2005/05/16 - 2005/05/23
3544位(同エリア17111件中)
元カニ族さん
2005年5月22日、今回のツアーの最終日です。午前の自由時間にパリ半日市内観光に出かけました。パリを横切ってセーヌ川が流れ、セーヌ川を境に北(リブ・ドロワ)と南(リブ・ゴーシュ)に分けられています。パリの中心はセーヌ川にシテ島とサンルイ島あたりで、パリの発祥地でもあります。また、パリは東京に比べるととても小さく、端から端まで行くのにもメトロで30分~1時間ぐらいで行けるそうです。
表紙写真は「シャンドマルス公園」から見たエッフェル塔です。
さて、今回のパリとフランスのツアーは、私が完全退職して、妻との最初のヨーロッパ旅行でした。期待した旅行でしたが、残念なことに私にとっては幻滅の連続でした。
(1)まず、どこへ行ってもトイレットに苦労しました。日本のように公衆トイレットが見つかりません。パリ半日観光で、バスに乗る前にトイレットを探しましたが、見つからず路地に入ったところ、ハハ~~ん!!ありました。ありました!!多数の「立ち○○」の跡が壁に・・・私もヤムナク・・・・何が「花のパリ」?!!
(2)日本の飛行場で、日本のトイレットの綺麗さに感心(?)した外国人が熱心にカメラに収めているのを見たことがあります。フランスにはトイレットの文化がないのでしょうか?ベルサイユ宮殿では、当時トイレットは無く「おまる」を使っていたとか・・ガイドが言っていました。
(3)私が泊まったホテル、一つのホテルでは部屋のトイレ・バスの扉が開かず・・・・
また別のホテルでは、シャワーのホースが根元から抜け落ちてきました・・・
(4)ラ・デファンスの地下鉄の駅で、タクシーにホテルまで行くように頼みましたが、「近いから歩け!」と乗車拒否され、仕方がないので、妻と二人で歩いて帰りました。
(5)翌日は、それなら・・・と、ラ・デファンス駅のホテルの送迎バス乗り場で迎えのバスを待ちましたが、定刻になっても、何時まで待っても迎えのバスが来ません。ヤムナクまた歩いてホテルに帰りフロントに苦情を言ったら、運転手とフランス語で何やら言い合いをしていましたが・・・
(6)日本人が経営する日本飲食店で働く日本人女性や、日本の百貨店で働くに日本人女性の、日本人ツアー客に対する態度が・・・なにか優越感に満ちて、ツアー客を卑下したような態度・・・同じ日本人として情けなく感じました。
本来なら「4トラ」で、こうしたことを、詳しく書けば皆様のお役にたつのでしょうが・・・私が「4トラ」に登録したのは2012年、この旅行ははるか以前の2005年のことで・・・詳しく書けません。
東南アジアが仕事の場だった私にとって、初のヨーロッパ旅行はこうして幻滅の連続でした。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ANAセールス
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観光したパリ中心部のマップです。
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出発は、パリの中心「オペラ座」からです。
オペラガルニエ 劇場・ホール・ショー
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日本では「オペラ座」といっていますが、ここでは「パレ・ガルニエ」と呼んでいるようです。ナポレオンの命によって、まだ無名だったシャルル・ガルニエが造った歌劇場です。毎晩のように名作オペラや、最高峰のバレー公演が行われています。
オペラガルニエ 劇場・ホール・ショー
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少し離れると、オペラ座のドームの屋根が見えました。
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バスの窓から見た市街地の大通りに面したビルです。下層階は商店や事務所、上層階は住居のようです
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はビルの最上階には、住居ベランダが見えました。
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「LAFAYETTE MAISON」の赤い垂れ幕!百貨店でしょうか?
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バスの窓から見た「バンドーム広場」の円柱です。ナポレオン1世がアウステルリッツの戦勝を祝賀して、トラヤヌス記念柱を模して建てたものです。円柱の頂上にはナポレオンの立像があります。
ヴァンドーム広場 広場・公園
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円柱には戦士の銅板が張り付けられていました。
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「ルーブル美術館」です。前にあるのは、ミッテラン政権の文化政策によって造られたガラスのピラミッドです。
ルーヴル美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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コンコルド広場です。中央には1830年エジプトのムハンマド・アリーが、フランス国王に贈ったルクソール神殿のオベリスクが建っていました。
コンコルド広場 広場・公園
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私が訪れた時のルクソール神殿。対になったオベリスクの片割れがパリに行ってしまって、ありませんでした。
ルクソール神殿 城・宮殿
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コンコルド広場からも見えていたマドレーヌ寺院です。「聖女マグダラのマリア」を守護聖人としているカトリック教会の寺院です。
マドレーヌ寺院 寺院・教会
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コンコルド広場から凱旋門に向かう「シャンゼリゼ通り」です。この日はオリンピック誘致PRビデオ撮影のため、通行禁止でした。
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「凱旋門」です。ナポレオンがアウステルリッツの戦いに勝利して、記念に造らせたものです。
凱旋門 建造物
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バスの窓から見た「エッフェル塔」基部です。フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のシンボルとして建てられました。
エッフェル塔 建造物
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陸軍士官学校前から見た「エエッフェル塔」です。
エッフェル塔 建造物
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陸軍士官学校です。
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エッフェル塔と陸軍士官学校の間にある「シャンドマルス公園」の並木です。
シャン ド マルス公園 広場・公園
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真四角に刈り込まれていました。
シャン ド マルス公園 広場・公園
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アンヴァリッドは、ルイ14世によって建てられた廃兵院で。現在は軍事博物館となり、金色のドーム教会の地下にナポレオンの棺が安置されています。
アンヴァリッド 建造物
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フランス学士院の趣ある建物です。
フランス学士院 史跡・遺跡
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緑豊かな通りの右に見えるのはガラスの屋根の国立ギャラリー「グラン パレ」です。
グラン パレ 現代・近代建築
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セーヌ川の中洲に浮かぶ2つの島の1つがシテ島です。シテ島には、マリー・アントワネットが最後に過ごした牢獄コンシェルジュリ、警察庁、裁判所などの重要機関が集まっています
シテ島 旧市街・古い町並み
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「ノートルダム大聖堂」もシテ島にあります。
ノートルダム大聖堂 寺院・教会
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フランスの市民革命は、1789(ヒナワクスブルと覚えました)年、絶対王制に抗議するブルジョアや一部貴族に一般民衆が加わって起こされた「バスティーユ牢獄襲撃」に始まりました。
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バスティーユ牢獄跡を訪れましたが、ここには1830年の「7月革命」の犠牲者を追悼して作られた「7月革命記念柱」が立っていました。
バスティーユ広場 広場・公園
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横には「バスティユー新オペラ座」が建っていました。
オペラ バスティーユ 劇場・ホール・ショー
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「7月革命記念碑」と「新オペラ座」のコラボです。
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パリでは、近郊の都市開発区「ラ・デファンス地区」のホテルに宿泊しました。下はホテルのまどから見た高層ビル群です。
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このホテルでは、シャワーホースが根元から抜け落ちてきました。また地下鉄駅のこのホテルの送迎バスの乗り場で待っていましたが、待てど暮らせどバスは来ませんでした。
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この地区のシンボルは、日本で「新凱旋門」と呼ばれる超高層オフィスビルです。デンマークの建築家、ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンによって設計され、1989年に完成しました。
新凱旋門 建造物
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横から見ると、オフィスビルであることが分かります。地下鉄の駅を上がるとこのビルの横に出てきますが、待ちのタクシーはホテルの名前を言ったところ乗車拒否されてしまいました。
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