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紅葉の駒ケ根散策の紹介です。マルス信州醸造所の工場見学の後、中央アルプスのビュースポットとも言われる、太田切川に架かる『こまくさ橋』まで歩きました。(ウィキペディア)<br />

2017秋、紅葉の駒ケ根(3/5):11月3日(3):マルス信州醸造所、太田切流路工、こまくさ橋

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2017/11/02 - 2017/11/03

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旅行記グループ 2017秋、紅葉の駒ケ根散策

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

紅葉の駒ケ根散策の紹介です。マルス信州醸造所の工場見学の後、中央アルプスのビュースポットとも言われる、太田切川に架かる『こまくさ橋』まで歩きました。(ウィキペディア)

交通手段
自家用車

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  • 『発酵』のタイトルがあった説明パネルです。先に紹介した『糖化』の次の工程です。甘い麦汁に酵母を加えることにより発酵が始まり、麦汁の糖は3~4日の発酵で、アルコールと炭酸ガスに分解されることが紹介されていました。この段階で、アルコール度7%程度のモロミになると紹介されていました。(同上)

    『発酵』のタイトルがあった説明パネルです。先に紹介した『糖化』の次の工程です。甘い麦汁に酵母を加えることにより発酵が始まり、麦汁の糖は3~4日の発酵で、アルコールと炭酸ガスに分解されることが紹介されていました。この段階で、アルコール度7%程度のモロミになると紹介されていました。(同上)

  • 真新しい蒸留釜の光景です。初代に続く、姿がそっくりな二代目のようでした。初代の設計図を基に、相似のものが造られたようです。右側が蓋を開けて休止中、左側の蒸留釜だけが稼働していました。初溜釜と再溜釜の二基があります。下が膨らんだ左側が再溜釜です。(同上)

    イチオシ

    真新しい蒸留釜の光景です。初代に続く、姿がそっくりな二代目のようでした。初代の設計図を基に、相似のものが造られたようです。右側が蓋を開けて休止中、左側の蒸留釜だけが稼働していました。初溜釜と再溜釜の二基があります。下が膨らんだ左側が再溜釜です。(同上)

  • 蒸留槽があった部屋に掲示してあった、『国産ウィスキーの誕生』のタイトルがあった遭説明パネルの光景です。国産ウィスキーの父と言われる竹鶴政孝氏と、竹鶴氏の若い頃の上司だった、岩井喜一郎氏についての紹介です。竹鶴氏は、スコットランドにおけるウイスキー研修の結果を報告書に纏め、岩井喜一郎氏に提出しました。これが、後に国産ウイスキーの原点となった『ウイスキー実習報告書』、通称『竹鶴レポート』です。(同上)

    蒸留槽があった部屋に掲示してあった、『国産ウィスキーの誕生』のタイトルがあった遭説明パネルの光景です。国産ウィスキーの父と言われる竹鶴政孝氏と、竹鶴氏の若い頃の上司だった、岩井喜一郎氏についての紹介です。竹鶴氏は、スコットランドにおけるウイスキー研修の結果を報告書に纏め、岩井喜一郎氏に提出しました。これが、後に国産ウイスキーの原点となった『ウイスキー実習報告書』、通称『竹鶴レポート』です。(同上)

  • 蒸留工程のチェックの施設です。温度計は使用されていましたが、人手による手造りウィスキーの雰囲気がありました。初溜釜でアルコール度は20%程度、再溜釜で70%程度になるとパンフレットに記されていました。(同上)

    蒸留工程のチェックの施設です。温度計は使用されていましたが、人手による手造りウィスキーの雰囲気がありました。初溜釜でアルコール度は20%程度、再溜釜で70%程度になるとパンフレットに記されていました。(同上)

  • 運よく、そのチェック工程を目にすることができました。無色透明の液体を抜き取り、香り、味、アルコール度などがチェックされているようでした。原液を抜き取る時に、原液で容器を洗い、チェック済の原液は、ポリバケツに廃棄されていました。(同上)

    運よく、そのチェック工程を目にすることができました。無色透明の液体を抜き取り、香り、味、アルコール度などがチェックされているようでした。原液を抜き取る時に、原液で容器を洗い、チェック済の原液は、ポリバケツに廃棄されていました。(同上)

  • 2階から見学した蒸留工程でした。その見学の後で、1階から眺めた蒸留工程の設備です。日本で蒸留された初めてのジャパニーズウイスキーは、寿屋の山崎蒸溜所で昭和4年(1929年)に誕生しました。その20年後、戦後間もない昭和24年(1949年)にマルスウイスキーの歴史が始まりました。(同上)

    2階から見学した蒸留工程でした。その見学の後で、1階から眺めた蒸留工程の設備です。日本で蒸留された初めてのジャパニーズウイスキーは、寿屋の山崎蒸溜所で昭和4年(1929年)に誕生しました。その20年後、戦後間もない昭和24年(1949年)にマルスウイスキーの歴史が始まりました。(同上)

  • 見学を終えて、振り返って眺めたウィスキーの製造工場の光景です。大メーカーの機械化された工場とは違って、手造りの工程を身近に見ることができました。(同上)

    見学を終えて、振り返って眺めたウィスキーの製造工場の光景です。大メーカーの機械化された工場とは違って、手造りの工程を身近に見ることができました。(同上)

  • 最初に受付で預かった、見学順路のパネルは、この立看板の内容と同じものでした。最後に立寄ったのが、試飲会場と売店です。お土産用に、『マルス・モルテージ・コスモ』を買い求めました。(同上)

    最初に受付で預かった、見学順路のパネルは、この立看板の内容と同じものでした。最後に立寄ったのが、試飲会場と売店です。お土産用に、『マルス・モルテージ・コスモ』を買い求めました。(同上)

  • マルス信州醸造所の構内光景です。庭石ではない巨大な自然石の姿がありました。住所は駒ケ根市ではなく、上伊那郡の宮田村になります。(同上)

    マルス信州醸造所の構内光景です。庭石ではない巨大な自然石の姿がありました。住所は駒ケ根市ではなく、上伊那郡の宮田村になります。(同上)

  • 三段に積まれたウィスキー樽の光景です。貯蔵庫に積まれていた樽と同じもののようでしたが、一番上の樽だけ文字などのデザインが異なっていました。記されていたのは『マルスウィスキー』、『本坊醸造所(㈱)』の文字とそのロゴマークでした。その下の樽には、ロゴマークの代わりに、『ピュア・モルト』等の文字がありました。これで、マルス信州醸造所の見学はお終いです。(同上)

    三段に積まれたウィスキー樽の光景です。貯蔵庫に積まれていた樽と同じもののようでしたが、一番上の樽だけ文字などのデザインが異なっていました。記されていたのは『マルスウィスキー』、『本坊醸造所(㈱)』の文字とそのロゴマークでした。その下の樽には、ロゴマークの代わりに、『ピュア・モルト』等の文字がありました。これで、マルス信州醸造所の見学はお終いです。(同上)

  • マルス信州醸造所まで車で送ってくれた塩尻の友達とは、工場見学の後、マルス信州醸造でお別れしました。予め地図で確認していましたから、歩いて太田切川に架かる『こまくさ橋』まで向かいました。その途中の山の黄葉光景です。(同上)

    マルス信州醸造所まで車で送ってくれた塩尻の友達とは、工場見学の後、マルス信州醸造でお別れしました。予め地図で確認していましたから、歩いて太田切川に架かる『こまくさ橋』まで向かいました。その途中の山の黄葉光景です。(同上)

  • 車で送ってもらった時には気が付きませんでしたが、『こまくさ橋』まではずっと緩やかな登り道が続きました。その途中で目にした山荘光景です。『伊吹館』の看板がありました。(同上)

    車で送ってもらった時には気が付きませんでしたが、『こまくさ橋』まではずっと緩やかな登り道が続きました。その途中で目にした山荘光景です。『伊吹館』の看板がありました。(同上)

  • 褐葉に近い黄葉の樹木の光景です。樹種は分かりませんでした。欅に似た葉をしていましたが、少し違った印象がありました。ブナ科の植物かも知れません。(同上)

    褐葉に近い黄葉の樹木の光景です。樹種は分かりませんでした。欅に似た葉をしていましたが、少し違った印象がありました。ブナ科の植物かも知れません。(同上)

  • 『黒川水産』の案内看板の光景です。釣り堀やバーベキュー施設が紹介されていました。養殖されているのは、イワナ、ヤマメ、アマゴ、ニジマスなどと多彩でした。ドナルドソンやブルックなど聞きなれない名前もありました。(同上)

    『黒川水産』の案内看板の光景です。釣り堀やバーベキュー施設が紹介されていました。養殖されているのは、イワナ、ヤマメ、アマゴ、ニジマスなどと多彩でした。ドナルドソンやブルックなど聞きなれない名前もありました。(同上)

  • 通路脇の樹林の中を流れる渓流の光景です。水位が高く流れが速いことで、水量が豊富なようでした。源が中央アルプスで、この後、太田切川に注ぐようです。(同上)

    通路脇の樹林の中を流れる渓流の光景です。水位が高く流れが速いことで、水量が豊富なようでした。源が中央アルプスで、この後、太田切川に注ぐようです。(同上)

  • 同じく、通路脇の樹林の中を流れる渓流の光景です。こちらの小川は、それほど多くない水量でした。やはり、太田切川に注ぐようです。(同上)

    同じく、通路脇の樹林の中を流れる渓流の光景です。こちらの小川は、それほど多くない水量でした。やはり、太田切川に注ぐようです。(同上)

  • 講演らしい場所に置かれていた、石造りのモニュメントの光景です。右側には、韓国の世界遺産の支石墓、左奥には五輪塔のような石積がありました。支石墓は、中国東北部、遼東半島、朝鮮半島西北部に分布し、日本の九州にも伝搬しました。支石墓は、朝鮮半島のほぼ全域に造られ、約4~6万基とされます。(同上)

    講演らしい場所に置かれていた、石造りのモニュメントの光景です。右側には、韓国の世界遺産の支石墓、左奥には五輪塔のような石積がありました。支石墓は、中国東北部、遼東半島、朝鮮半島西北部に分布し、日本の九州にも伝搬しました。支石墓は、朝鮮半島のほぼ全域に造られ、約4~6万基とされます。(同上)

  • ヨーロッパのドルメン(石の机)や、韓国の世界遺産の支石墓を想像させる石組のズームアップ光景です。多くのドルメンが失われたものの、ヨーロッパには数千基のドルメンが現存しています。フランスに4000基、イギリスに2000基、ドイツのリューゲン島だけで1000基以上とされます。(同上)

    ヨーロッパのドルメン(石の机)や、韓国の世界遺産の支石墓を想像させる石組のズームアップ光景です。多くのドルメンが失われたものの、ヨーロッパには数千基のドルメンが現存しています。フランスに4000基、イギリスに2000基、ドイツのリューゲン島だけで1000基以上とされます。(同上)

  • 見事に紅葉した満天星ツツジです。普段は、丸く剪定された樹木を目にしますが、自然のままの枝振りのようでした。左手に見えるのは、吊橋の『こまくさ橋』の橋脚です。(同上)

    イチオシ

    見事に紅葉した満天星ツツジです。普段は、丸く剪定された樹木を目にしますが、自然のままの枝振りのようでした。左手に見えるのは、吊橋の『こまくさ橋』の橋脚です。(同上)

  • 真っ赤に紅葉した満天星ツツジと、『こまくさ橋』の橋脚のズームアップ光景です。その中間に、黄葉の樹木の姿もありました。(同上)

    真っ赤に紅葉した満天星ツツジと、『こまくさ橋』の橋脚のズームアップ光景です。その中間に、黄葉の樹木の姿もありました。(同上)

  • 『森と水のアウトドア体験広場』のタイトルがあった大きな看板の光景です。国土交通省と駒ケ根市の連名の看板でした。先程のドルメンなどがあった場所には、『巨石公園』と記してありました。(同上)

    『森と水のアウトドア体験広場』のタイトルがあった大きな看板の光景です。国土交通省と駒ケ根市の連名の看板でした。先程のドルメンなどがあった場所には、『巨石公園』と記してありました。(同上)

  • 黄葉と紅葉の中間色当たりの楓の光景です。褐葉ではなくオレンジ色の紅葉と形容した方がよさそうです。この後更に赤味を増しそうでした。(同上)

    黄葉と紅葉の中間色当たりの楓の光景です。褐葉ではなくオレンジ色の紅葉と形容した方がよさそうです。この後更に赤味を増しそうでした。(同上)

  • 『大田切流路工』の表示です。『流路工』とは、 流路工とは流路を確定して河道を整備により洪水に対して氾濫を防止し、堆積地帯での河床の固定と河岸の保護も合せて行う砂防工事の代表的工法の一つです。流路工の主な目的は次の三つです。<br />①流路の縦断規正:縦断勾配の緩和による縦横侵食の防止。天井川の解 消。<br />②流路の平面規正:扇状地の乱流防止、流水断面の確保。<br />③特殊な地質の地域における崩壊防止。(同上)

    『大田切流路工』の表示です。『流路工』とは、 流路工とは流路を確定して河道を整備により洪水に対して氾濫を防止し、堆積地帯での河床の固定と河岸の保護も合せて行う砂防工事の代表的工法の一つです。流路工の主な目的は次の三つです。
    ①流路の縦断規正:縦断勾配の緩和による縦横侵食の防止。天井川の解 消。
    ②流路の平面規正:扇状地の乱流防止、流水断面の確保。
    ③特殊な地質の地域における崩壊防止。(同上)

  • 流路工が施されている、『大田切川』の光景です。太田切川(おおたぎりがわ)は、長野県駒ヶ根市、上伊那郡宮田村を流れる川で、天竜川水系の一級河川です。『大田切川』とも書かれます。『流路工』の工種としては、護岸工、床固工、帯工、水制工、沈砂池工等があり、また施工場所については、おおむね河床勾配が1/100より急な河川区間において施工されることが多いとされます。(同上)

    流路工が施されている、『大田切川』の光景です。太田切川(おおたぎりがわ)は、長野県駒ヶ根市、上伊那郡宮田村を流れる川で、天竜川水系の一級河川です。『大田切川』とも書かれます。『流路工』の工種としては、護岸工、床固工、帯工、水制工、沈砂池工等があり、また施工場所については、おおむね河床勾配が1/100より急な河川区間において施工されることが多いとされます。(同上)

  • 『大田切川』に架かる、『こまくさ橋』の光景です。長野県駒ヶ根市赤穂~上伊那郡宮田村新田間に架かる長さ146メートルの単径間吊橋です。1996年(平成8年)1月に竣工しました。中央アルプスのビュースポットとされます。(同上)

    『大田切川』に架かる、『こまくさ橋』の光景です。長野県駒ヶ根市赤穂~上伊那郡宮田村新田間に架かる長さ146メートルの単径間吊橋です。1996年(平成8年)1月に竣工しました。中央アルプスのビュースポットとされます。(同上)

  • 木曽山脈(中央アルプス)を水源とする伊那谷の川は、それぞれが扇状地を造り、さらに急勾配でまっすぐで深い谷を造り、田切(たぎり)と呼ばれる地形を造っています。とりわけ太田切川は最大規模であり、中田切川と与田切川を合わせて三大田切川と呼ばれています。白い河原に映える紅葉の光景です。(同上)<br />

    イチオシ

    木曽山脈(中央アルプス)を水源とする伊那谷の川は、それぞれが扇状地を造り、さらに急勾配でまっすぐで深い谷を造り、田切(たぎり)と呼ばれる地形を造っています。とりわけ太田切川は最大規模であり、中田切川と与田切川を合わせて三大田切川と呼ばれています。白い河原に映える紅葉の光景です。(同上)

  • 『こまくさ橋』の袂から眺めた、太田切川の川下方面の光景です。河原に転がっている石は花崗岩が多く、建設資材として高級で、重宝なようです。(同上)

    『こまくさ橋』の袂から眺めた、太田切川の川下方面の光景です。河原に転がっている石は花崗岩が多く、建設資材として高級で、重宝なようです。(同上)

  • 太田切川の傾斜がある部分の光景です。大きさが揃った石の間を流れる川の水が白く泡立っていあmした。この辺りも『流路工』が施されているようでした。先に紹介した、①流路の縦断規正に該当するかもしれません。(同上)

    太田切川の傾斜がある部分の光景です。大きさが揃った石の間を流れる川の水が白く泡立っていあmした。この辺りも『流路工』が施されているようでした。先に紹介した、①流路の縦断規正に該当するかもしれません。(同上)

  • 『こまくさ橋』の上から眺めた太田桐川の上流方面の光景です。低い砂防堤の下流側に緩い傾斜を付けた石垣構造がありました。先程紹介した、白く泡立っていた箇所になります。(同上)

    『こまくさ橋』の上から眺めた太田桐川の上流方面の光景です。低い砂防堤の下流側に緩い傾斜を付けた石垣構造がありました。先程紹介した、白く泡立っていた箇所になります。(同上)

  • 『こまくさ橋』の上から眺めた上流方面のズームアップ光景です。蒸留に見える橋は、『駒ケ根ふるさとの家から』『マルス信州醸造所』に向かう途中に渡った『駒ケ根橋』です。渡ったところで、直ぐに右折しました。(同上)

    『こまくさ橋』の上から眺めた上流方面のズームアップ光景です。蒸留に見える橋は、『駒ケ根ふるさとの家から』『マルス信州醸造所』に向かう途中に渡った『駒ケ根橋』です。渡ったところで、直ぐに右折しました。(同上)

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