2008/05/01 - 2008/05/01
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SUR SHANGHAIさん
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今年の春は、弘前の桜を楽しんでみようと計画した青森旅。
折角だからついでに太宰治関連の斜陽館や、岩木山、白神山地、黄金崎の不老ふ死温泉、あ、それに階段国道や青函トンネル記念館がある竜飛崎も!
…と夢は果てしなく広がるものの、時間には限りがある。
とりあえずいくつか譲れない場所は押さえておいて、どうにか3日間のなかでやりくりしてみよう。
この日の振出しは、石割桜で有名な岩手県の盛岡市。
そこから一気に東北自動車道で北上し、まずは五所川原市金木町にある太宰治記念館「斜陽館」へ。
その後、宿を取った弘前に引き返したら、桜の名所の弘前公園だね!
…と、せわしなくパタパタと回ってみます。
表紙の画像は、太宰治記念館「斜陽館」に置かれていた、太宰を象ったねぷた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
これは、青森旅の始めにちょいと寄ってみた岩手県盛岡市の石割桜。
この2008年は、桜前線の通過が早くて、5月1日にはこの通りもうすっかり葉桜。
桜って見ごろの時期が短いから、例年はいつごろ満開とか調べておいても外れちゃったりするのよね。(´_ _`)チ───ン
石割桜については、2013年5月初めに満開の姿が見られたので、下記の旅行記でお楽しみください。
★盛岡の桜と、鬼の手形伝説のある三ツ石神社
http://4travel.jp/travelogue/10777792 -
イチオシ
石割桜の代わりに、今回の盛岡で桜が見られたのは石割桜からもすぐの内丸緑地。
この水路は、地図で見ると、これまたすぐそこの盛岡城のお堀の一部だったような気がするな。
間違っていたらお許しを。<(_ _)>
水面に、水路の沿いの木立の影が映って風流です。 -
さて、岩手県盛岡市を出て、東北自動車道を一路北へ。
今日は先に五所川原市の金木町(かなぎまち)にある太宰治記念館「斜陽館」に行ってから、弘前に取ったお宿に行くのがいいかな。
じゃ、浪岡ICで東北自動車を出て、あとは五所川原市、金木町を目指そう!
ということで、盛岡から浪岡までは休憩を入れて2時間ほど。
2008年5月上旬現在の料金は3800円でした。 -
浪岡ICから五所川原市までは津軽自動車道で。
2008年当時は無料でしたが、今はどうなんでしょうね。
五所川原市に入った途端、「ここは津軽だ〜!(^◇^)」の看板が。
ここからは国道339号線で北上して金木町まで行ったような気がする。 -
さて、太宰治の故郷、金木町の入り口。
東北自動車道の浪岡ICを出てからここまでは小一時間。
この画像だと見えにくいかもですが、左手に≪太宰のふるさと 金木町≫と書かれた標識が出ていたり、太宰治が腕組みをした半身像があったり。
ここで、左へ行けば芦野公園、右へ行けば太宰治記念館「斜陽館」。 -
ここが太宰治の生家、旧津島家住宅。
1907年に、太宰の父、津島源右衛門によって建てられたもので、太宰は中学進学のため青森に転居する1923年までここで暮らしていたそうです。
太宰の死後は売却され、1950年からは旅館として使用されていた時期もあったようですが、その後経営が悪化。
1996年に金木町(当時)によって買い取られ、現在の太宰治記念館「斜陽館」になったのは1998年という歴史があります
SUR SHANGHAIたちが訪れた2008年には、車道を隔てて駐車場やお土産屋さん、津軽三味線会館がありました。
当時のチケット500円(津軽三味線会館入場込みだと900円)。 -
太宰治記念館「斜陽館」の館内案内図。
青森県産のヒバをふんだんに使用して建てられた木造二階建てで、1階は11室278坪、2階は8室116坪。
上掲の画像のように、外観は純和風ですが、2階には洋風の応接間もあって和洋折衷建築。
付属の蔵などの建物や庭園などを合わせると680坪という、当時の大地主の豪邸になっています。
この図でピンク色の*印を付けたのが入口。
黄色い☆印の部屋は、太宰誕生の部屋。
館内には、部屋ごとに説明書きが出ているのが親切です。
例えば…、 -
…これは蔵の前に出ていた説明書きですが、太宰のエピソードや作品の一部が、写真入りで出ていて、津島家住宅だった頃の生活や太宰の様子がリアルに想像できるようになっています。
-
イチオシ
太宰治記念館「斜陽館」にあった、太宰を象ったねぷた。
パッ!と見ただけで、「あ!太宰治!」とすぐにわかるほど表情が似てました。 -
太宰治記念館「斜陽館」に入ってまず驚いたのは、今も板の間などがピカピカに磨き上げられていて手入れが行き届いていること。
そのあとで、大地主だった津島家の住まいや権力の大きさが伝わってきました。
邸内のあちこちに見られる段差は、身分を分けるものでもあって、太宰自身でさえ入れない領域があったそうです。 -
今はきれいに畳も敷き直されていてピンと来ないんですが、ここが太宰治誕生の部屋。
上の方で出した太宰治記念館「斜陽館」の館内案内図で黄色い☆印を付けた場所がそうです。
ここにも説明書きが出ているので見てみると…、 -
…太宰自身の誕生日を随筆の題名にした『六月十九日』の内容もチラリと出していて、太宰をよく知らない人でも親しみが持てるような工夫がされてありました。
-
太宰治記念館「斜陽館」の1階メイン部分は、茶の間や小座敷、仏間が田の字型に連なっていて、大きな集まりの時には間の戸を取り払えば63畳の大広間にもなる造り。
今ではどの部屋も整然と整理整頓・清掃されていて、実際に人が住んでいたころの生活の匂いが感じられないのがちょっと惜しいかも。 -
イチオシ
太宰治記念館「斜陽館」1階の廊下。
黒々と磨き上げられた板の間と、規則的に並ぶガラス窓が美しい。
外のお庭の広さにもびっくり。 -
太宰治記念館「斜陽館」内。
画像奥が仏間。
津島家の宗派は浄土真宗(東本願寺 大谷派)で、菩提寺は南臺寺。
南臺寺も「斜陽館」近くにあります。 -
太宰治記念館「斜陽館」の二階へ続く階段。
ここも磨き上げられていてピカピカ。
洋間の応接室に続いているためか、洋風の造りになっています。 -
太宰治記念館「斜陽館」2階の応接室。
ここだけ見ると洋館ですが、2階のほかの部屋は和室になっています。
広すぎるせいなのか、元々家具や装飾品はあまり置いていなかったのか、がらんとした雰囲気。 -
太宰治記念館「斜陽館」2階には、「斜陽の間」と呼ばれる小部屋があります。
太宰の死後、津島家住宅が売却されて旅館になった斜陽館の名は、太宰の作品『斜陽』から命名されたものですが、そのまたルーツになったような斜陽の二字が入った漢詩が襖に書かれています。
青い○を付けた部分がそうです。
この部屋は、旅館時代にはたいそう人気があったようで、なかなか予約が取れなかったのだそう。
この部屋のいわれや、漢詩部分の説明が出ていたので、それをご紹介すると…、 -
…「斜陽の間」は、元々は書斎、太宰の母・夕子(タネ)の居室だったようです。
斜陽の二字が入った部分の漢詩の説明もありました。
この画像ではちょっと説明が見えにくいかも?
その場合は、画像をクリックすると大きく表示されます。 -
太宰治記念館「斜陽館」2階の和室の一つ。
しんと静まり返った薄闇と畳の香りが心地よし。 -
太宰治記念館「斜陽館」2階には、金襖や日本画を描いた襖の和室も。
どこも手入れがよく行き届いているのが驚きです。
普段から何人もの方たちが清掃・補修に精を出していらっしゃるんでしょうね。 -
太宰治記念館「斜陽館」の階段を下りていく。
-
太宰治記念館「斜陽館」で最後に寄ったのは、囲炉裏が付いた小部屋。
太宰愛用のマント(レプリカ?)も置いてありました。 -
太宰治記念館「斜陽館」の外観。
ずいぶん背の高いレンガ塀も、建てられた当時は地主の権力を表わす威圧感に溢れていたんじゃないでしょうか。 -
太宰治記念館「斜陽館」のお向かいにあったお土産屋さん。
太宰治関連の書籍や青森各地の名物があれこれありました。
≪万茶ン(まんちゃん)≫のコーヒーを再現した商品もありましたよ。
万茶ンというのは、昭和4年に弘前に創業した東北最古の喫茶店で太宰治や石坂洋次郎も通った喫茶店だそうです。
お試ししてみたところ、スッキリした味わいでおいしかっです。 -
金木町から弘前方面へは国道339号線で行ったんだっけかな。
道の両脇にリンゴ園が広がって、ちょうど満開だったのがきれいだった。 -
弘前で泊まってみたのは、≪天然温泉・岩木桜の湯・ドーミーイン弘前≫。
弘前城への入口の一つで南側にある追手門(おおてもん)へは徒歩で10分足らずという立地がまず最高!
フロントでの応対も明るく親切だったのが高得点でした。
この時ネット予約して行ったのは、オープン記念室数限定の禁煙ダブルの朝食付き。
荷物を広げて整理するには狭い感じでしたが、清潔で機能的な作りでした。
ベッドはもう少し大きければいいなあと言う感じ。でも硬すぎ柔らかすぎずで寝心地は○。
屋上に屋内の温泉大浴場や露天風呂があるので、お部屋の浴室にはシャワーのみ。大浴場には洗濯機、乾燥機もあり、フロントで鍵を借りる仕組みになっているようでした。
露天風呂からは街の景色は見えない構造で残念。
でも、岩風呂風の浴槽にリンゴも浮かび、夜風が心地よかったのでお試しを。
お部屋に置いてある浴衣代わりの作務衣とスリッパで大浴場まで行けるのも気楽。
ホテルを出てすぐの所にはラーメン屋や焼肉などの食堂が数軒。近くにコンビニが無かったのが玉に瑕くらいで、いいホテルだったと思います。 -
盛岡の石割桜がもうすっかり葉桜になっていたので覚悟はしてましたが、この2008年は桜前線の通過が早くて、弘前城の桜もちょうど散り終えたばかりの風情。
う〜ん、桜に合わせて旅をするって難しいのよね。(--〆)
それでも、弘前城を取り囲む弘前公園には行ってみよう。
弘前城を除く公園だけの入園なら無料でした。 -
イチオシ
2008年の5月初めは、ソメイヨシノは見頃が過ぎてしまっていた弘前公園。
弘前公園には2600本の桜の木が植えてあり、そのうちソメイヨシノは1744本あるそうです。
八重の品種は咲き残っていたのがうれしかったな。(*^。^*) -
桜以外のどっしりした針葉樹も多かった弘前公園。
夕暮れ近くには、木々のシルエットに咲き残る桜のほの白さも風流風流。 -
弘前城を囲むお堀に架かる赤い太鼓橋。
日本に帰って来たんだな、と実感させてくれる建造物の一つだと思う。 -
弘前公園の地面を覆っていた桜の花びら。
一瞬、雪かと見まごうばかり。 -
桜がほとんど散った後の弘前城本丸。
もう夕暮れ近いし、ちょっと寂し気。 -
弘前城のお堀の一つ。
たくさんの人が集まっていたので来てみると、夕暮れ迫る空に岩木山の影がうっすら。
この画像で見えるかな。 -
弘前公園の枝垂れ桜。
もう散るばかりになった花の色と、萌え始めた若葉の色が入り混じって美しい。 -
弘前公園に出ていた屋台。
桜がほとんど散ってしまった後は、GWとはいえお客さんがほとんどいなくて気の毒だった。
「もう、今年は桜が散っちゃってね〜。せっかくGWで来てくれたお客さんに申し訳ない。」
「いえいえ、また来る楽しみが出来ました〜。」 -
弘前公園のお堀。
あ、この一角はまだ桜が残ってる。(*^。^*) -
弘前の街にも出てみたSUR SHANGHAIとその旦那。
弘前には、明治以降に外国人教師を多数呼び寄せた時の名残で、洋風建築が多数残っているんです。
≪天然温泉・岩木桜の湯・ドーミーイン弘前≫あたりからも徒歩で楽々。
朝夕の散策でいくつかでも寄って行くといいですよ。
これはその洋風建築の一つの旧東奥義塾外人教師館。
1901年に建てられたもので、内部見学もできます。 -
上掲の画像の旧東奥義塾外人教師館裏手には、弘前の洋風建築のミニチュア版を集めた散歩道があります。
建物一軒一軒の名前や外観はこの画像をクリックしてご覧ください。
精巧にできていて、夕方からは明かりも灯ります。
本物を全部見に行く時間の余裕が無い方は、来てみるといいですよ。 -
弘前の洋風建築ミニチュア版の一つ。
ちょっとした説明も一緒に出ているのが親切。
これは旧弘前市立図書館のミニチュアで、縮尺は十分の一。
実物の方は1906年に建てられたのだそう。
この旧弘前市立図書館の実物は旧東奥義塾外人教師館すぐそばにあるんですよ。 -
旧東奥義塾外人教師館すぐそばにあるこの旧弘前市立図書館。
八角形の塔を左右に配したルネサンス様式のデザインがちょっとしたお城のよう。
右手の建物は、新しい図書館だね。 -
イチオシ
実物の旧弘前市立図書館を見上げてみた。
あれ? ミニチュアには明かりが灯っていたのに、こっちは無し?(笑)
こういう洋風建築が多数造られた明治時代の弘前って、ハイカラな街だったのね〜。
今日は、いろんな建物を見た日だったね。
明日は、自然の眺めを楽しむドライブ旅にしてみようか。
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