2013/02/23 - 2013/02/23
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ドクターキムルさん
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鎌倉市扇ガ谷2にある田丸邸は大正7年(1918年)に東京工業大学教授・田丸節郎(明治12年(1879年)?昭和19年(1944年))博士の邸宅として建てられたスレート葺きの木造平屋一部2階建ての洋館である。本人自身が設計したとされる。昭和3年(1928年)、昭和35年(1960年)、昭和45年(1970年)と補修・改修が行われてきている。国登録有形文化財になっている。
博士は南部藩士を父として盛岡に生まれた。兄には寺田寅彦の師であった東大教授の卓郎、弟に京城帝国大学・大阪府立大学の教授の莞爾がおり、秀才兄弟であったようだ。明治43年(1908年)、ドイツに留学してハーバーに師事し、アンモニア合成の研究をした高圧化学者である。また、東工大や学術振興会の設立にも貢献した。墓は海蔵寺にある。
関東大震災の翌年に、ハーバー夫妻が来日し、鎌倉の田丸家を訪問したときの写真に、「震災後ということで家は余震に備えてその時も未だ木の棒で支えられていた。この赤ん坊は大きくなっても甲斐性がなかったのでその家はその後中を手直しした程度で未だにこの同じ家に住んでいる。」と、次男の譲二氏(横浜国立大学教授を経て東京大学理学部化学科教授・学部長)が書いている。その邸宅が国登録有形文化財になっているのである。
また、「鎌倉の西洋館-昭和モダン建築をめぐる」(柴田泉著)(平凡社、2011年11月16日初版第1刷発行)にも掲載されている10棟のうちの1棟である。しかし、大正時代の震災前に建てられており、「昭和モダン建築をめぐる」の副題からするとおかしなものだ。この10棟には明治から大正に建てられた4棟、あるいは5棟が含まれており、荒っぽいサブタイトルの付け方である。
文化資産オンライン(http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=199142)には、「扇ガ谷の木立の中に占める敷地の中央に建つ。木造平屋建、建築面積一四九平方メートル。南北棟を中心に東西棟を十字に架ける複雑な切妻屋根でスレート葺とする。外壁は下見板張。西面の玄関から中廊下を通し、南に応接室や居間などを配する。簡素で軽快な洋館。」とあるが、 地番が「扇ガ谷2-254-1」と誤記になっている。地図には扇ガ谷2には26までしか見付からない。
鎌倉市内には国登録有形文化財は1ダースしかない。それも10箇所である。また、市内には鎌倉市の条例で定める景観重要建築物等と国の景観法に基づく景観重要建築物の他に、国登録有形文化財になっているものがあり、市役所の所轄部門が異なるような印象を受けてしまう。鎌倉市はそれほど大きな行政ではないだろうに。
(表紙写真は田丸邸)
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