1996/03/09 - 1996/03/18
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pacorinさん
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学生時代、ペルシア語課のみなさんとイランへ旅行に行きました。
当時は少しだけペルシア語を話せたし、イランなんてそうそう行く機会もないしということで、イラン人の教授や先輩方が手配してくれた団体旅行に参加しました。
この度、当時の紙切れ類を発見したので、アルバムと記憶を突き合わせながらどんな旅行をしたのかをたどっていこうという、大変暇人的な旅行記を作成することにしました。こちらは旅の後半の旅行記ですが、写真は全て現像したものをiPhoneで撮って載せただけの、雑な作りとなっています。
情報としてはほとんど役に立ちませんが、90年代のイランの様子に興味のある方は御覧になっていただけたらと思います。
旅の前半の様子はこちら:【暇人的アーカイブス】イランの思ひ出 <1996> 前編 イランのおもしろい村々
https://4travel.jp/travelogue/10907193
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3月9日(10日目)
イラン中央部のヤズドにある、ゾロアスター教の「沈黙の塔」にやってきました。
岩山の上の塔に遺体を安置して鳥葬・風葬していたところ。その様子はメモとイラストで残していたので写真はありませんでした。 -
なかなか危険な岩山を登って塔から見下ろしたところ。遠くの方に高層マンションらしきものが見えていますが、今だともっと沢山の建物が建っているのかもしれませんね。
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ヤズドのモスク。
「めちゃ汚くて靴下汚れて最悪」としかメモってなかった。。。
この辺りから旅の疲れも出てきたのか、メモも愚痴が多いです(笑) -
お菓子工場見学。ポシュマクというわたあめのようなお菓子を作っているところ。
麺打ちのような作業を400回繰り返すそうです。
ヤズドはお菓子で有名だけど、激甘&オイリーで口に合わず、とメモってました。 -
あんまり記憶にないけど、「アレクサンドルの監獄」というところに行ったようです。ペルシア語のメモで検索するとLariha Houseと出てきて、古い邸宅らしい。
ゾロアスター教の神殿も訪れたみたい。「アヴェスターを買う」ってメモってたけど、読みもしないゾロアスター教の経典を買ったのかなあ?まだ持ってるかなぁ・・・と探してみたらこんなの出てきました。絶対読まない、というか読めないな。 -
ヤズドではバーザールでピスタチオと紅茶を買いました。これが美味しかったのを今でも覚えてるな~ここぞとばかりにペルシア語を活用。
通りすがりのイラン人女子に声をかけられ、日本のものを欲しいと言われたのもヤズドのバーザール。友人Mは使いかけの口紅を売ってました。
夕食はペルシア料理に飽きたので、ハンバーガーとピザを食べに行きました。どっちも苦手な羊肉だったけど、イランのファーストフードを体験できて良かった。 -
3月10日(11日目)
この日はヤズドからシーラーズへの移動日だったようで、メモも写真もあまりなく。ペルセポリスの北東87キロメートルに位置するパサルガダエ(「ペルシア人の本営」の意)にやってきました。
パサルガダエは、紀元前6世紀にキュロス2世によって建設されたアケメネス朝最初の首都です。キュロス2世の戦死により、首都の建設は途中になってしまったようだけど、パサルガダエは2004年に世界遺産として登録されています。
キュロス2世の墓の前でパチリ。パサルガダエ 史跡・遺跡
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3月11日(12日目)
この日はシーラーズ観光でした。
ペルシア語で書いたメモをググると、ここはKarim Khan Citadel(カリム・ハーン要塞)のようです。薄~くしか写ってないけど、壁のタイル絵がユニークなデザイン。
カリム・ハーンが建てたザンディー朝(1757~94)時代の要塞で、写真はないけど、中の見学もしました。メモには「ステンドグラス」、「ハータムカーリー(イランの寄木細工)の間がきれい」と書いてあったけど、どんなのか全く覚えておらず。
「ワキールハンマーム」という九角形のお風呂も見ました。これは割と正確にスケッチをしていて、記憶にも残っていました。 -
マスジェデ・ワキール
カリム・ハーンの命で建てられたモスク。ちゃんと写ってないけど、パステル調のタイルでびっしり覆われた外壁が大変美しい。マスジェデ ヴァキール 寺院・教会
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これは・・・カージャール朝の館かなぁ?ペルシア語のメモをググるとNaranjestan Qavamと出てきました。
博物館になっているようで、全く記憶にないけど、メモには「庭と鏡の間がきれい。部屋の天井とか壁がすごい」と書いてました。
夕方にはバーザールに行ったようです。 -
ハーフェズ廟
ハーフェズは14世紀のシーラーズに生きたペルシアの詩人です。この屋根の下に棺があります。ライトアップされてきれいでした。
「詩の朗読、サントゥールの演奏が素晴らしい」とメモってますが、残念ながらその記憶はありません。が、シーラーズでは現地ガイド的な上品な紳士がついていて、事あるごとに詩を披露していたことをなんとなく思い出しました。
夜行性のイラン人、この日の予定が終了したのは23時半頃。連日朝から晩まで連れまわしてもらって、そろそろ疲れてきています。ハーフェズ廟 寺院・教会
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ハーフェズ廟、昼間はこんな感じ(この写真はもらったもの)
ハーフェズはイランのどの家庭にも彼の詩集があると言われているほど、国民に愛されている詩人です。ペルシア語の授業でもハーフェズの詩を覚えました。で、大学に来ていたイラン人留学生の部屋に遊びに行った際、一節披露してみたら、「そんな棒読みではいけない。もっと感情をこめて」とかダメ出しされたことを今でも覚えています。 -
3月12日(13日目)
シーラーズから120kmほど西にある、ビーシャープールにやってきました。
ビーシャープールはエデッサの戦い(260年、シャープール1世が率いるササン朝ペルシア VS ヴァレリアヌスが率いるローマ帝国軍)で敗れたローマ軍が捕虜としてこの地に連行され、建設に従事させられたというササン朝の都市の遺跡です。 -
当時で全体の10%程度しか発掘されていないということだったので、今では発掘や修復が進んでいるのかもしれませんね。
この近くには捕虜になったヴァレリアヌス帝やシャープール1世のレリーフが沢山あり、見学もしましたがその写真はありませんでした。 -
訪れた時はすごい雨降りだったのですが、雨に濡れた草の緑がきれいで、茶色なイメージが多いイランの遺跡の中では緑が美しい遺跡だったという印象が残っています。
帰りは事故渋滞に巻き込まれ、ぺしゃんこになった車を目撃。シーラーズのコーラン門を通ったのが21時前、それから夕食という、なかなか過酷なスケジュールでした。 -
3月13日(14日目)
この日は7時にホテルを出発。なぜか朝食は10時。11時にナクシェ・ロスタムに到着しました。
ナクシェ・ロスタム(ロスタムの絵の意)は、アケメネス朝ペルシア(B.C.550~B.C.330)時代の王墓群で、ペルセポリスの北約5キロに位置しています。
岩山の壁面を十字形に彫り込んで、4人の王の墓があります。3つは並んでいて、残りの1つは違う方向を向いてます。 -
墓の入口は地上50m。下部のレリーフは後の時代のササン朝の頃のもの。
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シャープール1世の立派なレリーフ。ローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕まえるシーンがお好きなペルシア人。
ここがナクシェ・ロスタム(ペルシアの伝説的英雄)と呼ばれているのは、このレリーフに由来しているらしいです。 -
アケメネス朝時代の拝火神殿。
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周りの様子はこんな感じ。
「毛虫が多い」という謎のメモが残っていますが、毛虫なんていそうにない感じなのにね~ -
12時30分。世界遺産・ペルセポリスにやってきました。
ペルセポリスはアケメネス朝ペルシアの都で、ペルシア語ではタフテ・ジャムシード(ジャムシードの玉座)といいます。
写真はクセルクセス門。ペルセポリス 史跡・遺跡
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「アパダナ」 ダリウス王の謁見の間
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アフラ・マズダ(ゾロアスター教の最高神)のレリーフ
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学生の頃は古代史が好きだったので、ペルセポリスは楽しみにしていたのですが、期待が大きすぎたのか、あまり感動せず、「ふ~ん」という印象でした。
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この写真は頂き物。ダリウス王の宮殿。
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ダリウス王の宮殿。この時は壁のレリーフには注目していなかったのか、柱の写真しか撮っていなかったようです。
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柱の土台に立っています。残っている柱と人を比べるとどんなに大きな宮殿だったかがわかりますね。屋根にはレバノン杉が使われていたようですが、アレクサンダー大王に滅ぼされ、出火した際に焼け落ちてしまいました。アレクさんが2300年ほど前にこの地に来たのかと考えるとちょっと萌えます。
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博物館も見て2時間ほどで見学終了。
15時半に昼食(遅いよね?)をいただき、夕方にはバーザールに行ったようです。 -
サーディー廟
ハーフェズと並び、イランで最も人気がある13世紀の詩人サーディーのお墓。
この写真はダメだけど、ライトアップがきれいでした。 -
ここでも「現地ガイドのおじさまが背筋を伸ばして詩を読みまくり」とメモっているので、サーディーの詩を聴きながら見学していたのでしょう。(記憶なし)
「地下には素敵なチャイハネがあり、青いタイルがとてもきれい」とメモっているけど、写真も記憶もないのでどんなだったのかわかりません・・・。 -
「20時。ライトのきれいなところへくる。」というメモ。
調べてみると、コーラン門の横の階段を登ったところにある展望台のようです。チャイハネもあり、中庭には詩人ハージュ・ケルマーニーの廟があります。 -
コーラン門(写真はもらいもの)
シーラズへの玄関口となる歴史的な門。展望台からコーラン門やシーラーズの街を見下ろしましたが、写真は真っ暗でした。 -
21時半。シャー・チェラーグ廟。
原則として異教徒は入場できないということで、頭からチャドルをかぶっています。ライトアップが幻想的。ここは万華鏡のようにキラキラな鏡張りの美しい内装が有名なのですが、なんということでしょう、わたしのメモには「めちゃ悪趣味でギンギラ」と書いてあるではありませんか!!地味好みな人間なんです、はい。
22時半。夕食。ってやっぱりこの旅程おかしいよね??シャー チェラーグ廟 城・宮殿
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3月14日(15日目)
この日はシーラーズからイスファハーンへの移動日のようです。6時20分に出発して9時に朝食という謎なスケジュール。
この写真は13時半頃に立ち寄ったキャラバンサライ跡。イランらしい青空を今でも覚えています。 -
15時ごろ 昼食。魚が美味しかったようです。
17時 イスファハーンのホテルに到着。
18時半 本屋で買い物。「思わず買いまくる」とメモっているように、絵本、「フォレストガンプ」のペーパーバック、イランの風景写真集など沢山買いました。
棚を探って見つけた絵本をパシャリ。ペルシア語の「一休さん」、かわいくないですか? -
21時過ぎ。全く覚えてないですが、「イスファハーンの高級ホテルでお茶」とメモってました。ホテルの入口にホメイニ師の写真があるのがイランらしいです。
23時 夕食、ってやっぱこの旅は行動がおかしい!!しかもこの日は「3時半まで友人Mとしゃべった」ってメモってる。若いな~ -
3月15日(16日目)
この日はイスファハーン観光。まずはチェヘル・ストゥーン宮殿へ。
チェヘル・ストゥーンは「40本の柱」を意味し、20本の柱が水に映って40本、ってそんなにうまく見えたかな?チェヘル ソトゥーン宮殿 城・宮殿
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宮殿のお庭でおもしろショット。
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ハシュト・ベヘシュト宮殿
さらっと見ただけかな?ハシュト ベヘシュト宮殿 城・宮殿
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イスファハーン大学の図書館
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世界遺産 王の広場(メイダーネ・イマーム)
16世紀、サファヴィー朝の王シャー・アッバース1世が、都をイスファハーンに移し、新しい年を建設する際の中心となった長方形の広場。当時の繁栄は「イスファハーンは世界の半分」と言われました。イスファハンのイマーム広場 広場・公園
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王のモスク
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この後、誰かわからないけど富豪の邸宅にお呼ばれし、豪華な応接間でお茶をいただき、美しい絨毯の数々を披露していただいたようです。写真はないけど、「最初はため息、だんだん息も止まるような気分。久しぶりに感動した。」とメモっているので、よほど素晴らしい絨毯だったのでしょう。なんとなくその時のことを覚えています。
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3月16日(17日目)
ケイセリエ・ヴァンク
ジョルファ地区にあるアルメニア派の教会。内部には聖書の絵がびっしっり描いてあります。「世界最小の聖書」と、「アルメニア文字が書いてある髪の毛」を見ました。 -
ケイセリエ・ヴァンク以降の写真が1枚もないのですが、この後はイスファハン大学で昼食をとり、教授か誰かわからないおじさんの演説を聴いたりしました。
イランでの最終日なので、1万円両替した2人(わたしとM子)はお金を使いきるべくバーザールを駆け回りました。←元々安いものを値切って買うから余計にお金がなくならない。 -
21時。ズールハーネ(力の家という意味)見学。伝統的肉体鍛錬法。
写真がないからネットから拝借しました。
メモが素直すぎておもしろいからそのまま書き写すと…「変な腰布を巻いた11人の男がわけのわからん体操をしている。若いのもいればやる気なさげなじじいもいる。かなりムサい。九角形の浅いブールのようなところでひしめきあっている。結構こん棒を落としている。めっちゃ眠い。明日朝早いのに1時間も続いた」
23時ホテル着でなんとこの日は夕食なし!メモはほとんど暴言です(爆)
よほど腹が立ったのか、M子とホテルでマグナエを破ってルーサーリーにしてしまいました。 -
3月17日(18日目)
5時起き。6時にイスファハーンのホテルを出発。8時15分朝食。
雪が降っていてこごえそうに寒い。途中でナマク湖を見る。
14時頃テヘランに到着。さんざん食べたジュージェキャバーブも最後。
16時頃メヘラーバード空港に到着。絨毯を買った人は没収とか、税関でややこしいことになっていた。荷物チェックもかなり厳しかった。
出発予定時刻は19時15分だったけど、除雪作業で遅れて21時前の離陸となった。
ペラペラの搭乗券がおもしろいですね~北京までは被り物必須でした。 -
3月18日(19日目)
北京を経由して、13時15分に成田到着。ルーサーリー、空港のゴミ箱に捨てて帰ってきてしまいました。今考えたらマグナエのまま残しておけば良かったのに。まあ若かったしね。
行きと同様、成田EXと新幹線で京都に無事帰りましたとさ。古い思い出旅行記にお付き合いくださり、ありがとうございました。
ちなみにこの写真はイスファハーンで買ったミニアチュール。ハータムカーリーの額に入ってますがひび割れてボロボロなので、細密画の部分だけアップで。20年以上ぶりに見たら、これはイマーム広場の絵だったんですね~ -
<どうでもいいおまけ>(友人M向け)
イランに行ったメンバー5人で「イランOG会」と称して時々集まっていました。
これは旅の翌年、1997年8月31日に、当時pacorin父が購入したばかりのトレーラーハウスでBBQをしているところ。フレブルのパコもいましたね。
その日はトレーラーハウスに泊まり、翌日の帰りに立ち寄ったガソリンスタンドでダイアナ妃が事故で亡くなったニュースを知り、ものすごく驚いた思い出。
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この旅行記へのコメント (3)
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- olive kenjiさん 2021/06/10 08:18:52
- ルーサーリーはいらん
- パコリンさん 前から気になっていた、この旅行記をやっと読みました。
珍しい国へ行ったもんだなと思ってたら、語学研修で行かれていたのですね。
それにしても、黒装束の日本女性群の写真には驚かされる。やはり特別な国でありますぞよ。こんな写真持っている人普通いるか~
私とイランの接点と言えば、英国のホームステイ先にイラン人青年が同居していましたが、私がイランはアラブかと言ったら、怒ってイランはペルシャ民族でペルシャ語だと力説していました。だから、イランはアラブとは別の民族とよく理解していますが、ほとんどの日本人は一緒くたに思っているでしょうね。どちらも過激だしね。
このイラン人青年は、いいかげんな男でしたので、今でもイラン人を見ると信用ならんと思ってしまいます。
イラン女性は美人でセクシー顔が多いと思っています。だから顔隠しマグナエを着用させるご主人の心境はよく分かります。無ければ大変な性事情になっていると思います。
イラン女性は絶対こんなもの被りたくないと思っているに違いないです。持論。
日本へ帰った瞬間にルーサーリーをゴミ箱に捨てた話は笑っちゃいました。
おそらく、いつかイランがまた民主国家になったら、イラン女性は即ルーサーリーをゴミ箱へ捨てるでしょうね。目に見えるようです。
旅行終えても、イランOG会など良き繋がりを持っていますね。
この時ばかりは皆ルーサーリーを着用して羊バーベキューをなさったらいかがですか。
近所の人が怪しい集まりと警察に通報するかな。
ダイアナが亡くなった日だったのですか。こういう日って凄く思い出に残るのですよね。
- pacorinさん からの返信 2021/06/12 20:47:42
- Re: ルーサーリーはいらん
- olive kenjiさん、こんばんは
懐かしのイラン旅行記を読んで下さりありがとうございます。団体旅行ではありましたが、貴重な経験ができて、思い出深い旅行です。あの衣装で団体行動、なかなかないですよね(笑)
イランの人は親切で人懐こくておもてなし精神があってフレンドリーですが、ちょっとノリが軽くていい加減に見えてしまうこともありますね。都合が悪くなると「神の思し召し」で済ましてしまうし。多くの日本人からすると、アラブもペルシャもイスラム=過激で怪しいというイメージが先行してしまいますが、アラブとペルシャは別物だし、誇り高きペルシア民族なんですねー。そして美人が多い(^_-)-☆
ルーサーリーで羊BBQ、おもしろい企画ですね。怪しさ満点。マトンは苦手なのですが、学祭の時に模擬店でやった羊のキャバーブはとても美味しかった思い出があります。
大昔に行った国、今どうなってるのかなーって思います。早く「高級富士山手帳」にスタンプ押せるようになってほしい!ワクチン打ったら帰国後の隔離免除になれば良いのにー。
pacorin
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- salsaladyさん 2018/03/06 10:08:16
- 貴重な資料~
- ☆22年も前の写真をよく残していましたね~
☆アスファハーンは世界の半分?中国が自国は世界一!に比べて謙虚~
☆マルクスアウレリウスアントニウスを高校の歴史で覚えただけの世界史が生きてる。
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