2013/04/28 - 2013/04/28
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たびたびさん
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喜多方はラーメンと蔵の町。会津若松からはJRで20分足らず。8時過ぎには喜多方に到着して、レンタサイクルで回ることにしました。
本来はかなり余裕があるはずだったのですが、長床に三津谷に会津大仏まで回るとさすがに時間がかかる。途中の道も緩やかですが、延々と上り道が続いていて、体力的にもぎりぎりでした。
そして、蔵の町、喜多方は全体として豊かな感じ。会津若松とは違う、もっとゆったりとした雰囲気がありました。
ちなみに、会津藩や米沢藩など東北地方の藩では、年貢の半分を米、半分を永楽銭で収めるという「半石半永」の制度があり、生産物を市場で売るための農村の定期市が保護され、農村における都市的な町、在郷町が発展します。喜多方は、城下町として発展した会津若松市に対して、そのような在郷町として豊かな土壌をはぐくみました。
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喜多方行の列車まで時間があったので、会津若松駅の周辺をちょっと散策。
これは、融通寺。この寺は、蒲生秀行が菩提寺と定めたことを機に、京都知恩院の直末の官寺として、勅願所となった名刹。ちなみに、蒲生秀行は徳川家康の女婿。長男忠郷は、秀行が亡くなり和歌山の浅野家に再婚させられた母の位牌を融通寺に安置しています。ただ、忠郷の後は弟の忠知が蒲生家を相続。その後、松山20万石に転封、松山から加藤嘉明が40万石をもって会津に入ることになります。 -
で、ここにも会津戦争の悲劇を物語る跡。
会津戦争の悲劇で一家全員が惨殺された町野主水・家族の墓です。つまり、会津戦争では会津藩士は逆賊の汚名を着せられていたため、落ち延びるに際しても、罪人の立場。一家の惨殺もそのような背景で起きてしまいます。 -
隣りにあるのが西軍墓地。大町の東明寺墓地というか、幼稚園の前の公園のような一角です。
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戊辰戦争で会津を攻めた西軍のうち、この辺りで戦死した将兵150名を埋葬した墓地。西軍の犠牲者も当然少なくなく、薩摩、長州、大垣、肥州、備州など、出身は様々です。
ちなみに、鶴ヶ城に籠った会津藩士は約5000名。亡くなった人の数は明らかではありませんが、約1割500〜600人くらいではないかと聞きました。 -
そろそろ、時間が来ました。会津若松駅から出発です。
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喜多方駅に到着。駅前にレンタサイクルがあって、利用することに。民芸あくた川というお店がやっていて、長床へは7キロくらい。さあ、出発です。
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まだ先は長い。
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でも、天気はいいし、
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快調、快調。桜もいい感じで咲いています。
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田んぼの真ん中を走る道です。実はここで、あぜ道から、雉のつがいが飛び出してきました。近くに人家もあるのですが、こんなところにも野生の雉がいるんですね。雉なんか、久しぶりに目にしました。
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さらに道は続きます。
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と、これは新宮城跡。もうほとんど長床の隣りのような場所ですが、道路わきの畑の真ん中に標識が建っていてそれと分かります。
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ここは、南北朝時代から室町時代前期にかけて、このあたりで勢力のあった武将新宮氏の城館跡。戦国時代以前の館跡としては東北地方でも有数の規模を誇っており、国の指定史跡となっています。
ところで、辺りには土筆がいっぱい。春ですねえ。 -
さて、長床に到着。
長床のある新宮熊野神社は、前九年の役に、源頼義が戦勝祈願のために会津若松に熊野神社を勧請したのが始まり。その後、後三年の役に、頼義の子・義家が現在の地に移しました。 -
長床を見る前に、宝物館に。
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イチオシ
おっと。この文殊菩薩は、すごいですね。
平安の末期頃の作ではないかとのことでしたが、表情が穏やかですがきりっとしていて、南円堂の不空羂索観音の顔だちと似ている雰囲気。安倍文殊堂の文殊菩薩に比べればかなり小さいにしても、これだけのものはそうそうはないはず。福島県の指定重要文化財にはなっているようでしたが、それではすまないような像だと思いました。 -
いよいよ、国の重要文化財に指定されている長床と呼ばれている拝殿へ。
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イチオシ
長床は、寄棟造、茅葺、正面9間、側面4間。柱44本で、間口27m・奥行12mの建物を支えます。
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日本でももうここだけにしかないというスケールの大きな建物です。
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もう一度、正面に回ったり、
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イチオシ
横から見たり。
ところで、長床には上がって見ることもできて、スリッパも置いてあります。これがけっこう爽快感。人間は、大きいということだけでも、素直に感動してしまう。修験者にもそうした高揚感があったのだと思います。 -
これは裏から本殿を見上げたものです。
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隣りの鐘楼。鐘は自由に鳴らしていいということで鳴らしてみました。すると鈴を転がすようなリンリンリンといった余韻があります。とても不思議な音色の鐘でした。
たっぷり長床を楽しんで、これくらいにして喜多方市内に帰ります。 -
漆器蔵会津野は、蔵造りの立派な店構え。
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若い夫婦でやっていらっしゃるようで、
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よくあるケースのようですが、塗は奥様。展示室の奥にある作業部屋も見せてもらいました。なんでも、漆は湿気を吸いながら乾燥するという不思議な性質。乾燥するには適度な湿気が必要といった話も面白く聞かせてもらいました。
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二階には、昔の道具類もあって、これも見応えがあります。
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これは漆を混ぜる台。この箱の上で混ぜるようです。
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向いにあるのが、孔雀屋漆工芸所。
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イチオシ
ご主人は亡くなられたようですが、塗りはもともとおばあさんの方がやっていらっしゃったようで、今でも元気に営業をされています。
店内には、いかにも手作りの器が山のよう。会津塗りの種類や技法など、あれこれ説明いただきました。色の付いた漆の上に、透明な漆を重ねて仕上げる塗りが独特の美しさで、印象に残りました。 -
喜多方市内を自転車で回っていて、暑かったので、ここのピーナツソフトの看板が目に入りました。青い暖簾もいい感じです。と、中に入ると家族連れが何組かいて、このお店は人気のお店なんですね。常連さんのような家族もいて、親しげに若い主人と話をしていました。
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さて、いただいたソフトクリームはピーナツの味はそれほど強くはなかったのですが、さわやかな味わい。普通においしいソフトでした。ただ、店内を見ると豆関連の商品がたくさん。手が込んだような風の商品ばかりで、後で調べると豆の専門店だったんですね。そうですか。しっかりしたコンセプトがあるお店はやっぱり違うようです。
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喜多方の市街の西側になりますが、しだれ桜散歩道という桜の名所があります。3キロに渡って続く道で、道の両側には約1000本の薄紅のしだれ桜。観光客やカメラマンがちらほら集まっていて、人気のほどが偲ばれました。ソメイヨシノではなくて、こちらでは珍しいしだれ桜であることも人気の理由かもしれません。
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今度は、喜多方蔵の里へ。ここは、蔵の街、喜多方の蔵文化を後世に残すための施設です。
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ここが有料スペースの入口です。
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敷地内にはいくつかの蔵が移築保存されていて、穀物蔵、みそ蔵、座敷蔵など、なんでもかんでも蔵にしてしまうような気もしてきます。
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イチオシ
こちらは蔵座敷。
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廊下ですけど、こんなにがっちり作る必要はないんですけどねえ。
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衝立のデザインは青がきれい。漆を使っているんでしょうか。
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一方、あちこちの蔵の内部には、会津を紹介する展示室。
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会津型紙の資料や
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明治の社会慈善家 瓜生岩子刀自の資料展示。
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こちらは、飛び地の資料館。
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自由民権運動喜多方事件資料展示などもあって、明治になってから県令三島通庸の強引な政策に抵抗したことが紹介されています。
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会津戦争が中心の会津若松とちょっと違う切り口で、
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喜多方の独自性も感じました。
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向かいにあるのが喜多方市美術館。喜多方市美術館もレンガ造りの洋風蔵の建物なので、一体となった景観を構成しています。
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この日は、飯野和好絵本原画展をやっていました。蔵の街、喜多方の視点って、どんなものなのか。これは入るしかありません。飯野和好は、知りませんでしたが、絵本「ねぎぼうずのあさたろう」とか野菜の主人公は正義の味方。弱きを助け強きをくじくストーリーに印象的な絵は、インパクト十分。意外なところで、意外なものに出会った面白さがありました。これも、旅の醍醐味です。
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さらに市内の中心部に入ってきて、なんでもかんでも蔵にしてしまうという喜多方の最たるものが、この安勝寺。
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イチオシ
お寺の本堂が蔵になっています。明治13年の大火で焼けた本堂を復興するにあたって、火に強い蔵の作りにしたものだそうです。厚い漆喰の壁は、火事には強いでしょう。効能を考えれば、分からないではないですが、やはり、喜多方であればこそ存在しうる本堂だと思います。
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そして、大和川酒蔵北方風土館へ。
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こちらは喜多方の街中にある酒蔵で、200年余の歴史を持つ老舗です。
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見学は、実際に酒造りを行っていた6棟の酒蔵。
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がっしりした建物の薄暗い順路を進むとこれまでの歴史を感じる酒瓶を飾ったワインセラーのような場所や神棚を祀った蔵などが続きます。
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最後に販売所がありましたが、湧水の井戸があって、ここでお水を一杯いただきました。やはり、酒は水が命。名水が敷地内から豊富に湧き出ているようで、恵まれた立地条件も感じました。
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大和川酒蔵を出た辺りにもレトロな建築があちこちに。これは病院。
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こちらは、漆関係のショップです。こうして、さりげなく、街に溶け込んでいるのがすごいところです。
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そして、これが喜多方のメインストリートのふれあい通り。喜多方観光の中心部になります。通りには蔵の建物を使った施設が軒を並べていて、昭和レトロミュージアム、酒蔵など、ちょこちょこ寄って楽しめます。名物の喜多方ラーメンのお店もあちこちあって、長い行列が出来ていました。
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その喜多方ふれあい通りの中心にある観光案内所。部屋の真ん中には大きなテーブルがあって、ここで地図を広げて、いろいろ説明してくれました。三津谷に行きますと言ったら、「あれは遠いです」と一言。「そんなこといったって、自転車ですから」と言って行きましたが、結果は、案内所の人の言う通り。長い登り坂だし、自転車でも行くのは難しい場所でした。後から思えば確かに正しい説明です。
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三津谷に向かう前に通りをぶらぶら。この昭和レトロミュージアムは、1号館と2号館があって、昭和の雰囲気を見事に再現しています。
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昭和をテーマにするこういった施設は、ほかの地域でもそれなりにあるのですが、再現されている茶の間や洋間、台所、子供部屋などは、本当にこうだったよなあという自然な感じ。
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さりげないセンスの良さを感じました。
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少し離れた2号館。
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並んでいるのは天神さんです。
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こちらは、清川商店。例によって、店内では試飲もOK。
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これは、ここでしか売ってないとか、ひとつひとつ主人が説明してくれます。こじんまりした店構えですが、やはり、酒蔵なので安心感があります。お客さんも納得して、買っているようでした。
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山中煎餅本舗は、煎餅の手焼き体験もできるということ。実際にせんべいを焼いている人もいましたが、それはずいぶん時間に余裕のある人でしょう。
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私は大きなガラス瓶に入った醤油味の煎餅をいただきましたが、程よい堅さのさくさく食べやすい煎餅。お店の構えも街に溶け込んでいて、肩の凝らない煎餅屋さんです。
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イチオシ
さらに進んで甲斐本家蔵座敷へ。実は、喜多方の数ある蔵の中でも、一番楽しみにしていた蔵だったのですが、お休み。4月27日というゴールデンウイーク前半なのに休みってあるんでしょうか。5月3日から開けるようでしたが、これって観光地としてはちょっと非常識じゃないのかなあと思います。情報だと市の施設になってから、融通が利かなくなったことも原因ではということでした。
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仕方がないので周囲から様子をうかがいます。
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すると、玄関わきの蔵の見事さや周囲を囲む塀のりっぱさなど、他とは格の違いも感じられて、少し溜飲を下げました。
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甲斐本家蔵座敷からの帰り道、ふと立ち寄った喜多方ラーメンのお店「いとう」です。相席したのは、地元の方。ここの麺はおいしいんですとおっしゃって、常連さんのようです。そして、ふと、気づくと焼きそば風の皿を食べている。炒めそばというらしく、これがこの店の名物だとか。
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イチオシ
それなら、私もそれにします。結果は大正解。どろっとしたあんかけ風のソースが麺と絡んで、うまいうまい。
博多の小金ちゃんの焼きラーメンを思い出しましたが、こっちの方が麺もしっかりしているし、正統派。女主人いわく、これを56年がんばってます。うーん。すごいものに出会ってしまいました。 -
蔵見世もふれあい通り。平成13年度の福島県建築文化賞準賞を受賞した建物です。喜多方の特徴ある建物が多い中でも、開き窓が並んだ白壁があってちょっと目が留まるような雰囲気があります。古い看板のギャラリーがあるというので寄ってみたのですが、今はもうやっていないようでした。郷土料理のお店の営業が主体のようです。
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さて、ここからまた自転車。元気を出して、三津谷に向かいます。
出雲神社は、その途中。喜多方市街の北部にあって、場違いに感じるほどの大きな石の鳥居が目立っています。
ここは、平将門の滅亡の後、その生き残りがこの地に逃れて来て住みついた場所。そして、安倍清明が当国に下向した際、「出雲の神を総鎮守とすべし」と勧めたとされます。
境内には、「自由民権発祥乃地」碑もありますが、自由や独立の思想にはうってつけの場所だったからかもしれません。 -
今度は満福寺。何でもないようなお寺なのですが、白虎士中二番隊長、日向内記の墓があります。白虎士中二番隊というのは、飯盛山で自刃した白虎隊士19人が所属した隊。この隊長は、自刃の前夜に隊を離れて戻っていなかったのですが、戻らなかったのか、戻れなかったのか、会津ではかなりの議論を呼んでいるようです。
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瓜生岩子刀自生誕之地碑も三津谷の途中。交差点の脇に立派な石碑が立っていました。ちなみに、瓜生岩子は、戊辰戦争も経験し、後半生を社会運動に捧げた日本のナイチンゲールと称される女性。2百余名の孤児を引き取り、社会福祉運動の先駆けとして、わが国女性初の藍綬褒章を受賞しています。
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この辺りから景色が良くなるのですが、その分、上りもきつくなってきたような。
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これは農家の蔵ですが、立派ですね。もうこれが三津谷かと思ったのですが、結局はなんでもない普通の集落。蔵は喜多方のあちこちにあって、これくらい立派でも何のことはない扱いなんですね。変なところで感心しました。
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そして、やっとのことで三津谷です。
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イチオシ
三津谷集落は確かに遠いし、緩やかな上り坂が続くので、かなりしんどい。これを知っていたら、来てないかもしれませんね。。
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さて、蔵は、若菜家が何代かに渡って作ったというレンガ蔵。明治以降のようですが、5つの蔵が作られました。
西洋蔵というらしいですが、近くでレンガを焼いていて、そのレンガを使う地場産業振興の気持ちもあったようです。国の重要文化財に指定されています。 -
内部はこんな感じ。外観とは違って、内部は地味。ここは作業場になっているようです。
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帰りは下り坂なので、楽ちんです。天気もいいし、元気回復です。
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游泉は、来る時に気になっていたラーメン店。喜多方の中心部からは離れているのですが、車でたくさんの人が乗り付けていて、混み合っていました。喜多方老麺会には入っていませんが、人気店のようです。
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ラーメンの方は、色が濃いし、見た目こってり系かと思いましたが、そうでもない。おいしくいただきました。
なお、大盛りも同じ値段と言っていまして、ボリュームも大事にしているお店です。
このお店で願生寺の会津大仏のポスターを発見。今朝の文殊菩薩があまりにすごかったので、この寺にも行きたくなってしまいました。ラーメンも食べたことだし、もうひと頑張りしてみましょう。 -
途中のお寺にも寄ってみます。ここは長福寺。観光案内の地図に寺の名前が載っているだけだったのですが、寄ってみると、
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まずは、「佐川官兵衛夫妻の墓」。佐川官兵衛は、武勇に秀で、戊辰戦争では薩長から「鬼の官兵衛」と恐れられた人物。その後、西南の役にも従軍して、阿蘇山中で壮烈な戦死をとげました。
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傍らには、「瓜生岩子刀自裁縫教授所跡」も。この寺を借り受けて、裁縫教授所を開設、近隣の農家の娘に裁縫や礼儀作法を教えたのだそうです。
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しかし、本当はこんな道草をしている暇はない。急がねば。。
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やっと、辿り着いたようです。
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山門も立派じゃないですかあ。期待が高まります。
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会津大仏と呼ばれる阿弥陀如来像は、高さ2.41m。脇侍は観音菩薩と勢至菩薩。この形式は、京都三千院の阿弥陀三尊像と形式は同じらしいのですが、大きさはこっちの方が大きいでしょう。ただ、正直ちょっと普通の感じ。意表を突かれた今朝の文殊菩薩ほどの感動はありませんでした。
一方でこちらは、国の重要文化財。この三体は特別に鉄筋のお堂に収められています。
うーん、さすがに疲れました。もう20キロくらいは走っているかもしれません。レンタサイクルを返す時間も迫ってきたし、ちょっと焦ってきました。 -
それでも寄らないといけないのがこの「おたづき蔵通り」。ふれあい通りと並んで、蔵の町喜多方を代表する通りです。ふれあい通りと比べると、川向こうになって少し遠いし、規模も小さめですが、一つ一つの蔵の美しさが目を引きます。
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トイレを借りに寄った馬車の駅 地酒蔵。外観はあまり目立った建物ではないのですが、やっぱり目を引いたのは、ここの蔵。売り場の続きにはちゃんと蔵があって、商品がきれいに陳列されています。やっぱり喜多方は蔵の町なんですね。
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そして、おたづき蔵通りにあって一番目立つ建物は、この金忠。
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おたづき蔵通りにある建物の中でも、ひと際美しい建物で、ここを知らない人でも目が行ってしまうようなお店です。
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味噌・しょうゆ、漬物などを販売するお店です。ちなみに、「田楽豆○」もここのお店のグループです。
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「ただいま、東北?」で、綾瀬はるかがうまそうに味噌田楽を食べている店、それが金忠の隣りにある、この豆〇です。
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たまたまですけど、カウンター横の綾瀬はるかが座った席に通されました。ここだと焼いているのが目の前です。すごい。
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イチオシ
いただいたのは、にしんの味噌田楽。みりん干しのにしんが、それだけでも脂がのってホクホクとてもおいしいのに、これをあぶってみそを付けたら、そりゃあたまりませんよ。至福のひと時を過ごさせてもらいました。
しかし。うわー、いよいよ時間がありません。焦ります。 -
それでも、ギャラリーモーツァルトって、モーツァルトの関係の展示があるのかなあと思って寄ってみたら、名前がそういうことで、貸ギャラリーだそうで、この日は展示はやってないんだとか。
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ただ、ここは老舗の酒蔵なんですね。代表銘柄「蔵粋(くらしっく)」って変わってます。なんでも、「もろみ」の段階でクラシック音楽を聴かせ発酵させているお酒。そして「蔵粋(くらしっく)」にも種類があって、マエストロ、アリア、管弦楽、協奏曲など。これはかなりのこだわりよう。老舗酒蔵のチャレンジングな精神に敬意を払いたいと思います。
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そして、喜多方の駅に急ぎつつ、お菓子の蔵 太郎庵へも。
会津若松に本店があるのですが、ここは喜多方店。かりんとうまんじゅうとか、あげあげ小法師が目立っているんですが、私は、生菓子の「みそかしわ餅」をいただきました。だいたいこういう場合、味噌の味は抑えられて、よく分からないくらいになっているものなんですが、適度に味噌の香りがして、ちょっと印象に残りました。いろんな挑戦をしているお菓子屋さんです。
それにしても、かなり粘ってしまいました。実は、時間に遅れて、レンタサイクルのおやじさんにかなり怒られてしまいました。朝早かったのに一体どこに行ってたんですか。まあ、そうなんですけど、ついつい欲張りすぎたんですよ。申し訳ありません。しかし、私がこんなにあちこち回ったなんて、まったく想像もしていないでしょう。20キロ以上は十分走っていると思いますが、本当に、何キロ走ったんだかわかりませんね。
ちなみに、明日は会津若松市内の散策。今日の疲れを持ちこさなければいいんですが、ちょっと不安な気持ちで会津若松のホテルに帰ります。
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