津島天皇祭のついでに名古屋城辺りと半田市街、真夏の街歩き(二日目・完)~大消費地江戸へ直送できる地の利を生かした酒造りと酒粕から酢を醸造する技術革新によって豊かさを手に入れた半田の歴史。華やかな山車祭りの伝統もその繁栄の産物です~
2017/07/23 - 2017/07/23
6位(同エリア385件中)
たびたびさん
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以前、有松を歩いた時に、地元の人から「知多半島も面白いよね」という一言を聞いてずっと気になっていたんですが、どこをどう回ったらいいのかイメージが湧いてこない。つまり、知多半島といっても広いんですよね。
常滑は一度行ったことがありますが、常滑は常滑。それで知多半島が語れるものでもないし、面白いよねというのはいろんな顔があるという示唆でもあるような。そういう時は、例によって、ピースを埋めるようなアプローチをする必要があるのだろうと気が付きました。
ということで、とりあえずのターゲットとしたのが今回の亀崎から半田エリア。そして、これも訪ねてみると、ちゃんとこのエリアとして、酒造りと酢醸造の技術革新という独自の歴史と文化がある。それは知多半島が云々ではないし、尾張がどうということでもない。もしかしたら、そんな個別の歴史や文化を育むキャパの深さがあるということがむしろ驚くべきことなのかも。地方の場合だと何か藩の政策が後押ししたり、もっと上意下達的なところがあったりするのがよくあることですからね。
つまり、半田の街はそれでそれで面白かったのですが、名古屋や知多半島にはもう少し大きなテーマがあるのではないかと感じられたことも、実は大事な収穫だったのではないか。まだまだ、興味の尽きないたびたびです。
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今日は半田を歩きますが、その前に名古屋モーニング。
コーヒーショップ カコ 花車本店は、名古屋駅からも離れているし、交通の便はそんなによくないと思いますが、朝から小さな店内は満席。事前の情報通り、やはり、かなりの人気店です。 -
イチオシ
小倉トーストでも食べようかと思ったのですが、ここの名物は、ジャムや生チーズのトーストだそうで。キウイ、桃、オレンジなどの自家製ジャムを何種類かトッピングして、ビジュアル的にもいけてますね。
カウンター席に座りまして。。
基本のコーヒーも当然うまいです。 -
半田ヘは、武豊線です。
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半田の前に、まずは亀崎の周辺散策です。亀崎は半田市ですが、合併によって半田市となった町。歴史的には半田とは異なる街なんです。
JR亀崎駅駅舎は、愛知県初の鉄道、武豊線の開通時、明治19年に開業した駅で、日本最古の現役駅舎として知られます。 -
茶色のトタン葺のような屋根はよく見ると木の板でしょうか。板の壁と合わせて、全部が木製です。天井が少し低いのも、やはり昔の建物のせいかなと思います。
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駅前の地図で全体の位置関係を確認して、いざ出発です。
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最初の亀崎城趾は、亀崎駅から歩いて10分くらい。市街の馬の背のような通りを越えて行くと、海を見下ろす高台にありました。小さな公園になっていて、地元の人たちが清掃作業をしていましたが、
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これが城址と分かるのは石碑があるからくらい。石垣とかそんなものはありません。
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緒川城主水野信元が緒川城の支城として築いた城だったようです。
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そこから海のほうに少し下って。
神前神社は、亀崎城址の小高い山のふもと。海に向かって構えるそれなりの大きさの神社です。
境内には、神武天皇が東征した際、立ち寄り、湧水に自らの姿を映して和んだという神の井。説明によれば、子供の疳の虫がおさまる「のぞき神事」という行事もあるようです。 -
神社を海の方に抜けました。
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海沿いの通り、同じ並びにあるのが海潮院。
知多四国八十八ヵ所巡礼の第五十四番札所。平地にはあるのですが、白い塀に囲まれた静かな境内には、ちゃんと古めかしい大師堂も備えていて、空海を偲ぶ雰囲気がそこはかと漂います。 -
海潮院から海岸通りをそのまま市街の方に戻ったところが亀崎渡船場跡。
しかし、地元の人に聞いてもなかなか分からなくて、見つけるのにちょっと苦労しました。ただ、見つけてみると「史跡 亀崎渡船場跡」と大書した石碑に大きな秋葉山の石灯籠もあって、ちゃんとしている。
かつて、知多半島から三河へ渡るのにはこの渡船がよく利用されたようで、近くに橋ができたことでその役割を終えました。 -
そこから海に出たところが海浜公園。
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ここからさらに海岸沿いに亀崎港に向かって真っすぐに遊歩道が整備されています。で、ちょっと驚いたのは、その遊歩道沿いにたくさんの釣りを楽しむ人たちがいたこと。家族連れの人もちらほらいて、なるほど、ここなら気持ちいいし、とても安全です。
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この通りは亀崎のメインストリートですね。
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亀崎には、潮干祭という山車祭りがあって、これもユネスコ無形文化遺産に登録されました。町内のあちこちに山車を入れる倉庫が建っていてなるほどなという感じです。
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さらに少し歩くと紀伊國屋本店。看板商品は亀崎饅頭です。
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いかにもおまんじゅうといった形ですが、これは酒饅頭。少し酸味の香る皮の中には、はちきれんばかりの餡子が詰まって、これがけっこうな甘さ。ただ、やっぱり皮の味わいもこれに負けていないし。。たいしたものだなと感心する饅頭です。
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さらに進んで、これは秋葉社。メインストリートから山にまっすぐ上る80段の階段が見えています。
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ちょっときつそうで、上がろうかどうしようか迷いましたが、せっかくなので上がってみると、意外に小さな本殿でがっかり。しかし、後で調べてみると本殿には精緻な彫刻があったのだとか。見逃してしまって、うーん。残念でした。
これで亀崎を切り上げて。 -
イチオシ
JR半田駅に到着です。この駅も武豊線の開通と同じくして、明治19年に開業しました。
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駅舎もレトロ感がないことはないのですが、自慢は明治43年に設置された日本で最も古い跨線橋があること。利用客は毎日のことなので別に何とも思っていないかもしれませんが、少しクリーム色がかった白と渋い赤のツートンカラーは十分異彩を放っていると思います。
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JR半田駅から市街中心部に出るのが普通の観光ルートなんですが、ここで欲張ってむしろ郊外の散策。
知多半田駅の方に歩きます。で、大蔵餅は、知多半田駅からすぐ。 -
店内に入るとオハギだか、お餅だか。おびただしい種類の商品が並んでいました。結局、どれがお勧めですかと尋ねると、この大蔵餅ですとの答え。草餅にお餅が隠れるほどたっぷりの餡子が乗ったお餅。食べると餡子とお餅が絡み合って、ぼってりした味わいです。奥では喫茶室もあって、今の時期はカキ氷も人気のようですね。
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そこから山側にしばらく上って行って、これは雁宿公園。
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明治23年、陸海軍の連合大演習が行われた際、明治天皇が大演習統監のために滞在されたことを記念して整備された公園です。
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イチオシ
公園の真ん中に明治天皇の大きな石碑があって、明治天皇御立所。天皇は、豪雨の中、外套の頭巾も被らず、演習を統監。そのことが教科書にも紹介されて、半田が全国に知られるようになったと説明板がありました。
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雁宿公園から、今度は半田市立図書館に向かいます。
途中は何にもない場所なんですが、そんなところで目に入ったパティシエサウチ。ジェラートの幟が目立っているし、寄ってみました。 -
イチオシ
そのジェラートは、かなりの種類。バナナのジェラートをいただきましたが、バナナの香りがとっても濃い。さりげないジェラートですが、ここまでの香りはなかなかないかも。さすがプロといった丁寧な作りが感じられました。
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さて、これが半田市立図書館 博物館。けっこう歩きましたよ~
しかし、施設はとても充実していて、大きな図書館と博物館が同じ建物にあるのもいいし、軽食の喫茶コーナーもあったり。ここでしばらく時間を過ごすのも十分ありといった施設。家族連れでも楽しめると思います。 -
さっそく、お目当ての半田市博物館へ。半田は、酢醸造とはんだ山車まつりの山車が名物。その展示が見どころですね。
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ちなみに、半田の酢醸造は酒造りの過程で出る酒粕から作る酢の製造方法を考案したという革新的なもの。廃棄していた材料から作るので、とっても安価だったんですね。それを考案して半田の経済を牽引したのが中埜酢。その紹介と合わせて展示してある酒造の道具類も美しい展示です。
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山車の方も現役の山車でしょうか。
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保存状態がよくて鮮やかです。
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町が豊かになると、山車も豪華となっていく。
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イチオシ
半田の町の豊かさを感じさせられる意匠です。
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これは、そばにある半田空の科学館。
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プラネタリウムが一番の見どころなんだと思いますが、ロビーや通路には地球環境を学びながら遊べるちょっとしたスペースもあって、小さな子供を連れた家族が子供を遊ばせたり。
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玄関を入ってすぐの壁画も目を引きます。
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任坊山公園は、半田市体育館の隣りということでしたが、間に墓地があったりして分かりにくい。結局、山を突っ切るのではなく、普通の道路から行くのが一番いいようです。
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公園西側の駐車場のある方の入口から入ると、広々した芝生広場。緑豊かな公園です。
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そこから、またしばらく歩いて常楽寺へ。
ここは徳川家康が三度も逗留したという家康ゆかりの寺。そして、尾張藩初代藩主、徳川義直が「浄土宗西山派知多一郡の総本寺」とした半田を代表する大寺院です。 -
イチオシ
境内は豪壮で、見どころは国の重要文化財に指定されている木造阿弥陀如来立像。拝観を申し込んだら、本堂に上がって自由に拝んで行ってくださいと言うこと。
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なるほど、そのまま勝手に上がって拝めます。ただ、遠くからしか見れないので、細かいところまではよくわかりませんが。。
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ここからいよいよ半田市街の中心部に向かいます。
その前に、昼飯に寄ったのは古窯庵。半田では圧倒的な人気を誇るそば屋さんです。 -
玄関は陶片が埋め込まれた渋いデザイン。この日も、大勢の人が順番を待っていましたが、店内の落ち着いた雰囲気からして、期待が高まります。
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ただ、そばの方ですが、けっこう固いタイプ。これは私の苦手なタイプなので、ちょっと評価は低くならざるを得ないんですが、それにしても。。
ここまで極端にしなくてもいいのではないかと思います。 -
口直しで、同じ並びの中川屋へ。小さな和洋菓子屋さんです。店内からして、なんというかちょっとアットホームな感じがします。
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目に止まったのは上用饅頭。朝顔を描いたデザインですが、これが手作り感があって、見飽きない。いい仕事しています。いやいや、味もいいですよね。
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イチオシ
中心部に入って。
旧中埜家住宅は、通りの脇に突然現れます。
中埜半六の別邸として明治時代末期に建てられた洋風建築で、国の重要文化財。ただ、特徴ある外観は外観として、塗装もはげつつあるし、ちょっと傷みも進んでいるような。特に説明板もないし、ただ建っているだけという感じ。内部の見学もできません。 -
半田の旧市街にはお寺も多い。
龍台院は、知多四国八十八ヵ所巡礼第二十番の寺。これだけ街中にあるのに少し荒れかけた風もなくはないですが、境内には樹齢のいった古木がいくつかあって、緑は濃い。 -
本堂では法事が行われていて、地元のお寺といった感じです。
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摂取院は、知多四国八十八ヵ所巡礼第二十四番の寺。紺屋海道近くの寺の集まるエリアです。境内に入ると二重屋根の本堂が正面。浄土宗の寺のようですが堂々とした構えです。傍らに枝振りのいい松があって、これが大きな潤いとなっていると思います。
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ところで、紺屋海道は、半田の旧市街。赤レンガの方から始まって、おせんべいの米市商店前、寺の集まるエリアなどを通ります。かつて、この辺りに染物屋さんがあったことと海に繋がっていたので紺屋海道。外向けのアピールのために、後から付けられた名前だと思います。
で、これがその米市商店。おばあちゃんが一人で切り盛りする老舗の煎餅屋さんです。 -
一枚一枚、丁寧に手焼きしたおせんべいをこれも丁寧に一枚一枚ビニール袋に包んであるので、袋を開けても全部が湿気ることはない。安心です。味は素朴ですが、醤油の焼き色がとても美しくて、これも立派にインパクトありでしょう。
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今度は紺屋海道から半田赤レンガ建物に向かいます。
こちらはもう半田赤レンガ建物は目と鼻の先という場所にある御菓子処 松川園。立派な構えのお菓子屋さんです。 -
和菓子屋さんかと思ったのですが、看板商品は意外にもバームクーヘン。なかなか香りがいいですね。
ご主人がお茶を入れてくれて、半田のあれこれについても教えてくれました。戦国時代でも知多半島は大きな戦乱には巻き込まれていない。おっとりした気風がある土地柄だということでした。私は、こうしたさりげない一言でその土地のイメージを作っていくのですが、またひとつしっかり重要な情報をインプットできました。 -
イチオシ
さて、これが半田赤レンガ建物は、明治31年、丸三麦酒のビール工場として建てられた建物です。あまり有名な赤レンガではないと思いますが、これは十分に規模がありますね。
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中に入ると洞窟に入ったようなひんやり感もあるし、ほー。これは価値ありの建物です。
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工場の時代やその頃の半田市街の様子を伝える展示が有料スペースにありますが、残念ながら、それは撮影禁止。ここまでがぎりぎりのところ。しかし、この奥に続いてまだまだ広いスペースがあって、それは私の想像をはるかに上回る素晴らしいものでした。
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せめてということで、こちらは入口の喫茶スペースを撮ったもの。
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いずれにしても、外観も美しいし、半田を代表する地元自慢の遺構建物だと思います。
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続いての住吉神社は、さらに先。名鉄河和線住吉駅からすぐのところ。近くに大きな溜池があって、いい感じです。
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ところで、住吉神社というのは海に関係する神社ですから、川や海に関係する街では時々見かけます。半田の街にもあるのも自然なことかもしれません。
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本殿はしっかりした銅板葺唐破風の意匠。これも印象的です。
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住吉駅まで戻って、これは駅前の常川屋 半田店。マンションみたいなビルの一階に構える大きな店舗です。
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お土産にしたのは「赤レンガ」。これはいわゆる錦玉ですね。
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ジャリじゃりした半透明の結晶の中に大粒の大納言を挟んで、変化のある食感と大納言のボリューム感がうまくコラボしています。水ようかんとお茶のサービスもいただきまして、ちょっと一服です。
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再び、旧市街に戻ってきて。丸初製菓本舗では、半田名物「ちんとろ最中」をいただきました。
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お願いすると「ちょっと待ってください。今、餡子を詰めてきますから」とのこと。
いただくとこれは地元の「ちんとろ祭り」に因むもののようですが、昨日の津島天王祭でも登場した提灯を飾ったまきわら船みたいな形。くっきりとした形がよくできています。 -
光照寺は、知多四国八十八ヵ所巡礼第十九番の寺。堂々とした薬医門から境内に入ると
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古びた本堂に芝生の組み合わせ。
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あとは、本堂の左わきに大師堂が建っているくらいで、シンプルなんですが、札所としてのほどよい落ち着きがあると思います。
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ここからが本当の中心部。
業葉神社は、國盛酒の文化館の手前にある小さな神社。入口に石垣の土台に据えられた石灯籠が二つ並んで、木製の鳥居。 -
そこからまっすぐに進んだ奥が本殿というすっきりした構え。場所からして、酒の関係かなと思ったらそうではなくて、子宝等に関係する神社だということです。
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この辺りには観光スポットが集中していまして。
これは、半六庭園。江戸時代、海運業、醸造業で財を成した地元の名家、中埜半六家の庭園です。 -
出入りは自由。
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限られた一角ですが、かつての池は枯れていても、延べ段、石段を自然に配するメリハリの利いた設計がしっかり残っていて、十分見応えがあると思います。
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旧中埜半六邸の邸宅の方はこれ。現在はおとうふ湯葉いしかわという料理店となっていますが、
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イチオシ
少し赤みのかかった土壁を組み合わせた特徴ある外観だけでなく、
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玄関から入って、奥の間まで見ることも出来る。
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意外に、開放されているのであまり遠慮せず入らせてもらうのがいいかと思います。
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小栗家住宅もそのすぐそば。玄関横に震災や暴風雨に耐えて130年という書き出しの説明板がありますが、かなり字が薄くなっているし、なかなか気が付かないかもしれません。10代当主が建てたもので、明治3年に竣工した寄棟造りの総二階建ての純和風建築。一階は店舗だったようですが、その面影は外観からは分からない。格子戸を多用するデザインが目を引くくらいかなと思います。
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イチオシ
そして、これが國盛酒の文化館。実は見学時間が決まっていて、予約をしてから近所のスポットを回っていたんです。
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国盛という酒蔵は、先ほど触れた酢の中埜家と同じ一族。
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こちらは、酒蔵が経営するお酒の資料館で、造りのあれこれをガイド付きで学べるという趣向。
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始めに、蔵は木の板で覆われているのですが、釘を抜くと簡単に取り外せる。そんな話があって、意外に面白い。もう酒蔵なんて飽きたよ言う人もやっぱり行くべき施設かなと思いました。
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あとはそこまで珍しいというほどのものはありませんが、コンパクトによくまとまっていて、やっぱり半田の町の歴史を理解するうえでは欠かせない場所の一つです。
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というのも、大事な話は半田の立地。江戸時代の前期だと大消費地江戸に向けて、灘の酒が大量に送られていたのですが、そこからだと紀伊半島を回っての長い航路。これに対して、半田は江戸への距離が近くて、とても有利な条件だったのですね。
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品質では勝てなかったかもしれませんが、地の利を生かして優位に戦う。そして、それは酢の醸造技術にもつながっていく。ここで半田の意外な繁栄の始まりがおぼろげながら見えてきました。
なるほど、なるほど。 -
しかし、気が付くと時間も押してきていて。ちょっと焦りつつ、街歩きを再開。
雲観寺は、さっきの小栗家住宅の隣りで、小栗家と関係する寺のよう。 -
真宗大谷派の寺ですが、山門から、正面に本堂、左手に鐘楼というこじんまりした感じで、よくある豪壮な印象はほとんどありません。雲観寺と書いた山門の額にちょっと雰囲気があるくらいかなと思います。
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魚太郎・蔵のまちは、ミツカン本社の通りを挟んだ向かい側。見晴らしのきいた一角で、駐車場も広い建物。
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基本は食堂だと思いますが、道の駅のような役割もあるので、地元の食材を買いにちょっと訪ねてみるといった使い方もいいでしょう。お酒や調味料のコーナーが充実しています。
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半田運河 蔵の街は、ミツカン本社からすぐの川沿い一帯を指すのだと思います。
半田の酒が江戸へ送られたというのは、まさにここからです。運河はその歴史の名残りをとどめるもの。川沿いには、今でも倉庫のような建物がいくつかあって、ちょっと雰囲気があるように思います。 -
半田に繁栄をもたらした酢醸造のパイオニア、中埜酢。
MIZKAN MUSEUMは、その中埜酢が運営する半田の酢の歴史を伝える博物館。街の中心部にあって、大きな施設なので、ランドマーク的な存在だと思います。 -
ここは、決まった時間に集まった見学者を引率して、係の人が説明していくスタイル。もうその時間は過ぎていたのですが、それでも販売ショップや常設の半田の酢の歴史をコンパクトに伝えるコーナーは自由に見学が可能で、まあまあ楽しめた感じ。
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酒粕から安価に酢を作れるようになったのは大きなイノベーション。画期的な発明で、今のミツカンがあるということも改めてよく分かりました。
ただ、酒粕から酢を作る前はどんな作り方だったんでしょうね。そこは曖昧なままになっていて、ちょっと気になりました。 -
そして、最後にもう少しスイーツチェックです。
松華堂は、大きな構えのいかにも老舗といった和菓子店。 -
品数がいろいろあるのですが、私が選んだのは、松かげ。半田にはかつて立派な松並木があったそうで、それに因むものだそうです。
卵がたっぷり入った、形は違いますが、ボーロみたいなサクサクした食感がおいいしです。薄い白くて柔らかい紙に丁寧に包んであるのも印象的です。 -
もうひとつは、若松軒。
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大きな看板が出ていたあんみつも気になりましたが、お土産にしたのは玄米志る粉です。
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お汁粉というよりも、昔でいうと、湯で溶かすはったい粉の味わいに近いかも。いかにも穀類を使ってますという香りの良さがあるし、体に優しいような感じがしました。
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半田市鉄道資料館は、JR半田駅そばの小さな施設。隣りにはSLが展示されていますが、この施設自体はバラックの建物です。
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知多半島の発展は、鉄道が敷かれて、名古屋へのアクセスが高まったから。そんな歴史の一こまを当時の写真を交えて紹介しています。なので、鉄道というか、もっと広く半田の昔の紹介ということかと思います。
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さて、晩飯はJR半田駅前の小さな食堂、成田屋です。老夫婦とそれを手伝うのは娘さんでしょうか。アットホームな雰囲気がありますね。
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半田らしいものということで、味噌煮込みうどんをいただきました。
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味噌煮込みうどんって、あちこちで食べてますが、いや、ここのもかなりうまい。出汁にこれだけいろんな旨味を出しているのは、丁寧に作った証拠。夏でも、ここの味噌煮込みうどんはイチオシでしょう。
半田のいい締めにもなったでしょう。 -
半田から名古屋に帰って。もう少し、名古屋駅周辺をうろうろ。
名古屋駅の周辺にはいくつも高層ビルがありますが、この名古屋ルーセントタワーは北側にあって、ちょっと離れた場所になります。
ビルは全面ガラスですが、片側が緩やかなカーブを描いているのが特徴。 -
一方で、オフィスビルとしての要素も大きいので、中の商業スペースは限定的。地階の食堂街も大きな規模ではありません。観光客にとってはわざわざ行くビルではないような気がします。
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名古屋ルーセントタワーからの帰りは、ルーセントアベニューで。地下鉄名古屋駅までを結ぶ地下道です。
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名古屋の地下道はお店があったりして地下街になっていることが多いのですが、こちらは本当に地下道。反面、殺風景にならないように、壁面には現代アートっぽいデザイン。意外に目を楽しませてくれます。
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途中で地上に上がって、これは桂芳院。
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愚痴聞き地蔵とうのがあって、山門を入ってすぐ左手。石地蔵なんですが、なんとまあ。大きな耳と耳にあてた手で、「なになに?」とでも言いそうに、耳を傾けた姿。ここまですごいパーフォーマンスはちょっとないかもしれませんね。
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名古屋駅に戻って。
名古屋うまいもん通りは、名古屋駅の新幹線口の方。今までちょっと死角になっていて、行ったことがありませんでしたが、ここって意外な穴場。餡かけスパゲッティやひつまぶしの人気店があって、名古屋名物をこんな手軽に食べれるって価値あり。もっと知られてもいいような気がします。 -
で、帰りの新幹線のお供は、こちらの居酒屋 鶴八。名古屋駅の太閤口出てすぐのお店です。
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名古屋名物の手羽先のから揚げを買いましたが、考えてみれば、名古屋で手羽先のから揚げを買うなんて初めてかも。そういう意味で、ちょっと期待したんですが、味は別として、食べにくいし、肉はちょっぴりしかついていない。正直、フラストレーションがたまりました。もしかしたら、こんな少しを食べるものではないのかも。どういう食べ方をするのかももうちょっと知る必要があるのかもしれません。
さて、以上で今回の旅は終了。それにしても、まだまだ名古屋は得体の知れなさが残ったまま。しばらくは追っかけていく決意を固めつつ、これで東京に帰ります。
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この旅行記へのコメント (2)
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- trat baldさん 2018/02/27 07:02:01
- 神前神社潮干祭は例年5月の第一週です。
- かなり勇壮な山車の引き回しは時間内に納めようとする年寄りと年一回のお祭りに血を滾らせる若い衆との闘いでもあります(^o^)
現在は埋め立てのために両岸の距離は500m程度ですが亀崎の渡し(我々三河っ子は田戸の渡しと呼んだ)から対岸の船着場は見えませんでした、おぼろげな記憶で昭和30年代で5円だった様な気がします、ちなみに魚太郎やミツカン酢前までが海でした、今でも桟橋が残っています(^o^)
Ps.新美南吉(童話作家、ゴン狐の里)が登場するかと思った。
- たびたびさん からの返信 2018/02/28 15:00:01
- RE: 神前神社潮干祭は例年5月の第一週です。
- 地元の情報ありがとうございます。
潮干祭は気になっていますが、その時期に行くなら、知立祭りの方が先かなあと思っているところです。
新美南吉もいいですよね。ちょっと場所が離れていることもあって行けませんでしたが、その後、名古屋文化の道の二葉館で資料を拝見。半田だけではなく、名古屋の誇りにもなっているように思いました。
たびたび
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