2015/09/13 - 2015/09/18
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Kオジサンさん
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山形県から福島県へ。
国道121号線を走り、大峠トンネルをくぐり抜けて喜多方市に入りました。
部分的には整備が進んだ箇所もあります。
そして、会津若松の街へ
鶴ヶ城へ。
城内には、戊辰戦争の資料が展示して有りました。
場内を見学してから、猪苗代湖の湖畔を走り、郡山駅に向かいました。
郡山駅では、この6日間バスを運転してくれたドライバーとガイドとの分かれです。
ドライバーは長距離の道を運転してくれましたし、ガイドは色々と説明してくれました。
6日間の東北旅行。
楽しめました。
- 交通手段
- 観光バス 新幹線
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6日目。
最終行程です。
福島県に入り、会津若松へ。
その後、猪苗代湖畔を走り、郡山駅に向かいました。 -
今日の行程です。
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福島県へ
バスの車窓から。
米沢から国道121号線を走り、大峠トンネルを通過して福島県の喜多方市に入りました。 -
バスの車窓から。
国道121号線は整備された道でした。
遠くの田が黄金色となっています。 -
バスの車窓から。
白い花。
蕎麦畑が見えました。 -
バスの車窓から。
この先が会津若松です。
前方に山が見えますが、周囲を見渡すと、周りが山に囲まれ、盆地となっています。 -
会津若松の街へ
バスの車窓から。
会津若松へ来ました。
会津若松駅の駅前道路です。 -
鶴ヶ城
鶴ヶ城会館を通って城に向かいます。
ガイドの説明ですが、どうしても鶴ヶ城会館の中を通って、お城に向かわなければならないと言っていました。 -
鶴ヶ城の平面図です。
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鶴ヶ城会館の内部。
お土産を選んでいるのでしょうか。
ガイドが、修学旅行で来ている小学生が多いと話してくれました。 -
ガイドに先導されて鶴ヶ城に向かいます。
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顔を出し看板で戯れる子供たち。
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鶴ヶ城と若松城の解説です。
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切り立った石垣。
防備から曲がった道です。 -
城の濠。
シラサギが巣を作っています。 -
鶴ヶ城は再建して50周年を迎えます。
リニューアルしてオープンです。 -
お濠。
野鳥同士の縄張り争いでしょうか。
群れで飛んでいます。 -
椿坂。
緩やかに坂ですが、椿は武士にとって、不吉な花です。
坂の横にツバキが植えられていましたが、ここを死守する意思表示だと説明してくれました。 -
左は説明してくれるガイドです。
右は石垣の石で、大きな石が有ります。
この石は女郎石と言う石で6トン有るそうです。
築城の時に、この石の上で女郎が,みんなに引く様にハッパをかけたのだそうです。 -
太鼓門の解説です。
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石垣の面が綺麗に整っています。
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城内の案内図です。
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城の見えるところに来ました。
ガイドが、ここでも説明してくれます。 -
サムライ姿の人。
写真を撮らせてと申しましたら、カメラ目線でコチラを見てくれました。 -
修学旅行の記念写真を撮影しています。
武士姿の人も加わっています。 -
入場券を渡され、これから城に入ります。
鶴ヶ城は会津若松観光ビューローが管理しています。
http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html -
お城に入ります。
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城内。
「先人ゆかりの地」
会津若松にの人を紹介しています。
この先。2層と3層は撮影禁止となっていました。 -
4層。
「会津縁の先人たち」を紹介していました。 -
5層です。
この方角。飯盛山が見えます。
雲に隠れる三角の山は会津磐梯山です。 -
会津若松の街が臨めます。
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天守まで上がりました。
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上から下を見下ろします。
ステージが設けられていますが、「会津まつり」でしようするのでしょう。
歴代城主の旗が並んでいます。 -
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木造復元された、干飯櫓と南走長屋の方向です。
城下町が見えます。 -
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南走長屋へ来ました。
NHKの大河ドラマ「八重の桜」で使用された衣装が展示して有ります。 -
かつての会津若松城。
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南走長屋と干飯櫓の接続点へ
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お城から出てきて、お城を見上げます。
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黒鉄門からお城を見上げます。
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「会津まつりガイドニュース」より引用しました。
会津藩公行列が9月23日に開催されます。
会津若松の街中を練り歩く行列なのでしょう。
列の中には、会津若松に縁の有る日野町、桑名市、松阪市など各地の名があります。
領主蒲生氏郷の出身地、日野町。
会津に移封になる前の松阪。
そして、松平家の縁である桑名市。
都市同士の交流が有るのでしょう。
松阪まつりへ会津から出かけていくのでしょうか。
http://www.aizukanko.com/event/95/ -
若松っつんに会えました
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若松っつんのキャラクター。
映画館の予告編の時、会津若松の紹介で出ていました。
それで、一度、会津若松を訪れてみたいと思っていたのです。
念願の「若松っつん」を目にする事が出来ました。出来ることなら、写真でなく、実物にお目にかかりたいと思います。
https://www.fukushimatrip.com/946 -
バスの車窓から。
鶴ヶ城を出て郡山へ向かいます。
前方に飯盛山が見えます。 -
猪苗代湖
バスの車窓から。
国道を走行していて、銀の橋、金の橋を通過しました。
この橋の上流に石で作られた橋があって、戊辰戦争の時に官軍の信仰を妨げるため、壊そうしたのだが、中々壊れなかったと、ガイドが説明してくれました。 -
バスの車窓から。
国道49号線で猪苗代湖の湖畔を走ります。 -
バスの車窓から。
猪苗代湖の遊覧船の船着場の横を通ります。 -
バスの車窓から。
野口英世記念館の横を通過しました。
時間が有ったら、こう言うところも見てみたいものです。 -
バスの車窓から。
この後、猪苗代湖の湖岸から離れていきます。 -
郡山駅へ
郡山駅に着きました。 -
郡山駅の駅舎です。
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6日間お世話になった運転手とガイドです。
これが最後ですが、色々とお世話を戴きました。
6日間、一緒して、何とも言えない感情が沸いてきます。 -
駅の中で、最後の土産を買いました。
ここでは、試食用にお饅頭2個戴きました。 -
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駅弁をかつて列車に乗ります。
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郡山駅。
東北新幹線の改札口です。 -
郡山駅の13番ホームです。
やまびこ150号が入線してきました。 -
やまびこの車内。
5号車に乗っていて、後ろの車両のトイレに行きました。
トイレを済ませて戻ってきたのですが、自分の座席が何処だったか判らなかったのです。車内で座る席が判らず、マゴマゴしました。その時、みんなからの失笑を買いました。この失笑。悪い意味でなく、仲間的な雰囲気から出たものでした。
6日間、一緒に過ごし仲間意識が出来てきました。 -
5箇所の温泉
五泊して来て、入った温泉のイメージがゴチャゴチャになりました。アソコのホテルはどんな温泉だったか。あの宿はどのような温泉だったのだろう。そんな、感じです。
左は駒ヶ岳グランドホテルです。白濁したお湯でした。硫黄臭がしました。
中央は上から滝の湯。あえりあ遠野。そして下はアップルランドで、湯船にリンゴが浮かんでいました。
右は青森屋で池の中に露天風呂が有ると言う、ユニークな露天風呂です。添乗員のNさんが言っていました。過去に間違えて池に入った人が有ったようです。 -
5泊6日の東北旅行を終えて
5泊6日の東北旅行。長いようですが、アッと言う間の旅行でした。東北を駆け足で回って来る。好いトコ取りの旅行でした。
天候的にも恵まれました。第1日目、平泉の中尊寺でバスから降りた時は激しく雨が降っていました。金色堂に参拝してからバスに戻る時は、小雨になっていました。
最終日の6日目ですが、ホテルを出る頃は雨が降っていました。それでも立石寺にお参りする頃に傘が不要となっていました。この時以外はすべて晴れていて、天候に恵まれ快適にツアーを重ねることが出来ました。
旅行の前に宮城県地方で集中豪雨が発生していました。また、旅行中にチリ津波が発生する事態も有りました。まかり間違ったら旅行の中止、ルート変更も有ったかも知れません。
ツアーの参加者は10組20人です。初めのうちは、それなりの人間関係でしたが、日を重ねるごとにお互いの垣根が低くなり、何処から来た人か判ってきました。岐阜県からは私たち夫婦だけでしたが、残りの人は愛知県と三重県の人です。お互いの名前は不要です。四日市の人。鈴鹿の人。春日井の人。豊橋の人。と認識できるようになって行きました。旅行が終盤に入る頃には仲間意識が出来てきていました。こう言うのは、ツアーグループの中に飛び抜けて変人的な人が居なかったからでしょう。
第一日目でクラブツーリズムの専用車を紹介しました。車内のシートが8列で定員32名となっていました。乗客が20名ですので、残席が出ました。日毎に席が変わりましたが、シートに余裕があるので、後方の席へは自由に座ることが出来、1人で2人分のシートを占める時も有りました。
乗り心地の良い快適なバスでした。
三陸海岸と言う言葉を耳にしますが、その中には陸前、陸中、そして陸奥(ムツ)。それらの総称したものが三陸だと、ガイドの説明で知りました。
岩手県の海岸べりを通過しました。釜石辺りの家屋は津波の爪痕が残っていました。残った家を取り壊し、土地から整備している姿を各所で見かけました。東北の太平洋岸。すべての街が同じように復興の過程の状態なのでしょう。宮古から北に北リアス線が復興して伸びていましたが、宮古を流れる川の橋脚だけが残り、不通のままの状態が車窓から見えました。完全復興までには、まだまだ時間が掛かりそうです。
浄土ヶ浜のレストハウス。ここも津波の被害に遭っていましたが、修復された状態で津波被害に遭ったことが想像できないような綺麗な建物でした。このような三陸海岸の現状を目にすることが出来たのも、今回のツアーの良かった点です。
今回、北リアス線の譜代駅から久慈駅までや由利高原鉄道の羽後本庄駅から矢島駅まで列車に乗れました。また、松島湾で遊覧船に、そして陸奥湾ではフェリーに乗船しました。
色々の乗り物に乗ることが出来たのも面白かったです。
ガイドはベテランのガイドでした。バスの行程中、各地のことを説明してくれました。
奥入瀬渓流では大橋圭月が渓流のポイントの名付け親となったとか、湯殿山では、出羽三山の話をしてくれました。米沢市に寄った時、上杉鷹山の「なせば成る、なさねば成らぬ、何事も、ならぬは人の成さぬなりけり」http://www.yonezawa-kankou.com/html/meigen/dengoku.htmlを説明してくれました。
東北各地の知識がとても豊富な人でした。
添乗員のNさん。
東京駅での乗り換えの時、グループ最高齢の女性が階段の手すりに掴まりながら、後方から降りてきました。気が付いた時、そちらに飛んで行きました。立石寺で根本中道へ向かう時、手摺に掴まりながら石段を登る人が居ました。そんなヒトにも視線を向けていたのです。
由利高原鉄道の中での弁当。ミンナは車内で食べていましたが、Nさんは次にバスに乗り移ってからゆっくり食べていました。
私たちは高山線の那加駅から乗車してきました。最終日に郡山駅のみどりの窓口で長時間並び、在来線の名古屋駅から那加駅までのキップを買ってくれ、団体旅行の離脱証明を出してくれました。これらの事のように、微に入り細に入り、世話をしてくれました。添乗員として当たり前の事かも知れませんが機知に富んだ行動をしていました。
松島、平泉、尾花沢、そして立石寺と芭蕉が紀行した地を巡ることができました。会津若松が幕末に戊辰戦争の地で有ったことは知っていましたが、遊覧船で風景を楽しんだ浄土ヶ浜。ここも戊辰戦争の舞台となった所で、宮古湾海戦が有った場所だと後から知りました。このように東北の共通点を訪ねることが出来たのも面白いことでした。
駆け足旅行で、じっくり廻る事が出来なかった町があります。民話の里、遠野市。みちのくの小京都、鹿角市。そして会津若松市は再度訪れてみたい街でした。
秋の「みちのく路」。バスの車窓から黄金色した田が見えました。もう、直に稲刈りが始まるという状態でした。秋の東北旅行。見て、食べて、そして好いトコだけを見て。楽しめました。
私は120パーセント楽しめました。
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