中は日陰になるので、少しはしのぎやすい。
竹林の小径、野宮神社、天龍寺は、嵯峨嵐山駅から嵐山方面に向かう観光ルートになっているので、予想通り大勢の観光客があふれている。 -
竹林の小道は、至るところで観光客を乗せた人力車が走り回っている。
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嵐山・嵯峨野地区を訪れたのは、中学校の修学旅行以来のこと。実に半世紀以上前のことで、当時の記憶はほとんど残っていない。気分としては、初めて訪れた感覚である。
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写真で見る限り、涼やかで静寂が支配する竹林という風情だが、実際は大勢の観光客でにぎわっており、静寂とはおよそかけ離れた喧騒である。世界遺産にも登録され、世界の訪れたい観光都市で数年間トップの座にいた京都であるから、やむを得ない。
ちなみに昨年は、6位に転落したという。その理由は人が多すぎるから。さもありなん! -
野宮神社に来た。樹皮がついたままのクヌギの原木を用いた鳥居が特徴の神社で、元々は天皇の代理として未婚の皇族女性が、伊勢神宮に仕える斎王に選ばれたときに身を清める場所であった。主祭神は野宮大神だが、その実体(?)は伊勢神宮と同じく天照大神である。
野宮神社 寺・神社・教会
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手水舎には大きなハート型が掲げられている。未婚女性である斎王に関係する神社であり、源氏物語第十帖「賢木」の巻にも登場するとあって、御利益は恋愛成就であり、とりわけ若い女性に人気のパワースポットとなっているようである。
最近、やたら恋愛成就を掲げる神社が目立つようだが、女性のパワースポットブームにあやかった商売っ気が過ぎるように思えるがいかがなものだろうか?
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島根県松江市にある八重垣神社に「鏡の池 縁占い」というのがある。紙に100円玉を乗せて池に浮かべ、すぐに沈めば近い将来、恋愛成就して良縁に恵まれるというものだが、これは、そのパクリらしい。
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絵馬は英語あり、ハングルあり、簡体字や繁体字の漢字ありで国際色豊かだ。
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平安時代、貴族の別荘地だった嵐山をイメージして作られた苔庭。「野宮じゅうたん苔」と呼ばれているきめ細やかでふわりとした柔らかな質感の苔が美しい。
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本殿の前は大勢の参拝客で混雑していたので、写真はなし。
右奥手に小さな社があった。キツネの銅像がたくさん置かれているので、伏見大社の末社だろうか。
狭い境内、小さな本殿に、若い女性の割合が多い参拝客で混雑しているので、荘厳な気配は全くなく、どこかのレジャーランドのような雰囲気である。 -
イチオシ
竹林の小道を、天龍寺方面へ。奇跡的に人の流れが途切れたところを狙って、小柴垣に囲まれた竹林をパチリ。12月には、辻行灯を並べたイベントがあり、フォトジェニックな情景が演出されるそうだが、おそらく大勢の人が押し寄せ、撮影どころではないだろうな。
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実際は、こんな具合に観光客があふれている。
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天龍寺。臨済宗天龍寺派総本山である。足利尊氏により夢窓疎石国師を開山として創建された。平安時代にさかのぼる社寺が多い中で、比較的新しい寺と言える。度重なる火災で焼失し、そのたびに再建されたが、幕末の蛤御門の変で、長州の尊王攘夷過激派が、ここを拠点としたため、会津・薩摩連合軍に焼き払われてしまった。現在の建物は、明治9年に再建された。
北門から入り、まず望京の丘に続く歩道を歩く。天龍寺 寺・神社・教会
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朱に色づいた紅葉と竹林と。
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大方丈の前に広がる池泉回遊式庭園の中心、曹源池。作庭は、開祖夢窓国師によるもので、国の史跡・特別名勝の第一号である。
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曹源池。やはり、モミジが紅葉する秋が一番の見頃かな。
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イチオシ
さらに竹林の小径は続く。貸衣装の浴衣を来た女の子たちが楽しそうに散策している。
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この辺りの竹林と小柴垣が一番絵になりそうだ。
途中、嵐山方面と奥嵯峨方面に行く分かれ道で出会う。嵐山には行かないで、奥嵯峨方面へ向かう。 -
竹林の日陰を歩いていたとはいえ、記録的猛暑。トロッコ列車の嵐山駅に併設された「竹取茶屋」で一休み。連れ合いは、かき氷、玄白は物珍しさに惹かれて抹茶ビールなるもので涼を摂る。
ビールの苦みと抹茶の苦みの相乗効果で、強烈に苦い。はっきり言ってマズイ! 失敗した。 -
気を取り直して、次の目的地、常寂光寺へ。
山門は江戸時代のもの。閉門しても、横の格子越しに参道のモミジを眺められる。常寂光寺 寺・神社・教会
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創建は、桃山時代に究竟院日禛上人というあまり知名度は高くない人物による。
何といっても、常寂光寺は、その見事なモミジだ。たぶん、紅葉の頃は、大勢の参拝客でにぎわうだろうが、今日は数人の参拝客を見かけただけである。
青モミジも悪くはない。 -
仁王門。もとは本圀寺客殿の南門だったものを移築したものだという。境内の建築物の中でもっとも古いもので、屋根が茅葺というのが珍しい。
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青モミジをアップで
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天龍寺でも見かけたが、一部が紅葉しているモミジがある。紅葉なのか、葉焼けなのかわからないが、鮮やかな色をしているので、葉焼けではなさそう。
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境内のあちこちで見かける。新芽が出た早々に紅葉するモミジにノムラモミジというのがあるが、それは木全体の葉が紅葉する。一部だけ紅葉しているので、ノムラモミジではなさそう。
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青モミジに囲まれた鐘楼。
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青モミジは、こんな灼熱の炎天下より、雨が似合うのだが・・・
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本堂の横からさらに昇る階段が続く。
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登り切ると、京都市街が一望できる展望台に出た。良い眺めだが、照りつける日差しで、ジリジリと焼ける。早々に引き返す。
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すぐ下には多宝塔が見える。
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竹林もある。
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仁王門を上から見下ろす。この付近の青モミジが一番見応えがある。
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仁王門を額縁にして、青モミジ。
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末吉坂という横道に逸れてみた。定家山荘と刻まれた穴があいた歌碑があった。このあたりは、藤原俊成、藤原定家、西行など著名な歌人ゆかりの地であり、開祖の日禛上人もまた和歌に造詣が深かったというので、ここに寺を開いたのかもしれない。
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末吉坂の散策路
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仁王門と山門の間の広場に鉢植えの蓮が置かれていたが、すでに見頃は過ぎていた。
山門脇の花蓮展という看板は、もう撤去した方がよかろう。 -
次に向かったのは、常寂光寺から歩いて5分ほどの落柿舎。茅葺のこじんまりした質素な庵である。
落柿舎 名所・史跡
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落柿舎は、松尾芭蕉の門人、向井去来が住んだ庵である。去来は医学者、向井元升の次男として生まれ、武芸に達者だったという。
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だが、まだ若いころ武士の身分を捨て、俳諧師となった。どんなきっかけ、志の変化があって、人生の歩む道を変えたのか、史料が残っているわけではないようだが、小説のネタになりそうではある。
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師匠の芭蕉は3度、落柿舎を訪れ、嵯峨野・嵐山界隈をめぐって「嵯峨日記」を著している。
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イチオシ
敷地内には40本の柿の木がある。柿が熟した時期に柿を贖う商人に敷地内の柿の実をすべて売る約束をして代金を前受けしていたが、商人が再訪する直前、一夜にしてすべての柿が落ちてしまったという事件があり、それが庵の名前「落柿舎」になっている。
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狭い敷地なので、建物全体を撮影できないが、茅葺の粗末な庵は、日本昔話の挿絵にでてきそうな佇まいである。
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俳句の世界では、今でも聖地なのであろう。この日に訪れた時にも句会が催されていた。入場料\250を払った受付で、渡されたのは、投句用の用紙。あいにく語彙貧弱な玄白には、俳句をひねるなんて芸当はできないが、老境に差し掛かった人間にとっては、ボケ防止には良い趣味かもしれない。
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イチオシ
落柿舎の門を出たところ。門前の田んぼ越しに和風の建物の前を、一台の人力車が通り過ぎていく。建物は小倉山荘という和菓子の店だという。
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竹林の小径界隈とちがって、この辺りにくると、観光客はめっきり少なくなるが、ごくたまに人力車が通り過ぎていく。
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とにかく暑い。たまらず、二尊院、祇王寺方面に向かう道の途中の土産物店に涼むことが目的で入店し、冷やかし。
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まもなく1時。腹が減ったので、そろそろランチにしよう。二尊院の前の道沿いに、食事処「あだし野」という店があったので、ここで蕎麦ランチ。味は普通かな。
あだし野 グルメ・レストラン
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二尊院はパスして、祇王寺へ。
祇王寺 寺・神社・教会
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祇王寺も、秋にはモミジが美しい寺である。寺といっても、つつましやかな庵である。平家物語にも登場する平清盛の愛人だった白拍子の祇王が、清盛の寵愛を失ってから出家して、母と妹とともに、ここに移り住んだ尼寺である。
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苔庭といえば、西芳寺が有名だが、ここの苔庭もなかなか良い。
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祇王寺は、明治初年に廃寺となってしまったが、明治28年に元京都府知事だった北垣国通氏が自分の別荘を寄付、移築して復興したという。
庵の仏間には、大日如来、平清盛、祇王、祇王の葉は刀自の像が安置されているが、撮影は禁止だったので、写真は無し。 -
苔庭に置かれた石仏
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竹林の小径ほどの規模ではないが、祇王寺にも美しい竹林がある。
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奥嵯峨散策の最後は化野(あだしの)念仏寺。およそ1200年前に、弘法大師が、この地に五智山如来寺を創建したのが起源で、その後法然が念仏道場とし、現在は華西山東漸院念仏寺と称している。
石のブロックを積み上げた丸い建物は仏舎利塔である。化野念仏寺 西院の河原 寺・神社・教会
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ここにも苔庭があり、石仏が置かれている。
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鳥居のような山門
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化野(あだし野)というこの地域は昔から葬送の地で、土葬となる前は風葬が行われていた。そのため、夥しい遺骸が野ざらしになっていたという。それらを集めて埋葬したのが、弘法大師だというのである。
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境内には8000体の石仏が集められている。化野一帯に散乱していた石仏を、明治中期に地元の人たちがここに集めたものである。
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本堂に安置されている本尊の阿弥陀如来。撮影禁止とはなっていなかったので、撮影させてもらった。鎌倉時代の仏師、湛慶の作と伝えられている。
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ここが風葬の地で遺骸が散乱していたという過去を知ると、明るい陽射しの下では、どうということはないが、夕闇のなかの石仏群は、ちょっとおどろおどろしい雰囲気が漂いそうである。
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帰り道に、昭和の雰囲気が残る喫茶店を見つけたので、午後の一休み。連れ合いはあんみつ、玄白は(フツーの)ビールで一服。店の名前は単純に「さがの」
このあと、最寄りの清凉寺(嵯峨釈迦堂)近くのバス停で、京都行きバスで戻る。
このバスは嵐山経由だったが、嵐山で超満員になり、乗れない乗客も出た。大混雑の嵐山には行かなくてよかった。秋の京都は素晴らしいとは思うが、真夏のこの時期でも混雑しているほどだから、ベストシーズンの混雑ぶりはいかほどか想像に難くない。たぶん又来ることはないだろう。
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