2014/05/20 - 2014/05/20
6位(同エリア29件中)
さんしぇさん
ルーヴシエンヌの絵画の現場巡りの残りは明日へ延べる事にして、マルリ公園の後は
バスで1本、終点のサン=ジェルマン=アン=レイにやって来ました。
この街にある美術館、ナビ派の旗手モーリス・ドニ始め、ナビ派諸氏が一堂に会す
「モーリス・ドニ美術館」へ向います。
9日目③のメニューは。
・広大な遺構の後は、親密なる個人の美術館へ
・まずは緑に染まりそうなお庭で
・ドニ、愛する家族と共に
・ナビ派の仲間たち
・ドームのガラス器
・ブールデル再び
・礼拝堂
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
-
バスを終点のサンジェルマン=アン=レイで降りて、観光局のある通りを真っ直ぐ行く事
10分程でしょうか、商店などの途絶えた辺りのここには、壁にドニの名前があります。モーリス ドニ プリウレ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
-
モーリス・ドニ美術館/庭、とあります。
美術館はもちろん、お庭が素晴らしいそうです。 -
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このドニのアトリエまで、迷うことなくやって来ます。
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多くのお弟子や友人を迎え、時に芸術活動の場として提供もされたとか。
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お庭独り占め。
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勾配を生かして、3つの異なった表情が見られます。
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ロダンのお弟子、ブールデルの作品が点在していると聞きましたが、これそうかしら。
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ポーランドの詩人、ミツキェヴィチのモニュメント「叙事詩」
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セーヌ河畔、アルマ橋の近くにあるこの丈高い碑の半ばから、身を乗り出さんばかりに
しています。
叙事詩への理解が足りず、来歴に付いて調べが及びませんが、剣を手に今や振り下ろそう
と言う凛々しい女性、美しい像ですね。
因みにミツキェヴィチ、同国のショパンが彼の詩にインスパイアされて、4曲ある
「バラード」を作曲しています。 -
蔦の装いも味のあるこの邸宅は、そもそもはルイ14世の寵愛を欲しい侭にしたモンテスパン
侯爵夫人が、貧民の為の施療院を建てさせたが始まり。
200年も後の1914年にドニが買い入れ「ル・プリウレ 小修道院」と呼んで、その頃は
荒んでしまっていた苑内を心血注ぎ修復したのだとか。
因みに、建築を請け負ったのがオーギュスト・ペレ。
同時期前後してシャンゼリゼ劇場を建て、やがて第2次大戦中のノルマンディ上陸作戦に
よって破壊された、北西ル・アーヴルの街ぐるみの再建に携わる大仕事を成した方。
こちらはその都市計画が評価され、後に世界遺産になっています。 -
「瀕死のケンタウロス」
さて、ここに首が折れんばかりに苦悶しているのが、かの勇猛野蛮なケンタウロス族の中で
智慧を誇るケイロン、今しも膝を射抜かれてしまい、安らかな死こそが彼の望むところ。
しかし不死身に生まれついた彼は、ゼウス神に死を乞い願います。
そしてケイロンの願いを聞き入れ、死を迎えた彼を悼んだゼウスは、ケイロンを“射て座”の
星座としたそうです。
その彼に矢を射た張本人が。 -
「弓を引くヘラクレス」
もともとは親交有った二人が騒動に巻き込まれ、射こんだ矢が運悪くケイロンに命中してしまう。
悪い事に、この矢には相手を絶命させずにおかない毒が塗りこまれ、それによってケイロンに
死ぬに死ねない塗炭の苦しみが襲った。
と、そんな物語がここに進行していたのでした。
もう一つ、苦悶の表情を浮かべるのがこのお方。 -
「La Colonne Roland ロランの円柱]
ベートーヴェンを学ぶ際に、多くが出会うのがこのお顔ではないでしょうか。
ロランとは何ぞやと探した末、ベートーヴェンについての著書のあるロマン・ロランに
思い至ったのですが、さだかではありません。(Roland Rolland でスペルが微妙に違うし。)
折からの雨脚が強くなって残念、他にも聖母の像など見所があるようでしたが、この後は
急ぎ館内に。 -
「Le Bateau 船」と題された絵がお出迎え、まるでこの船に乗って、ドニの海に漕ぎ出して
行くかのようで。 -
かつての施療院の風情を今に残して石造りが味ある中、居わすは。
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モーリス・ドニ 1910、40歳の頃のドニ氏その人。
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“Les Nabis ナビ派”の理論的旗頭。
旧約聖書の“預言者”を意味するナビと称するほどに、一派にはカトリックの信奉者が多く、
ドニ自身も邸内に礼拝堂を置くなど、画業の多くに信仰に触れたものが見られます。 -
自画像。
邸宅前で描くドニ51歳、背景には3人の子供達と前後2名の妻たちの日常が、ぎゅっ、と。 -
「人生の道」1895
館内と礼拝堂には、こうしたステンドグラスが数点あって、ドニが作図をし制作を依頼しました。
この十字の横木が2本亘る特異な形を、ロレーヌ十字と言うそうです。
古くは十字軍、他にジャンヌ・ダルクが紋章に使ったり、仏愛国心を表すシンボルとか。 -
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25歳(!)の頃の作。
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ホールに入れば大きな作品、「L'schelle dans le Feuillage 木の葉に埋もれたはしご」1892
この画像では切れてしまってますが、左手の窓にもさっきのロレーヌ十字を桟として用いて
いたのに最近気付きました。 -
今しがたまで、子供達が思い思いに描いていました。
フランスの美術館は、子供への啓蒙活動がとても盛んですね。
少人数が、学芸員とおぼしいスタッフを囲んで座り込んでレクチャーを受けるのを
よく見かけます。 -
「Le Mystere Catholique カトリックの秘蹟」1889
これ、つい先日見てるなぁと、思わず近くにいたスタッフ氏にお尋ねしたところ、同じテーマで
6点あるそうなんです。 -
これは、過日名古屋で観た「印象派を越えて展」での1991制作のクレーラー=
ミューラー美所蔵のもの。
共に、聖母マリアに見立てたシスターが青をまとい(この場合はローブではなくて
椅子?)清純を表す百合の花が置かれ、今しがた迄灯っていた蝋燭の灯が消え、
ただ今胎内に宿りました、の受胎告知のお約束が描かれています。
見ると、大天使ガブリエルは、ここでは司教さまでしょうか。 -
「Saintes femmes au tombeau キリストの墓を訪れる聖女たち」1894
肉薄で不思議に平板なドニならではの筆法が静寂感をかもし出して、こうした宗教作品に
とても相応しいと思いました。 -
「Triptyque de la vallée du Ru de Buzot 三連聖壇画」1890
Ru de Buzot という場所は、美術館から西へ1km程の小さな川沿いにあります。
地域に何か聖なる雰囲気を感じたんでしょうか。 -
そして7枚の大きな連作、それが「聖ユベールの伝説」
上段左から右へ
1.出発
2.犬を放つ
3.僥倖
下段
4.奇跡
5.過ち
6.地獄の狩 -
7.隠者の住まいへの到着
狩猟にご執心のユベール、復活祭の聖金曜日であることも忘れて狩りに出かけてしまう。
やがて狩の最なか、森の中で奇妙な鹿を見つける。
角の間に十字架を頂く鹿は、森を白く照らすほどの輝きを見せた。
一同、追いに追っても遂に捕らえる事叶わず。
そこへ、「こんなことをしていていいのか。」と、天の声を聞き改心、やがて聖人へ。 -
こちらはサイトからお借りした画像ですが、大きさの程ご覧頂けますでしょうか。
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ここまでドニの画業二本柱の内の一つ、宗教絵画を見てきました。
続いて彼のもう一つの画業である家族画から幾つか。
「婚約者マルトの三重肖像」1892
冒頭、“三重”の訳でいいのかどうか、フィアンセ時代のマルトを三方向から同時に
描き上げる手法で、馥郁とした穏やかな人となりが立ち上るようです。 -
「庭でのデザート/たそがれの時のマルテとドニの肖像」1897
何気ない家庭の一シーン、宗教作品に共通する静けさがここにもあって、とても心惹かれます。 -
「マルトの肖像」1898
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ドニ 1899
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「裁縫のおけいこ」1903
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「ペロス・ギレックの海辺」
季節にはこの別荘に家族でやってきては、作品を描きました。 -
「ボネ・ルージュの浜辺」1909
ぺロス・ギレックもそうですが、浜辺で描いた作品群は明度がぐっと増して、同じドニの
引き出しの多さが窺われます。 -
家族から離れ、異色の作品。
「アヴィラの光景」1905
今や世界遺産指定のスペインの“城壁と聖人の街”、印象深い作品です。 -
ジャポニスムあれこれ。
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「サン=ジェルマン=アン=レイのテラスのファランドール」
ファランドール(プロヴァンス地方の踊り)に興じるのは恋人たちかしら。 -
ジャポニスムに美を見出した面々は扇面の形を好み、多くを描いたそうです。
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「運河」描き人知らず
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ゴーギャンのコーナーでは、彼使用のパレットやらベルトやら。
何故にゴーギャンかと後日調べたところ、そもそもナビ派の出発点にゴーギャンがおりました。
と言うのは、彼に指導を受けたポール・セリュジエ、当時ブルターニュのポン・タヴァンに居た
ゴーギャンの強烈な色彩世界に圧倒された彼は、さっそくアカデミックな仲間にそれを伝えます。
曰く「赤みがかった木には真っ赤を、青なら最も美しい青を。」
アカデミー絵画の住人だったセリュジエの驚天動地ぶりは、如何ばかりだったのやら。 -
こちらが、そのゴーギャン。
-
参考までに、オルセー所蔵の「タリスマン 護符(ポンタヴァンの愛の森、とも)」1888
早速同年ゴーギャン指導の許に、この作品をものしてしまうセリュジエも素晴らしい。
やがてナビ派を語る仲間内で、この作品は“護符”扱いされてたらしく、そこからの命名ですね。
ナビ派のシンボルと言ったところでしょうか。 -
Paul Serusier「ルイーズ/ブルターニュの小間使い」1890
同館にセリュジエ作品は少なからずあったのだけれど、画像に残したのはこの1点だけ。
ブルターニュの装束も手伝って、ゴーギャンと見紛う作品。
ナビ派の周辺の画家諸氏をもう少し。 -
エドゥアール・ヴュィヤール「レタンの街の庭」1908
-
「プロセルピナの略奪」ケル=グザヴィエ・ルーセル
ギリシア神話の一場面。
この色遣いがなかなかに強烈で、何処で見たかと思ったらこれもプーシキン美術館展。
濃いんだけれど、一筆がべったりと言うよりも細やかで短いせいか、とても軽みがあって
いいなぁと思う。 -
「火の周りの魔女たち」1891 ポール・ランソン
マティス?と思ってしまった、ちっとも切り絵ではないのに。
二人、どこかで接点は無いもんかと調べたら、同じアカデミー・ジュリアンで学んでました。
(もっともマティスが籍を置いたのは、たったの1年だけ。)
ついでに、このナビ派を輩出したジュリアンなるもの、もともとは公立美大とも言える
ボーザールへの美術予備校だったとか。
面白いのは女性を受け入れた事、そして外国人も。
お陰で日本からは高村光太郎、梅原龍三郎、安井曽太郎のお歴々がここで学びました。 -
「雨の中、ボルドー橋の人々」1893 シャルル・ラコスト
画面全体を覆う、もやったような湿潤感。 -
「森の女性たち」1907
驚く無かれこれがモンドリアン、ナビ派との直接の接点は見当たらないものの、ドニとは僅か
2年違いの同世代の画家が、信奉するものによっていかに異なった作風を得るかが面白いです。
オランダ生まれの彼は、この作品の後39歳でパリに出て、ピカソのキュービスムに心酔し、
やがてあの垂直水平の線、三原色と白黒の抽象主義へと移っていきます。 -
「異国の花」1910 ルドン
セルジエと同じくそもそもは象徴主義の画家、ナビ派の導き手となるルドン作品も数点。 -
絵画の他にも美しい数々。
ドーム工房の花瓶あれこれ。 -
先ほどのグザヴィエ・ルーセルの青い染付け。
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個人の邸宅と言うには広大なドニ美術館、又の名ル・プリウレ(小修道院)美術館を
上に下に、又上に。
ふと見下ろせば、あのヘラクレスが居りました。
屋内に目を戻せば、同じブールデル作の・・。 -
「首のあるアポロンの頭部」
-
「プチ・サッフォー」
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そして、祈りへと誘われるように素晴らしいステンドグラスの空間に出ました。
何とか言う男爵のお宅を飾った、「フローランスの寺院での聖母の奉献」の場面 1898
ドニの敬虔な作画が生かされた、とても美しい三服対。 -
その同じ場に、ドニ描く磔刑のキリスト。
-
「サクレ・クール」1916
聖なる心臓にそっと寄り添うのはどちらのマリア様でしょうか、何とも切ない、でも
ここに至って憩いを感じるのは気のせいかしら。 -
かれこれ上階にやって来ていて、覗いてみればそこは礼拝堂を見下ろすバルコン。
-
正面には、聖母子のステンドグラス。
中央に、聖母子。
上部は受胎告知の場面、そして下の部分は失楽園でしょうか。 -
下階に降ります。
礼拝堂入り口の扉には「プリウレのノートルダム(聖母)」とありました。 -
扉を開ければ、何とも心鎮め心温め心潤い心憩う空間に包み込まれるよう。
左の上部が、さっき見下ろしたバルコニーです。
この日、前からのお客さんが帰るのと交代するかのように入館した私は、時折降る雨が
幸いしたか、以後、他のどなたとも出会わない貸切のような見学をさせて頂いていましたが、
ここでも独り占め、う〜ん幸せ。 -
三つの場面、下から降誕、最後の晩餐、磔刑。
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ステンドグラスの中には、ドニ氏も。
-
目を天井に移しますと。
淡い青色が、とても優しい。 -
三聖女さま。
-
何の場面でしょう、青い聖母さまと、赤いのは?
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壁のぐるりを彩るのが、死への宣告を受けたイエスキリストが、ゴルゴダの丘を行き、やがて
磔刑、降架、復活に至る16の場面に描いた作品群。 -
-
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青の濃淡で描かれた壁絵。
前出のペレやステンドグラスの職人、仲間の画家たちの多くの手によって、ドニのそして
ナビ派の望む美のありったけを盛り込んだと言う礼拝堂は、祈りの場であり美の記念碑的な
意味合いもあるのでしょう。
因みに、このサンジェルマン=アン=レイの手前、ル・ヴェジネの街には、依頼されて
ドニが内装を手がけた“聖マルグリート教会”があります。 -
開閉は不可ですが、外はアトリエ近く。
この扉の外側から描いた作品がこちら。 -
「ル・プリウレの礼拝堂前の聖体拝領する人々」1917 ドニ
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しっとりした異空間もここまで。
階段を上がれば、外界へ。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- コクリコさん 2014/10/27 16:00:49
- モーリス・ドニ美術館
- さんしぇさん、
こちらにもお邪魔むします。
モーリス・ドニ美術館に行ったのはかなり前で写真も少ししか撮っていなかったので、こんな作品あんな作品もあったんだ〜とあらためて思いました。
写真しっかり撮っていないとほとんど忘れてしまいます(私だけ?)
でもドニ美術館のほとんど一人占め状態や居心地の良さはしっかり覚えています。
「カトリックの秘蹟」は6点あるのですね!
私も2,3年前だったか日本で『モーリス・ドニ美術展』で絵葉書買いました。
その美術展はドニの家族をテーマにした絵を集めた美術展でした。
ポーランドの詩人、ミツキェヴィチのモニュメント「叙事詩」が正しい名前なのですね。
私、ブールデル美術館に行った時の旅行記ではちゃんとメモしていなかったので
「ポーランドの独立に関する彫刻らしい・・・」なんてコメント書いてしまいました〜(これもかなり前の旅行記なので写真が少ない)。
書き直したいけれど、コメント書き直すと旅行記一番上にいっちゃうでしょ。
それが何とも恥ずかしくて、今さらトップに躍り出てもねぇ(><)
アルマ橋で私も同じ作品見ましたよ。
同じ所を歩いているのですね♪
ブールデル美術館は以前は無料で良かったのですが、3年くらい前に前を通ったら無料ではなかったような? 特別展と一緒に見るようになっていたようで残念だったのですが、現在はどうなのでしょう?
- さんしぇさん からの返信 2014/10/27 21:51:07
- RE: モーリス・ドニ美術館
- コクリコさん、こちらにもありがとうございます!
コクリコさんの記事を拝見して、行きたい!となりました。
お陰さまで訪問叶いました。
> 写真しっかり撮っていないとほとんど忘れてしまいます(私だけ?)
> でもドニ美術館のほとんど一人占め状態や居心地の良さはしっかり覚えています。
これでも全部撮り切れてないんです、時間はたっぷりあったんですが
仕舞いには疲れて来ちゃって・・。
旅の初め、体力の有り余る頃に再訪したいものです。
外界から隔てられた気持のいい空間でした、パリ市内にあったならお庭だけでも
しょっちゅう来てると思います。
> 「カトリックの秘蹟」は6点あるのですね!
> 私も2,3年前だったか日本で『モーリス・ドニ美術展』で絵葉書買いました。
> その美術展はドニの家族をテーマにした絵を集めた美術展でした。
ああ、ありましたね、残念ながら中部地区にはやって来ませんでした。
残りも比べてみたいですね〜、が、検索にちっとも掛かりません・・。
> ポーランドの詩人、ミツキェヴィチのモニュメント「叙事詩」が正しい名前なのですね。
叙事詩って、日本にはないですよね、縁遠くて自分の中で良く判らない
ままになってます。
> それが何とも恥ずかしくて、今さらトップに躍り出てもねぇ(><)
そうそう、これ何とかして欲しいシステムですよね、編集した後、素直に
新着順に戻って欲しい〜。
> ブールデル美術館は以前は無料で良かったのですが、3年くらい前に前を通ったら無料ではなかったような? 特別展と一緒に見るようになっていたようで残念だったのですが、現在はどうなのでしょう?
疎いので、サイトを眺めたんですが料金にちっとも触れてない・・、無料です
きっと。^^
さんしぇ
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