2016/06/14 - 2016/06/14
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柴田勝家所縁の地の紹介の締め括りです。最後は日吉(ひえ、ひよし)神社の紹介です。創建年は明らかではありませんが、元禄7年(1694年)には鎮座の記録があります。江戸時代には山王権現と呼ばれていた古社です。
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イチオシ
貴船社の見学を終えて、日吉神社に向かう途中で見かけた『アジサイ(紫陽花)』の花です。エキゾチックに色が混じりあった西洋アジサイでした。秋色紫陽花と呼ばれる品種かも知れません。
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エキゾチックに色が混じりあった、秋色アジサイと呼ばれる品種らしい花のズームアップ光景です。秋色アジサイは、秋頃まで花色の変化を楽しめるようです。
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貴船社から日吉神社までは、かなりの距離がありました。1キロは優に超えていたようです。その日吉神社の参道入口に到着しました。鎮守の杜の大木を背後にして、石の鳥居が小さく見えました。
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六角形の石碑のようです。正面には、五か条の御誓文の『広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ』の文字がありました。慶応4年3月14日(1868年4月6日)に明治天皇が天地神明に誓約する形式で、公卿や諸侯などに示した明治政府の基本方針です。台座には、菊のご紋と『弥栄(いやさか)』の文字がありました。
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『日吉神社』の石標です。『日吉神社(ひえじんじゃ、ひよしじんじゃ)』は、滋賀県大津市坂本にある山王総本宮日吉大社を勧請して、日本各地に建立された神社です。全国に約2千社の日吉・日枝・山王神社があります。通称として山王権現とも呼ばれます。また、二つの本宮と五つの摂社があり、日吉七社あるいは山王七社とも呼ばれます。二つの本宮の西本宮には大己貴神(大国主神)、東本宮には大山咋神が祀られています。
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日吉神社の境内入口の石の鳥居の光景です。その両脇に、高さを揃えたような立派な石灯篭がありました。入口の先に見えるのは、鬱蒼とした鎮守の杜の中の表参道です。
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『上社鎮護・日吉神社』の名前で表示されていた『由緒』の立看板です。少し拾い読みしますと、創建年は明らかではありませんが、元禄7年(1694年)5月の上社村覚に記載があることから、これより以前の創建とされます。祭神は、大己貴神と大山咋神です。
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一の鳥居の注連縄の下から眺めた、表参道の北側方面の光景です。参道の先には、次の赤い鳥居が見えていました。
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表参道の右側の光景です。参道脇に大樹の切り株が残されていました。これまで何度も目にしましたが、神社では、枯れてしまった樹でも、形ある内は、できるだけ長く姿を残す伝統があるようでした。
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表参道右側の獅子像です。口を開いた阿形の雄獅子です。筋肉質のごつい身体と、厳めしい顔立ちの石像です。
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表参道左側の獅子像です。口を閉じた吽形の雌獅子です。雄獅子同様、筋肉質のごつい身体と、厳めしい顔立ちの石像です。
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神社の衝立のような、『蕃塀(ばんべい)』の光景です。蕃塀マニアの方の日吉神社の蕃塀紹介です。『上社日吉神社の蕃塀は、2間巾の石造連子窓型蕃塀で、大きさは概略で本体長約2.7m、全高約2.4m、屋根長約3.4m、屋根巾約0.6mを測り、両側には控え柱を持たない』と紹介されていました。『昭和38年(1963)に製作されたが、作者は不明である』とも紹介されていました。
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『手水舎(てみずや)』の光景です。伊勢神宮では五十鈴川で手水を行いますが、そのように境内の湧水や小川で浄めるのが原点のようです。
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手水舎の水盤に水を注ぐ、石造の龍頭の光景です。水に縁が深い神獣が龍です。中国の龍は神獣・霊獣とされ、『史記』における劉邦出生伝説を始めとして、中国では皇帝のシンボルとして扱われました。龍は、様々な文化とともに中国から日本に伝来し、元々日本にあった蛇神信仰と融合しました。日本神話に登場する八岐大蛇は、龍の一種と解釈される説があります。
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イチオシ
石垣に上に立つ、日吉神社の拝殿の光景です。上社日吉神社は、表参道正面から灯籠、一の鳥居(石造)、灯籠群、二の鳥居(赤い木造)、灯籠、蕃塀、灯籠、狛犬、木造平入拝殿から、この写真の本殿施設群に至る構成を持っています。
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日吉神社の本殿域の石垣光景です。思わず砦を連想してしまうような規模と高さでした。現在の名古屋市の名東区では、近くに上社城址とされる観音寺があり、その間の直線距離は500メートル程です。
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日吉神社の境内の光景です。右側に境内で切り出されたらしい薪の山、その左に、お御籤掛けがありました。
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同じく、日吉神社の境内の光景です。西側方面の光景になります。左手に手水舎、右手に本殿域の高い石垣が見えています。
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四つ並んだ境内末社の光景です。一段高くなった場所に祀られているのは、『報国殿』でした。その右横に石標もありました。
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本殿前から見下ろした境内の南側方面の光景です。左端に『蕃塀』と表参道の石段の昇降口、その右手に、手水舎が見えました。
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斜め前から眺めた、日吉神社の拝殿光景です。高い石垣の上にあった本殿域は、石畳が敷き詰められていました。
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イチオシ
日吉神社の拝殿光景です。扁額の文字は、『日吉大神』でした。総本宮の日吉大社には約40のお社があり、全ての神様を総称して『日吉大神』と呼ばれています。
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本殿域の建物光景です。普段は宮司さんが不在なようですが、日進市の白山社を通じて御祈祷の依頼などができるようです。
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本殿前から見下ろした境内の光景です。しっかりとした造りの、バリアフリー工事のスロープが設けられていました。
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新緑をバックにした赤いモミジの光景です。新緑から赤い葉をしたモミジの品種のようでした。イロハモミジの園芸品種で『野村紅葉(のむらもみじ)』のようでした。
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バリアフリーのスロープの途中から眺めた本殿方面の光景です。参拝者の年代層を考えると、効果の大きい施設のようでした。
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少し離れた場所から眺めた、日吉神社の本殿とその周りの建物光景です。本殿前の境内と、いきなり高くなった石垣の上の本殿域の光景との対比が、どうしても不思議な光景に見えてしまいました。
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表参道の石段の上から見下ろした赤い鳥居の光景です。鳥居ではなく、写真が少し右側に傾いてしまいました。
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振り返って眺めた、表参道途中の赤い鳥居の光景です。参道脇には石灯篭が整列していました。同じ向きに建てられた春日灯篭でした。
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表参道を下って、入口まで戻って来ました。これで、日吉神社と、柴田勝家に因む散策コースの紹介はおしまいです。
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