2016/06/14 - 2016/06/14
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柴田勝家生誕の地の下社城址の紹介です。天正3年(1575年)、柴田勝家は主君の織田信長の命により、大名となって越前国北庄城主に任ぜられ、下社城は廃城となり、城跡は耕されて畑となっていた時期があるようです。
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イチオシ
『正暾山・明徳寺』の本堂の正面光景です。中央の扁額には、『正暾山』の文字があります。本尊は阿弥陀如来、寺宝として柴田勝家像が安置されています。創建は、明徳2年(1391年)と寺伝に記されているようです。
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石の台ではなく、コンクリートに見えた台の上に載せられた春日灯篭風の石灯篭の光景です。節のない柱や、火袋の意匠が春日灯篭とは異なっていました。
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本堂中央からから見て、真南になる石段の最上段の光景です。日常の生活で上り下りするには、少し負担がかかりそうな長くて急な石段でした。
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庭の片隅に造られていた、箱庭風の庭園の光景です。昭和21年(1946年)に寄進された庭石や自然石を使った手水鉢などです。柴田一族の末裔の方による寄進のようでした。ご自宅の戦災が影響したのかも知れません。
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東側になる、右斜め前から眺めた『正暾山・明徳寺』の本堂光景です。
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本堂の屋根飾りのズームアップ光景です。複数の『経の巻』の飾り瓦が置かれていました。元々は宮中に使用されていたことから、『御所』とも呼ばれています。
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屋根に置かれた獅子飾の光景です。標準の型があるのでしょうか、いつも見掛ける倒立した姿の獅子像です。司祭に観察したことはありませんが、阿吽の姿も多いようです。
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イチオシ
神社やお寺に付き物の『ソテツ(蘇鉄)』の光景です。
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天正3年(1575年)、柴田勝家は主君の織田信長の命により、大名となって越前国北庄城主に任ぜられました。これにより下社城は廃城となり、城跡は耕されて畑となっていた時期があるようです。明徳寺の西側方面の光景です。
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眼下に見えるのは、『正暾山・明徳寺』の駐車場です。明徳寺境内からの北側方面の光景になるようです。明徳寺が現在地に移転したのは、寛文2年(1662年)のこととされます。
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明徳寺境内から眺めた、東北側方面の光景になるようです。
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本堂の北側から、南側の正前まで戻って来ました。北側に回る道は、十王堂の横にありました。西南側から眺めた本堂の光景です。
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先に一度紹介した、十王堂の光景です。『十王』とは、亡くなった人をあの世で裁く、閻魔大王を代表する十人の王のことです。今から700年程前の源頼朝の頃、悪疫が各地にはやり、十王堂を建立して平癒を祈願したのが始まりとされます。
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見晴らしの良い丘の上の鐘楼に吊るされた、梵鐘の光景です。子の梵鐘も、戦時中に供出され、戦後に鋳直された梵鐘のようです。
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こちらの梵鐘は鐘楼ではなく、本堂に吊り下げられていた方です。寺内での時(とき)の知らせに使われたのでしょうか、小振りの鐘です。
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節のない、がっちりとした柱を持った石灯篭の光景です。その柱に『暗照』の文字が刻まれていました。全体的には春日灯篭の意匠の造りでした。
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鉢植えにされた蓮の光景です。『ハス(蓮)』は、インド原産のハス科の多年性水生植物です。花期は7~8月で白またはピンク色の花を咲かせます。ヒンドゥー教や仏教では、聖なる花とされます。
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手前に石灯篭と蘇鉄を入れた本堂の光景です。先に紹介した、茜色としろいろに近い紫陽花は、報道の雨受けの横で咲いていました。
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『正暾山・明徳寺』の境内の光景です。左手前に箱庭のような、小さな庭が見える場所からの撮影です。正面奥の建物は鐘楼です。
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イチオシ
表参道の石段の途中にある、山門の屋根越しに眺めた鐘楼の光景です。境内の一角からの撮影だったようです。奥の方に、西側を通る国道302号線の高架道路が見えていました。
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往きには表参道の石段を登りましたが、帰りは坂道を降りました。その途中で振り返って眺めた明徳寺の光景です。左端に、見晴らしの良い場所にあった鐘楼が見えていました。
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これで、柴田勝家生誕の地と言われる、『下社城址・明徳寺』の紹介はおしまいです。最後の写真は、下り坂の途中から見上げた明徳寺の堂宇の破風光景です。
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赤い花をを咲かせた、ベゴニアの光景です。ベゴニアは、シュウカイドウ科シュウカイドウ属の植物の総称です。共通する一番の特徴は、葉の形が左右非対称でややゆがんだ形であることです。
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同じく、まだ明徳寺の近くの路傍の光景です。ピンクの花を咲かせた『シチヘンゲ(七変化)』の花によく似た花です。撮影した後で、別種であることに気が付きました。葉の形はシソ科の植物等に似ていました。
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『シチヘンゲ(七変化)』と見間違えたピンクの花のズームアップ光景です。ざっと調べた中では、ペンタス辺りが似ていました。アカネ科の植物で、『クササンタンカ(草三丹花)』の和名を持ちます。
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空き地に咲いていた薄紫のアガパンサスの花です。アジサイと同じく、梅雨を代表する初夏の花です。原産地は南アフリカ、ユリ科の植物です。紫君子欄(むらさきくんしらん)の和名を持ちます。
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こちらは初夏を代表する黄色の花です。『キンシバイ(金糸梅)』です。中国原産で、江戸時代の宝暦10年(1760年)に渡来したといわれます。
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『キンシバイ(金糸梅)』の花のズームアップ光景です。花の形が良く梅に似ていて、色が黄色であることが名前の由来です。
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神藏寺から明徳寺に向かう途中に一度紹介した花です。蔓性の植物の『ノウゼンカズラ(凌霄花)』です。中国原産で、平安時代には日本に渡来していたようです。
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『ノウゼンカズラ(凌霄花)』の花のズームアップ光景です。初夏を代表するオレンジ色の花、と言いたいところですが、花期は夏から秋とされます。俳句では、夏の季語になります。
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