2015/01/03 - 2015/01/03
218位(同エリア374件中)
滝山氏照さん
JR赤穂線播州赤穂駅から徒歩約10分、照満山・大蓮寺(だいれんじ、兵庫県赤穂市加里屋)は播磨二代藩主浅野長友(あさの・ながとも、1643~1675)の正室である戒珠院(波知の方)の菩提寺として知られています。
大蓮寺山門脇に建っている赤穂義士会の説明によれば下記の内容が記載されています。
「 照満山宝池院大連寺
当寺は約五百年前、乗蓮社台誉上人朝阿察道和尚(天文元年(1532)寂)により開かれた。 当初は現在地ではなく、現JR播州赤穂駅北方の山麓にあったといわれる。 現在地に移った時は定かではないが、藩主池田輝興時代(寛永8年?正保2年(1631~1645))の城下絵図には現在地に記されている。
第四世楊蓮社称誉上人務白西碩和尚(元禄4年寂)の代に赤穂浅野第二藩主長友夫人波知の方(戒名・戒珠院殿理庵栄智大姉)の菩提寺となった。 波知の方は、志摩国鳥羽藩主内藤忠政侯の娘として生まれ、浅野長友侯に嫁いだ。 内藤家の宗旨が浄土宗であったため、当寺を菩提寺としたのである。
波知の方は、寛文12年(1672)12月20日江戸にて寂、長子長矩5歳の時であり、短い生涯の薄幸の女性であった。
浅野家断絶後の当寺は、藩主森家の家臣を中心とした浄土宗仏信仰の菩提寺として現在に至っている。
本堂は、第九世晋誉上人の代、寛政年間に建立されたものである。
境内には、戒珠院殿の墓、大石内蔵助寄進の稲荷神社と石灯篭、当寺で得度された浄土宗総本山知恩院第七十八世門跡野上運海上人の墓、儒学者赤松蘭室師の墓等がある。 赤 穂 義 士 会 」
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通手段
- JRローカル
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大蓮寺・山門
説明板によれば一般の山門形式には入らない特異な様式で、中央棟と両脇棟の屋根を段違いにし、中央を開き戸、両脇を片開きにしているため三つに分かれて見えます。しかし建物全体の軒下に一本の冠木を通し三門一戸の形式となっています。 -
大蓮寺・寺標
山門右柱に「浄土宗 大蓮寺」と描かれた寺標が掲載されています。 -
大蓮寺・山門説明i板
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イチオシ
大蓮寺・本堂(全景)
正式には「照満山宝池院大蓮寺」と称する浄土宗の寺院でご本尊は阿弥陀如来です。 -
大蓮寺・本堂扁額
山額「照満山」が掲載されています。 -
大蓮寺・説明板
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大蓮寺・境内
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稲荷神社(境内社)
大石内蔵助が灯篭と共に寄進の神社だそうです。 -
地蔵菩薩
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戒珠院・墓石
赤穂浅野藩二代浅野長友室は志摩藩主内藤忠政(ないとう・ただまさ、1615~1673)の娘(波知(はち)、生誕不詳~1673)で内藤家の宗旨が浄土宗であったので当該寺院が菩提寺となっています。 -
戒珠院・墓標
まだ新しい墓標には「戒珠院殿理庵栄智大姉」、右側には「赤穂浅野二代藩主浅野長友公夫人俗名波知」とそれぞれ刻されています。 -
イチオシ
戒珠院・墓石
藩主長友に嫁いだ波知(戒珠院)は寛文7年(1667)に長男長矩、寛文10年(1670)に二男長広をそれぞれ出産しますが寛文12年(1672)江戸屋敷で死去、更に長友も延宝3年(1675)に33歳で死没したため兄弟は幼くして両親を失います。 -
墓地風景
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赤穂古地図
海岸に面した赤穂城には船着場を有しており、当地特産品である塩の販路を江戸中心に求め合わせて人的連絡が可能であったことが明示されています。 -
現在の赤穂地図
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赤穂市全図
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浅野内匠頭長矩辞世の句(赤穂駅舎内)
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大石内蔵助良雄辞世の句(赤穂駅舎内)
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