2013/11/02 - 2013/11/03
199位(同エリア632件中)
entetsuさん
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ANAのマイルが貯まったので、富山にでかけて「鮨」を食べようかと思いつき、出発。
5月に業務出張で富山に行った時、現在富山支社長の同期に連れて行ってくれた「銀八鮨」を再訪しようということに。
旅費はマイル、宿泊は格安ホテルにし、レンタカーも一日だけ借りて安く上げ、コストは「銀八鮨」に集中投下。
★引き続き高岡の「土蔵造りの街並み」を散策します。
①「銀八鮨」で富山湾の味を堪能
http://4travel.jp/travelogue/10809551
②高岡の瑞龍寺、前田利長の墓所などを観光
http://4travel.jp/travelogue/10828007
★③高岡の「土蔵造りの街並み」散策
④高岡の「千本格子の家並み」を歩き、南砺市井波の瑞泉寺観光
⑤世界遺産「五箇山」と、なんと再びの「銀八鮨」
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR高岡駅です。
新しいみたいですが、車内から写真だけ。まちなかアートは高岡市内に大小あわせて約70点 by entetsuさんまちなかアート 高岡の銅像・彫刻 美術館・博物館
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瑞龍寺側から、駅の反対側に来て、最初に行くのは「高岡大仏」です。
車は、「御旅屋駐車場」に停めます。 -
駐車場の6Fから降りてきたのは、御旅屋ポケットパークというエリア。
ん、何かあるぞ〜。
「まちなかアート」です。
これは、「伝えの扉」。 -
高岡の「過去・現在・未来」をキーワードに、鳥獣戯画から抜け出した動物達が、過去から受け継いだメッセージを携え、高岡の明日に向かって跳び上がる様子をイメージしているそうです。
まちなかアートは高岡市内に大小あわせて約70点 by entetsuさんまちなかアート 高岡の銅像・彫刻 美術館・博物館
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高岡は、慶長14年、加賀藩2代藩主前田利長によって高岡城の城下町として開かれました。
利長は、砺波郡西部金屋から7人の鋳物師を呼び寄せ、土地を与え、税を免除するなど鋳物産業を奨励し、これが、現在の金屋町の地で、高岡鋳物の始まりです。
以来、高岡の鋳物鋳造技術は、歴代の職人たちによって継承され、現在では、問屋、鋳造メーカー、加工業者など、約250社という多くの企業が高岡銅器に携わっています。
また、鋳造や彫金、着色などそれぞれに第一級の職人が多数活躍している、世界一のブロンズ鋳造のまちです。
市では、まち全体を野外美術館とし、憩いと潤いのある都市景観を創出することを目的として、市街地再開発や新たな施設整備にあわせて彫刻・アート作品が設置され続けてきており、現在では大小あわせて約70点を数えるに至っています。 -
高岡大仏に着きました。
日本三大大仏の一つ by entetsuさん高岡大仏 寺・神社・教会
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でーん。
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高岡大仏は、奈良、鎌倉と並んで日本3大仏に数えられているそうです。
今回、高岡観光を計画するまで、全く知りませんでした・・・。
もともとは木造で明治33年の高岡大火で再び焼失したことから、これを憂えた地元有志が金銅仏としての再建をこころざし、多くの市民の浄財と高岡銅器職人の協力を得て約30年の歳月を費やして1933年(昭和8年)にようやく開眼法要にこぎ着けました。総高15.85m、総重量65トンといわれ、高岡の象徴として多くの市民に愛されています。(高岡市観光協会HPより)日本三大大仏の一つ by entetsuさん高岡大仏 寺・神社・教会
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大仏殿の中です。
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これは、高岡の銅鋳物で出来たベル。
仏さんの「おりん」を逆さにしたようなもので、十二支にあわせて12個あり、それぞれ音色が違います。 -
堂内の木造仏の頭部。
迫力ありますね。 -
大仏殿のとなりにあるお堂。
ところで、日本三大大仏と言われていますが、ウィキペディアによりますと、「三仏目は他にも諸説あり、そのいずれも奈良、鎌倉と並び称するには歴史、格とも違い過ぎるため、一般的には認められていない」とありました。
確かに、新しすぎる気はします。 -
高岡大仏を出てすぐの通りに、昆布店を見つけました。
「塩谷昆布店」。日本三大大仏の一つ by entetsuさん高岡大仏 寺・神社・教会
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羅臼、日高、利尻と産地ごとにいっぱいあります。
小さく小分けしてくれているのが有り難い。
何点か購入しました。
つまみにもなるしね。 -
イチオシ
伝統をしっかり守ってる感たっぷりの店。
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位置的にはこんな感じのところです。
(曲がってしまってますが・・・) -
次に目指すのは、「山町筋(土蔵造りの町並み)」で、重要伝統的建造物群保存地区に指定されているエリアです。
路面電車「万葉線」の通る大きい道路を横切ります。 -
一見、なんの変哲もない道路ですが、何かが違う。
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これです!
「消雪パイプ」。
これは地下水をくみ上げて小さな噴水のように路面に噴出させる装置で、雪を溶かして歩きやすくするためのものだそうです。
地下水は外気温より暖かいので、凍結しないということですが、南国育ちの私にとっては珍しい!
(雪国の方にとっては、当たり前なんでしょうが) -
山町筋に来ました。
多くはないですが、観光客もチラホラ。
山町筋は、主に御馬出町、守山町、木舟町、小馬出町で、平成12年には「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。大切に保存されている、土蔵造りのある町並み by entetsuさん山町筋 (土蔵造りの町並み) 名所・史跡
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山町筋はJR高岡駅の北西に位置する旧北陸道沿いの東西約500メートル、面積5.5haの地区を指します。
明治33年(1900年)市街地の約6割を焼き尽くした高岡の大火の後、山町の住民は火災に強い土蔵造りの家を次々に建築しました。
しかし年月を経て、車社会の到来等により昭和40年ごろから地区内の土蔵造りの民家が相次いで取り壊されるようになったため、昭和60年ごろから住民の間に町並み保存の気運が盛り上がり始めました。
その後平成4年に「土蔵造りのある山町筋まちづくり協議会」が発足し、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、現在に至っています。
土蔵造りの建造物は、防火に主眼を置いた明治中期の都市計画の記念碑といえます。
(以上菅野家HPより) -
「土蔵造りのまち資料館(旧室崎家住宅)」。
室崎家は綿糸や綿布の卸商を営んでいた商家。
現当主の転居に伴い、資料館として整備され、公開しています。
この日訪れましたが、お茶会みたいなイベントが開催されていてごった返していて、見学せずに辞去しました。土蔵造りの街並みの象徴 by entetsuさん土蔵造りのまち資料館 名所・史跡
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萩野仏壇店とあります。
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このレンガ塀が類焼を防ぐ役目を果たします。
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何枚か前の写真と似てはいますが、違うお宅です。
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駐車場があり、横面が全部見えます。
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白壁も綺麗です。
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車もあまり通らず、いい雰囲気です。
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趣きある塀。
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さて、土蔵造りの街並みのなかでも一番は、この「菅野家住宅」です。
ここも、明治33年の大火事直後に再建されたとされています。現在も住まわれている重要文化財 by entetsuさん菅野家 名所・史跡
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いわれが書かれています。
なんと、個人住宅ながら「重要文化財」。
菅野家は、明治の初め五代目伝衛門が北海道との通商で財をなし、高岡銀行(のちに北陸銀行)、高岡電灯(のちに北陸電力)を創立しました。現在も住まわれている重要文化財 by entetsuさん菅野家 名所・史跡
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赤十字会員の章。
現在でもこの住宅には子孫が実際に住んでいます。
今の当主は、高岡ガスの社長(菅野 克志氏)とのことです。
http://www.takagas.co.jp/suganoke/machi/index.html -
失礼しまーす、と入館。
入館料は@200円です。
上品な感じの人が説明をしてくれます。 -
大きな一枚板の木戸。
創建時は、ガラス戸がなくこの木戸だけだったみたいです。 -
当時から保存されている品々。
一番左は、卒業証書。
その隣は、蒔絵細工。 -
手前は、赤ちゃんのお宮参りの際に使ったと思われる涎掛け。
奥は、鼈甲細工。 -
重要文化財の証。
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天井板は、なんと「屋久杉」。
今では、作れません。
屋久杉は天然記念物で、現在では伐採不可の用材です。 -
この床柱の用材、今ではとても手に入らないとのことでした。
壁が赤いのは、「めのう」を砕き塗りこんだそうで、何年経っても色褪せてはいません。 -
「釘隠しの金具」。
時々お寺なんかにもありますが、装飾の意味合いで付けてあり、実際は釘はないそうです。 -
豪勢な仏壇。
大きさもさることながら、金箔の厚みがなんと3?もあるそうです。
細工も手が込んでます。 -
仏壇の大きさの平均が日本一の富山県にあって、大きさはもっと大きい物はある筈ですが、この豪勢さはどうですか。
6人の細工師が丸2年掛けて作った細工です。
お寺みたい。いや、お寺以上です。
一体、幾らするんだろう。 -
井波彫刻の欄間。
詳しくは、この後訪問する「瑞泉寺」で調べて書きますが、南砺市井波は井波彫刻の本場です。
明治の名工らが何年も掛けてこの欄間を作ったとされています。
この欄間の特徴は、なんと言っても「木の部分より、空間の部分の方が多い」こと。井波別院瑞泉寺 寺・神社・教会
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柳を表していますが、細かすぎて、よく作業中折れたり欠けたりしなかったものだと感嘆します。
凄い。 -
床の間には、軸と焼き物。
焼き物は、古久谷の大皿です。 -
何の変哲も無く見えるテーブルですが、表面の細工は「葡萄の木」の皮をなめして貼り付けた物。
葡萄はなかなか大きく成りませんから、今ではとても手に入らないでしょうとのこと。 -
シャンデリアも特注みたいです。
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中庭をのぞきます。
この庭の奥のスペースに、実際に菅野家が生活されています。現在も住まわれている重要文化財 by entetsuさん菅野家 名所・史跡
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変わってますね。
一個の石ですが・・・。 -
「握りこぶし」のようです(笑)。
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梁に使われている一本杉。
今では、絶対に出回らない用材でしょう。 -
大仏殿の中にもあった、おりんを返した格好のベル?
いい音が出て、こちらのはドレミ・・・で演奏も出来ます。 -
確か、高麗焼き(右)、平戸焼き(左)と言ってました。
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右から、朝鮮焼き、九谷焼、手鏡です。
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何の気なしに見過ごしそうでしたが、この掛軸は「谷文晁」。
毎週観ていますが、TV東京の「開運なんでも鑑定団」で、殆ど本物が出たことがありません。
文晃は、1763年生〜1841年没。江戸南画の大家です。
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「文」の字がカラスに似ているので、このような落款を『烏文晁』と呼びます。
「文晁」の下に、ひょうたん型の朱文「文晁」の落款印が押されている。
これが、文晁の特徴。「開運なんでも鑑定団」で習いましたよ。
一体幾らするんだろう。4〜500万?? -
古久谷と聞きました。
金色の彩色の物もあるそうです。
しらなかったぁ。 -
じっくり説明を聞き、辞することにします。
外観を、斜めから。石柱も美しい。 -
庇天井のランプ吊りの鏝絵。
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庇柱の鋳物支柱。
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火災の際は、このレールで扉を閉めたそうです。
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釉薬をかけたレンガの防火壁と石柱。
これで、隣家への類焼を防ぎ、自家の火災も防ぎました。
奥は通用口で、実際に菅野さんご一家はここから出入し、生活しているとか。 -
表で一休みしてます。
なんと凄い住宅でしょう。
明治33年、当時10万円という大金を投じて建てられたといいます。
一説では、明治30年頃の物価と比べると、今の物価は当時の3800倍ぐらいだそうです。つまり約3億8000万円と単純計算では相成りますが、人件費や材料費は割高になっていますので5億円くらいはするのでは。
しかも、屋久杉などは今は絶対に使えませんので・・・。
ということは、もう建築する事のできない建物ということに。
それが、重要文化財指定のいわれですね。 -
お隣は「山町茶屋」。
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土蔵造りの街並みは、いくら見ていても飽きません。
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静かです。
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筏井家住宅。
代々、綿糸などの卸商を営んでいた商家。
明治36年の建築であることが当家に伝わる普請文書から確認されるそうです。
2階の窓に付く観音開きの土扉は、全て開けられた時に隣りどうしの扉が一体化して納まるように設計されているとのこと。 -
このお宅は、樋(トイ)が銅葺き。
まだ新しいですね。
これから緑青が乗ってくるのでしょう。
まるで、お寺です。 -
「富山銀行 本店」、通称「赤レンガの銀行」。
富山県内に現存する数少ない赤レンガ建築の建物です。
富山銀行は、高岡市を地盤とした地方銀行(昭和29年創立)です。
今も現役で活躍中。土蔵造りの街並みの一角 by entetsuさん赤レンガの銀行 (富山銀行本店) 名所・史跡
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高岡共立銀行本店として大正4年に建築されました。
施工は清水組、設計は東京駅を設計したことで有名な辰野金吾の監修といわれております。
何の情報も持ってない家内が、「東京駅に似てるね」。
Ping Pongです。
女の勘は素晴らしい。 -
うーん、素晴らしい。
ちらりと写った郵便ポスト、もちろん旧型です。 -
再び「消雪パイプ」。
(しつこいなぁ・・・) -
「超願寺」。
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親鸞聖人は越後へ流罪になったことがあり、北陸から布教を始めたとされています。
従って、北陸は圧倒的に浄土真宗が多い。
こちらのお墓は少し変わっていますね。
一般的には、縦の部分(石塔と言うらしい)に「○○家の墓」というふうにありますが、この地方はこの部分は「南無阿弥陀仏」、その下の部分(上台ですか)に○○家とあります。
真宗ですので、卒塔婆はありません。 -
鐘堂。
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このお寺に来たのにはあまり意味はありませんが、お墓が珍しかったので、写真をとりました。
目的はここ、「孝子六兵衛の碑」です。
「超願寺」のすぐ隣にあります。 -
いわれは、下の通りです。
石瀬屋六兵衛は、一番新町で今から240年余り前に生まれましたが、幼くして父、兄を亡くし、母を助けるため一日中一生懸命に働きました。
暮らしは楽にはならなかったが、その親孝行と正直さは、町の評判となり、天明元年(1781年)加賀藩主より三人扶持が与えられ、人々の模範として賞賛された。
その後、若くして(35歳)亡くなったが、その遺徳を偲びここに石碑を建てた。
傍らには名水「影無し井戸」があるが、これは、ある年六兵衛が薪を背負ってこの小路を通りかかると不思議な老人が現れ「おまえはいつも母に孝行をつくしなかなかよい心がけの持ち主だ。今にきっと良いことがあるだろう」と言われ、後日ここに井戸を掘ったところ大変良質な水が沸いたものだとのこと。(高岡市観光協会HPより) -
どこかで、昼食をと思いながら、駐車場の方向に戻っていると、先程の道路に路面電車がやってきた。
高岡市と新湊市を結ぶ路面電車「万葉線」です。
元々は、加越能鉄道が運営していて、これを廃止してバス代替により公共交通の使命を果たしていきたいとの意向が示されたそうですが、国の補助金などで、第三セクターの新会社で運行させています。(万葉線株式会社) -
赤くて綺麗なボディ。
運転士さんは女性でした。 -
御旅屋通り商店街。
残念ながら、中は、カメラを向けるのもはばかられるくらいのシャッター商店街でした。 -
路線バスも小型化・軽量化して運行中。
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「イタリアンバール 山の手倶楽部(高岡店)」。
何を食べようかと思っていましたが、今回の旅は「銀八鮨」に資金集中投下を誓っていました。そばでも、という話も出ましたが、これといった名店も聞いた事ないので、最後は駐車場のあるビルのB1のイタリアンレストランに飛び込み。 -
腹が減ってしまい、最後はこうなるのが大体のオチ。
まぁ、なんかランチセットでもあるでしょう。
駐車場代も割引がある筈・・・。 -
やや疲れました。
-
サラダバー付けると1330円か。
悩んだが、サラダバー無し! -
私は、「ソーセージとベーコンのスパイシートマト」。
900円。
案外ボリュームもあって、美味かった。
この写真、実はカメラを左手で持って、渾身のショット。
(何で、こんな事をしてるんだか・・・・) -
家内は「小エビのトマトクリームソース」。
900円。
こちらもまずまず。
(一口いただいたので分かります)
お腹も膨らみ、落ち着いたので、次のスポットに向かいます。
Part.4へ。
http://4travel.jp/traveler/entetsu/album/10828037/
なお、駐車料金の割引は、3500円以上お召し上がりになった場合に限るそうです。(そんなには昼から喰えない!(怒))
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この旅行記へのコメント (1)
-
- こあひるさん 2013/11/08 23:16:45
- 風情ある土蔵造りの街並み
- entetsuさん、こんばんは〜。
高岡・・・あまり私には馴染みのない街の名前ですが、土蔵造りとレトロな洋館があり、なかなか風情のある家並みがいいですね。
見学された家の内部、細工が細かく、ほんとお金がかかってそうです。
路面電車のはしる街っていいですね。ヨーロッパの街だと当たり前のように走っているところも多いので、いいな〜と思います。
こあひる
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旅行記グループ ANAマイルで富山に「鮨」を食べに行きました!
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