2013/04/05 - 2013/04/05
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KawakamiKenさん
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飛鳥寺に行ってきました。
「日本最古の本格的仏教寺院」といわれてます。
写真の「飛鳥大仏」は存在感がありました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 2.5
-
「飛鳥寺西門跡」 です。
かつては 「大きな」 お寺でした。 -
知らずに 「裏口」 から入ります。
かなり 「小さなお寺」 です。 -
「鐘楼」 でしょうか。
-
「本堂」 です。
第一印象は 「狭い境内」 です。 -
「飛鳥寺」 は 「蘇我氏の氏寺」 として 「6世紀末〜7世紀初頭」 にかけて造営されました。
「飛鳥寺の法号」 は 「法興寺」 または 「元興寺」 です。 -
「明日香村豊浦」 の 「豊浦寺(現在の向原寺)」 と並び 「日本最古の本格的仏教寺院」 です。
(ウィキペディア) -
「日本書紀」 には、「法興寺(飛鳥寺)」 は 「587年」 に 「蘇我馬子」 が建立を発願したとあるそうです。
-
「排仏派(神道)」 の 「物部守屋」 と対立していた 「蘇我馬子」 は勝利を祈念し建立と書かれてます。
-
「思惟殿」 と書かれてます。
「御本尊 聖観世音菩薩」 が安置されている模様。 -
「飛鳥寺略縁起」 です。
「1826年」 に 「再建」 と書かれてます。 -
「日本書紀」 によると 「百済」 から日本へ 「僧と技術者(寺工2名、鑢盤博士1名、瓦博士4名、画工1名)」 が派遣されました。
「596年」 には 「恵慈(高句麗僧)」 と 「恵聡(百済僧」 )の2名の僧が住み始めたとあります。
「恵慈(高句麗僧)」 は 「聖徳太子」 の 「師匠」 です。 -
拝観料は 「300円」 です。
-
入口付近です。
-
「飛鳥大仏」 です。
「住職?」 が 「飛鳥大仏」 の説明をしてくれます。
写真は 「撮り放題」 です。 -
「重要文化財」 に指定されてます。
登録名称は 「銅造釈迦如来坐像」 です。
名称の通り 「銅」 でできています。 -
数ある仏像でも特別なものを感じます。
「真正面」 を向いていないんですね。
何度も焼け、再建を繰り返した寺院ですが 「飛鳥大仏(本尊)」 だけは創建当時と変わらず同じ場所に安置されてます(創建当時から全く動いていない)。 -
「飛鳥大仏(本尊)」 の 「完成年次」 については、
「日本書紀」 は 「606年」、
「元興寺縁起」 は 「609年」
と別れてますが、
「609年(元興寺縁起)」 が定説です。 -
高さは 「2.752m」 です。
それほど大きくないのに 「大仏」 と名がついてます。
創建当時は大きく見えたんでしょう。 -
「飛鳥大仏」 は 「鞍作鳥(止利仏師)」 の作品です。
ただ、現大仏が、「鞍作鳥(止利仏師)」 の 「オリジナル」 かは諸説あります。
「大仏」 は 「損傷が激しく」、多くの 「補修」 を受けています。
「奈良国立文化財研究所」 によって、どこが 「オリジナル」 か 「エックス線撮影」 によって確認されています。
※ 諸説あり大部分がオリジナルとの説もあり。 -
その結果は、
「頭部の額から下」、
「鼻から上の部分」、
「右手の第2〜第4指」
だそうです。 -
外観を見てみると 「大仏」 の 「衣」 が 「分厚い」 です。
「南方の仏像」 は 「薄着」 で、
「北方の仏像」 は 「厚着」 です。
「蘇我馬子」 は 「朝鮮半島の工人(鞍作鳥)」 に作製を依頼しているので 「厚着」であることが説明できます。 -
「当初の飛鳥寺」 は中心の 「五重塔」 を囲んで 「中金堂、東金堂、西金堂」 が建つ 「一塔三金堂式の伽藍」 であることが確認されています(ウィキペディア)。
-
当初の 「飛鳥寺」 は大きな寺でした。
「南北」 が 「約324m」、
「東西」 が 「約210m」、
と推定されてます。 -
その後、「飛鳥寺」 の建設に関わった 「工人」 は、「斑鳩寺」 等の造営に関わっています。
「建築技術」 を吸収した 「関係者(日本人の弟子)」 は全国に 「造営技術」 を広げていきます。
「日本最古の本格的寺院」 の意味の重さを感じます。 -
当時の 「仏教」 は 「建築技術」 においも 「最先端な輸入」 でした。
「538年」 の 「仏教伝来」 には大きな意味があります。
「仏教(大乗仏教)の輸入」 は当時の 「最新文化」 の 「輸入」 といえます。
「宗教的要素」 をはじめ、
「政治」、「建築」、「工芸」、「医学」、「文学」
等です。
かつての寺院は、今のでいう 「大学」 の役割もありました。 -
「蘇我氏」 をはじめ 「聖徳太子」 も 「最新文化」 に魅了されたのではないでしょうか。
-
「金堂」 には 「展示品」 もあります。
-
当時の 「飛鳥寺」 の 「伽藍復元図」 です。
-
都が 「飛鳥」 から 「奈良(平城京)」 へ遷都されます。
「飛鳥寺」 も 「元興寺」 という名称に変えて 「奈良市」 に移動しました。
※ 「飛鳥寺(法興寺)」としても「飛鳥の地」に残ってもいます。 -
「元興寺」 は 「世界遺産」 です。
「飛鳥寺」 に使われていた 「建築材・瓦」 で再建されています。 -
「金堂」 には 「中庭」 のよなものもありました。
-
「正面」 から出ます。
「裏口(入鹿の首塚側)」 から入ったのは失敗。 -
「明日香村」 も 「桜」 が見ごろです。
「旅行」 をするには 「花見の春」 か 「行楽の秋」 なんだと学びました。 -
「飛鳥大仏開眼1400年」 。
「609年」 に 「開眼」 とあります。 -
「1196年(鎌倉時代)」 に 「雷火」 で多くの建物が焼失したようです。
その後は、「衰退」 の一途をたどったようです。
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