高岡旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅行会社から送られてくるパンフレット誌を見ていると、富山県にある「船でしか行けない秘境の一軒宿」というのが目についた。<br /><br />家内に話すと、以前TVで観たことがあるとか。<br /><br />それじゃ、一度行ってみますか・・・。<br /><br />飛行機は、貯まったANAのマイル。<br />「大牧温泉観光旅館」宿泊は、楽天トラベルで一泊朝・夕食付き二人で43,200円(税込)です。<br />移動はレンタカーです。<br /><br />★先ず最初に行くのは、富山の旅ではやっぱり外せない高岡市「瑞龍寺」。<br />早速、向かいます。<br /><br />★①高岡の「瑞龍寺」参拝<br /> ②「庄川水記念公園」~秘境の湯「大牧温泉」上陸<br /> ③秘境の湯「大牧温泉」を堪能<br /> ④木彫りの里「井波」散策<br /> ⑤「城端」エリアを観光<br /> ⑥世界遺産「五箇山」観光<br />

「船でしか行けない秘境の一軒宿:大牧温泉」に宿泊した富山の旅①~やっぱり高岡の「瑞龍寺」は外せません!

29いいね!

2014/11/08 - 2014/11/09

59位(同エリア390件中)

旅行会社から送られてくるパンフレット誌を見ていると、富山県にある「船でしか行けない秘境の一軒宿」というのが目についた。

家内に話すと、以前TVで観たことがあるとか。

それじゃ、一度行ってみますか・・・。

飛行機は、貯まったANAのマイル。
「大牧温泉観光旅館」宿泊は、楽天トラベルで一泊朝・夕食付き二人で43,200円(税込)です。
移動はレンタカーです。

★先ず最初に行くのは、富山の旅ではやっぱり外せない高岡市「瑞龍寺」。
早速、向かいます。

★①高岡の「瑞龍寺」参拝
 ②「庄川水記念公園」~秘境の湯「大牧温泉」上陸
 ③秘境の湯「大牧温泉」を堪能
 ④木彫りの里「井波」散策
 ⑤「城端」エリアを観光
 ⑥世界遺産「五箇山」観光

同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
レンタカー ANAグループ 徒歩
利用旅行会社
個別手配
旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.5
グルメ
4.5
交通
4.5

PR

  • 昨年に続き、秋の富山行きー。<br />高岡の瑞龍寺、南砺の瑞泉寺と世界遺産・五箇山合掌造りの里などが忘れられない・・・。<br /><br />ANAのマイルを使いまして、夫婦で出かけます。<br /><br />しかも、今年は船でしか行けない秘境の一軒宿「大牧温泉」宿泊。<br />ワクワクしますね。<br /><br />羽田までは、普段は車で行く事が多いですが、今回は一泊だし荷物もそれほど無いので、電車で行きます。<br /><br />拙宅のある京急「八丁畷」を7:50の「普通」に乗り、「京急蒲田」で乗換えです。<br /><br />

    昨年に続き、秋の富山行きー。
    高岡の瑞龍寺、南砺の瑞泉寺と世界遺産・五箇山合掌造りの里などが忘れられない・・・。

    ANAのマイルを使いまして、夫婦で出かけます。

    しかも、今年は船でしか行けない秘境の一軒宿「大牧温泉」宿泊。
    ワクワクしますね。

    羽田までは、普段は車で行く事が多いですが、今回は一泊だし荷物もそれほど無いので、電車で行きます。

    拙宅のある京急「八丁畷」を7:50の「普通」に乗り、「京急蒲田」で乗換えです。

    京急蒲田駅

    西口再開発も佳境 by entetsuさん
  • 6番ホームに着いたら、向かいの4番ホームに待合せ2分で羽田空港行きが到着。<br /><br />

    6番ホームに着いたら、向かいの4番ホームに待合せ2分で羽田空港行きが到着。

  • 8:11に「羽田空港国内線ターミナル」到着。

    8:11に「羽田空港国内線ターミナル」到着。

    羽田空港(東京国際空港) 空港

    確かに、ますます便利になってます by entetsuさん
  • 移動時間・待ち時間含めても、自宅を出て35分程で、エアポートラウンジ(カードラウンジ)に到着〜。<br /><br />嬉しい近さです。

    移動時間・待ち時間含めても、自宅を出て35分程で、エアポートラウンジ(カードラウンジ)に到着〜。

    嬉しい近さです。

    羽田空港 エアポートラウンジ (第2旅客ターミナル3F ターミナルロビー) 空港ラウンジ

    お決まりのカードラウンジ。駐車場からは便利です。 by entetsuさん
  • クロワッサン(一人2個まで)、トマトジュース、コーヒーで朝食です。<br /><br />ここで、トイレを借りたりしてゆっくりして、そろそろ搭乗ですかね。<br /><br /><br />

    クロワッサン(一人2個まで)、トマトジュース、コーヒーで朝食です。

    ここで、トイレを借りたりしてゆっくりして、そろそろ搭乗ですかね。


  • ハロウィンが終わり、飾りは既にクリスマス〜。

    イチオシ

    ハロウィンが終わり、飾りは既にクリスマス〜。

  • 何時もながらローカル路線の悲しさ、71番ゲートはほぼ端っこです。

    何時もながらローカル路線の悲しさ、71番ゲートはほぼ端っこです。

  • 機種は新しいB787−8。<br /><br />席は、30B・C。

    機種は新しいB787−8。

    席は、30B・C。

  • 離着陸の時、正面に座るCAさんとやや気まずい時間があることを除けば、この余裕の足元・・・(笑)。<br /><br />CAさんとの離着陸の時間・・・、何処を見ていいかわからない(笑)。<br />寝たふりします(爆)。

    離着陸の時、正面に座るCAさんとやや気まずい時間があることを除けば、この余裕の足元・・・(笑)。

    CAさんとの離着陸の時間・・・、何処を見ていいかわからない(笑)。
    寝たふりします(爆)。

  • 僅か1時間で「富山きときと空港」に到着。<br /><br />「きときと」とは、富山弁で、新鮮。精力的なこと。 <br /><br />使用例は、「こんさかな、 きときとや(この魚は新鮮だ)」「あのひとあ、きときとの人や(あの人は気力の充実した人だ)」だそうです。

    イチオシ

    地図を見る

    僅か1時間で「富山きときと空港」に到着。

    「きときと」とは、富山弁で、新鮮。精力的なこと。

    使用例は、「こんさかな、 きときとや(この魚は新鮮だ)」「あのひとあ、きときとの人や(あの人は気力の充実した人だ)」だそうです。

    富山きときと空港 空港

    富山に何度も行ってますが、いつも航空機利用。それほど便利です。 by entetsuさん
  • 確か、空港名に「方言」が付いている空港はここだけ。

    確か、空港名に「方言」が付いている空港はここだけ。

  • 左は砺波・高岡方面、右は市内方面へのバスです。

    左は砺波・高岡方面、右は市内方面へのバスです。

  • 国内線は、JALが撤退してANA(AIRDO含む)のみの運行。<br />国際線は、アシアナ航空が仁川へ、上海航空が上海へ、中国南方航空が大連へ、チャイナエアラインが台湾桃園へ就航しています。<br /><br />従って、空港施設は割合立派です。

    国内線は、JALが撤退してANA(AIRDO含む)のみの運行。
    国際線は、アシアナ航空が仁川へ、上海航空が上海へ、中国南方航空が大連へ、チャイナエアラインが台湾桃園へ就航しています。

    従って、空港施設は割合立派です。

  • 地方空港お決まりの、空港正面には有料駐車場がありますね。<br /><br />植えられている木が紅葉していました。

    地方空港お決まりの、空港正面には有料駐車場がありますね。

    植えられている木が紅葉していました。

  • 空港から徒歩3分ほどで、今回利用する「Jネットレンタカー富山空港店」。<br /><br />愛知県の「VTホールディングス」が2004年にブランドを立ち上げた、レンタカーチェーン。<br /><br />楽天トラベルから申込み、トヨタ・ビッツ1泊2日で、楽天クーポン1000円使えて、9740円でした。<br /><br />安い!

    空港から徒歩3分ほどで、今回利用する「Jネットレンタカー富山空港店」。

    愛知県の「VTホールディングス」が2004年にブランドを立ち上げた、レンタカーチェーン。

    楽天トラベルから申込み、トヨタ・ビッツ1泊2日で、楽天クーポン1000円使えて、9740円でした。

    安い!

    Jネットレンタカー (富山空港店) 乗り物

    Jネットレンタカー、初めて使ってみました by entetsuさん
  • 開通を来年3月に控えた、北陸新幹線の架線です。<br /><br />3月14日に、長野〜金沢間が開通します。

    開通を来年3月に控えた、北陸新幹線の架線です。

    3月14日に、長野〜金沢間が開通します。

  • もうしっかり出来上がっています。<br />試運転では実際に車両が走っていますので、既にスタンバイ済みです。<br /><br />で、どこに向かっているかというと、高岡市の「瑞龍寺」です。<br />去年行って、その壮大さと美しさに感動したので、何はさて置き再訪です。

    もうしっかり出来上がっています。
    試運転では実際に車両が走っていますので、既にスタンバイ済みです。

    で、どこに向かっているかというと、高岡市の「瑞龍寺」です。
    去年行って、その壮大さと美しさに感動したので、何はさて置き再訪です。

  • 40分ほどで高岡市内に入りましたが、そろそろ昼時。<br />「飯でも喰おう」ということでレンタカーを停めたのが、「8番らーめん」。<br /><br />ここは、(株)ハチバンが運営しているラーメンチェーン店らしい。<br /><br />家内は、看板の「ら」の字が特徴的でかつ似ている「スカイラーク」と間違えていました(笑)。

    40分ほどで高岡市内に入りましたが、そろそろ昼時。
    「飯でも喰おう」ということでレンタカーを停めたのが、「8番らーめん」。

    ここは、(株)ハチバンが運営しているラーメンチェーン店らしい。

    家内は、看板の「ら」の字が特徴的でかつ似ている「スカイラーク」と間違えていました(笑)。

    8番らーめん 赤祖父店 グルメ・レストラン

    このチェーン店、初めてでしたが美味かった! by entetsuさん
  • なかなかの盛況で、このカウンター席も程なく埋まりました。<br /><br />店員さんの動きにも無駄が無く、きびきびしています。<br /><br />期待度アップ!

    なかなかの盛況で、このカウンター席も程なく埋まりました。

    店員さんの動きにも無駄が無く、きびきびしています。

    期待度アップ!

  • 店員のお兄さんに、「この辺りでは有名なチェーン店なの?」と聞くと、「ええ、まぁ近くに5〜6軒あります」とのこと。<br /><br />調べると、「8番らーめん」は、1967年2月11日石川県加賀市の国道8号線沿いに開業(店名の由来)。<br />北陸や東海を中心に展開するラーメンチェーンでした。<br /><br />1992年には、バンコクに海外第1号店を出店。現在、タイには110店舗あるとか。<br />その他、北京、香港、クアラルンプール、台北、上海に出店しているそうです。<br />

    店員のお兄さんに、「この辺りでは有名なチェーン店なの?」と聞くと、「ええ、まぁ近くに5〜6軒あります」とのこと。

    調べると、「8番らーめん」は、1967年2月11日石川県加賀市の国道8号線沿いに開業(店名の由来)。
    北陸や東海を中心に展開するラーメンチェーンでした。

    1992年には、バンコクに海外第1号店を出店。現在、タイには110店舗あるとか。
    その他、北京、香港、クアラルンプール、台北、上海に出店しているそうです。

  • サイドメニューのギョウザと唐揚げ。<br /><br />夜は、ビールで一杯となるんでしょうね。

    サイドメニューのギョウザと唐揚げ。

    夜は、ビールで一杯となるんでしょうね。

  • 迷ったけど、結局我々夫婦2人とも注文したのが、「野菜こく旨らーめん」。<br /><br />とんこつ醤油味でした。<br /><br />「8」の字を書いたかまぼこが名物。

    イチオシ

    迷ったけど、結局我々夫婦2人とも注文したのが、「野菜こく旨らーめん」。

    とんこつ醤油味でした。

    「8」の字を書いたかまぼこが名物。

  • HPによれば、「濃厚なとんこつスープに、小豆島産本醸造醤油と、香り高いマー油が生み出す深い味。」<br /><br />キャベツやモヤシ、ニラなど野菜がたっぷりで、想像以上に美味しかった。<br /><br />人気なのも分かります。

    HPによれば、「濃厚なとんこつスープに、小豆島産本醸造醤油と、香り高いマー油が生み出す深い味。」

    キャベツやモヤシ、ニラなど野菜がたっぷりで、想像以上に美味しかった。

    人気なのも分かります。

  • 「瑞龍寺(ずいりゅうじ)」。<br /><br />さっきのラーメン屋さんから5分程で着きました。<br /><br />曹洞宗の寺院で、山号は高岡山。<br />ご本尊は、釈迦如来です。

    「瑞龍寺(ずいりゅうじ)」。

    さっきのラーメン屋さんから5分程で着きました。

    曹洞宗の寺院で、山号は高岡山。
    ご本尊は、釈迦如来です。

    瑞龍寺 寺・神社

    毎年来ていてもやっぱり訪れてしまう富山一、行きたいスポット! by entetsuさん
  • 見えている建物は、受付。<br />ここで、拝観料の支払いをします。<br /><br />既にここさえもが、苔むした感じで趣きあります。

    見えている建物は、受付。
    ここで、拝観料の支払いをします。

    既にここさえもが、苔むした感じで趣きあります。

  • 入園チケット購入。<br /><br />拝観料500円と抹茶のお茶代400円(セットで買うと500円から100円割引です)。

    入園チケット購入。

    拝観料500円と抹茶のお茶代400円(セットで買うと500円から100円割引です)。

  • 実際に使われていた鬼瓦。<br /><br />凄い・・・。

    実際に使われていた鬼瓦。

    凄い・・・。

  • まず、「総門」。<br /><br />国の重要文化財。<br />正保年間に竣工され、正面の幅は三間の薬医門形式だそうです。<br /><br />このお寺の凄いのは、この様な重要文化財や国宝が眼に触れるところに幾つもあるところ。<br />順に観て行きましょう。<br />

    まず、「総門」。

    国の重要文化財。
    正保年間に竣工され、正面の幅は三間の薬医門形式だそうです。

    このお寺の凄いのは、この様な重要文化財や国宝が眼に触れるところに幾つもあるところ。
    順に観て行きましょう。

  • 壮大な伽藍配置様式。<br /><br />図のとおり人体を模しています。<br /><br />江戸時代には、山門の両脇に、東司と浴室もあり、七堂伽藍がそろっていたそうですが、明治時代に入り、加賀藩の庇護を受けられなくなり困窮し、部材を売るため解体され、現在に至ります。<br /><br />これらの、東司と浴室を復元し、「七堂伽藍」に戻すのが、当寺の悲願らしい。<br /><br />

    壮大な伽藍配置様式。

    図のとおり人体を模しています。

    江戸時代には、山門の両脇に、東司と浴室もあり、七堂伽藍がそろっていたそうですが、明治時代に入り、加賀藩の庇護を受けられなくなり困窮し、部材を売るため解体され、現在に至ります。

    これらの、東司と浴室を復元し、「七堂伽藍」に戻すのが、当寺の悲願らしい。

  • 「山門」。<br /><br />二重門のシルエットが極めて美しい。<br />二重門とは、2階建てで、上層と下層の境にも軒の出をつくるのが特徴。

    「山門」。

    二重門のシルエットが極めて美しい。
    二重門とは、2階建てで、上層と下層の境にも軒の出をつくるのが特徴。

  • この「山門」は、なんと国宝です。

    この「山門」は、なんと国宝です。

  • 左右には、金剛力士(仁王)像が睨みます。

    左右には、金剛力士(仁王)像が睨みます。

  • 上層内部には、宝冠釈迦如来と十六羅漢像が安置されているそうです。

    上層内部には、宝冠釈迦如来と十六羅漢像が安置されているそうです。

  • 一般的な二重門では、下層の屋根が上層よりも大きく作られることが多いそうですが、この門では上層と下層の屋根の出があまり変わりません。<br /><br />これは雪の多いこの地方で、積雪時に上層屋根から落ちた雪が、下層屋根に当たるのを防ぐためだといわれています。<br />

    一般的な二重門では、下層の屋根が上層よりも大きく作られることが多いそうですが、この門では上層と下層の屋根の出があまり変わりません。

    これは雪の多いこの地方で、積雪時に上層屋根から落ちた雪が、下層屋根に当たるのを防ぐためだといわれています。

  • 加賀藩2代藩主「前田利長(豊臣政権の五大老の一人、前田利家の嫡男)」が、織田信長・信忠らの追善のため、文禄3年(1594年)金沢に創建した宝円寺が瑞龍寺の前身と伝わります。<br /><br />利長は慶長10年(1605年)、44歳の若さで家督を異母弟の利常に譲り、自らは隠居します。隠居後の利長は、金沢から富山に移転しますが、富山城の炎上を機に高岡に移り、ここに新たに高岡城を築きます。先の法円寺は、利長死去の前年である慶長18年(1613年)、高岡に移されます。<br /><br />利長は慶長19年(1614年)没し、後を継いだ3代藩主前田利常は、法円寺を利長の菩提寺とし、利長の法名瑞龍院に因んで寺名を瑞龍院と改めました(後、さらに瑞龍寺に改称)。<br /><br />瑞龍寺は、近世を通じて前田家の手厚い保護を受け、寺領三百石を有する大寺でしたが、延享3年(1746年)の火災で山門を含む伽藍の前半部分が焼失し、山門が再建されたのはそれから約70年後の文政3年(1820年)のことだそうです。<br /><br />

    加賀藩2代藩主「前田利長(豊臣政権の五大老の一人、前田利家の嫡男)」が、織田信長・信忠らの追善のため、文禄3年(1594年)金沢に創建した宝円寺が瑞龍寺の前身と伝わります。

    利長は慶長10年(1605年)、44歳の若さで家督を異母弟の利常に譲り、自らは隠居します。隠居後の利長は、金沢から富山に移転しますが、富山城の炎上を機に高岡に移り、ここに新たに高岡城を築きます。先の法円寺は、利長死去の前年である慶長18年(1613年)、高岡に移されます。

    利長は慶長19年(1614年)没し、後を継いだ3代藩主前田利常は、法円寺を利長の菩提寺とし、利長の法名瑞龍院に因んで寺名を瑞龍院と改めました(後、さらに瑞龍寺に改称)。

    瑞龍寺は、近世を通じて前田家の手厚い保護を受け、寺領三百石を有する大寺でしたが、延享3年(1746年)の火災で山門を含む伽藍の前半部分が焼失し、山門が再建されたのはそれから約70年後の文政3年(1820年)のことだそうです。

    瑞龍寺 寺・神社

    毎年来ていてもやっぱり訪れてしまう富山一、行きたいスポット! by entetsuさん
  • 山門を閉じる時に使われる道具。<br /><br />毎日使われているのか、ピカピカでした。

    山門を閉じる時に使われる道具。

    毎日使われているのか、ピカピカでした。

  • 上層にはこの階段で上がるようです。

    上層にはこの階段で上がるようです。

  • さて、境内に入りました。<br /><br />

    さて、境内に入りました。

  • 右側の、「大庫裏」。<br /><br />これは、重要文化財。<br />

    右側の、「大庫裏」。

    これは、重要文化財。

  • 正面は、「仏殿」。<br />伽藍の中央に位置します。

    イチオシ

    正面は、「仏殿」。
    伽藍の中央に位置します。

  • なんとも素晴らしいバランスの雄大な建物で、これも、国宝。<br /><br />万治2年(1659年)の竣工だそうです。<br /><br />

    なんとも素晴らしいバランスの雄大な建物で、これも、国宝。

    万治2年(1659年)の竣工だそうです。

    瑞龍寺 寺・神社

    毎年来ていてもやっぱり訪れてしまう富山一、行きたいスポット! by entetsuさん
  • 入母屋造、一重裳階(もこし)付きの総欅造りで、屋根は総重量約47トンの鉛瓦葺きです。<br /><br />

    入母屋造、一重裳階(もこし)付きの総欅造りで、屋根は総重量約47トンの鉛瓦葺きです。

  • 瓦を鉛製にした理由は、俗説では非常時に鉄砲の弾にするためともいわれますが、実際は冬季の積雪対策のためだといいます。<br /><br />というのも、建立時、まだ徳川幕府が出来たばかりで、当時の人々も織田、豊臣と短い政権が続いたため、その後徳川の天下が長く続くとは思っていなかったし、徳川の後こそ、前田家だというのが自他共に認められていたらしい。(暗黙のうちに)<br />それで、尤もらしい、鉛で瓦を葺いているなんていう説が流布されたと言う事みたいです。(昨年参拝時、住職の説明より)<br /><br />

    瓦を鉛製にした理由は、俗説では非常時に鉄砲の弾にするためともいわれますが、実際は冬季の積雪対策のためだといいます。

    というのも、建立時、まだ徳川幕府が出来たばかりで、当時の人々も織田、豊臣と短い政権が続いたため、その後徳川の天下が長く続くとは思っていなかったし、徳川の後こそ、前田家だというのが自他共に認められていたらしい。(暗黙のうちに)
    それで、尤もらしい、鉛で瓦を葺いているなんていう説が流布されたと言う事みたいです。(昨年参拝時、住職の説明より)

  • 仏殿正面に「大雄殿」と書かれた扁額が掲げられています。<br />

    仏殿正面に「大雄殿」と書かれた扁額が掲げられています。

  • 「仏殿」は、入館が可能です。<br /><br />反対側に回ります。

    「仏殿」は、入館が可能です。

    反対側に回ります。

  • 「仏殿」内に入ります。

    「仏殿」内に入ります。

  • 堂内は、高い天井に真っ直ぐ伸びた柱、天井には優雅な曲線をもつエビ虹梁などあります。<br />天井には構造材を見せて装飾していて、軒や天井を支える構造材なども禅宗様建築の特色だそうです。

    堂内は、高い天井に真っ直ぐ伸びた柱、天井には優雅な曲線をもつエビ虹梁などあります。
    天井には構造材を見せて装飾していて、軒や天井を支える構造材なども禅宗様建築の特色だそうです。

  • 蓮の繊維と絹糸で織られたもの伝えられる布製の天蓋があります。

    蓮の繊維と絹糸で織られたもの伝えられる布製の天蓋があります。

  • 天蓋の下の仏像は、三百年以上前に中国から渡来されたもので、釈迦・文殊・普賢の三尊が安置されています。<br /><br />うーん、国宝かぁ・・・、と思わず唸らざるを得ません。<br />太っ腹の瑞龍寺さん、写真OKです。

    天蓋の下の仏像は、三百年以上前に中国から渡来されたもので、釈迦・文殊・普賢の三尊が安置されています。

    うーん、国宝かぁ・・・、と思わず唸らざるを得ません。
    太っ腹の瑞龍寺さん、写真OKです。

  • 仏殿から左側を見た、回廊です。<br /><br />この回廊も、重要文化財。<br />

    仏殿から左側を見た、回廊です。

    この回廊も、重要文化財。

  • 「仏殿」の奥から振り返って、「回廊」と「大庫裏」を見ています。<br /><br />こちらも、重要文化財。<br /><br />左手前の、ちょこっと建っているのは「鐘楼」です。

    「仏殿」の奥から振り返って、「回廊」と「大庫裏」を見ています。

    こちらも、重要文化財。

    左手前の、ちょこっと建っているのは「鐘楼」です。

  • 「仏殿」の更に奥にあるのが、「法堂(ほうどう)」。<br /><br />なんとなんと、こちらも国宝でございます。<br />このお寺には国宝が3つ。<br /><br />

    イチオシ

    「仏殿」の更に奥にあるのが、「法堂(ほうどう)」。

    なんとなんと、こちらも国宝でございます。
    このお寺には国宝が3つ。

  • 明暦年門(1655〜1657)の竣工と伝わります。<br />建坪186坪と、境内最大の建物で、こちらは総檜造り銅葺きです。<br /><br />「法堂」には6室あり、中央奥に仏壇と大間のある内陣があり、左側には書院・上段の間があります。

    明暦年門(1655〜1657)の竣工と伝わります。
    建坪186坪と、境内最大の建物で、こちらは総檜造り銅葺きです。

    「法堂」には6室あり、中央奥に仏壇と大間のある内陣があり、左側には書院・上段の間があります。

  • 「瑞龍寺」と書かれた扁額。<br /><br />筆者は、隠元隆琦(いんげん りゅうき、黄檗宗の開祖)と伝わります。<br /><br />インゲンマメは、この隠元によって中国から伝来されたといわれています。<br />

    「瑞龍寺」と書かれた扁額。

    筆者は、隠元隆琦(いんげん りゅうき、黄檗宗の開祖)と伝わります。

    インゲンマメは、この隠元によって中国から伝来されたといわれています。

    瑞龍寺 寺・神社

    毎年来ていてもやっぱり訪れてしまう富山一、行きたいスポット! by entetsuさん
  • 前面には、広い板廊下があります。<br />

    前面には、広い板廊下があります。

  • 「法堂」正面の階段の所に、「おびんずる様」と親しまれている「なでぼとけ」があります。<br /><br />賓頭盧尊者(びんづるそんじゃ)は、釈迦様の弟子で神通力に優れ、難病の者を救ったり、困っている人を助けたりと伝えられています。<br />このため、自分が病気している場所と同じ場所を撫でれば、病気が治ると信じられています。<br />

    「法堂」正面の階段の所に、「おびんずる様」と親しまれている「なでぼとけ」があります。

    賓頭盧尊者(びんづるそんじゃ)は、釈迦様の弟子で神通力に優れ、難病の者を救ったり、困っている人を助けたりと伝えられています。
    このため、自分が病気している場所と同じ場所を撫でれば、病気が治ると信じられています。

  • 靴を脱ぎ、中に入ります。

    靴を脱ぎ、中に入ります。

  • 内陣です。<br />襖と壁には金箔が施されています。<br /><br />布のような飾りが掛かっていますが、実はこの柱が鳥居に見立ててあります。<br /><br />中央奥に安置されているのは、加賀藩2代藩主・前田利長の位牌です。<br />

    内陣です。
    襖と壁には金箔が施されています。

    布のような飾りが掛かっていますが、実はこの柱が鳥居に見立ててあります。

    中央奥に安置されているのは、加賀藩2代藩主・前田利長の位牌です。

  • 中央右の間には、烏瑟沙摩明王立像が安置されています。<br /><br />こちらは、富山県指定有形文化財。<br />

    中央右の間には、烏瑟沙摩明王立像が安置されています。

    こちらは、富山県指定有形文化財。

  • 「法堂」の中央部の2室(内陣と外陣)の格子天井に、狩野安信による草花の天井絵(135枚)が描かれています。画材は、綺麗な草花だけでなく、ダイコン・インゲン・ナスなどの野菜も描かれています。<br /><br />狩野 安信は、江戸時代初期の狩野派の絵師で、狩野孝信の子で、狩野探幽、狩野尚信の弟にあたります。<br /><br />350年前に描かれた天井絵、劣化が著しく、現在は京都の工房に修復に出されていて、今ここにあるのは写真だそうです。<br /><br />見学に来ていたあるお年寄り(75歳位?)に、寺院関係者(70歳位?)の方が説明をされていました。<br />「この135枚の修復には30年ぐらいかかるそうです」<br />「あぁ、そうですか。修復された本物を観られるといいですねぇ」<br /><br />ん?<br />恐らく、お2人とも、そして私もご存命ではないのかと・・・。

    「法堂」の中央部の2室(内陣と外陣)の格子天井に、狩野安信による草花の天井絵(135枚)が描かれています。画材は、綺麗な草花だけでなく、ダイコン・インゲン・ナスなどの野菜も描かれています。

    狩野 安信は、江戸時代初期の狩野派の絵師で、狩野孝信の子で、狩野探幽、狩野尚信の弟にあたります。

    350年前に描かれた天井絵、劣化が著しく、現在は京都の工房に修復に出されていて、今ここにあるのは写真だそうです。

    見学に来ていたあるお年寄り(75歳位?)に、寺院関係者(70歳位?)の方が説明をされていました。
    「この135枚の修復には30年ぐらいかかるそうです」
    「あぁ、そうですか。修復された本物を観られるといいですねぇ」

    ん?
    恐らく、お2人とも、そして私もご存命ではないのかと・・・。

  • 左側には、書院・上段の間があります。

    左側には、書院・上段の間があります。

  • このお寺の伽藍の模型もありました。<br /><br />今、居る「法堂」は一番奥です。

    このお寺の伽藍の模型もありました。

    今、居る「法堂」は一番奥です。

  • 抹茶をいただきます。

    抹茶をいただきます。

  • お菓子と抹茶で500円ですが、入場時に拝観料とセットで買うと100円割引です。

    お菓子と抹茶で500円ですが、入場時に拝観料とセットで買うと100円割引です。

  • お茶菓子は、天保3年(1832年)創業といわれる地元の名店「志乃原」のお菓子です。<br /><br />丸いのが「江出の月(えでのつき)」。<br />富山湾に映った満月を表現。極薄の最中種に自家製白味噌あんを薄くはさんだ半生菓子。<br /><br />もう一つが「銀甍(ぎんいらか)」。<br />大粒の胡桃が入っている溜り醤油風味の餅菓子。いわゆる、クルミゆべしでした。<br /><br />両方とも、大変美味しい和菓子でした。<br />江出の月の白味噌あんも美味しいし、銀甍にはクルミがこれでもかというほどしっかり入っていました。<br />お寺にも販売所があったので、このクルミゆべしを買って帰りました。<br />9個入りで700円ほどでした。

    イチオシ

    お茶菓子は、天保3年(1832年)創業といわれる地元の名店「志乃原」のお菓子です。

    丸いのが「江出の月(えでのつき)」。
    富山湾に映った満月を表現。極薄の最中種に自家製白味噌あんを薄くはさんだ半生菓子。

    もう一つが「銀甍(ぎんいらか)」。
    大粒の胡桃が入っている溜り醤油風味の餅菓子。いわゆる、クルミゆべしでした。

    両方とも、大変美味しい和菓子でした。
    江出の月の白味噌あんも美味しいし、銀甍にはクルミがこれでもかというほどしっかり入っていました。
    お寺にも販売所があったので、このクルミゆべしを買って帰りました。
    9個入りで700円ほどでした。

  • 抹茶を頂きながら、庭の景色を眺めました。

    抹茶を頂きながら、庭の景色を眺めました。

  • 今度は、「法堂」の右の方にやって来ました。<br /><br />何かの知らせに使われたと思われる、鐘。

    今度は、「法堂」の右の方にやって来ました。

    何かの知らせに使われたと思われる、鐘。

  • 太鼓。<br /><br />法鼓(ほっく)と呼ばれ、法要や提唱と呼ばれる師家の講義の際に打ち鳴らしますす。

    太鼓。

    法鼓(ほっく)と呼ばれ、法要や提唱と呼ばれる師家の講義の際に打ち鳴らしますす。

  • 板木。<br /><br />夜明けや日没に打って、消灯点灯を告げたそうです。<br /><br />坐禅・禅宗は無言の行であり、禅寺の行動はすべて、無言によって行われます。<br />禅寺の行動は、これらの鳴らしものの合図によって進行します。

    板木。

    夜明けや日没に打って、消灯点灯を告げたそうです。

    坐禅・禅宗は無言の行であり、禅寺の行動はすべて、無言によって行われます。
    禅寺の行動は、これらの鳴らしものの合図によって進行します。

  • 「大茶堂」です。<br />こちらも、重要文化財。<br /><br />

    「大茶堂」です。
    こちらも、重要文化財。

  • ここは、「瑞龍寺」創建時に造られた建物。<br /><br />使用目的は、住職の接賓、行事打合わせ、門徒への法儀の場所としてでした。<br /><br />壁の構造は、外壁や軒下を城や土蔵と同じように土を厚く塗りこめた大壁とし、内部は、船底形に漆喰仕上げされた土天井とした全国的に見ても大変珍しい防火建築物で、大茶堂自体の防火や他の建物から伽藍への類焼を防ぐ防火壁の役目をなす建物となっていました。<br /><br />私の写真では、丸みが上手く出てないのが残念です。

    ここは、「瑞龍寺」創建時に造られた建物。

    使用目的は、住職の接賓、行事打合わせ、門徒への法儀の場所としてでした。

    壁の構造は、外壁や軒下を城や土蔵と同じように土を厚く塗りこめた大壁とし、内部は、船底形に漆喰仕上げされた土天井とした全国的に見ても大変珍しい防火建築物で、大茶堂自体の防火や他の建物から伽藍への類焼を防ぐ防火壁の役目をなす建物となっていました。

    私の写真では、丸みが上手く出てないのが残念です。

    瑞龍寺 寺・神社

    毎年来ていてもやっぱり訪れてしまう富山一、行きたいスポット! by entetsuさん
  • 創建当初は、大きな土間・60畳の大広間・控の間から構成されていたそうですが、昭和初期に内部を仕切り、接客用の書院が造られましたが、近年の大修復で創建当初の姿に復元されました。<br />

    創建当初は、大きな土間・60畳の大広間・控の間から構成されていたそうですが、昭和初期に内部を仕切り、接客用の書院が造られましたが、近年の大修復で創建当初の姿に復元されました。

  • 本金メッキの釘隠しも美しい。

    本金メッキの釘隠しも美しい。

  • 「前田利長公・織田信長公分骨廟」。<br />(富山県指定文化財)<br /><br />前田利長は、本能寺の変の後に織田信長・信忠の分骨を迎え、その霊を慰めたと伝えられています。<br /><br />利長の菩提寺である「瑞龍寺」を造営した際、開山広山恕陽禅師が、利長・利家父子も加えて同じ形式の五基を建造したのが、この石廟の由来とされています。<br /><br />

    「前田利長公・織田信長公分骨廟」。
    (富山県指定文化財)

    前田利長は、本能寺の変の後に織田信長・信忠の分骨を迎え、その霊を慰めたと伝えられています。

    利長の菩提寺である「瑞龍寺」を造営した際、開山広山恕陽禅師が、利長・利家父子も加えて同じ形式の五基を建造したのが、この石廟の由来とされています。

  • 廟の石材は、淡緑色の凝灰石(越前笏谷石(シャクタニイシ))を使った壇上積の基礎の上に立つ切妻型石廟建築です。

    廟の石材は、淡緑色の凝灰石(越前笏谷石(シャクタニイシ))を使った壇上積の基礎の上に立つ切妻型石廟建築です。

  • 石廟は、向かって右から前田利長(高岡開祖)、前田利家(加賀藩祖)、織田信長公(利長夫人玉泉院の父)、織田信長側室、織田信忠(信長の子息)の五人のものです。<br /><br />中でも、この利長のものは壁面に二十五菩薩を刻んだ代表的な優品です。

    石廟は、向かって右から前田利長(高岡開祖)、前田利家(加賀藩祖)、織田信長公(利長夫人玉泉院の父)、織田信長側室、織田信忠(信長の子息)の五人のものです。

    中でも、この利長のものは壁面に二十五菩薩を刻んだ代表的な優品です。

  • 「仏堂」。<br /><br />うーん、何度観ても素晴らしい。<br /><br />

    「仏堂」。

    うーん、何度観ても素晴らしい。

  • 「回廊」です。<br />これも、重要文化財。<br /><br />大伽藍をとり囲み、左右対象をなす回廊が残っている寺院は極めて少なく、禅宗寺院最古のものだそうです。<br />周囲約300?に及びます。<br /><br />板戸の黒と、障子の白が交互に規則正しく配され、上部に小壁の白い線が通り、上下を腰板とこけら屋根の黒でひきしめている・・・。

    「回廊」です。
    これも、重要文化財。

    大伽藍をとり囲み、左右対象をなす回廊が残っている寺院は極めて少なく、禅宗寺院最古のものだそうです。
    周囲約300?に及びます。

    板戸の黒と、障子の白が交互に規則正しく配され、上部に小壁の白い線が通り、上下を腰板とこけら屋根の黒でひきしめている・・・。

  • 「僧堂」です。<br />これも、重要文化財。<br /><br />

    「僧堂」です。
    これも、重要文化財。

  • 坐禅修行をする建物で、坐禅だけを行う場合は禅堂、食事等の修行をも合せ行う場合を僧堂と言います。「瑞龍寺」の場合は、食事用施設も付随しているので僧堂となります。<br /><br />

    イチオシ

    坐禅修行をする建物で、坐禅だけを行う場合は禅堂、食事等の修行をも合せ行う場合を僧堂と言います。「瑞龍寺」の場合は、食事用施設も付随しているので僧堂となります。

  • 僧堂の当初の建物は1746年(延享3年)に焼失し、直後に再建され、江戸時代末には三分の一に縮小され烏蒭沙摩明王(うすさま みょうおう)の祈祷場となっていましたが、近年(平成2年)の大修復で再建の姿に復元されました。<br /><br />

    僧堂の当初の建物は1746年(延享3年)に焼失し、直後に再建され、江戸時代末には三分の一に縮小され烏蒭沙摩明王(うすさま みょうおう)の祈祷場となっていましたが、近年(平成2年)の大修復で再建の姿に復元されました。

  • 「魚板」(魚鼓)。<br /><br />その名の通り魚の形をした板であり、時刻の合図などに打たれます。<br /><br />魚の形をしているのは、魚は日夜を問わず目を閉じないことから、寝る間を惜しんで修行に精進しなさいという意味だとか。<br /><br />木魚の原型といわれています。

    「魚板」(魚鼓)。

    その名の通り魚の形をした板であり、時刻の合図などに打たれます。

    魚の形をしているのは、魚は日夜を問わず目を閉じないことから、寝る間を惜しんで修行に精進しなさいという意味だとか。

    木魚の原型といわれています。

  • 「坐蒲」。<br /><br />坐禅専用の敷物(座布団みたいなもの)です。<br />坐蒲に坐り、腰の位置を高くすることにより楽に坐れるそうです。

    「坐蒲」。

    坐禅専用の敷物(座布団みたいなもの)です。
    坐蒲に坐り、腰の位置を高くすることにより楽に坐れるそうです。

  • ぐるっと回って来ました。<br />最後に、右手前に見えている建物に行きます。

    ぐるっと回って来ました。
    最後に、右手前に見えている建物に行きます。

  • 大小合わせて4基の竈。

    大小合わせて4基の竈。

  • ここは、「大庫裏」と呼ばれます。<br /><br />これも、北回廊の一部として重要文化財。<br /><br />

    ここは、「大庫裏」と呼ばれます。

    これも、北回廊の一部として重要文化財。

  • 調理配膳や寺務運営を行う堂で、僧堂と相対しています。<br /><br />三十?角の柱と防火対策を考慮した大変珍しい真っ白な土天井がひときわ目を引きます。<br /><br />万治年間(1658〜1660年)の建立ですが、幕末から明治初年にかけ撤去されましたが、昭和63年の解体修理に伴う調査で、詳細な寸法の書き込まれた古図面や向拝と主屋の部材の発見、および発掘調査などから当初の姿が明らかとなり、現在では復元されています。

    調理配膳や寺務運営を行う堂で、僧堂と相対しています。

    三十?角の柱と防火対策を考慮した大変珍しい真っ白な土天井がひときわ目を引きます。

    万治年間(1658〜1660年)の建立ですが、幕末から明治初年にかけ撤去されましたが、昭和63年の解体修理に伴う調査で、詳細な寸法の書き込まれた古図面や向拝と主屋の部材の発見、および発掘調査などから当初の姿が明らかとなり、現在では復元されています。

  • という事で、たっぷり2時間余り、ゆっくりと見学しました。<br /><br />いいなぁ、「瑞龍寺」。

    という事で、たっぷり2時間余り、ゆっくりと見学しました。

    いいなぁ、「瑞龍寺」。

  • こちらは、昨年11月3日に訪れた時の写真。<br /><br />この時の方が、芝が少し青いですね。

    こちらは、昨年11月3日に訪れた時の写真。

    この時の方が、芝が少し青いですね。

  • 「前田利長公の墓所」の説明書きです。<br /><br />「前田利長」は、豊臣政権の五大老の一人「前田利家」の嫡男で、加賀藩2代藩主。<br /><br />利長の菩提寺である「瑞龍寺」から「八丁」(約1?弱)を歩いた先に小さな森があり、そこに前田利長公の墓所があります。<br />大名の墓としては日本一と言われます。

    「前田利長公の墓所」の説明書きです。

    「前田利長」は、豊臣政権の五大老の一人「前田利家」の嫡男で、加賀藩2代藩主。

    利長の菩提寺である「瑞龍寺」から「八丁」(約1?弱)を歩いた先に小さな森があり、そこに前田利長公の墓所があります。
    大名の墓としては日本一と言われます。

  • 各史跡の位置関係を説明しています。<br />すごい因果関係・・・。

    各史跡の位置関係を説明しています。
    すごい因果関係・・・。

  • 「八丁道(はっちょうみち)」。<br /><br />「瑞龍寺」から「前田利長公墓所」まで、石燈籠の建ち並ぶ石畳の参道があります。<br /><br />1丁(町)約109?ですので、約870メートルあります。<br /><br />去年歩きましたが、今年はパスします。<br />「前田利長公墓所」もなかなか立派ですが・・・。

    「八丁道(はっちょうみち)」。

    「瑞龍寺」から「前田利長公墓所」まで、石燈籠の建ち並ぶ石畳の参道があります。

    1丁(町)約109?ですので、約870メートルあります。

    去年歩きましたが、今年はパスします。
    「前田利長公墓所」もなかなか立派ですが・・・。

    八丁道 名所・史跡

    約870mある長い参道です by entetsuさん
  • 「瑞龍寺」のすぐ前のお宅。<br /><br />北陸の冬の風物詩「雪吊り」作業中でした。<br /><br />去年来たのが11月3日でしたが、その時もちょうど作業中でした。

    イチオシ

    「瑞龍寺」のすぐ前のお宅。

    北陸の冬の風物詩「雪吊り」作業中でした。

    去年来たのが11月3日でしたが、その時もちょうど作業中でした。

  • 「瑞龍寺」たっぷり堪能し、本日の宿の近くに向かいます。<br /><br />まだ、時間は早いのですが、何せ船でないと行けない宿。<br />遊覧船の出航時刻は16:00で、それを逃すと、今日はもう旅館には行けない・・・(笑)。<br /><br />見えてきたのは、北陸新幹線の架線です。

    「瑞龍寺」たっぷり堪能し、本日の宿の近くに向かいます。

    まだ、時間は早いのですが、何せ船でないと行けない宿。
    遊覧船の出航時刻は16:00で、それを逃すと、今日はもう旅館には行けない・・・(笑)。

    見えてきたのは、北陸新幹線の架線です。

  • 車内からですので見づらいですが、北陸新幹線の「新高岡」駅。<br /><br />現在の長野新幹線(正式には現在も北陸新幹線というのが正しい)が、2015年3月に金沢まで延伸・開通予定です。<br /><br />富山県内の新幹線駅は、「黒部宇奈月温泉」、「富山」、「新高岡」の3駅です。<br /><br />②に続きます。<br />http://4travel.jp/travelogue/10948689

    車内からですので見づらいですが、北陸新幹線の「新高岡」駅。

    現在の長野新幹線(正式には現在も北陸新幹線というのが正しい)が、2015年3月に金沢まで延伸・開通予定です。

    富山県内の新幹線駅は、「黒部宇奈月温泉」、「富山」、「新高岡」の3駅です。

    ②に続きます。
    http://4travel.jp/travelogue/10948689

この旅行記のタグ

29いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行で行ったグルメ・レストラン

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP

ピックアップ特集