2014/05/19 - 2014/05/26
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さんしぇさん
今日から、お一人様であと1週間過ごします。
5月19日(月)セーヴル陶磁器美術館 ライ=レ=ローズ薔薇園
5月20日(火)ルーヴシエンヌ ドニ美術館
5月21日(水)ルーヴシエンヌ再び
5月22日(木)そうだ、オルセー行こう
5月23日(金)ポントワーズ
5月24日(土)行こうか、サン・マメ・・結局は
5月25日(日)BIOマルシェ 夜帰国
5月26日(月)
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
-
さて、妹ちいちゃんが帰国して、“独身”に戻った途端、名所無き地味路線
突入です。
今日のメニューは、セーヴル国立陶磁器美術館でピカソの陶器特別展最終日に
飛び込み、その後季節のバラを見に郊外へ出掛けます。
ところで、週が明けて巷は平常運転、お隣の小学校への通学のサポートに今朝も
1時間ほど日本で言うところの“緑のおばさん”が立ってくれています。 -
先年滞在の際に見かけた女性から黒人女性にバトンタッチしました。
子供達ばかりでなく、通学時間帯に動く大人にも横断補助をしておられます。
この方、その都度車の前に身を乗り出すように文字通り身を挺して、生真面目と
言うか二心無いといったら言いか、お仕事ぶりにとても誠意があるのです。
ところが、通りかかる父兄方、不思議なほどに朝の挨拶の言葉や感謝の言葉を
言われません。
ここら辺の事情、良く判らない私が詮索しても詮無いのですが、やはり有色人種
への偏見なんでしょうかしら。
同じ有色人種な私、仏人から人種差別的な振る舞いをされた事は無いとは言えず
これは受けた身でなければ判らない。
なので、私も何度かヘルプして頂く毎に、せめてもの気持を乗せて「メルシー、
マダム。」と丁寧にお礼を言うよう心がけていました。
差別視含め、今滞在牛中不快感を味わう事態がちいちゃんに降り掛からず済んで
今更に良かったと思いました。 -
さて、セーヴル美術館へはメトロの他に、今から行くトラムと言う手段もあります。
至近の21番バスを終点で降り、先日、ヴァンヴ蚤の市へ使ったと同じT3トラムで
終点まで乗ります。 -
終点ガリアーノ橋駅。
右手に少し覗いているのが、これから乗り換えるT2線。 -
入り口すぐに、Navigoパスの読み取り機、続いてカルネなどの単券打刻機。
バスと同じ形式です。 -
セーヴル美術館駅に降り立ちました。
先ほどのT3号線は車道と同じフラットな面を走っていたのに比べ、こちら2号線は
従来の電車線をそのまま使ってるんですね。
向こうの由緒ありげな建物は、トラムの前身だった郊外電車時代の駅舎とか。 -
こちら、先回画像。
こうして一旦上に浮上して、線路とこの界隈交錯する車道の上を行く方が安全。
因みに、線路を跨いで下からアクセスする方法もあり。
ショートカットできるものの、往来の激しい車道を横断するリスクがあって
敢えてはお勧めしません。 -
標識などもあって、ここ美術館までのアクセスはとても容易です。
セーブル国立陶磁器美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
そして、正門。
入り口前で行く手を遮るように睥睨するかのこのお方が、ルネサンス期活躍した
陶工のベルナール・パリシー氏。
仏陶芸の祖。
日本で言えば桃山文化花咲く頃、千利休活躍の時代です。
利休さんが、茶に留まらず周辺の作陶や造園にも造詣が深かったと同じく、パリシー氏、
ルネサンス時代の造園に室内装飾、更に水道の建設、挙句、城塞都市構想にも。
“つくる”分野のあらゆる事に手を染め己の血肉としたようです。 -
今日はまずは、特別展のこちら“陶芸家ピカソと地中海”展、最終日に間に合いました。
特別展は撮影厳禁なので、以降の画像は頂いたパンフやお借りしたものです。
ピカソが60歳も過ぎた頃、南仏で出会った作陶に虜になりやがて新しい伴侶と共に
南仏ヴァロリスに移り住みます。
そして、その地の陶芸家のラミエ夫妻の主宰するマドゥーラ工房、ここでピカソは
4000点もの制作をしました。
ヴァロリスは、古くから食器や料理器具、さらに瓦、レンガなど、住まいの焼き物が
主に焼かれ、そこへピカソならではの装飾やデフォルメを施して、アート作品として
結実させました。 -
「雄牛と髭の生えた太陽の描かれたスペイン風の皿」1959
雄牛には凶暴さと共に暗さがあると言ったピカソ、ここでは一皿の中に
明と暗を盛り込んだのかどうか。 -
「女性の顔」1945
このお皿は、実は2枚を繋いだもの。
これは、時に工房の床に散らばる陶器の破片や窯焼きに失敗した陶器などを、
ピカソの手に拠って言わばリサイクルされて、オリジナリティ溢れるアートへと
生まれ変わらせた一つです。 -
「闘牛―槍のシーンが描かれた楕円皿」1951年
ピカソにとって重要なテーマだった闘牛、陶器だけでなく絵画や版画作品にも見られた
と言うこのテーマ、ピカソの出身地であるスペインの伝統へのノスタルジーがぎゅっと。
お皿の形を巧妙に利用したこの楕円形の作品、皿の縁の部分には闘牛場の日向と
日陰の観客席が描かれています。
“日陰で牛を仕留める”という闘牛の伝統的なテクニックが表現されているそうです。 -
「女性の顔(表)と男性の顔(裏)が描かれた栗用のポエロン鍋」1950
ヴァロリスなど南仏で使われると言う、栗を煎るんでしょうか、鍋を転用した作品。
柄を持って顔の前にかざせば、古代演劇のマスクの様、だそうです。
飄々とした味わいがありました。
同じくヴァロリス工房で作られていた瓶のフォルムを利用したものがこちら。 -
「手を組んだ女性」「瓶のフォルムを利用した白いタナグラ人形」「女性の顔」
ろくろで成形作業中の職人の手を途中で止め、土が柔らかい状態で瓶を女性像に
デフォルメして、タナグラと言われる古代のテラコッタで作られた人形を模した
作品群をつくりました。
ドレスの波打つ様子が巧みで、女性の腰のラインなど艶めいて惚れ惚れしました。 -
「虫」「ファウヌス(牧神)の頭上のふくろう」
この展覧会のテーマに“地中海”とあるのは、フォルムや色、モティーフに、
古代ギリシアやエトルリアなど、地中海沿岸の影響が頻繁に見られるが為。
さきほどのタナグラ人形もそうした影響がうかがわれます。 -
「牧神の描かれた長皿」1947
牧神ファウヌス、ローマ神話に出てくるファウヌスも、ピカソの重要な陶器のモティーフ。
半身半獣の神は、多産の象徴でもあり、ピカソにとっては官能的なテーマだったとか。
描かれているファウヌスの顔は、子どもの顔、若い男の顔、また老人の顔と様々で
殊に老人の顔は、ピカソの自画像と言われているそうです。
当時60歳を過ぎていたピカソには、年の離れた若い妻と小さな子どもたちが。
ここには、老いて尚、異性を魅惑し続けるというピカソの人生の理想が垣間見られます。
かつてピカソ美術館などで観た絵画には圧倒されるばかりでしたが、こうした3次元的な
陶器は、しっくり素直に面白さを感じました。
ピカソの天真爛漫さを受け止めるのに、大らかな陶器はぴったりだとも思いました。
マドゥーラ工房は既に2008年に閉鎖され、ピカソ作品のエディション版(石膏などで
型を取り、複数制作したもの)の母型などが、一時的にですがこのセーヴル美へと寄託
されました。 -
その母型のユニークな展示方法というのが、こちら。
収蔵庫を思わせる雰囲気で、作品の見やすさに固執せずに、セーヴルに寄託された
すべてのピカソの母型を展示することに配慮したそうです。 -
「踊り子たちの壺、あるいはバッカス祭」1950年
-
石膏型(ジャクリーヌの肖像)
-
ピカソの最後の妻、ピカソを看取りやがてピストル自殺で果ててしまう彼女の美しい
プロフィル。 -
-
さて、特別展に続いて常設展へ。
ここの同じ敷地内では今もセーヴル焼きを造ると共に、常設展に大きな場を割いて
世界中の陶磁器と一堂に会する機会を訪れる人に提供しています。 -
次回へ。
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