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秋も深まり、もうすぐ紅葉の便りが届きそうな頃となりました。<br />10月の京都路地裏探策は、西陣界隈を巡りました。<br /><br />西陣は、今まで通ったことがあるけれど、ゆっくり散策したことがありませんでした。巡ってみると、京都ならではの場所もあり、路地裏歩きをして知ったことも多くありました。<br /><br />少し前、娘を京都の下宿先に送って行った時に、同じ西陣にある「清明神社」を訪ねて写真を撮っていたので、合わせて一つの旅行記にしました♪

京都☆清明神社など西陣界隈を巡って

43いいね!

2014/08/14 - 2014/10/25

665位(同エリア3575件中)

8

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akiko

akikoさん

秋も深まり、もうすぐ紅葉の便りが届きそうな頃となりました。
10月の京都路地裏探策は、西陣界隈を巡りました。

西陣は、今まで通ったことがあるけれど、ゆっくり散策したことがありませんでした。巡ってみると、京都ならではの場所もあり、路地裏歩きをして知ったことも多くありました。

少し前、娘を京都の下宿先に送って行った時に、同じ西陣にある「清明神社」を訪ねて写真を撮っていたので、合わせて一つの旅行記にしました♪

  • いつものように四条河原町で集合し、46番系統のバスに乗って約30分。「千本上立売」で降車。この日は「西陣界隈」を巡ることに・・・<br /><br />ここは、西陣の千本通りに面した【釘抜地蔵】(石像寺)です。<br />

    いつものように四条河原町で集合し、46番系統のバスに乗って約30分。「千本上立売」で降車。この日は「西陣界隈」を巡ることに・・・

    ここは、西陣の千本通りに面した【釘抜地蔵】(石像寺)です。

  • このお寺は、空海(弘法大師)により819年に創建されたという。<br />地蔵堂の本尊は空海が唐から持ち帰った石を刻んだとされている地蔵菩薩なのだそうです。<br />門を入ると、左に何やら意味ありげなものが・・・

    このお寺は、空海(弘法大師)により819年に創建されたという。
    地蔵堂の本尊は空海が唐から持ち帰った石を刻んだとされている地蔵菩薩なのだそうです。
    門を入ると、左に何やら意味ありげなものが・・・

  • このお寺の地蔵は・・・<br />&quot;苦しみ&quot;を抜き取るということから&quot;苦抜(くぬき)地蔵&quot;と呼ばれ、それがなまって釘抜地蔵と呼ばれるようになったのだそうです。<br />本堂手前に、モニュメントがあります。

    このお寺の地蔵は・・・
    "苦しみ"を抜き取るということから"苦抜(くぬき)地蔵"と呼ばれ、それがなまって釘抜地蔵と呼ばれるようになったのだそうです。
    本堂手前に、モニュメントがあります。

  • これが大きな釘抜きのモニュメントで、釘抜きの間にお地蔵さまが・・・<br /><br />参道にあったのも、釘抜きのモニュメントだったのですね。

    これが大きな釘抜きのモニュメントで、釘抜きの間にお地蔵さまが・・・

    参道にあったのも、釘抜きのモニュメントだったのですね。

  • 釘抜地蔵の言い伝えは、<br />「室町時代の終わり頃、紀ノ国屋道林という商人がいた。彼は両手に激しい痛みを感じていたが、どんな治療を施しても効き目がなかった。<br />そこで霊験あらたかな石像寺の地蔵菩薩に7日間の願かけをしたところ、満願の日の夢に地蔵菩薩が現れた。地蔵菩薩は「お前の苦しみの原因は、前世において人をうらみ、呪いの人形(ひとがた)を作ってその手に八寸釘を打ち込んだことにある」と告げ、呪いの人形から抜き取った八寸釘を道林に示して見せた。<br />道林が夢から覚めると、両手の痛みはすっかり消えていた。そして、石像寺に参詣すると、本尊地蔵菩薩の前には血に染まった2本の八寸釘が置かれていたという。」Wikipediaより<br /><br />この由緒は本当かどうか分からないけれど、&quot;人を恨んだり呪ったりしてはいけない&quot;という教えは確かかも・・・地元の人の信頼は厚いようで、毎日参拝される人がいるそうです。

    釘抜地蔵の言い伝えは、
    「室町時代の終わり頃、紀ノ国屋道林という商人がいた。彼は両手に激しい痛みを感じていたが、どんな治療を施しても効き目がなかった。
    そこで霊験あらたかな石像寺の地蔵菩薩に7日間の願かけをしたところ、満願の日の夢に地蔵菩薩が現れた。地蔵菩薩は「お前の苦しみの原因は、前世において人をうらみ、呪いの人形(ひとがた)を作ってその手に八寸釘を打ち込んだことにある」と告げ、呪いの人形から抜き取った八寸釘を道林に示して見せた。
    道林が夢から覚めると、両手の痛みはすっかり消えていた。そして、石像寺に参詣すると、本尊地蔵菩薩の前には血に染まった2本の八寸釘が置かれていたという。」Wikipediaより

    この由緒は本当かどうか分からないけれど、"人を恨んだり呪ったりしてはいけない"という教えは確かかも・・・地元の人の信頼は厚いようで、毎日参拝される人がいるそうです。

  • ペンチのような釘抜きが本堂の拝殿の右に置かれていて・・・

    ペンチのような釘抜きが本堂の拝殿の右に置かれていて・・・

  • 本堂の外壁には絵馬が多数貼られています。<br /><br />体や心の痛みを治癒に願をかける人が訪れるようになり、苦しみがなくなった人は2本の八寸釘と釘抜を貼り付けた絵馬を奉納するようになったのだそうです。

    本堂の外壁には絵馬が多数貼られています。

    体や心の痛みを治癒に願をかける人が訪れるようになり、苦しみがなくなった人は2本の八寸釘と釘抜を貼り付けた絵馬を奉納するようになったのだそうです。

  • 八寸釘と釘抜きの絵馬のアップ<br /><br />多くの人の苦しみが無くなったのですね。<br />後ろから、「信じる者こそ救われる、んやね〜」という声が・・・

    八寸釘と釘抜きの絵馬のアップ

    多くの人の苦しみが無くなったのですね。
    後ろから、「信じる者こそ救われる、んやね〜」という声が・・・

  • 本堂の背後に小堂(祠)があり・・・

    本堂の背後に小堂(祠)があり・・・

  • 膝上で両手を組む阿弥陀如来坐像と左右に脇侍の観音・勢至菩薩像が立っています。<br /><br />手前に、お地蔵さまが・・・

    膝上で両手を組む阿弥陀如来坐像と左右に脇侍の観音・勢至菩薩像が立っています。

    手前に、お地蔵さまが・・・

  • 遣唐使として唐に渡った弘法大師は、日本へ帰国の際に石を持ち帰り、<br />その石に地蔵菩薩を自ら彫り、人々の「諸悪・諸苦・諸病を救い助けん」と祈願されたそう。その地蔵菩薩さまたちでした。<br /><br /><br />

    遣唐使として唐に渡った弘法大師は、日本へ帰国の際に石を持ち帰り、
    その石に地蔵菩薩を自ら彫り、人々の「諸悪・諸苦・諸病を救い助けん」と祈願されたそう。その地蔵菩薩さまたちでした。


  • 休憩できる東屋の奥に立派な枝振りの松がありました。<br />お茶をいただき、ホット一息いれ本堂を眺めていると、<br />グルグル竹の棒を持ってまわっている方がいます。<br />

    休憩できる東屋の奥に立派な枝振りの松がありました。
    お茶をいただき、ホット一息いれ本堂を眺めていると、
    グルグル竹の棒を持ってまわっている方がいます。

  • 本堂の横に竹の棒が置かれていて、自分の年齢分持って、本堂の周りを願いを込めながらまわり、一周したら、竹の棒を返します。年齢の数だけまわるとご利益があるいうことです。<br />私も回ろうかと思ったけれど、自分の年齢を考えて・・・止めました!

    本堂の横に竹の棒が置かれていて、自分の年齢分持って、本堂の周りを願いを込めながらまわり、一周したら、竹の棒を返します。年齢の数だけまわるとご利益があるいうことです。
    私も回ろうかと思ったけれど、自分の年齢を考えて・・・止めました!

  • 釘抜地蔵をあとにし、千本通から寺之内通へと歩いていきます。<br />この建物は織物屋さん。のれんの横にある格子は「糸屋格子」と呼ばれ、上部に採光のため大きめの開口部になっています。<br />格子は、道路から内部が見えにくく、内からは外がよく見え、明かりも風も良く通す昔ながらの知恵が活かされています。<br />屋根の上には、「一文字瓦」という下部が曲がらず真っすぐな瓦が使われ、鍾馗(しょうき)さんがのっています。元々は中国の道祖神で、魔よけの効験があるとされています。

    釘抜地蔵をあとにし、千本通から寺之内通へと歩いていきます。
    この建物は織物屋さん。のれんの横にある格子は「糸屋格子」と呼ばれ、上部に採光のため大きめの開口部になっています。
    格子は、道路から内部が見えにくく、内からは外がよく見え、明かりも風も良く通す昔ながらの知恵が活かされています。
    屋根の上には、「一文字瓦」という下部が曲がらず真っすぐな瓦が使われ、鍾馗(しょうき)さんがのっています。元々は中国の道祖神で、魔よけの効験があるとされています。

  • ここは、菓匠「宗禅」。<br />看板に「上技物あられ」とあります。「最高峰の技・味を持つあられ」だけに許された称号らしく、一つ一つのあられに美しい紋様をほどこし形どる上技物あられは、迎賓・献上菓子として古来より珍重されてきたのだそうです。

    ここは、菓匠「宗禅」。
    看板に「上技物あられ」とあります。「最高峰の技・味を持つあられ」だけに許された称号らしく、一つ一つのあられに美しい紋様をほどこし形どる上技物あられは、迎賓・献上菓子として古来より珍重されてきたのだそうです。

  • ここは、「浄福寺通」にある「箔工芸作家」の礫翔さんのギャラリー。<br />伝統工芸品 西陣織(金箔)の伝統工芸品が見られるようです。

    ここは、「浄福寺通」にある「箔工芸作家」の礫翔さんのギャラリー。
    伝統工芸品 西陣織(金箔)の伝統工芸品が見られるようです。

  • 京都の路地を歩いていると、可愛い花がちょっとしたスペースに植えられていて、素敵です。この通りには、石蕗が咲いていました。

    京都の路地を歩いていると、可愛い花がちょっとしたスペースに植えられていて、素敵です。この通りには、石蕗が咲いていました。

  • このお宅の玄関前の紫色の花がきれいでした。<br />グループの方が「多分、あれは野牡丹よ」と教えてくれました。

    このお宅の玄関前の紫色の花がきれいでした。
    グループの方が「多分、あれは野牡丹よ」と教えてくれました。

  • 「大根屋」と書かれたお店がありました。お漬物屋さん?かと思ったら、ここは西陣、浄福寺通上立売上る大黒町の井筒の織工房 「大根屋」さんでした。<br /><br />京都で織物作りが始まったのは、桓武天皇によって平安京が築かれるよりも前の5世紀頃のことだそう。平安遷都とともに宮廷の織物を管理していた「織部司」と呼ばれる役所が置かれ、綾・錦など高級な織物作りを奨励し、発展していったのだそうです。

    「大根屋」と書かれたお店がありました。お漬物屋さん?かと思ったら、ここは西陣、浄福寺通上立売上る大黒町の井筒の織工房 「大根屋」さんでした。

    京都で織物作りが始まったのは、桓武天皇によって平安京が築かれるよりも前の5世紀頃のことだそう。平安遷都とともに宮廷の織物を管理していた「織部司」と呼ばれる役所が置かれ、綾・錦など高級な織物作りを奨励し、発展していったのだそうです。

  • 【岩上神社】に来ました。<br />神社とは言うものの、祠にしめ縄が張られた大きな石が据えらただけの神社です。駒札に面白い言い伝えが書かれています。<br />「二条堀川付近にあった霊石が六角通に遷され、中和門院の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたという。吼え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり・・・

    【岩上神社】に来ました。
    神社とは言うものの、祠にしめ縄が張られた大きな石が据えらただけの神社です。駒札に面白い言い伝えが書かれています。
    「二条堀川付近にあった霊石が六角通に遷され、中和門院の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたという。吼え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり・・・

  • 怖がった女官たちがたまりかねて、蓮乗院という僧に相談し、その僧がその石を引き取ってくれて、この地に移して、ちゃんとお祀りしたんだそうです。<br />その後、天明の大火のためにお寺は荒廃し、明治維新のころには廃寺になってしまったけれど、大正になって、織物業を営む千切屋が敷地内に祠を構え「岩上神社」として祀るようになったのだそうです。」<br />この石がその霊石なのだそうです。<br /><br />それにしても、遷されたのがよほど気に入らなかったのでしょうか。吼え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり・・・なんて???

    怖がった女官たちがたまりかねて、蓮乗院という僧に相談し、その僧がその石を引き取ってくれて、この地に移して、ちゃんとお祀りしたんだそうです。
    その後、天明の大火のためにお寺は荒廃し、明治維新のころには廃寺になってしまったけれど、大正になって、織物業を営む千切屋が敷地内に祠を構え「岩上神社」として祀るようになったのだそうです。」
    この石がその霊石なのだそうです。

    それにしても、遷されたのがよほど気に入らなかったのでしょうか。吼え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり・・・なんて???

  • 歩いてすぐの所にある【雨宝院】(西陣聖天宮)にやって来ました。<br />地元の人には「西陣聖天さん」として親しまれているお寺だそうです。

    歩いてすぐの所にある【雨宝院】(西陣聖天宮)にやって来ました。
    地元の人には「西陣聖天さん」として親しまれているお寺だそうです。

  • 平安時代初期の821年に嵯峨天皇の病気平癒を弘法大師が祈願し、手が六本の&quot;歓喜天(聖天)&quot;を安置した大聖歓喜寺が始まりとされているそう。<br /><br />当時境内は広大だったけれど、応仁の乱により焼失し荒廃し、その後雨宝院のみの小さな寺院が現在地に再建されたそうです。

    平安時代初期の821年に嵯峨天皇の病気平癒を弘法大師が祈願し、手が六本の"歓喜天(聖天)"を安置した大聖歓喜寺が始まりとされているそう。

    当時境内は広大だったけれど、応仁の乱により焼失し荒廃し、その後雨宝院のみの小さな寺院が現在地に再建されたそうです。

  • 雨宝院は、桜の名所としても有名です。<br />本堂前の桜は「歓喜桜」と呼ばれる遅咲きの八重桜で、4月中旬には境内を覆い尽くす桜の花々に圧倒されるそうです。

    雨宝院は、桜の名所としても有名です。
    本堂前の桜は「歓喜桜」と呼ばれる遅咲きの八重桜で、4月中旬には境内を覆い尽くす桜の花々に圧倒されるそうです。

  • 奥に進むと、「染殿井」と書かれた場所がありました。「染殿井」は西陣五名水の一つで、水飢饉の際にもかれることなく湧くこの水は染織に敵した水で、この水を使うと発色良く染まったそうです。西陣ならではの名前の井戸ですね。

    奥に進むと、「染殿井」と書かれた場所がありました。「染殿井」は西陣五名水の一つで、水飢饉の際にもかれることなく湧くこの水は染織に敵した水で、この水を使うと発色良く染まったそうです。西陣ならではの名前の井戸ですね。

  • 雨宝院を出て歩いていると、本隆寺の築地がありました。<br />土塀に瓦が埋め込まれていて、それが素敵なデザインになっています。

    雨宝院を出て歩いていると、本隆寺の築地がありました。
    土塀に瓦が埋め込まれていて、それが素敵なデザインになっています。

  • ここは、紋屋町にある職人長屋を今に残す「三上家」の路地。<br />突き当りが三上家で、かつて西陣が度重なる戦乱で荒れ地となった際、復興の中心となった高級織物商のひとつだそう。長屋に職人たちを住まわせていたそうで、今は陶芸家・写真家などが住み、有名な蜂蜜屋さんもあるそうです。<br /><br />京都では小さな生活道路を「図子」や「路地」と使い分けているのだとか・・・<br />ここは、袋小路になっているので「路地」と言い、通り抜けているのを「図子」と言うのだそう。<br />

    ここは、紋屋町にある職人長屋を今に残す「三上家」の路地。
    突き当りが三上家で、かつて西陣が度重なる戦乱で荒れ地となった際、復興の中心となった高級織物商のひとつだそう。長屋に職人たちを住まわせていたそうで、今は陶芸家・写真家などが住み、有名な蜂蜜屋さんもあるそうです。

    京都では小さな生活道路を「図子」や「路地」と使い分けているのだとか・・・
    ここは、袋小路になっているので「路地」と言い、通り抜けているのを「図子」と言うのだそう。

  • 紋屋図子の大宮通側を上がったところに京料理の「萬重(まんしげ)」があります。季節の素材をふんだんに使った京料理が楽しめるそうです。(会席料理は7,350円〜お昼のせいろ弁当は松4,620円など)

    紋屋図子の大宮通側を上がったところに京料理の「萬重(まんしげ)」があります。季節の素材をふんだんに使った京料理が楽しめるそうです。(会席料理は7,350円〜お昼のせいろ弁当は松4,620円など)

  • 大宮通寺之内下ルに、昆布にうるさい西陣で長く愛される老舗昆布店の「岡田屋」さんがありました。。<br />昔ながらの店構えに惹きつけられ、中を見せていただくことに・・・<br />

    大宮通寺之内下ルに、昆布にうるさい西陣で長く愛される老舗昆布店の「岡田屋」さんがありました。。
    昔ながらの店構えに惹きつけられ、中を見せていただくことに・・・

  • 北海道で採れた天然昆布を扱われていて、昔ながらの方法で手削りされるおぼろ昆布はふわふわで口の中で溶けるとか。だし昆布や切り昆布、自家製の塩昆布などいろんな昆布が陳列されています。<br />おつまみにおすすめの&quot;揚げ昆布&quot;(325円)はお土産にピッタリだというので、私も買ってみました。

    北海道で採れた天然昆布を扱われていて、昔ながらの方法で手削りされるおぼろ昆布はふわふわで口の中で溶けるとか。だし昆布や切り昆布、自家製の塩昆布などいろんな昆布が陳列されています。
    おつまみにおすすめの"揚げ昆布"(325円)はお土産にピッタリだというので、私も買ってみました。

  • お店の中に1枚の絵が掛けられていて、お尋ねすると、ご贔屓の方が雨の日も風の日も通って絵を書き上げてくれたのだそうです。<br />岡田屋さんが地元の人に愛されているのがよく分かります。

    お店の中に1枚の絵が掛けられていて、お尋ねすると、ご贔屓の方が雨の日も風の日も通って絵を書き上げてくれたのだそうです。
    岡田屋さんが地元の人に愛されているのがよく分かります。

  • 近くに創業以来120年の「たんきり飴本舗」がありました。<br />店先には、生姜入りののどに優しい手造りの飴が所狭しと並んでいます。<br />生姜が成分として入っていて、3つの濃さ(辛い・中・マイルド)があるそうで、300円〜450円のサイズがあります。

    近くに創業以来120年の「たんきり飴本舗」がありました。
    店先には、生姜入りののどに優しい手造りの飴が所狭しと並んでいます。
    生姜が成分として入っていて、3つの濃さ(辛い・中・マイルド)があるそうで、300円〜450円のサイズがあります。

  • そろそろお昼の時間です。<br />「今日は、うなぎにしましょう〜」ということで、<br />鰻「梅の井」さんに入ります。<br />一見うどんかそば屋さんのように見えるお店ですが、地元の人が通われる老舗なのだとか。

    そろそろお昼の時間です。
    「今日は、うなぎにしましょう〜」ということで、
    鰻「梅の井」さんに入ります。
    一見うどんかそば屋さんのように見えるお店ですが、地元の人が通われる老舗なのだとか。

  • 最近、うなぎも高くなり、ごちそうの部類に入りますよね。<br />私はうな丼・肝吸いにしました。2切れで少々さみしい(&gt;_&lt;)ですが、甘さ控えめのタレで美味しくいただきました。

    最近、うなぎも高くなり、ごちそうの部類に入りますよね。
    私はうな丼・肝吸いにしました。2切れで少々さみしい(>_<)ですが、甘さ控えめのタレで美味しくいただきました。

  • 食事のあとは、寺之内通の【妙蓮寺】に来ました。<br />このお寺は、本門法華宗の大本山で、本尊は十界曼荼羅だそう。<br /><br />境内には、豊臣秀吉からもらった青石(臥牛石)のある枯山水庭園「十六羅漢石庭」や赤穂浪士の遺髪墓(切腹した46人の遺髪)もあるのだそうです。

    食事のあとは、寺之内通の【妙蓮寺】に来ました。
    このお寺は、本門法華宗の大本山で、本尊は十界曼荼羅だそう。

    境内には、豊臣秀吉からもらった青石(臥牛石)のある枯山水庭園「十六羅漢石庭」や赤穂浪士の遺髪墓(切腹した46人の遺髪)もあるのだそうです。

  • 立派な鐘楼

    立派な鐘楼

  • 鐘楼のちかくに、「ええっ〜」今頃桜が咲いていました。<br />狂い咲き??では、ないそうです!<br />妙蓮寺の桜は、御会式桜(おえしきざくら)といい、10月13日の日蓮大聖人御入滅の日、前後から咲き始め、年をまたいで、4月8日のお釈迦様の聖誕日ごろ満開となる珍しい桜なのだそうです。<br />この桜の散った花びらを持ち帰ると「恋が成就」すると言われているとか・・・

    鐘楼のちかくに、「ええっ〜」今頃桜が咲いていました。
    狂い咲き??では、ないそうです!
    妙蓮寺の桜は、御会式桜(おえしきざくら)といい、10月13日の日蓮大聖人御入滅の日、前後から咲き始め、年をまたいで、4月8日のお釈迦様の聖誕日ごろ満開となる珍しい桜なのだそうです。
    この桜の散った花びらを持ち帰ると「恋が成就」すると言われているとか・・・

  • ここは、「上京区堀川通五辻西入る」で、山名宗全の邸宅跡が残っています。<br />室町時代に京都の街を舞台に東軍と西軍が争う”応仁の乱”がありました。<br />有名な話ですが、「西陣」という名前は、戦乱の際に山名宗全率いる西軍の陣地が置かれていたことに由来する名前なのです。<br /><br />

    ここは、「上京区堀川通五辻西入る」で、山名宗全の邸宅跡が残っています。
    室町時代に京都の街を舞台に東軍と西軍が争う”応仁の乱”がありました。
    有名な話ですが、「西陣」という名前は、戦乱の際に山名宗全率いる西軍の陣地が置かれていたことに由来する名前なのです。

  • 邸宅跡のお隣に、落雁専門店「UCHU」がありました。<br />2010年創業の新しいお店だそうです。

    邸宅跡のお隣に、落雁専門店「UCHU」がありました。
    2010年創業の新しいお店だそうです。

  • 上質な和三盆を使った落雁をモダンなデザインで表現されています。<br /><br />下の詰め合わせは、&quot;fukiyose&quot;(760円)で、色とりどりの金平糖を箱にギュッと詰め込まれ、上にキノコ・飛行機・船・車・てんとう虫などの落雁がのっています。<br />開けた時の子どもの笑顔が思い浮かびます(^^)

    上質な和三盆を使った落雁をモダンなデザインで表現されています。

    下の詰め合わせは、"fukiyose"(760円)で、色とりどりの金平糖を箱にギュッと詰め込まれ、上にキノコ・飛行機・船・車・てんとう虫などの落雁がのっています。
    開けた時の子どもの笑顔が思い浮かびます(^^)

  • 山名宗全の邸宅跡へ行く途中、楽しい花屋さんがありました。<br />「花屋にち」さんで、目をつけていて戻ってきました。<br />

    山名宗全の邸宅跡へ行く途中、楽しい花屋さんがありました。
    「花屋にち」さんで、目をつけていて戻ってきました。

  • 切花だけでなく、鉢物、観葉植物もあります。<br />鉢花、アレンジメントなどがうまくディスプレイされていて、見ているだけで楽しくなってきます♪<br />私は左下のアワビの貝殻の上にグリーン3種のっかった吊り苔玉のようなものを買いました。

    切花だけでなく、鉢物、観葉植物もあります。
    鉢花、アレンジメントなどがうまくディスプレイされていて、見ているだけで楽しくなってきます♪
    私は左下のアワビの貝殻の上にグリーン3種のっかった吊り苔玉のようなものを買いました。

  • 次に、智恵光院通にある【首途八幡宮】に来ました。<br />元々は、平安京の中枢であった平安宮の北東、鬼門に位置したため、天皇の住まいを護る社とされたという。<br />かつて、この地には奥州で産出される金を京で商うことを生業としていた金売吉次の屋敷があり、源義経(牛若丸)は平氏軍からの難を逃れるために鞍馬山を抜け出し、奥州藤原秀衡のところへ旅立つ際、吉次の屋敷近くにあった八幡宮へ立ち寄り道中の安全を祈願したことから「首途」(かどで)とは「出発」を意味し、「首途八幡宮」と呼ばれるようになったそうです。

    次に、智恵光院通にある【首途八幡宮】に来ました。
    元々は、平安京の中枢であった平安宮の北東、鬼門に位置したため、天皇の住まいを護る社とされたという。
    かつて、この地には奥州で産出される金を京で商うことを生業としていた金売吉次の屋敷があり、源義経(牛若丸)は平氏軍からの難を逃れるために鞍馬山を抜け出し、奥州藤原秀衡のところへ旅立つ際、吉次の屋敷近くにあった八幡宮へ立ち寄り道中の安全を祈願したことから「首途」(かどで)とは「出発」を意味し、「首途八幡宮」と呼ばれるようになったそうです。

  • 右上の石は、「源義経奥州首途之地」と刻まれた石碑です。正面の鳥居から細長い参道を抜けていくと2つの鳥居があり、鳥居の奥にある小高い丘の頂に本殿が建っています。<br />今では、旅の安全を祈願する人たちが参拝に訪れるようになったということです。

    右上の石は、「源義経奥州首途之地」と刻まれた石碑です。正面の鳥居から細長い参道を抜けていくと2つの鳥居があり、鳥居の奥にある小高い丘の頂に本殿が建っています。
    今では、旅の安全を祈願する人たちが参拝に訪れるようになったということです。

  • ここは、同じ西陣にある【清明神社】です。<br />平安時代中期の天文学者である安倍晴明をお祀りした神社です。清明公は、陰陽師として有名ですが、陰陽道とは・・・<br />「古代中国の『陰陽五行説』に基づいて、陰陽の相反する気と五行(水・火・土・金・木)を使い、未来を占ったり、邪気を祓ったりする」のだそうです。<br /><br />この時代の人々は、生活のすべてが陰陽道に基づいて生活していたそうです。<br />例えば、今日は、南東の方向が悪いと出ると「方違い」といって悪い方角を避けて通ったり、日が悪いと出れば「物忌み」と称して、その日は一日家にこもったり。<br />そして、何か悪い出来事や印が現れれば、陰陽師を呼んでその原因を占ってもらったりしたそうで、陰陽師が大きな影響力を持っていたようです。<br />

    ここは、同じ西陣にある【清明神社】です。
    平安時代中期の天文学者である安倍晴明をお祀りした神社です。清明公は、陰陽師として有名ですが、陰陽道とは・・・
    「古代中国の『陰陽五行説』に基づいて、陰陽の相反する気と五行(水・火・土・金・木)を使い、未来を占ったり、邪気を祓ったりする」のだそうです。

    この時代の人々は、生活のすべてが陰陽道に基づいて生活していたそうです。
    例えば、今日は、南東の方向が悪いと出ると「方違い」といって悪い方角を避けて通ったり、日が悪いと出れば「物忌み」と称して、その日は一日家にこもったり。
    そして、何か悪い出来事や印が現れれば、陰陽師を呼んでその原因を占ってもらったりしたそうで、陰陽師が大きな影響力を持っていたようです。

  • 一の鳥居を入って、すぐ右のところに「旧・一條戻橋」があります。<br />この橋の欄干の親柱は、近くの堀川に架かっていたものを移し、一條戻橋を再現したものだそうです。<br /><br />一条戻橋は、洛中と洛外の境目でもあると同時に、あの世とこの世の境目でもあったそうで、橋占(占いの一種)の名所でもあったということです。<br />この橋の傍らには、式神の石像が置かれています。式神とは、陰陽師が使う精霊で、人の目には見えないらしい。(見た目はジブリアニメに出てくる老婆みたい!)式神は橋の下に封じ込められていたそうですが、この橋を渡る人の占いをしていたと伝えられています。

    一の鳥居を入って、すぐ右のところに「旧・一條戻橋」があります。
    この橋の欄干の親柱は、近くの堀川に架かっていたものを移し、一條戻橋を再現したものだそうです。

    一条戻橋は、洛中と洛外の境目でもあると同時に、あの世とこの世の境目でもあったそうで、橋占(占いの一種)の名所でもあったということです。
    この橋の傍らには、式神の石像が置かれています。式神とは、陰陽師が使う精霊で、人の目には見えないらしい。(見た目はジブリアニメに出てくる老婆みたい!)式神は橋の下に封じ込められていたそうですが、この橋を渡る人の占いをしていたと伝えられています。

  • 一の鳥居を抜け、二の鳥居が見えています。<br /><br />晴明公は御所の鬼門に邸宅を構え、星の動きを読み、式神(自分のしもべとなる鬼)を自由に操り、魑魅魍魎(ちみもうりょう)から千年の都・平安京をを護ったという。ー「京阪奈ぶらり歴史散歩」ウェブサイトより

    一の鳥居を抜け、二の鳥居が見えています。

    晴明公は御所の鬼門に邸宅を構え、星の動きを読み、式神(自分のしもべとなる鬼)を自由に操り、魑魅魍魎(ちみもうりょう)から千年の都・平安京をを護ったという。ー「京阪奈ぶらり歴史散歩」ウェブサイトより

  • 参道両脇に「日月柱」が立っています。この柱上にある日月石像は、南に「日」、北に「月」を配し、 陰陽を表しているそうです。

    参道両脇に「日月柱」が立っています。この柱上にある日月石像は、南に「日」、北に「月」を配し、 陰陽を表しているそうです。

  • 鳥居の額には、金色の「五芒星」とも呼ばれる「晴明桔梗」が掲げられています。これは、陰陽道では魔除けの呪符となっているそうです。<br /><br />右上の鉄板の蓋は、&quot;太極図&quot;といい、「陰と陽、光と影という相対する2つの物事が交じり合って一つのものをなす」という、中国古来の考えで万物の生ずる根元とされるマークだそうです。

    鳥居の額には、金色の「五芒星」とも呼ばれる「晴明桔梗」が掲げられています。これは、陰陽道では魔除けの呪符となっているそうです。

    右上の鉄板の蓋は、"太極図"といい、「陰と陽、光と影という相対する2つの物事が交じり合って一つのものをなす」という、中国古来の考えで万物の生ずる根元とされるマークだそうです。

  • 一の鳥居と二の鳥居の間付近に、千利休の屋敷があったそうで、石碑が立っています。<br />利休は、大阪の堺に生まれ茶の湯に親しんでいましたが、後に織田信長や豊臣秀吉に仕え、京都には秀吉の茶頭として住んでいたという。<br /><br />後に、秀吉に切腹を命じられ、自害した場所が「晴明井」の近くだったとか。

    一の鳥居と二の鳥居の間付近に、千利休の屋敷があったそうで、石碑が立っています。
    利休は、大阪の堺に生まれ茶の湯に親しんでいましたが、後に織田信長や豊臣秀吉に仕え、京都には秀吉の茶頭として住んでいたという。

    後に、秀吉に切腹を命じられ、自害した場所が「晴明井」の近くだったとか。

  • 清明公について、一つ面白い話がありました。<br />彼は摂津国阿倍野(現:大阪阿倍野)で生まれ育ったそう。阿倍野にいた晴明が、どうやって京へ上り、陰陽師になったのか?? 「e京都ねっと」によると、<br /><br />「晴明が、まだ父と一緒に阿倍野に暮らしていた頃、神社の祭礼に行く途中、<br />子供たちが一匹の白い蛇をいじめているのを見つけます。彼が、蛇を助けてあげると、その蛇は、竜宮の乙姫の化身でした。<br />助けてもらったお礼に晴明は、竜宮に招待されます。乙姫から感謝の気持ちとして、竜宮の秘宝「竜宮の秘符」と「青眼」を土産にもらい、鳥薬(うやく)を耳に塗ってもらいました。<br />竜宮からもとの世界へ戻った晴明は、目と耳に入れた「青眼」のおかげで、人間の過去、未来や鳥獣の声が理解できるようになっていました」<br />晴明公は、土産にもらった「青眼」のおかげで、陰陽師としての能力を授けられ、鳥たちの会話を聞いて、天皇が思い病気にかかっていることを知り、天皇に伝えるために京へ上った」というものです。

    清明公について、一つ面白い話がありました。
    彼は摂津国阿倍野(現:大阪阿倍野)で生まれ育ったそう。阿倍野にいた晴明が、どうやって京へ上り、陰陽師になったのか?? 「e京都ねっと」によると、

    「晴明が、まだ父と一緒に阿倍野に暮らしていた頃、神社の祭礼に行く途中、
    子供たちが一匹の白い蛇をいじめているのを見つけます。彼が、蛇を助けてあげると、その蛇は、竜宮の乙姫の化身でした。
    助けてもらったお礼に晴明は、竜宮に招待されます。乙姫から感謝の気持ちとして、竜宮の秘宝「竜宮の秘符」と「青眼」を土産にもらい、鳥薬(うやく)を耳に塗ってもらいました。
    竜宮からもとの世界へ戻った晴明は、目と耳に入れた「青眼」のおかげで、人間の過去、未来や鳥獣の声が理解できるようになっていました」
    晴明公は、土産にもらった「青眼」のおかげで、陰陽師としての能力を授けられ、鳥たちの会話を聞いて、天皇が思い病気にかかっていることを知り、天皇に伝えるために京へ上った」というものです。

  • 二の鳥居を過ぎて、すぐのところに四神門があり、その前に提灯が・・・<br />提灯にも星(五芒星)のマークが描かれています。この社紋は清明公がキキョウの花を図案化した桔梗紋の変形だとか。<br /><br />下にちょうど桔梗が可愛く咲いていました。

    二の鳥居を過ぎて、すぐのところに四神門があり、その前に提灯が・・・
    提灯にも星(五芒星)のマークが描かれています。この社紋は清明公がキキョウの花を図案化した桔梗紋の変形だとか。

    下にちょうど桔梗が可愛く咲いていました。

  • これは、四神門(しじんもん)を入ったところです。<br />晴明公が住んでいた当時、朝廷の使いなどが訪れると、この門がひとりでに開き、門から出るとまたひとりでに閉まったそうです。<br />石柱の上には・・・

    これは、四神門(しじんもん)を入ったところです。
    晴明公が住んでいた当時、朝廷の使いなどが訪れると、この門がひとりでに開き、門から出るとまたひとりでに閉まったそうです。
    石柱の上には・・・

  • 四神(東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武)が掲げられています。<br />四神は方位を守護する霊獣で、中国の天文学からきているとか・・・

    四神(東の青龍・南の朱雀・西の白虎・北の玄武)が掲げられています。
    四神は方位を守護する霊獣で、中国の天文学からきているとか・・・

  • 二の鳥居辺りから、境内奥の本殿を見通したところ。

    二の鳥居辺りから、境内奥の本殿を見通したところ。

  • 右手に手水舎とその近くに「晴明井」があります。

    右手に手水舎とその近くに「晴明井」があります。

  • 「清明井」の水は、清明の念持力によって湧き出たといわれ、飲むと悪病・難病が治ると伝えられているそうです。<br />水の湧き出るところは、上部には五芒星形が彫られていて、可動式になってます。毎年その歳の恵方を向いており、吉祥の水が得られるそうです。

    「清明井」の水は、清明の念持力によって湧き出たといわれ、飲むと悪病・難病が治ると伝えられているそうです。
    水の湧き出るところは、上部には五芒星形が彫られていて、可動式になってます。毎年その歳の恵方を向いており、吉祥の水が得られるそうです。

  • 手水舎の水盤。<br />水盤の水口には・・・

    手水舎の水盤。
    水盤の水口には・・・

  • 龍が大きな口を開けて、水を出しています。

    龍が大きな口を開けて、水を出しています。

  • 境内の一番奥に、晴明公をお祀りする本殿があります。

    境内の一番奥に、晴明公をお祀りする本殿があります。

  • 五芒星形があちこちにあしらわれています。<br />&quot;五芒星&quot;とは、頂点それぞれ、木・火・土・金・水を表し、お互い関連しあっているという。「前の性が次の性を生かし、前の性が後の性を抑制するー例えば木は火を生み、水は火を消す」という風に・・・それで、魔を封じ込める力があるのだとか。

    五芒星形があちこちにあしらわれています。
    "五芒星"とは、頂点それぞれ、木・火・土・金・水を表し、お互い関連しあっているという。「前の性が次の性を生かし、前の性が後の性を抑制するー例えば木は火を生み、水は火を消す」という風に・・・それで、魔を封じ込める力があるのだとか。

  • 本殿に向かって左に安倍晴明公の坐像があります。

    本殿に向かって左に安倍晴明公の坐像があります。

  • この清明像は、衣の下で印を結び、夜空の星を見て遠く天体を観測している様子なのだそうです。

    この清明像は、衣の下で印を結び、夜空の星を見て遠く天体を観測している様子なのだそうです。

  • 本殿の右には、古来より魔よけの果実と言われている桃のモニュメント「厄除桃」があります。<br />桃は厄除けのために撫でられるので、ピカピカになっています。

    本殿の右には、古来より魔よけの果実と言われている桃のモニュメント「厄除桃」があります。
    桃は厄除けのために撫でられるので、ピカピカになっています。

  • 本殿北側には、お稲荷さまの他2柱(天満社・地主社)の神様が祀られるお社、【齋稲荷社】があります。

    本殿北側には、お稲荷さまの他2柱(天満社・地主社)の神様が祀られるお社、【齋稲荷社】があります。

  • 晴明公は、お稲荷さまの生まれ変わりとする説があるとか・・・

    晴明公は、お稲荷さまの生まれ変わりとする説があるとか・・・

  • ここにも五芒星形がありました。

    ここにも五芒星形がありました。

  • 近くに、樹齢約300年の御神木のクスノキが立っています。その太い幹にはしめ縄が掛けられていて、見ていると、次々と幹を抱くようにして、パワーをもらっている人がいます。

    近くに、樹齢約300年の御神木のクスノキが立っています。その太い幹にはしめ縄が掛けられていて、見ていると、次々と幹を抱くようにして、パワーをもらっている人がいます。

  • 「晴明桔梗」のモチーフでもある桔梗。<br />神社の境内には、その桔梗が咲く「桔梗苑」があります。

    「晴明桔梗」のモチーフでもある桔梗。
    神社の境内には、その桔梗が咲く「桔梗苑」があります。

  • 高貴な紫色の桔梗が寄り添って咲いています。

    高貴な紫色の桔梗が寄り添って咲いています。

  • その後ろには、数多くある晴明公の伝説の中から、代表的な10の逸話を紹介した顕彰板が掛けられています。<br />伝説の逸話のいくつかは、次のサイトで紹介されています。<br />ウェブサイト:http://www.e-kyoto.net/rekisi/135

    その後ろには、数多くある晴明公の伝説の中から、代表的な10の逸話を紹介した顕彰板が掛けられています。
    伝説の逸話のいくつかは、次のサイトで紹介されています。
    ウェブサイト:http://www.e-kyoto.net/rekisi/135

  • 清明神社は、魔除け、厄除け、病気平癒、火除け、方除けなどのご利益があるということで、それぞれのお願いにより御札やお守りがあります。<br /><br />また、私は鈍感であまり感じませんが、境内は強力なパワーに満ちあふれていると言われています。<br />パワーが欲しい方やご利益に与りたい方は是非訪ねてみてください。

    清明神社は、魔除け、厄除け、病気平癒、火除け、方除けなどのご利益があるということで、それぞれのお願いにより御札やお守りがあります。

    また、私は鈍感であまり感じませんが、境内は強力なパワーに満ちあふれていると言われています。
    パワーが欲しい方やご利益に与りたい方は是非訪ねてみてください。

  • 西陣は京都でメジャーな観光スポットではないですが、いろいろ興味深い見どころがあり、路地裏散歩はとても楽しめると思いました(^^♪<br /><br />京都は、何度訪れても毎回いろんな発見がある、魅力あふれる古都ですね。

    西陣は京都でメジャーな観光スポットではないですが、いろいろ興味深い見どころがあり、路地裏散歩はとても楽しめると思いました(^^♪

    京都は、何度訪れても毎回いろんな発見がある、魅力あふれる古都ですね。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • コクリコさん 2014/11/09 17:11:33
    たんきり飴って懐かしい
    こんにちは!

    西陣〜清明神社歩き楽しませていただきました。
    akikoさんはふらっと行けるから良いですね!

    数年前清明神社に行ったら拝観が6時までだったらしく参拝できませんでした。
    境内はどんなだろう〜と残念でしたがakikoさんの旅行記で見られて良かったです!
    私が行った時はあたりは暗く式神がひょっこり出てきても不思議ではない位で
    そんな雰囲気がワクワク、ザワザワ面白かったです。

    たんきり飴って実家に近い東京の谷中の有名なお店(谷中でだけ有名^^;)でも売っています。時々買うわよ〜
    「たんきり飴」という名前がそもそも古くって笑っちゃうけどお婆ちゃんが懐かしくなる名前です。
    谷中の店は古い匂いがして昭和30年代の佇まい、とは言え創業から90年くらいなので西陣のお店より新しいわね。

    来年の京都歩きでは西陣方面には行きませんが、京都の雰囲気だけでも味あわせていただきました!

    akiko

    akikoさん からの返信 2014/11/09 21:27:57
    RE: たんきり飴って懐かしい
    コクリコさん、 こんにちは!

    訪問ありがとうございます。

    > 数年前清明神社に行ったら拝観が6時までだったらしく参拝できませんでした。

    せっかく行かれたのに、中に入れなくて残念でしたね。せめて7時くらいまで開けておいて欲しいですよね。

    > 境内はどんなだろう〜と残念でしたがakikoさんの旅行記で見られて良かったです!
    > 私が行った時はあたりは暗く式神がひょっこり出てきても不思議ではない位で
    > そんな雰囲気がワクワク、ザワザワ面白かったです。

    やはり、そんな雰囲気でしたか?式神は人を選ぶのですよ(^_-)-☆ いつもユーモアに溢れたコクリコさんに興味を持ち、一条戻り橋の下から、どれどれ〜って見に出てきていたに違いありません!間違いない!!

    > たんきり飴って実家に近い東京の谷中の有名なお店(谷中でだけ有名^^;)でも売っています。時々買うわよ〜

    そうなんですね?私は飴は買わず、ピーナッツを飴で固めたようなお菓子を買いました。昔ながらの製法で作られた飴も捨てがたかったです。

    > 来年の京都歩きでは西陣方面には行きませんが、京都の雰囲気だけでも味あわせていただきました!

    来年、京都にいらっしゃるのですね。情報収集などで、できることがあればお知らせくださいね!

    akiko
  • maggiさん 2014/11/03 23:43:29
    ☆清明神社☆
    清明神社とても静かですね。
    私が行ったときは、人が多くてどこを撮っても人が入ってしまって
    もういいや〜となった程です。

    2年ぐらい前の事です。
    私たち8人ほどでいった記憶がるのですが
    その時、式神に会いました。

    バスを降りて、清明神社に向かい横断歩道を渡ったとき
    向こうから、60overのおばさまが突然、☆Дшя§Åと話しかけてきたのやら、ただ独り言やったのか・・・

    その方が橋のたもとの式神にそっくりで。。。
    5秒ぐらいは、みんな黙っていたのですが
    横断歩道を渡り切った所で大爆笑になってしまいました。

    横断歩道を渡り切った所で振り返ったら
    いませんでしたよ〜。足がすごく早かったみたいで・・・
    京都は、いろんな楽しみがあって何度行っても飽きませんね。

    akiko

    akikoさん からの返信 2014/11/04 22:06:19
    RE: ☆清明神社☆
    maggiさん

    コメントありがとうございます♪

    > 清明神社とても静かですね。

    私が行ったのは朝一番だったから、人が少なかったのかな?人がいっぱいだと写真を撮る気が失せますよね。ラッキーでした。

    > 2年ぐらい前の事です。
    > 私たち8人ほどでいった記憶がるのですが
    > その時、式神に会いました。

    ええっ〜、と思ったら・・・

    > バスを降りて、清明神社に向かい横断歩道を渡ったとき
    > 向こうから、60overのおばさまが突然、☆Дшя§Åと話しかけてきたのやら、ただ独り言やったのか・・・

    そういうことだったのですね〜〜(笑)

    > その方が橋のたもとの式神にそっくりで。。。
    > 5秒ぐらいは、みんな黙っていたのですが
    > 横断歩道を渡り切った所で大爆笑になってしまいました。

    目に見えるようです〜 きっと相当インパクトが強い方だったんでしょう・・・

    > 横断歩道を渡り切った所で振り返ったら
    > いませんでしたよ〜。足がすごく早かったみたいで・・・

    60過ぎの方ですよね? いずこへ〜? やはり超能力をお持ちなのでは?? 

    > 京都は、いろんな楽しみがあって何度行っても飽きませんね。

    本当に!歴史が古いので、昔ながらの風習やしきたりを知るのも面白いですし、四季折々の美しさがあるので、訪ねるのがとても楽しいです♪

    akiko

  • ウェンディさん 2014/11/01 16:48:48
    式神のイメージが…。
    akikoさん こんにちは。

    晴明神社の旅行記、興味深く拝見しました。
    実は私も、阿倍晴明、蘆屋道灌等にかなり興味を持っていて、読んだ書籍も数知れず…という状況で、晴明神社は興味があるところす。
    行きたいな…と思っているうちに、主人と娘の二人旅(私がヨルダンに行っている最中に二人旅で京都に行き、晴明神社へとかけたそうです)に先を越され、まだ実現していません。

    一条戻り橋…なんて単語を訊くと、即座に式神!と対語の様に出てきてしまいます。

    それにしても式神が湯ばーばみたいなお姿をしていたとは知りませんでした。
    私の勝手なイメージ映像では、小さな鬼の姿だったのですが…。

    akiko

    akikoさん からの返信 2014/11/01 23:02:51
    RE: 式神のイメージが…。
    wendyさん、こんにちは。

    wendyさんも安倍晴明に興味がおありだったのですね!
    私はそれほど詳しくはないのですが、陰陽師として清明さんは、災難を予知したり、呪文を唱えて災厄などを防いだり、運勢や方位の吉凶を占ったりして、当時の世の中を実質動かすほどの影響力があったんですよね。蘆屋道満とはライバル関係にあったそうですね。
    今回、清明神社を訪ねてみて、以前よりもっと知りたいという思いが膨らんできました。今度また陰陽師の本を読んだり映画でも見てみようかなって思っています。

    > 一条戻り橋…なんて単語を訊くと、即座に式神!と対語の様に出てきてしまいます。
    > それにしても式神が湯ばーばみたいなお姿をしていたとは知りませんでした。
    > 私の勝手なイメージ映像では、小さな鬼の姿だったのですが…。

    私も式神の石像を見て??でした。式神の姿はwendyさんのイメージのほうが正しいのかも。wikipediaに式神の姿が描かれていました。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/式神#mediaviewer/File:Fudo-Rieki-Engi_01.jpg
    「祭壇を構えて2匹の式神(右下)を従えた陰陽師・安倍晴明(右中央)が、姿を現した物の怪ども(左上)と対峙しつつ病身身代わりの祈祷を行っている場面」だそうですが、これを見る限り、湯ばー婆とは違いますね!

    wendyさんがヨルダンに行かれている時にご主人とお嬢ちゃんが清明神社に来られたそうですね。当分行かれることはなさそうですが、次回京都をに来られることがあれば、wendyさんも訪ねてみてくださいね。1時間もあれば十分隅から隅まで見ることできると思いますので(^_-)-☆

    旅行記見ていただいてありがとうございました♪
    akiko
  • こあひるさん 2014/10/29 23:12:08
    地図付きでわかりやすい〜!
    akikoさん、こんばんは。

    京都は、訪れたいと思っても、なかなか意を決して行くことができない場所。

    いざ行くとなったら、広すぎ・・・見どころ多すぎて・・・頭がパニックになってしまいそうで・・・。

    清明神社は、なかなか神秘的でいろいろなエピソードがあって、面白そうですね。

    全く地理感がない京都・・・地図をつけていただいて、とってもわかりやすく、いつかほんとに京都を訪れる時に参考になりそうでうれしいです。

    こあひる

    akiko

    akikoさん からの返信 2014/10/30 23:56:01
    RE: 地図付きでわかりやすい〜!
    こあひるさん、こんばんは〜♪

    > 京都は、訪れたいと思っても、なかなか意を決して行くことができない場所。
    > いざ行くとなったら、広すぎ・・・見どころ多すぎて・・・頭がパニックになってしまいそうで・

    確かに京都は見どころが多くて、どこに行こうか迷いますよね。でもそんなことはおっしゃらずに、京都だけでなく、大阪や奈良にも来てください♪ 
    特に京都は四季折々いろんなイベントがありますし、寺社の特別公開が毎月のように行われています。例えば、私が好きな情報誌「京ごよみ」が次のサイトで毎月PDF版がダウンロードできますので、よかったら、ちらっとのぞいてみてくださいね。 
    http://www.kyokanko.or.jp/kyogoyomi/11november/event-11november>

    > 清明神社は、なかなか神秘的でいろいろなエピソードがあって、面白そうですね。

    平安時代に幅を利かせた陰陽師(道)に興味があり、前から行きたいと思っていたんです。昔は広大な境内だったようですが、今はかなりコンパクトな境内で短時間で全体を回れます。パワースポットとなっていて、歴史やエピソードを知るととても面白いと思います。

    こあひるさん、関西にもいらっしゃいませ〜〜(^_-)-☆

    akiko

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