2018/07/17 - 2018/07/20
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Weiwojingさん
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夏の京都はあまりにも暑いのでこれまで敬遠していて、訪れることはなかった。しかし、今回祇園祭を見るために7月17日から20日まで滞在したが、例年以上の暑さには驚いた。異常気象とでも言った方がよいかもしれない。
そんな暑い中で祇園祭を見た。翌日は法金剛院、仁和寺、大雲院を訪れてみた。法金剛院は蓮の花で知られていて、訪ねてみたいと以前から思っていた。また大雲院はこの時期のみ祇園閣( 伊東忠太設計 )が一般公開されているということで、これまた訪ねてみたいと考えていた。仁和寺については、当初訪れることは全く考えていなかったが、法金剛院から比較的近かったので急遽行くことにした。行ってみて、大変満足した。京都はまだまだ未知の素晴らしいところが多い。
- 旅行の満足度
- 5.0
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先ず、法金剛院を訪ねた。この寺は蓮の花が有名ということで、この時期、朝7時から開いていた。今回の京都訪問では先ずこの寺を訪ねることを第一と考えていた。しかし、どのように行けばよいのかよくわからず、場所を確認するのに手間取ってしまった。
※ 法金剛院(右京区花園扇野町49 TEL. 075-461-9428)
電車:JR花園駅下車後徒歩5分
市バス:花園扇野町下車後徒歩2分 -
中に入ると、本堂の前には蓮の花が咲き乱れ、早朝のすがすがしさに誘われて、早めに訪れたのは正解であった。見学者はあまり見られず、静かな中で蓮の花を見ることが出来た。
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思ったほど蓮の花はたくさん咲いなかったが、珍しい種類の花が咲いているようである。
法金剛院は、平安時代初期、右大臣清原夏野という貴族の山荘であったが、彼の死後寺に改められたのが始まりで、その当時は天安寺と称されていた。しかし、その後寺は消失してしまい、鳥羽上皇の中宮待堅門院璋子(1102~1145)が跡地に法金剛院を建立した。 -
境内の東側一帯は「苑池」と呼ばれる「池泉廻游式庭園」となっていて、この時期池の水面がほとんど見えないくらい一面が蓮で覆われている。
今回法金剛院で見た蓮の花を紹介したい。 -
「西円寺青蓮」(山口県の天然記念物)
山口県青海島の西円寺の僧が専修念仏の功により、青蓮の実を賜り、珍しい青蓮を咲かせたという。しかし、今はほとんど白蓮である。 -
「金輪蓮」
白い蓮弁の先端が淡紅で、弁のふちが金色に光って見えることがあるので、この名がついている。 -
「漢蓮」
奈良円照寺の文秀女王の遺愛の可愛い蓮の花で、緑色を帯びた極小型で、実が葉化する。 -
「不忍斑蓮」
江戸不忍池に咲いていた珍しい斑入りの蓮で、この他にも同じような斑入りがあるが、花弁の端の方に斑が入っているのが特徴である。 -
「即非蓮」
道元禅師の高弟・即非が中国から持ってきたもので、「カッパ蓮」という別名もある。 -
「王子蓮」
平成天皇が皇太子の時、アメリカから導入されて、大賀博士が初芽し、育成したもので、色が淡黄色である。皇太子ご夫妻に因んで王子蓮という。 -
「大賀蓮」
1951年、大賀一郎博士が千葉県検見川の泥炭層より発掘された種子を育成されたものである。博士の名をとり、大賀蓮と名づけられた。 -
「アメリカ黄蓮」
これはアメリカ東海岸の一部に咲く黄色の濃い花で、アジアでは見られない種類である。この花は大きく開いていて、もう数日前に開花したものと思われる。あとわずかな命であるが、精一杯花を咲かせている。 -
「真如蓮」
山口県長門市の西行寺で栽培されていたものが他の蓮と共に、ここに移植されたものと思われる。江戸時代から伝わる種類で、白一重の端正な花蓉は、白蓮の貴公子と呼ばれている。 -
睡蓮(スイレン)の花も咲いていて、中心部が濃いピンク色をし、外に広がるにしたがって白い色に変わっている。
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紫陽花がまだ少し咲いていた。園内をよく見ると、この寺には紫陽花がかなりあり、6月下旬ころに来るならば見事な花を見ることができたかもしれない。
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この花は・・・? オニユリだろうか?
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鬼瓦が本堂の壁の角の方に置かれていた。
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この建物が本堂である。そんなに立派というほどではないが、格式を感じさせる造りである。
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境内の隅の方にお地蔵が何体もあるのに気が付いた。あまり気を留める人はいないようだ。
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特別名勝の「青女の滝」は、巨大な石が2段に組まれていて、平安時代の作庭の高さを知ることが出来る。
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待堅門院璋子に仕えた待堅門院堀川の歌碑がある。小倉百一首からの歌である。
ながからむ心も知らず 黒髪の乱れて 今朝は物をこそ思へ -
本堂の中に入ってみた。本堂中央に安置されている御本尊の「阿弥陀如来座像」は、重要文化財に指定されているが、参拝者は誰でも目にすることが出来る。藤原時代の作。
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先の写真と同じ御本尊ながら、見る角度や光の具合でずいぶん違って見える。
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平安時代に制作された「地蔵菩薩立像」も重要文化財に指定されている。
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平安時代の「僧形文殊菩薩座像」( 重要文化財 )
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鎌倉時代の「十一面観世音菩薩坐像」( 重要文化財 )
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「宝珠地蔵像」
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「鳥羽天皇中宮の待堅門院璋子画像」
璋子は祟徳天皇と後白河天皇の生母で、西行法師が恋慕した美貌の皇后であった。 -
法金剛院から移動して嵐電御室駅に来た。ここから5分位歩いて、仁和寺へ向かった。仁和寺に来ることは最初考えていなかったが、法金剛院から近そうだったので来てみた。
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仁和寺の入口に聳える仁王門の重厚で堂々とした姿に驚かされた。ここを通って中に入る。
仁和寺の歴史は平安時代、第58代光孝天皇が西山御願寺として着工されたのに始まる。888年( 仁和4 )宇多天皇が先帝の意志を継いで、仁和寺を完成させた。宇多天皇は退位後、出家して仁和寺を住房とし、真言密教の修行の励んだ。以来、明治維新まで皇子皇孫がこの寺の門跡となり、仁和寺は御室御所とも呼ばれ、親しまれてきた。
現在、仁和寺は真言宗御室派の総本山であり、1994年(平成6)にユネスコの世界遺産に登録された。
※ 仁和寺( 右京区御室大内 33 TEL. 075-461-1155 )
嵐電北野線「御室仁和寺駅」下車後、徒歩5分程 -
中に入ると、まず拝観受付をし、御殿に入る。ここが入り口である。
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入り口正面には御室流の生け花が飾られている。仁和寺の門跡を家元に、華道を通して文化活動にも力を入れている。
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渡り廊下が白書院と辰殿を繋いでいる。
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「白書院」
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「宸殿」
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「黒書院」
堂本印象が描いたふすま絵が室内全体を飾っている。 -
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襖に描かれた絵が見事だ。
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「釘隠し」が至るところに見られる。
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観音堂須弥壇に安置されている「千手観音像と二十八部衆立像」は圧感である。通常一般公開されていないが、現在観音堂が半解体修理されていているため、九州国立博物館に運ばれ、公開されている。
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「刺使門」
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「中門」
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「霊明殿」
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黎明殿の中には歴代門跡の尊牌が安置され、正面に薬師如来が安置されている。
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「薬師如来像」
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「金堂」
仁和寺の本尊である阿弥陀三尊を安置する御堂で、慶長年間造営の御所内裏紫宸殿を寛永年間に移築されたものである。宮殿建築を伝える貴重な建築物で、国宝に指定されている。 -
「五重塔」
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「鐘楼」
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「不道明王」と掲げた碑のある「水掛不動尊」が祀られている。
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「仁王門」の内側。平安時代の伝統を引く和様で統一され、左右に唐獅子像が安置されている。仁和寺に来た時、最初に通ったのがこの門である。
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最後に向かったのは「大雲院 祇園閣」である。大雲院は1587年(天正15)、織田信長・信忠父子の菩提を弔うために創建された寺院である。その敷地内にある祇園閣は大倉財閥創始者・大倉喜八郎の別邸の一部で、建築家・伊東忠太の設計による昭和初期の名建築として知られている。
※ 大雲院( 東山区祇園町南側594-1 TEL. 075-531-5018 )
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「祇園閣」入口。
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祇園閣は1928年( 昭和3)に建設されたが、携わったのは伊東忠太である。
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中に入って驚いた。それは1階から3階まですべての壁が中国の敦煌風の絵画で埋めつくされていたからである。
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伊東忠太独特の怪奇動物があちこちに見られる。
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閣上から東山一帯の風景を360度見ることが出来る。周囲は大きなビルがなく、寺が建ち、木々の緑が生い茂っている。如何にも京都らしい風景で、小生の好きな光景である。
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近くにこのような観音像が見えるが、これはどこの寺にあるものだろうか。
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ふとこんな光景も目に入った。近くのレストランの裏側で何か食材を干しているようだ。
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「祇園閣」
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祇園閣の地上36メートルのところに祇園祭の鉾をモチーフとした尖塔が聳えている。
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この寺は1587年(天正15)、織田信長とその子信忠の菩提を弔うために創建されたが、もともとはこの地にあったのではなかった。
その信長親子を追善供養した碑が境内にある。 -
「石川五右衛門の墓」がこの寺にあるとは知らなかった。
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この「本堂」の建物は、平安・鎌倉の折衷様式二階建て本瓦葺である。
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「弁天社」
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「鐘楼」
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「書院」の玄関。書院は祇園閣と同様に伊東忠太が設計し、元財閥の大倉喜八郎の別荘であった。
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大雲院を出てホテルに戻るためにバス通りに出ようと歩いていたら、4人の美しい外国人女性に出会った。舞子のいでたちをして歩いていた。彼女たちはポルトガル語を話していたので、ひょっとしてブラジルから来たのかと尋ねると、そうとのことであった。少し話をして、写真を撮らせていただいた(オブリガード)。
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顔を白く化粧した姿は少々異様な感じがしないでもないが、ふとプッチ―ニのオペラ「マダム・バターフライ」の蝶々さんを想起させられた。
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手にしてい団扇を小物袋に持ち替えて再度写真をしていた。暑い中であったが、皆喜々として写真撮影に臨んでいた。
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