津島天皇祭のついでに名古屋城辺りと半田市街、真夏の街歩き(一日目)~尾張名古屋は城でもつ。久しぶりの名古屋城でしたが、改めて物語のなさが玉にきず。むしろ、予想外の極上、名古屋市市政資料館と鰻木屋にしびれました~
2017/07/22 - 2017/07/22
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たびたびさん
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伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ。尾張名古屋は城でもつ。
名古屋における名古屋城はそれほど重要だということなんでしょうが、それでもなにか観光地としては単純で平板なイメージがぬぐえない。それは、たぶん、例えば、石山本願寺から始まって、太閤秀吉の華やかな時代、豊臣家の滅亡といった大阪城のような物語がないから。城を見てもそこに物語がなければ、感動は生まれないんですよね。
ただ、名古屋城はかなり以前に一度行ったきりになっているだけだし、この辺でもう一度行っておくもの悪くないかなと思い直して、今回の旅に組み込んでみました。津島天皇祭は夜だし、それなりに時間はありますからね。
さて、金ぴかの本丸御殿とかは今回が初めてだったし、単純に楽しめたかなと思いますが、それ以上に名古屋城がどうかといっても、何も出てこない。それ以前のこととして、この城が造られた当時の徳川家康と豊臣家との関係。新たな権力者となった家康の統治思想の方が思いをはせやすいような気がしました。尾張の中心を清州から名古屋に移したのは家康。天下普請の街造りによって、大阪城にいる豊臣秀頼に対しても一定のプレッシャーを与える気持ちもあったような気もしますが、結局のところ、基本的な名古屋の街への理解がないと名古屋城も語れないのでしょう。私にはその辺りが不足しているということなのかなとも思います。うーん。少し前から名古屋や名古屋周辺を歩き始めてはいますが、なかなかもやもやが晴れない。私にとってしばらくは大きなテーマになるような予感がします。
一方で、より印象に残ったのは、名古屋市市政資料館と鰻木屋。極上の名古屋はこれ!といったおすすめスポットかなと思います。
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東京から名古屋に到着。
名古屋駅の新幹線口の改札を出てすぐの正面にあるのが銀の時計です。駅でよくある待ち合わせの場所で、この日もいくつかのグループがここを利用していました。この通路の反対側、高島屋の前には金の時計があって、それと使い分けするようになっているのだと思います。 -
名古屋市名古屋駅観光案内所は、名古屋駅の金の時計と銀の時計の中間。大きな通路の真ん中です。そういう意味だと駅の中でも一番便利なところでしょう。
しかし、名古屋が観光地としてのイメージがしっかりあるかというとそうでもないような。これだけ便利な場所にあっても、ここを訪れる観光客は案外少ないように思います。 -
ここで、駅の周りのビルをちょこっと確認して、朝飯の喫茶店に向かいましょう。
JRゲートタワーは、2017年4月に開業したばかり。名古屋駅の高島屋の前から階段を上って行ってもいいし、いったん駅の外に出てから階段を上って行ってもいいです。 -
ただ、ほとんど駅ビルと言ってもいい近さなのですが、正直言えばいずれのルートもあんまり分かりやすくない。そして、ビルに入っても、KITTEへの通路みたいな感じです。
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KITTEって、東京だけじゃなくて、名古屋にもあったんですね。名古屋駅からJRゲートタワーを抜けると大きな空間が現れたと思ったら、そこがKITTEでした。東京のKITTEと比べると一回りも二回りも小さいのですが、体験型ゲームのイベントが大賑わい。若い人がいっぱい集まって、とても活気がありました。
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KITTEの入っているビルがJPタワー名古屋です。
見どころとしては1階のKITTEくらいだと思いますが、外から改めてこのビルを見上げると、堂々とした高層ビル。駅からは全景が見えないので目立ちませんが、JRゲートタワーと並んで建つ姿は、これも名古屋の活気を象徴しているように思います。 -
名古屋駅前正面にポツンと建つのは、大名古屋ビルヂング。名古屋駅の周辺には、立派な高層ビルや派手なビルがいくつもあるので、ほとんど目立っていませんが、よく見るとこのビルも実はモダンなデザイン。2015年に建て替えたばかりなので、当然かもしれませんが、少しクラシカルな感じのデザインなので、それが老舗ビルの雰囲気を出しているのだと思います。
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さて、ここで朝飯はリヨン。
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名古屋では圧倒的な人気を誇るカフェですよね。この日も満席です。
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小倉トーストのモーニングいただきましたが、コーヒーにちょっと酸味があって、それが小倉トーストの甘さと絶妙の組み合わせになってますね。人気店の割に店内がけっこう地味な感じだったので、あれっと思ったのですが、このコーヒーのうまさも人気の秘密なのだと思います。
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ここから名古屋城まで向かいますが、例によって、途中途中のスポットも確認します。
名鉄名古屋駅から錦橋に向かう途中。大通り沿いに地下に降りて行く入口があったので、入ってみるとそれがミヤコ地下街でした。 -
JR名古屋駅からは遠いし、名古屋の中心部からも外れなんですが、本当に名古屋は地下街が多いなあという感じ。朝で大半のお店は閉まっていましたが、喫茶店は開いている。通路として、ここを名鉄名古屋駅に向かう人もいて、意外に利用価値はある地下街のように思います。
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この錦橋は、名古屋城築城のために造られた運河だったという堀川に架かる橋。名古屋には橋が多いという印象はありませんでしたが、この辺りの景色を見ると大阪の感じと似ていなくもない。橋の方ですが、四隅にモダンな街灯が建っていて、ちょっと存在感をアピールしています。
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錦橋からほど近くの神明社です。
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街中の神社なのですが、意外に余裕のある境内と濃い緑があって、ちょっとほっとするような雰囲気がある。朝、神社にお参りに来ている人も見かけたり、意外に都会の潤いになっているように思います。
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伝馬橋も堀川に架かる橋の一つ。橋のたもとに説明板があって、その堀川に架けられた七橋の一つとありました。
清州から名古屋に移転を命じた家康。で、この堀川の開削を命じられたのは福島正則だったとか。美濃路がこの橋を通るので、大いに賑わったということです。現在は、コンクリートの大人しい外観。都会の景色に埋もれていますが、歴史を持った橋だということはよく分かりました。 -
泥江縣神社は、オフィス街。石の鳥居があって、奥に赤い本殿が見える割とちゃんとした構え。応神天皇、神功皇后、三女神を祀り、貞観元年(859年)からの歴史があると説明されていました。
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ただ、境内に入ると外から見ていた以上のものはなし。何かを探求しようとしても境内には何もありません。
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ここから四間道に入ります。
四間道の入口にある神社は、コノハナサクヤヒメを主祭神とする浅間神社。 -
入口は細いのですが、うなぎの寝床みたいに奥が深い境内です。そして、その限られたスペースには、樹齢300年を超える楠木やケヤキがあって、市の保存木になっています。そういう意味で、うっそうとはしていますが、そこまでの迫力はない。やっぱり、うなぎの寝床みたいに奥が深い境内の形がポイントかなと思います。
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ところで、四間道は、美濃路の一つ西側にあたり、商人が住んでいたエリア。その後、大火があったことから、類焼を避けるために道幅を四間に拡張したのでこの名前になりました。
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しかし、少し曲がったような通りは、目だった幅の広さは感じません。また、古い町並みが残るといっても、そう言われればそうかなと思うくらい。むしろ、隠れた名店食堂が潜んでいそうな雰囲気があって、そっちの方が気になりました。
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子守地蔵尊は、四間道かわ少し脇道に入った裏通り。ドン詰まりの場所ですが、きれいな構えの祠です。正面には子守地蔵尊と書いた提灯が二つ下がって、いわれを書いた駒札もある。井戸を掘った時に発見されたお地蔵様だということです。
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円頓寺本町商店街を名古屋城方面に抜けたところにある五条橋です。欄干は擬宝珠のデザインなので、京都のパクリかなと思ったのですが、この橋も清州から街ぐるみで名古屋に移った清州越に由来する橋という説明。清州越と五条橋という名前がどう結び付くのかはっきりしませんが、この橋も名古屋の始まりに関係するということだけは分かりました。
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そして、円頓寺商店街へ。これぞレトロ商店街と言った昭和な香りのアーケード商店街ですね。
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もうすぐ七夕のイベントが行われるところだったようで、天井からはいくつかの張子の飾りがぶら下がっていました。
正直、オンボロな商店街ですが、これだけのものを作るとなるとそれなりの取組が必要なはず。力を合わせた活動が十分想像されました。応援したいと思います。 -
円頓寺商店街の中にある金刀比羅神社。
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入口は狭いですが、奥まったところに小さいですがしっかりした建物がありました。名古屋城築城の頃から三之丸にあった重臣、大道寺氏の邸宅内にあったものを移してきたものだそうです。
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円頓寺商店街の中ほどにあるのが円頓寺。そもそも、この商店街は円頓寺の門前町として発展したもののようです。門構えにいかめしい感じは残りますが、
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境内に入ってみると、本堂は鉄筋コンクリートで都会的。石畳の参道に植栽がきれいに配されて、清潔感もある。意外に、気軽に立ち寄れるお寺であることが分かりました。
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同じく円頓寺商店街の中ほどにある慶栄寺。奈良の元興寺の古材を使った太子堂や松濤庵という足利義政好みの茶室があると紹介されていましたが、インターホンでお寺の人に伺うと公開は年4回しかないそう。
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仕方がないので、門から境内を覗きましたが、それらしい雰囲気は確かに感じられました。
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円頓寺の門前商店街は、円頓寺商店街と円頓寺本町商店街のい二つがあって、円頓寺のある方が円頓寺商店街。その西側に続くのがこちらの円頓寺本町商店街です。どちらも古いアーケード商店街ですが、比較すると円頓寺本町商店街の方がお店の密度は濃いような。ただ、円頓寺商店街の方が通りの幅が広いので七夕飾りは大きいと思います。
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多賀宮は、円頓寺本町商店街の一角。いわゆるお多賀さんの神社ですね。狭い参道を入って行くと小さな本殿があるそれだけなのですが、
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本殿前に重軽石というのがあって、願い事が叶うかどうかをこの石を持って見極めるという石。時々見かける石ですが、お参りの人にはけっこう受けていて、皆さん楽しげに持ち上げていました。
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円頓寺商店街から名古屋城にだんだん近づいて。
この中日新聞社ビルは、もうかつては城内だったと思われるような名古屋城の至近エリア。 -
さすがメジャーな新聞社だなあと思ったら、裏手の方には、トラックが横付けできる新聞の出庫施設があって、なんか微笑ましい。近くに高速の入口もあるので、交通の便も関係しているのかもしれません。
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本町橋は、名古屋城の三之丸に通じる橋だったようですが、石垣の手前の空堀に形ばかり残ったような目立たない橋。歩行者もあまりいないような一角で、説明も何もないし、これが観光スポットであることに気が付く人はまずないかなと思います。
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この周辺には、いくつかのレトロ建物が残っていて、それも確認しておきます。
愛知県庁大津橋分室は、昭和8年築。 -
当初は、愛知県信用組合連合会会館として使用されていた建物です。
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一階に戦争に関する資料館というのがあって、日清・日露戦争から、太平洋戦争での名古屋空襲についても、詳しい説明がありました。
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日清・日露戦争の戦死者の遺族への対応など、ちょっと気が付かない視点での説明もあったりして、思わずハッとさせられました。
これは焼夷弾でしょうか。名古屋の街は空襲にあって大打撃を受けている。古い建物があまり残っていないのもこのためです。 -
伊勢久株式会社本社社屋も同じ並び。昭和5年に建てられたもので、デザインが正面のファサードに集まるのは、よくあるパターンのような感じですが、螺旋系の溝を切った柱が4本が特徴でしょう。なお、この会社は、薬種問屋。こちらは外観を確認するだけです。
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愛知県議員会館は、高い塀に囲まれて、外から中を窺うしかないのかなと思ったら、ドアが開いて中の敷地に入ることができました。
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すると県会議員の宿泊施設になっていたという洋館。けっこう傷んでいる様子でしたが、これは大多喜寅之助という人物の事務所兼邸宅として建設されたもの。飾らない瀟洒なデザインが面白いです。
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そして、ひときわ目立つのは名古屋市市政資料館。重要文化財に指定されている旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎を利用した施設です。ここから先は文化のみちのエリア。その起点にもあたります。
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イチオシ
赤レンガの建物は外観も美しく堂々としていて見応えがありますが、
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内部に入ると、これまたビックリ。
玄関入ってすぐの正面階段では、結婚式のカップルが記念写真を撮っていましたが、 -
まさにそうしたシチュエーションにぴったりの場所でしょう。
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映画のロケにも使われたという各部屋も、
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イチオシ
いまだに現役当時の輝きを失ってはいない。
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部屋数も想像以上に多くて、見て回るのがけっこう大変。
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これは正真正銘、名古屋の誇る施設の一つだと思います。
名古屋はこんないいものがあるのに、県外の人にはあまり知られていない。私は、外に対する発信に無頓着なのも名古屋の特徴ではないかと思っていますが、いかがでしょうか。 -
ここらで早めの昼飯にしておきます。
鰻 木屋は、名古屋市市政資料館の向かい。名古屋市内では圧倒的な人気を誇るうなぎ屋さんです。 -
待つことしばしで入店。程よい広さの店内は活気がありますね。
さて、いただいたうな丼ですが、うなぎそのものに加えて、ひつまぶしの伝統を誇る名古屋の面目躍如といった、このタレのうまさが衝撃的ですね。 -
食べた瞬間から、そのうまさにとろけてしまいそう。名古屋は蓬莱軒だけじゃないよとしっかりアピールされた感じです。
ただ、逆に、ここまでしなくても十分うまいような気もしなくはない。まあ、敢えて言えばということです。。 -
ここから名古屋城のエリアに入ります。
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愛知県体育館は、名古屋城の敷地の一角。ちょうど大相撲の巡業がここで行われているということで、大勢のお客さんが詰めかけていました。
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上りもガンガン立っていましたが、敷地がものすごく広いので、それでも全体としてはまだまだ寂しいくらい。名古屋体育館って、平易な名前ですが、その規模はちょっと半端ではありません。
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名古屋市市政資料館から名古屋城に向かうと、こちらの入口は東門。切り妻のあっさりした構造で長屋風の門ですが、券売所が入ったりしているだけで、別に、何の変哲もない門。この門自体が観光スポットというようなものではありません。
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東門を入って。
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すぐ右手にある庭園は二之丸東庭園。中心部に吾妻屋が建っていて、視界が開けた感じ。南池の駒札があって、かつては池があって、ほか何か一枚岩という名物の石などもあったようですが、それも埋没したまま。しかし、これでも眺めは悪くないでしょう。
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二之丸庭園は、二之丸御殿の北側にあった庭。今は、枯山水の庭だけが単独で残っています。一方で、これは名勝庭園ですから、もうちょっと見応えがあってもいいはずなんですが、工事中ということもあって正直、イマイチ。
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また、中心に建っているお茶屋さんがあって、庭が分断されてしまっているのも原因の一つかなとも思います。
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名古屋城全体が名城公園といえばそういうことなんですが、天守閣の北東側のお堀に面した一帯が最も公園らしい景観だと思います。季節になると美しい藤棚がけっこう有名ですが、二ノ丸広場の奥から見渡すと全景が見えて、水辺の潤い豊かな公園です。
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名古屋城 二之丸広場は、名勝、二ノ丸庭園から天守閣に向かう途中。本当に木が少しあるくらいで、何もない広場なので、積極的にここを見て楽しむというものではないような。また、ここから天守閣でも眺められればいいのでしょうが、見えるのは櫓くらい。眺めの方もイマイチでしょう。
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この櫓は名古屋城の東南隅櫓。東門から天守閣を目指すと表二之門の並びにあって、最初に目にする櫓です。千鳥破風に唐破風がいくつか組み合わさった櫓にしてはなかなか豪華な意匠。こちらも屋根にはシャチホコが乗って、やっぱり名古屋城に相応しいデザインです。
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ところで、名古屋城は、徳川家康が命じた天下普請で建てられたのですが、清正公石曳き像は、その天下普請を命じられた清正の働く姿を捉えたもの。関ヶ原の戦いで石田三成を破ったつもりの清正ですが、結果としては家康の天下を固めただけのこと。なんでこんなことになったのか。忸怩たる思いが現れているとみえなくもありません。
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そこから表二之門へ。深い堀に渡された石垣の道を迎える門で、この門を入ると、西の丸エリアになります。重要文化財にも指定された堅牢な構えの門ということですが、見た感じはちょっと傷みがあって、心配なくらい。むしろ、ここからだと深い堀や高い石垣とかの方が見どころのような気がします。
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名古屋城の本丸表一之門跡は、表二之門から入って少し進んだ、天守閣が見えてくる前の石垣のところ。
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表二之門と合わせて、枡形を形成していたというのですが、太平洋戦争の空襲で、焼失。今では石垣しか残っていないので、駒札だけ読んでも、想像するのはちょっと難しいかもしれません。
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イチオシ
そして、すぐに現れるのが本丸御殿。天守閣と並ぶ名古屋城の大きな見どころでしょう。
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靴を脱いで上がりますと
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新たに復元された広間はどれも金ぴか。
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虎や花鳥の豪華な襖絵で埋め尽くされています。
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享保の改革を推し進める吉宗に、そんなことは意味がないと反駁した第7代尾張藩主、徳川宗春の話は有名ですが、
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こうした華美な内装もそうした気概を表しているのでしょうか。
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受け止め方は様々にしても、
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イチオシ
誰しもが圧倒される金ぴかであることは確かです。
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ただ、倹約か規制緩和かみたいな論争は、家康の質実な生活態度からすると吉宗に軍配があがるのは当然という気がしなくもないですが、いずれにしてもその根底にあるのはいかに平和を維持していくかということ。
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イチオシ
徳川幕府のためではない。それは平和な世の中をいかに持続させて、争いに明け暮れる戦国時代には後戻りさせないためにはどうしたらいいかという考え方。
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明治維新を経て、世界に乗り出した日本にとって、徳川幕府は越えるべき壁でしかなかったのですが、本来の家康の思想はもう少し評価されてもいいかもしれません。
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本丸御殿から
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天守閣に向かう前に
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イチオシ
ちょっと寄り道。
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清正石は、本丸御殿から天守閣に行く前に右手の方に入ったところ。少し古びた石垣の下の方に、他の石と比較にならない大きさの石が使ってあって、それが清正石。本丸搦手の枡形は黒田長政の担当であったのですが、この大きさなので、清正が代わって積んだということです。
ただ、大きいことは大きいですが、大阪城の巨石と比べると圧倒的な大きさではないような気がします。 -
イチオシ
旧二之丸東二之門は、清正石の先にある洒落た高麗門。棟木の部分のデザインとかも精密で、城の門ではないようなイメージですが、本来は、二ノ丸の東門で三の丸からの入口だったという門。ここは、本丸の搦め手にあたる場所なので、後にここに移築されたものです。
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さて、いよいよ天守閣です。
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入り口を入って、
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まずは、展望室へ。
名古屋城は、エレベーターで上がれることで有名ですが、それでも、さすがに天守閣展望室は最後に少し階段で上る必要があります。お堀の先は、名古屋駅辺りの高層ビル群が見えて、名古屋が近代的な市街となったことがよく実感できる。どうかすると、城のことを忘れるくらいの街並みです。 -
眼下はさっき通って来た道ですね。本丸御殿が見えています。
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内部は展示室となっていますが、ざっと眺めて終わりです。
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天守閣を出て。
不明門は、土塀の下に設けられた門で、本丸北側と御深井丸をつなぐ門。常に鍵がかけられていたのが名前の由来です。小さな門なので、戦いの際の防御の役割としてはあまり期待されてはいなかった門だと思います。 -
不明門の傍らに植えられた中くらいの木は御殿椿。これは本丸御殿の南側にあった名木の御殿椿から接木された椿。3月中旬から4月上旬にかけて、八重大輪の白い花を咲かせるということです。夏場だったので、青い艶々した葉を見るだけでした。
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不明門を出て。
天守礎石は本丸ではなくて、この御深井丸のエリア。国宝であった旧天守は、昭和20年に焼失してしまいましたが、焼け跡に残った礎石がこちらに移され保存されていました。自然石にも近いようなやや不揃いな石がけっこう隙間なく並んでいます。力強さも感じますが、意外に整ってはいなかったんだなという印象です。 -
続いては御深井丸展示館へ。
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本丸御殿の修復工事なども紹介されていましたが、面白かったのは、郷土の人形・玩具展。
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天神さんや饅頭割人形などの鮮やかな色彩の土人形が美しく展示されていて、ちょっとほほえましい。冷房がきいていたので、休憩室としても使えます。
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名古屋城に現存する隅櫓は三つあって、これらは物見のほか、防戦、食糧・武器貯蔵などを目的としたものです。
この西北隅櫓は解体修理によって1619年に建てられたことが分かっていまして、清州城の古材を使ったのではないかとも言われる櫓。外観を眺めるだけですが、街が清州から名古屋に移転した歴史を考えると興味深いと思います。 -
乃木倉庫とか、西北隅櫓の辺りは観光客は少ない場所でしょう。
この建物は、明治の初めごろに名古屋城に置かれた東京鎮台第三分営が弾薬庫としてとして建てたもの。石造りのように見えますが、レンガ造りで漆喰塗り。この意匠はちょっと変わっているかもしれません。 -
イチオシ
名古屋城の石垣の中で、天守の石垣が特に素晴らしいということでもないように思いますが、城の最後の砦なので、それなりの造りはしてあるのでしょう。急角度の積み上げは有名な熊本城や伊賀上野城のような圧倒的な急峻さは感じませんが、やはり相当なもの。一方で、よく見るといろんな色の石で出来ていて、あちこちから集めた石であることがよく分かる。ちょっとしたモザイク模様のようになっていますので、確認してみてください。
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最後の櫓は西南隅櫓。正門から入って天守閣に向かうと最初に現れる櫓です。
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イチオシ
深い空濠に臨む急峻な石垣の上に建って、白い漆喰の壁が美しい。よく見ると、屋根にはこちらもシャチホコが乗っていて、これも名古屋城ならではかもしれません。
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向こうには表二之門が見えています。
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名古屋城の正門は、明治43年に旧江戸城内の蓮池御門が移築されていたようですが、戦時中に焼失。その後、昭和34年に、天守閣と同時に再建されたもの。しかし、堂々とした石垣に、少しくすんだような白漆喰の感じなど、どう見ても新しく再建された門には見えないような。自然な見応えがあると思います。
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その手前の広場の一角に榧の木があります。これは、高さ16m幹回り8m。樹齢600年を誇る天然記念物。尾張藩の藩祖、徳川義直が大坂の陣で大垣に出陣する際、その実を食膳に供したとされるもの。「必勝、榧の木」と書いた看板があり、縁起の良いものとされているようです。
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正門を出て。
名古屋能楽堂は、名古屋城正門のはす向かい。 -
玄関ロビーにはいきなり橋弁慶の人形があったり、奥の広い通路を使って、演じられた能関係のパネル展示があって、それを見ているだけでちょっと別世界に迷い込んだような感じ。ここは能を見なくても、十分楽しめる施設です。
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イチオシ
能楽堂の芝生の庭に設置された加藤清正像です。石引の像は、なんだか家康にこき使われた姿のような気がしてあまり面白くないのですが、こちらは堂々とした大将の風格。熊本にある清正像の感じにも近いと思います。やっぱり、清正像はこうじゃないとしっくりきませんね。
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加藤清正像の傍らにある篠島矢穴石。
これは、名古屋城築城に使用しようとした跡が残る石で、縦1.7m、横1.6m、奥行き2mで重さ約8tの巨石。南知多町篠島からはたくさんの石が運ばれたそうで、加藤清正がこれを指揮したということ。この石も清正ゆかりの石ということかもしれません。 -
さて、そそそろ津島天皇祭りの方が気になります。名古屋はこれくらいにして、津島に向かいたいと思います。
ところで、名古屋城から、名古屋駅まで帰るのは、能楽堂前のバス停からバスで帰るのが便利。私はこの出来町通りから帰りましたが、地下鉄丸の内駅まで出て、地下鉄というルート。これではあんまり効率的ではなかったような気がします。
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この旅行記へのコメント (3)
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- duc teruさん 2018/02/14 13:16:18
- 早速のご訪問ご投票ありがとうございました。
- お礼に参上しました。見事な写真と温かいコメントで大変参考になりました。
愚老の愚作、お恥ずかしい限りですが、年寄りの空元気と思召して、お付き合いいただければ嬉しいです、これからぼつぼつ上げてまいりますがよろしくお願いいたします。
duc teru
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- rinnmamaさん 2018/02/01 12:07:11
- いらっしゃいませ、名古屋
- たびたびさんへ
お礼が遅くなりました。フォロー頂きまして有難うございます。
名古屋散策・・お疲れ様でした。
PCの打ち込みが遅いので書き込みも中々出来ませんが、名古屋旅行記という事で嬉しく拝見させて頂きました。
名古屋市市政資料館は素敵ですよね。私も旅行記にしています。
四間道も昔ながらの雰囲気を残している地区ですが、旧家などを改築したレストランなどできています。
私の贔屓の呉服店は円頓寺です(栄店で購入していましたが、時代で栄店は閉店)
本丸御殿も市長がごり押し?したようですが、私は良かったと思っています。
まだピカピカですが、本物も保存されています。
天守閣で公開した時に見ましたが、よく保存出来たな~と思いました。
現在は天守閣を木造で・・という議会・市民・市長で論戦中ですが。
名古屋城の周りの桜も見事ですし、藤棚も素晴らしいです。
観光都市では無いかもしれませんが、名古屋もブラブラすると面白いですよ。
散策された場所が分かるので楽しかったです(^^)有難うございました。
今年は寒さが厳しいですので、お身体に気をつけて下さいませ。
rinnmama
- たびたびさん からの返信 2018/02/02 13:54:17
- RE: いらっしゃいませ、名古屋
- それはそれは。ありがとうございます。
愛知は、このあと須成祭も含めて、連続で6本の旅行記を上げるつもりでいます。ただ、そんなものでは全然足りない。しばらくは長期計画で攻めるつもりですので、よろしくお願いします。
たびたび
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