2017/12/22 - 2017/12/29
4位(同エリア1691件中)
noelさん
この日はアスワンからカイロに移動してきました。
そして一番最初に、このエジプト考古学博物館にやってきました。
古代エジプトの数々のコレクションは、19世紀ヨーロッパからの発掘隊が入り、その神殿や王墓などからの埋葬品をそれぞれの国々に持ち去ってしまいました。
ただ当時ルーブル美術館助手であったフランス人の考古学者、オーギュスト・マリエットが「文化財は現地で保存されるべき」という方針のもと創設した小さな博物館が、エジプト国立博物館の前身でした。
しかもマリエットはパリ万博の際に、古代エジプトの遺物を出品したのですが、ナポレオン3世に、それを贈呈するよう命令されましたが、これに従わなかったためフランスからの援助を打ち切られ、故郷にももどることができないまま亡くなってしまいました。
【旅程】
12月22日(金)成田発 17:30(EY871便)⇒アブダビ着 翌日0:35
12月23日(土)アブダビ発 3:20(EY651便)⇒カイロ着5:30
カイロ発 10:35(MS361便)⇒ルクソール着11:45
クルーズ船へ
カルナック神殿観光
ルクソール神殿観光
12月24日(日)王家の谷観光
ハトシェプスト女王葬祭殿観光
メムノンの巨像観光
西岸から東岸へファルーカ船にて移動
午後は自由行動
クルーズ船にてエドフへ移動
12月25日(月) ホルス神殿観光
クルーズ船にてコムオンボへ移動
コムオンボ神殿観光
クルーズ船にてアスワン移動(予定)
12月26日(火) イシス神殿観光
アスワンハイダム観光
アブシンベル神殿観光
12月27日(水) アスワン発(NP82便 9:30⇒ カイロ着 10:55
考古学博物館入場
ハンハリーリバザール
12月28日(木) ギザのピラミッド、スフィンクス観光
カイロ発 15:00(EY648便)⇒アブダビ着 20:30
アブダビ発 22:00(EY878便)⇒
12月29日(金) 成田着 12:45
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 2.5
-
古代エジプトのコレクションは残念ながら、他国に持ち去られてしまった物も多いのですが、やはりこのエジプト考古学博物館は、古代エジプトに関しては世界一のコレクションを有しています。
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博物館は1902年に、ここに建設されました。
オーギュスト・マリエットの銅像があります。(写真は撮り忘れました)
10万とも20万ともいわれるコレクションを所蔵しています。 -
蓮とパピルスです。
上下エジプト統一の象徴です。 -
チケット売り場です。
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入場料は120エジプトポンドです。
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ミイラ室の入場料は150エジプトポンドです。
この他にカメラ券は50エジプトポンドです。
(ビデオ券は300エジプトポンドです。・・・これは購入しませんでした。)
ただ、チケットを購入してもツタンカーメンの部屋は撮影禁止です。 -
こちらから入ります。
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ジュセル王の座像
顔料・石灰岩製 高さ142cm
サッカラ、ジュセル王のピラミッド・コンプレックスのセルダブ(彫像安置室)より出土
エジプト考古局の発掘(1924-1925年)
第3王朝、ジュセル王の時代(BC2630-BC2611)
セド祭用の衣服で身を包んでいます。
3つの部分からなるかつらが、首の両脇に2本の帯状に垂れ下がってます。
その一部をネメス(王がかぶる頭巾)でおおってます。
等身大の像としてはエジプト最古の像です。
台座の正面に、ネチェルケト王の名前と称号が刻まれてます。これはジュセル王のことで、当時の碑文にはジュセル王のとは書かれていなかったようです。
階段ピラミッドの北側にあるこの小さな部屋には、王像の両目と同じ位置に2つの穴が開けられていて、ここから王が外を見たり、隣の神殿で行われる儀式や祭典に参加できると考えられていました。 -
メンカウラー王の三柱神像
JE40699
硬砂岩製
高さ95.5cm
ギザ、メンカウラー王の河岸神殿より出土
G・ライスナーの発掘(1908年)
第4王朝メンカウラー王の時代 (BC2490-BC2472)
この三柱神像のメンカウラー像は、白冠(上エジプトの王冠)を被って、ジェンディトとひだつきの腰布をつけています。
左側にはハトホル女神がいて、王の手を握ってます。
右側には女神とほぼ同じ身長の女性が立っています。女性の頭上には上エジプト第7ノモスの州都ディオスポリス・パルヴァア(現在のヒゥ)のシンボルが立っています。
台座はじめ全てが1枚の硬砂岩から掘り出されています。
足元には女神、ノモスからの供物、ファラオの名前を意味するヒエログリフが刻まれています。
ファラオの名前は2つ刻まれていて、上・下エジプトの統治者としてのメンカウラーと、もう1つは彼のホルス名である「カクイ」が記されています。
この像は王のピラミッド・コンプレックスに属する河岸神殿の一部屋に飾られていた8体のうちの1体だったようです。
それらの彫像はファラオがハトホル女神に捧げたものでした。
とりわけハトホル信仰の強かった上エジプトのあらゆるのもしから捧げられました。
他に同様の三柱神像がカイロ博物館に3体ありますが、
JE40678は右側に極端に身長の低い男性が、頭にテーベ(現在のルクソール)のノモスの象徴をつけて立っています。
JE40679は右側に上エジプト第17ノモスを神格化した女性立っています。頭上にはアヌビス神を配したノモスの旗印をかかげています。 -
セキュリティチェックをします。
-
カーアペルの像
CG34
イチジク材製
高さ112cm
サッカラ、ウセルカフ王の
ピラミッド周辺C8より出土
A・マリエットの発掘(1860年)
第5王朝、ウセルカフ王の時代(BC2465-BC2458年)
この彫像は「シェイク・アル=バラード」(アラビア語で「村長」)として知られています。
朗唱神官を表した像で、名前はカーアペルと言います。
この神官は、エジプトの彫像ではあまり見られない姿で表現されています。
またこの像は高い地位の人物にふさわしくゆっくりとした威厳ある動きを捉えられています。
第5王朝の貴族の像における素晴らしい例にあげられ、古王国時代の作品の中でも高く評価されています。 -
侍医頭ネアンクラ(ニアンクラ)座像
石灰岩
高さ
63.5cm
アル=ギザ出土
古王国第6王朝 BC2300-BC2200年頃
解説を撮り忘れたため、詳細はわかりません。 -
カフラー王座像
閃緑岩
高さ168cm
古王国第4王朝 BC2550年頃
河岸神殿より出土
クフ王の息子です。ギザにピラミッドとスフィンクスがあります。 -
カフラー王の座像
横から撮りました。 -
書記座像
JE30272=CG36
顔料・石灰岩製
高さ51cm. 幅41cm 奥行き31cm
サッカラ出土
エジプト考古局の発掘(1893年)
第5王朝初期(BC25世紀頃)
この彫像は黒く彩色された方形の台座の上に座ってます。
足の上にはパピルスが広げられています。
耳たぶが出る黒いかつらをかぶっています。
銅で表された太いアイラインが特徴的です。
この像のように書記の姿をした彫像は大変人気がありました。書記の像は第4王朝を通じてつくられていて、最も古いのはクフ王の統治時代に生きたカワブ王子の書記像があります。
追記:この座像は大ピラミッド(クフ王のピラミッド)の建築に携わったメレルであると思われてます。彼は監督でした。
※2013年にワディ・アル・ジャルフ(ワディ・エル・ジャラフ)(紅海沿岸の地域)で最古のパピルスが発見されました。書体はヒエラティックです。これを書いたのがメレルです。このことから「メレルの日誌」と呼ばれるようになりました。 -
古王国時代のエリア
-
ラーへテプとネフェルトの座像
CG3-4
顔料・石灰岩製
ラーへテプ (CG3) 高さ121cm
ネフェルト(CG4) 高さ122 cm
メイドゥム、ラーヘテプのマスタバ墓より出土
A・マリエットの発掘(1871年)
第4王朝、スネフェル王の時代(BC2575-BC2551年)
男女の描写においてエジプトでは一般的なしきたりとして、男性は常に褐色、女性は薄い黄色で描かれています。
背もたれには「王を知る者、ネフェルト」という碑銘が記されています。
ラーヘテプは、クフ王の兄弟(もしくは異母兄弟)です。 -
セネブと家族の像
JE51280
顔料・石灰岩製
高さ34cm 幅22.5cm
ギザ・セネブ墓あより出土
Hコンカーの発掘(1926-1927年)
第5王朝末期から第6王朝の初期(BC24-BC23世紀)
セネブは王の衣装係で第5王朝のクフ王とジェドエフラー王の神官としても仕えていました。
彼の成長には小人症の影響がみられます。
妻のセネトイテスの肌は非常に明るい色で彩色されています。
2人の子供は裸で指をくわえています。
左の男の子は子供特有の編み込んだ頭をしています。
この像はギザにあるセネ美の墓の中、石灰岩製の小さな祠堂で発見されました。 -
クフ王の像
(大ピラミッドの建設をしたファラオ)
JE36143
高さ7.5cm 幅2.5cm 奥行き2.9cm
1903年アビドスにて発掘 象牙製
古王国時代 第4王朝
あのピラミッドを建設したファラオなのに、この像はかなり小さいです。
兄弟のラーヘテプは大きな像なのに・・・。 -
上記のクフ王の像の実際の大きさは、これを見るとよくわかると思います。
小さいのでケースに入ってます。
これがギザのクフ王のピラミッドの王とは思えないくらい小さいです。
しつこいようですが・・・。 -
ヘテプへレスの輿
クフ王の母であり、スネフェル王の后であった女性のもの。
第4王朝時代 -
柩のようですが、中にまでぎっしりヒエログリフが描かれてます。
それほど古いようには見えないのですが・・。 -
メンチュホテプ2世座像
JE362195
顔料・砂岩製
高さ138cm
ルクソール西岸 ディル・エル・バハリのメンチュホテプ2世のセノタフ(空墓)A1より出土
ハワード・カーターの発掘(1900年)
第11王朝、メンチュホテプ2世の時代(BC2061-BC2010年)
オシリス神のポーズをとってます。
下エジプトを象徴する赤冠をかぶって、神聖の象徴である長いつけ髭をして、セド祭(王位更新祭)の膝上までの白い衣装を着ています。
等身大のですが、それよりも大きく見えます。
ネメス王以来、上下エジプトを統一した2人目の王となったメンチュホテプ2世の勇壮な風格あるイメージが伝わります。
またこの像は現世においてはホルス神として表される征服者であり、また死の世界では冥界を司るオシリス神という、王たるべき者が所有する二面性を象徴しています。
ちなみに1900年ディル・エル・バハリのメンチュホテプ2世の葬祭殿の中庭北東部に位置している竪穴から、上質の亜麻布に何重にも包まれた状態で発見されました。たまたま当時エジプト考古局の一員だったハワード・カーターが、乗っていた馬がつまずいた時に、馬の蹄で地下通路を隠していた石板が見えて発見されました。
それ以来その穴は「馬の入口」という意味のアラビア語のハーブ・アル・ホサンと呼ばれるようになりました。
この地下室の目的は仮設として2つあります。
① 最初に作られた王の墓所であり、後から立派な葬祭殿ができたため、やむなく廃棄されたため。
② 上下エジプトを統一した王として、2箇所に墓を持つということを表すセノタフ(空墓)だったため。 -
アメンエムハト3世のスフィンクス像
灰色花崗岩製
高さ150cm 長さ236cm
タニス出土
A・マリエットの発掘(1863年)
第12王朝、アメンエムハト3世の時代(BC1844-BC1797年)
このスフィンクスは後の時代の支配者たちに人気がありました。
スフィンクスは、ヒクソス時代のネヘシ王、ラムセス朝時代のラムセス2世とメルエンプタハ、そして最後に第21王朝のプスセンネス王によって強奪され、再利用されてきました。
この彫刻がいかに評価が高いかは、第18王朝のハトシェプスト女王が、スフィンクスを製造する際に模範にしたことからも窺えます。 -
頭を縁取っているのは、ネメス頭巾ではなく、長くふさふさしたたてがみで、その間からライオンの耳が飛び出しています。また頭の正面には、王権を象徴するコブラの彫刻がのっています。
そしてこの像を強奪した王たちの称号があちこちに刻まれてます。台座にはラムセス2世の称号も刻まれています。 -
ハトシェプスト女王像頭部
JE56259A-56262
顔料・石灰岩製
高さ61cm
ルクソールの西岸 ディル・エル・バハリのハトシェプスト女王が葬祭殿より出土
メトロポリタン美術館の発掘(1926年)
第18王朝、ハトシェプスト女王の時代(BC1479-BC1458年)
第3テラスの柱廊を飾るオシリス柱の1つに冠していたものと思われます。
残存している女王の頭飾りから、上下エジプトの統一を表す二重冠を被っていたようです。 -
ハトシェプスト女王のスフィンクス
-
トトメス3世像
硬質粘板岩 高さ90cm
ルクソール出土
硬い石材を使用しながらも、柔和な容貌と肉感を表現していて優雅さ追求した作品です。 -
説明を撮らなかったため、この二人が誰なのか不明です・・・(-_-;)
推測ですが
センネフェルとセナーイの座像ではないかと思うのですが・・・。
新王国時代第18王朝 BC1420年頃
(推測の理由としては、これに似た灰色花崗岩 高さ120cmの2体の座像があるので・・・・。) -
パピルス
随分と長いです。 -
第1の厨子
4重の厨子の1番外側にありました。
イシス神の腰ひもとジェド柱をデザインした模様です。
長さ約5.2m、幅約3.6m -
第2の厨子
金箔貼りになっています。
入口には翼を広げたイシスとネフティス女神像です。厨子の中にいる王に向かって呼び掛けています。
また側面にはホルス神の身体に入る太陽エネルギーを物語る呪文がクリプトグラフィーと呼ばれ、ヒエログリフを暗号文に置き換えた文章で残されています。 -
第3の厨子
まるでマトリョーシカです。
イシス女神がオシリス神にファラオを紹介している様子です。
第2と第3の厨子の扉は、カーターが発見した際には、金属製のかすがいに通された黒檀の閂で締められて、真中の部分は金属製で、かすがいに固く結び付け垂れた綱で固定されていて、そしてさらに封印されていました。
そして粘土製の封印には、9人の捕虜とジャッカルが描かれていたようです。
ところで第2の厨子と第3の厨子は、間違っているかもしれません・・・。悪しからず。 -
第4の厨子
つまりこの中に石棺と人型棺がありました。
第一人型棺、第二人型棺、第三人型棺(純金)、そして最後に黄金のマスクがありました。
女神ヌトはかく語れり・・・・
我、汝の良きことを教えあげる、おー、オシリスよ、ネブ・ケペルウ・ラー王(「威厳あるラーの顕現」というのはツタンカーメンの即位名)よ、
汝の霊魂は不滅なり、汝の血管(生命エネルギーの象徴)は堅固なり、
汝、大気(生命の創造的息吹で無限・天国・魂などを象徴する)の香を感じ、
一柱の神、アトゥムとして旅立つ、
おー、オシリスよ、ツタンカーメンよ・・・
大地の神、ゲブは言う・・・
わが愛する息子、オシリスの玉座を継承する者、ネブ・ケペルウ・ラー王よ、
汝気高さは完全なり・・・汝が王宮は威厳に満ち・・・
汝が普遍性は正者の言の葉にある、
おー、オシリスよ、ツタンカーメンよ・・・ -
チャリオット(戦車)
-
金箔の施された儀礼用杖
-
上記の握りの部分を拡大しました。
握りの部分は黒檀を用いてます。
アフリカの捕虜の頭・腕・足などが精巧に作られています。 -
ツタンカーメン王の黄金のマスクの部屋は撮影禁止です。
・・・ですが、主人は部屋に入る前に人が途切れたところで、少し離れたところから撮ってしまってました。
JE60672
ラピスラズリ、紅王随、石英、黒曜石、トルコ石、ねりガラス、金製
高さ54cm、幅39.5cm、重さ11kg
白目には水晶、瞳孔には黒曜石が象嵌されています
額には上下エジプトの守護神であるネクベト神とウアジェト神の象嵌が並べて配置されていて、統一エジプトの王であることを示しています。
このように黄金のマスクであったり、等身大の純金の棺であったり、金を惜しげもなく使ってますが、それはヌビア地域を中心に黄金が次々に産出されたため、無尽蔵にあるものとみなされたためでした。
そしてこのような金細工師の作品は、イタリアの彫刻家であり、金細工師のチェッリーニ(1500-1571年)や、あるいはルネサンス時代の優れた金細工師と並ぶほどの精巧さで作られたようです。
また若かったツタンカーメンにとって、このマスクは頭と両肩の上から身体の真中あたりまで届くほどだったようです。 -
2021年10月24日追記
国立科学博物館で開催されていた「特別展 大英博物館 ミイラ展 古代エジプト6つの物語」を観に行ってきました。
ミイラ等は撮影禁止でしたが、一部のみ撮影できました。
【レプリカ】ツタンカーメン王の黄金のマスク
本物は、上記にあるようにエジプトにありますが、これは朝日新聞社が所蔵しています。
今回の解説をついでに記載しておきます。
古代エジプトの金細工の最高傑作の1つ。金の板を叩いて合わせたもので、厚みも均等です。マスクは打ち出しで、整形後、研磨され、象嵌で装飾が施されてます。ツタンカーメン王の黄金のマスクは冥界の王、オシリス神を表したものです。
王はネメス頭巾を被り、青ガラス製のストライプの模様がついています。
額には王権の守護神で上下エジプトの女神であるハゲワシのネクベト女神とコブラのウアジェト女神の姿が象られています。眉毛とアイラインはアフガニスタン産のラピスラズリで、目は石英と黒曜石でできています。
マスクの裏側には「死者の書」第151章bが打ち出されており、マスクの各所が、様々な神々によって構成され、守護されていることが書かれています。
これは1965年から1966年に開催された「ツタンカーメン展」の際に作成されていたレプリカで、細部に至るまで精緻に再現されています。 -
カノポス厨子
JE60686
顔料・しっくい・金・ねりガラス・ファイアンス・木製
高さ198cm 幅122cm 奥行き153cm
ツタンカーメン以下同じ
王のカノポス箱を納めるために、壮麗かつ精巧なこの厨子は、玄室入口のあつ宝物室の東壁に置かれてました。厨子を保護する天蓋を持ち、全体がソリの上に乗せられてました。
厨子の内部には筋紋が入った半透明の方解石で作られた箱が入っていました。
蛇腹が突き出した屋根を支える四隅の柱を介して、木製金ばりの天蓋がそりに固定されていて動かしやすいように設計されてます。
各柱の外側の2面はファラオの名前、称号および賛辞を記したヒエログリフの碑文描かれています。 宝物の天井すれすれの高さがあった外側の天蓋の縁取りは、頭上に太陽円盤をいただくウエラウスの帯状装飾です。 -
天蓋を支える柱と柱の間には、木製金ばりの女神像が内側を向き、両手を広げた守護の姿勢で立ってます。これらの像は死者の守護神です。
女神はそれぞれ頭上にのせたヒエログリフのシンボルによって識別されました。
この像は4体とも頭巾を被り、長い髪が背中に垂れ下がってます。眉、目の縁飾り、瞳は黒、眼球は白に彩色されてます。
天蓋の周囲を取り巻く凹面の軒蛇腹を縁取ってるのも、頭上に太陽円盤をいただくウエラウスの帯状の装飾されてます。 -
厨子型カノポス櫃とカノポス容器の栓(四女神)
櫃:アラバスター製
高さ(そりを除く)85.5cm 幅54cm
女神:アラバスター製
高さ24cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年)
箱の内部は4つに仕切られて同様に方解石で作られた4つの頭部が、各しきりの蓋になっています。
さらに仕切りの中には黄金のミイラ型の小型棺が入ってました。それぞれの小型棺は防腐処理を施した王の内臓を入れるための容器です。
カノポス箱
顔料 金 木 方解石製
高さ85.5cm. 箱54cm
王の内臓が入ったカノポス壺を収納する精巧な箱。
この箱にはミイラの形状をした黄金の小型箱が4つ納められており、その中に防腐処理を施した王の内臓が保存されていました。
イシス女神は、肝臓
ネフティス女神は、肺
ネイト女神は、胃
セルケト女神は、腸をそれぞれ守りました。 -
アヌビス神像の厨子
JE61444
樹脂・しっくい・銀・金・石英・黒曜石・木製
高さ118cm 幅52cm 長さ270cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年)
これは宝物室の入口に、玄室の方向を向けて置かれていました。カーターが発見した時、アクエンアテン王の治世7年目の日付が記された亜麻布を纏っていました。
前足の間には王妃ネフェルティティの娘、メリトアテン王女の名前が書かれた象牙のパレットが置かれていました。 -
メヘトウェレト女神形の葬祭用寝台
顔料 しっくい 金 わりガラス 木製
高さ188cm 幅128cm 長さ208cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年)
ツタンカーメン王墓には7台の寝台が埋葬されていました。そのうち4台は実際に王が使用したと思われます。
儀式用寝台は高さがあります。これと同様の3台の寝台はセティ2世王墓の壁画に描かれていることから、100年以上にわたり重要な役割を果たしました。
1つめはメヘト王を象徴する雌ライオンがかたどられています。
メヘト神は、イシス神とハトホル神の破壊力を表す神で、毎年その怒りを鎮めることによって、ナイルの定期的な氾濫が保証されたと考えられています。
2つめは頭は鬘をつけたカバ、胴はひょう、尾はわしの姿でかたどられています。この合体動物は恐ろしい「アメシト」を表しています。
「アメシト」は「死者の書」では、オシリス神の裁判で「正しき者」を認めず、女神となった死者を飲み込もうと間違えて「死者をむさぼり食らう者」として描かれています。
でも天空の女神ヌトを象徴する豚の姿で表され、死者を飲み込んで埋まり変わらせることにより、永遠の再生復活を可能にする役割を持っています。
この女神は夜空を表すイメージとしてよく用います。ヒョウを思わせる黒い斑点によって天空の神としての役割が強調されています。
3つめは寝台の両サイドには原初の海ヌンから最初に表れた「偉大な氾濫」と呼ばれました。
メヘトウェレト女神を象徴する若い雌牛の姿を模っています。
葬儀の間、遺体には3つの寝台の上で埋葬の準備が施されています。 -
こちらの寝台は高さが低いので、実際に使われたものでしょう。
これだったかどうかは不明ですが、折り畳み式の簡易ベッドもありました。
第18王朝時代の王にしばしば好まれた持ち運び式の家具の一つです。 -
寝台の脚部にライオンがあしらわれています。
-
2階にやってきました。
棚に入っているのは、ミイラ型棺です。 -
拡大するとこんな感じです。
こんなにたくさんの棺を見るのは初めてです。 -
主人が撮ったものですが、説明がないのでよくわかりません。(-_-;)
おそらく木棺の蓋の上部の部分が、ミイラのマスクでしょう。
ミイラの頭部に被せたもの。カルトナージュ(亜麻布やパピルスなどの上に漆喰を塗り彩色施す)で作られているのかと思います。 -
これも同様でわかりません。(-_-;)
しかしながら、上記のものよりは保存状態も良く綺麗です。
これの方が木棺に被せられていたのがなんとなくわかります。
おそらく彩色人型木棺の蓋では? -
棺です。
左がおそらく木棺の一番上の蓋で、真中はその中の蓋かと思います。金です。
そして右の木棺の中には、小さい木棺があります。これは子どもでしょうか。
赤ちゃんぐらいに思えます。
まるでマトリョーシカのようです。
確かツタンカーメンとアンケセナーメンの子は妊娠したものの、死産と早産で2人の女の子が亡くなっているはずです。 -
スタンド上の木に金箔を施した蛇
おそらく葬儀式で神話上の一部で女神たちとアヌビス神の娘のケブハット(Kebhut)に奉納しています。
黒いワニスで覆われた2つの木製ケースに収められてます。 -
シャブティ
左から2番目の赤冠をいただいたツタンカーメン王のシャブティ
JE60823
金、青銅、木製
高さ53cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年)
「シャブティ」とは、古代エジプト語から派生した言葉です。
死者が来世で重労働に呼び出された時に、変わりに「答える者」を意味しています。
ツタンカーメンの王墓には413体のシャブティがあったようです。
ただし碑文が刻まれているものは比較的に少なかったようです。
見つかったのは副室から236体
宝物室から176体
前室から1体です。
もともとは黄金や青銅を象嵌した木製の箱に納められていました。 -
アヌビス神とホルス神のようです。
これもシャブティでしょうか。
小さな棺やカノポス壺らしきものまであります。
これも推測ですが、アラバスター製ではないかと思います。 -
パピルス船に乗るツタンカーメン王像
顔料・しっくい・金・青銅・木製
高さ69.5cm. 幅18.5cm. 奥行き70.5cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年)
この黄金の木造のもう一つはパピルス船の上に立ってます。
邪悪の象徴であるセト神のカバを狩る神話の一場面が描けれています。
ホルス神の姿をしたツタンカーメンです。
この船は古代エジプト人が使っていたパピルスでできた簡素な船の典型です。船首と船尾には金箔があしらわれたパピルスの花が装飾されています。一応聖なる舟です。 -
ダチョウ狩りが描かれた儀式用扇
金泊をかぶせた木製
扇の飾板部分 高さ10.5cm 幅18.5cm 柄の長さ95cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年) -
団扇でしょうか。
大型扇子というか・・・。ひょっとしてだちょうの羽でしょうか?
全て私の推測です。
説明を撮らなかったため、わかりません。(-_-;) -
パピルス
かなり劣化してしまっています。
死者の書からの心臓の重さを図る場面です。
サッカラ出土
プトレマイオス期紀元前332-紀元前302年 -
彩色小箱
JE61477
横72cm
木、象牙、黒檀、ガラス、ファイアンス、金、方解石、顔料
箱の側面4カ所に浮彫が施されています。
そして着色された装飾版がはめ込まれています。
ツタンカーメンとアンケセナーメンが描かれています。
庭園の中で弓を射る姿が描かれています。 -
彩色小箱
木、象牙、ガラス、ファイアンス
ふたの部分31×20cm
ツタンカーメンとアンケセナーメン -
ツタンカーメン王の黄金の玉座
JE62028
金、銀、ねりガラス、準貴石、木製
高さ102cm 幅54cm 奥行60cm
背もたれにはツタンカーメン王とアンケセナーメンの姿が描写されてます。
副室で発見されました。
カルトゥーシュが太陽円盤をいただいています。
ちょっとわかりにくいのですが、ツタンカーメン王に王妃のアンケセナーメンが香油を優しく塗っている場面ですが、二人ともサンダルを片方しか履いていません。
ツタンカーメン王は左足に。
アンケセナーメンは右足に。これはなぜなのでしょう??? -
横から見た玉座
アマルナ美術の特色を伝えているそうです。
木製金張りの上に貴石、色ガラスが象嵌されています。
これはアマルナ時代への訣別を告げる反宗教改革の行われる前に作られたもののようです。
背もたれの上にアテン神
光線の先は手となってツタンカーメン王と王妃アンケセナーメンに生命の与えています。
碑文にはアマルナ時代の2人の名前が記されています。
追記:令和3年8月テレビ放送によると(番組名を失念しました)
この玉座の横のカルトゥーシュには
「tut ankh amen」のほか
「tut ankuh aten」と書かれていたようです。
↑の方はアテン神の生き道という意味です。
ツタンカーメンは父王であるアクエンアテンの信仰を捨てました。
それにも関わらず、刻まれていたのは、親子の情愛の表れでは・・・・と考えられているようです。 -
ツタンカーメン王のカーの像
JE60709
パピルス船に乗るツタンカーメン王像
顔料・しっくい・金・青銅・木製
高さ69.5cm. 幅18.5cm. 奥行き70.5cm
ルクソール西岸 王家の谷ツタンカーメン王墓(KV62)
H・カーターの発掘(1922年)
第18王朝 ツタンカーメン王の時代(BC1333-BC1323年)
これはツタンカーメンっぽくないのですが、番人の姿をしたツタンカーメン王です。お墓の玄室の入口にありました。 -
2階の吹き抜けから1階のアトリウムを眺めて
-
ミイラ室には入場チケットが必要です。
でも反対側にある別のミイラ室は無料で入れます。
外にあったミイラです。
写真可でした。
この骨は1982年ワディ・クバニヤの西岸で発見されてから初めて展示されました。 -
ミュージアム・ストアです。
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タオルなどがあります。
私はここで木製の容器に入っているリップバームを買いました。
実際に使ってますが、なかなかいいです。 -
もう少しゆっくり観たかったのですが・・・。
それから残念なことに、ナルメル王のパレットを見逃がしました。
緑色片岩製で高さ64cm、幅42cm、厚さ2.5m
ヒエラコンポリス(現在のコム・アル=アハマル)のホルス神殿より出土しています。先王朝時代末期のナルメル王時代(BC3000年頃)
ホルスの目は太陽の化身とされたことから、パレットは魔術の力で神の目を守るために奉納されたと考えられました。
アイシャドーは太陽の強い日差しから目を守り、視力を保つ力があると考えられていました。 -
さて、次は遅いランチです。
-
新たに建設されている「大エジプト博物館」は、ピラミッドの近くです。
以前下調べした際に、グーグルマップで確認したら、2015年建設予定となっていました。
そして帰国後、「ギザの大ピラミッド 5000年の謎を解く」
著者:ジャン・ピエール・コルテジアーニ
監修:吉村作治
の2008年10月発行、によると
2012年に完成予定となっていました。
随分長らく待たされましたが、今度は大丈夫でしょうか。
それにしてもピラミッドの側で観られるなんて、いいですね!
追記:2022年1月3日
一般社団法人 中東ワールドステーション
エジプト・日本「友好モニュメント」事務局の
オンラインセミナーに参加しました。
zoomで行われました。
令和4年(2022年)1月3日 午後6時から午後8時近くまで
その中で現在のエジプトの状況、新たにオープンする 大エジプト博物館(The Grand Egyptian Museum、略称GEM)の事など教えていただきました。
そして、これを記念して日本とエジプトの友好のモニュメントが建設されることになりました。
そのモニュメントに、今回のzoom参加者の名前も刻まれることになったのです。
本当に光栄です。
まるで王のカルトゥーシュのよう・・・。もっとも名前はきっと小さいと思うので発見できないかもしれませんが、でも、嬉しいです。
そして2022年には、いよいよオープンしそうです。
王のミイラなどは大々的なパレードが行われて、既に移動していますが、最期にツタンカーメン王の黄金のマスク等が運ばれるそうです。
楽しみです。
コロナが収束したら、また行ってみたいです。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- ひでちゃんさん 2021/09/25 10:57:01
- 私も行ってきました。
- 2015年2月24日です。ツタンカーメン撮影禁止でしたね。確かカメラ類は入り口でまとめて強制収用されました。バスには刑事が2人銃を身に着け同乗してました。気温は40℃暑かったですね。ピラミッドやスフィンクス暑くて暑くて参りました。この1か月前にはアラスカでオーロラツアー行ったんです。―40℃
1か月の間で80℃を体感しました。
- noelさん からの返信 2021/09/25 17:49:36
- Re: 私も行ってきました。
- ひでちゃんさん
メッセージありがとうございます。
2月に行ったのに40度だったんですね。2月は割と気候がいいと思っていたのですが、それは大変でした。
しかもアラスカとの気温差が80度とは・・・・。
身体がどうにかなってしまいそうですね。
博物館は確かに撮影禁止でした・・。夫が室外から知らぬ間に撮っていて、
アップロードを止めようかと思いつつ、載せてしまいました。
旅行記を書き始めたのが、備忘録的なものだったので。(理由にはなりませんが)
セキュリティポリスも同行し、エジプト観光は物々しい感じでした。
今思えば懐かしいですね。
また、自由な旅行ができる日を、心待ちにしています。
そうぞお体にお気をつけてお過ごしください。
-
- rupula11さん 2020/12/20 18:04:02
- 自分も行きましたが、説明書が全く無いので全く理解できませんでした。
- 展示物に対して、詳しく書かれていて尊敬します。以前行った時の事を思い出しながら今度ゆっくり復習してみたいと思います。
- noelさん からの返信 2020/12/20 19:11:33
- Re: 自分も行きましたが、説明書が全く無いので全く理解できませんでした。
- rupula11さん、こんばんは
メッセージありがとうございます。
確かに博物館からの説明のリストなどありませんでした。
そのため、片っ端から展示物の下にあった説明を写真撮影しました。
そして後でゆっくり確認しました。
他はガイドさんの説見をメモしていました。
今年は寂しい年末ですが、少しだけ耐え忍んで、また旅行できる日がくることを願っています。
どうぞお気をつけてお過ごしください。
noel
-
- かれんさん 2020/07/16 20:38:52
- noelさん エジプトはだれでも一度は行きたい国ですよね!
- 私も このコロナが一定収束すれば ぜひ行ってみたい国です。ピラミッドやスフィンクス、博物館の展示物をこの目で確かめたいです。たくさんの写真 見せてもらってありがとうございました、また投票 ありがとうございました。
- noelさん からの返信 2020/07/16 21:38:32
- Re: noelさん エジプトはだれでも一度は行きたい国ですよね!
- かれんさん、こんばんは
エジプト旅行記をご覧頂きまして、ありがとうございます。
念願叶ってようやく行く事ができたエジプトでした。
とても良かったです。
コロナが落ち着いて、行けるといいですね。
かれんさんのイギリス旅行記も、楽しく拝見いたしました。
トラブルが重なって大変でしたが、その分忘れる事のできない旅になったのではないかと思います。
コロナが収束して、普通に旅ができるようになるといいですね。
どうぞ今後とも、よろしくお願いいたします。
noel
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