2010/11/08 - 2010/11/09
2位(同エリア263件中)
rinnmamaさん
- rinnmamaさんTOP
- 旅行記452冊
- クチコミ939件
- Q&A回答176件
- 931,729アクセス
- フォロワー254人
この旅行記のスケジュール
2010/11/08
-
電車での移動
2日間のパリ滞在からナンシーへ向かう為、パリ東駅に向かう
-
電車での移動
パリ東駅9時5分発・・ナンシーに何時に到着だったか不明
-
ナンシーに到着
-
ペピニエール公園の黄色い絨毯
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
表紙の写真・ネプトゥヌスの門。
スタニスラス公の元、18世紀に建設された絢爛豪華な広場で、ロココ様式の傑作といわれている。北はルクセンブルグとの国境にも近い。15世紀以来、ロネーヌ公国の首都として栄え、18世紀にはルイ15世の義父で、亡命ポーランド王であった、スタニスラス王が君主統治。
パリ東駅よりTGVで1時間半でナンシーに着きます。
東駅では警察官が沢山警備していました。このころ消費税?年金だったか忘れましたが、ストライキで政情不安でした。
PARIS EST 9:05-----NANCY10:39
ナンシーかストラスブールとかで悩み、更に次の宿泊をリヨンが希望地でしたが、此処もストライキのトラブルが報告されていたので、結局ナンシーにして更に南下して、ニースまでとしました。
(ストラスブールは、どうしても行きたかったので、2015年12月に夫と行きました)
兎に角、夫からフランスのこの騒動を心配され、中止を言われていたので、実行する上には慎重を記さないといけませんからね!この時は安全重視で希望地ではなかったけど、行けたから良しです^ ^
ところが月曜日だったことを、ナンシーに着くまで気が付かないミスをしてしまいました。慌てて計画して行き先のみに気にしていたんですね!残念ながらナンシーで、ガレを見る計画は実現しませんでした。
2012年のテレビ放映でマキシム美術館に18世紀末のリシュリュ公所持の、アールヌーヴォーがあるとの事。パリで滞在したホテルのすぐそばでした。
次回に行きたいですね(2015.4月にパリに再訪しましたが行けなかった)
取り留めのない写真の旅行記で、ガレのことしか頭になかったのでブラブラしただけ感満載ですが、再投稿致します(汗)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この旅行記が気乗りがしないのと、はまっている事に夢中でPCも開かず。。^^;
そんなわけで久しぶりに4トラへ^^
ご訪問・ご投票してくださっている皆様にはごめんなさい・・
フジバカマも一時期途絶えたかけましたが、背が伸びるので困る位に狭い庭を占拠しだして、半分ほど切り込みました。
下のブルーのシートには地震対策の備蓄庫。
横に小さな物置、車にも備蓄しています。
もちろん屋内にもね! -
細々と//^^;;こちらは反対に衰退の一途でして、最近に日照りで枯れかけましたが、
何とか持ちこたえて咲いてくれましたホトトギスです。
緊急事態宣言も解除されて(本当なら今頃九州を旅行中でしたが)孫達も京都への修学旅行が実行される事を祈る毎日です。
私達も息子夫婦が新居に移ったお祝いをと思いながら、何度も延期しておりましたが、孫の修学旅行後に京都へ行く事にしています。
また、久しぶりに京都の旅行記がアップ出来たらと思っています。 -
シュウメイギクも細々と^^
-
綺麗な夕刻・・実は遂にミラーレスカメラミニを購入。。
腕前はともかく、カメラ機能で綺麗な雲が写せたら良いな~と、希望的観測中(^^) -
パリ編で書きましたが急遽一人旅になってしまい、ロンドンのピカデリーの三越の本屋さんで軽くて安い、この1冊を購入して今回の旅のお供としたんですが、今から行くナンシーの説明は見開き1枚のみ(下調べも無く、度胸良く行ったものですね)
まあ、ナンシーはナンシー派美術館が目的なので良いと思ったのですが・・・大チョンボでした(涙) -
此処から2010年の更新旅行記です。慌ただしく計画した事が露呈したナンシー。。
何時かナンシー近くのバカラの地に行けたらと淡い思いをいだいでいます。
さあ、今日はもうパリとお別れです。 -
St.Lazare・・
パリ東駅を目指しているいるがアクセスが不便(4.5.7。RER-Eが乗り入れています) -
時々有りますね!自分でOPENするんですよ。今は無いかな~~(*
-
パリ東駅に到着・・この時点で武装した警察官?アーミー?が警備していました。
此の時は本当にナンシーに行く事しか考えていなし、下調べもしていないので東駅舎が素敵だという事も知らず・・1890年に開業したという立派な駅舎なんですよね。 -
面白い光景。11月8日。パリはもう寒いです。
最初、なにを囲んでいるのか判りませんでしたが、近づいてみたらストーブでした。近くだけ暖かくて、私も暫く暖をとりました。
今も有るのでしょうか??
丁度、出勤時間で凄い人が、次々降りてきました。 -
多分、この時計の中の数字は何なのか?で
パチリ。午後の時刻表記何でしょうね。
面白い(^^)
初めてみました。 -
9:05・ナンシー行きの表示が出ましたので、ホームに向かいます。
なかなか表示されませんが、ノンビリ、往来する人を見てると面白いです。
乗り遅れを心配して早めに来たのです(初フランス列車旅の始まりです~~) -
ここで刻印して乗車します。
初めてフランスのTGV乗車です。
フランスは座席指定ですので、ロンドンで適当に予約しておきましたが、ナンシー行きは変更なしで乗車。
UKの予約なしを思うと本当に不便。。 -
フランス一人旅は、パリからの出発でした。
ロンドンでの一人旅で、だいぶ度胸が付いてきていましたので、余り心配していませんでした。フランス語の世界に慣れるのも旅の楽しみでもありますね。
結構、英語で通じました。 -
芸術活動に熱心だった、スタニスラス公の元、ロココ芸術が花開いた。
織物、機械、クリスタルガラスなど産業が発達。
観光本の説明によりますと、植物の茎のごとく曲がった柄に、ちゅーりぷ型のフードが付いたランプ、つる草の様な鉄柵を持つパリの地下鉄の入り口は、みなアールヌーヴォーの世界だが、この新芸術が19世紀末頃に生まれた町がナンシー。
其の1世紀前には貴族好みのロココ美術が花開いた町でもある。。
早足で通り過ぎるには惜しい町だった。。。(と、今は言えます^^;) -
本日宿泊するホテルです。
スタニスラス広場に面していました。
Grand Hotel de la Reine(グランド・ド・ラ・レーヌ)
ホテル選びは観光本、一押しコーナーでしたし、かんがえている時間も惜しいので決定。
インターネットで慌たゞしく予約しました。
今は海外の個人旅も慣れてきましたので、この時の事を思い出すと・・苦笑。 -
ロビーもクラシック・
-
鍵もクラシック。
-
部屋もクラシック。
-
洗面所、バスも広かったです。
-
家具もクラシック。
部屋は広場に面していませんでしたが
広かったです。 -
ホテルの中を見ている余裕が、無かったのが
残念でした。
探検すれば良かった。 -
階段もクラシック。
-
スタニスラス広場のネプトゥヌスの門。
鉄に金の細工が施されたロココ調の門。
撮影ポイントは、太陽の光らしいがあいにく曇り時々晴れ。
太陽を待っていたら、観光出来ませんので諦めです。 -
広場の眺め//
スタニスラス広場は駅から10分となっていますが・・当時の事はあまり思い出せません -
スタニスラス広場はアリアンス広場・カリエール広場と共に、世界遺産に登録されています。広場は広いんですが観光客もいませんし、寂しい限りです。
この像はスタニスラス公だそうです
(革命以前はルイ15世の像があり国王広場と呼ばれていたそうです)
スタニスラス・レスチンスキーはポーランドの国王だったが、18世紀中ごろロシア軍に追われてフランスに亡命した後に、ロレーヌ地方を譲りうけて統治した。
彼の命を受けてナンシー生まれのエマニュエル・エレが設計したのが、この広場とカリエール広場だそうです。 -
「ネプトゥヌスの門」
-
ロココ時代は華やかでしたね
-
ロココ調の広場の出入り口
-
上の門をくぐると、この様に真っ直ぐな道。
向こうに凱旋門が見えます。 -
凱旋門。
-
L'Excelsior(レクセルシオール)。
このレストランはナンシーの駅にほど近く、歴史地区に行く道路沿い。
2,3人に尋ねましたが、皆さん知っていました。
目立たないですので、お尋ねください。 -
ガレが見れませんでしたが、このレストランで少し満足しました。
2012年テレビ放映でア―ル・ヌーヴォーはパリのマキシムに行き隣の美術館で見ると良いらしいです。 -
イチオシ
この窓も素敵です。
-
イチオシ
店内の雰囲気は素晴らしい。
-
このテリーヌは凄く美味しかった。
-
これは味が無くて、残してしまいました。
フランス語メニューは?でした。 -
フランスで初ビール。
フランスではすべてこの銘柄でした。 -
以前は集めていましたコースターで、お気に入りを数点。。
真ん中上が「1664」
左側3点は、修道院などがテーマ。
右上2点は、ビールのホップがテーマ。
下2点は、デザインがお気に入り^^ -
このカキ美味しそうでした。
ただ、一人旅では食べ物の冒険はできません。
介抱してもらう人が居ない時には、我慢・我慢。
此の時の想いがあり2015年12月のストラスブールへ旅した時に、生カキ食べました(^^)美味しかったです。 -
名前は判りません。
駅裏の方面です。 -
ここで失敗。
だれもいないので、奥に入って行き写真を撮り始めたら、男の人が入ってきたんです。
急に怖くなり慌てて出ました。 -
でも、綺麗なステンドでした。
-
華やかなステンドグラス
-
ステンドグラス
-
飛び出してから、見上げてパチリ。
こんな体験初めてでしたが、怖かった//^^;; -
ここは墓地なんですが、綺麗でした。
でも、墓地は滅多に見たいとは思わない。 -
目的地のMusee de l'Ecole de nancy
ナンシー派美術館。
アールヌーヴォ―芸術の草分け、ナンシー派の作品を集めた美術館。
建物もアールヌーヴォー。
此処を見たくてナンシーに来たのに休館日。
私の失敗で月、火休みでした。
慌ててプランを作り曜日を、考慮し忘れました。
何人もの方に尋ねながら、凄く苦労してたどり着いたんですが。
でも、目的地にはたどり着けたので満足^^ -
でも、この後ブラブラした道が、デザイン的な建物が有り凹んでいた気持ちが、少し戻った。。
インフォメ―ションで、地図をもらったのですが、フランス語では判りません。
英語用が有ったんでしょうか?
地図に番号が振ってあり、そこがアールヌヴォーの建物なんですが。 -
ウインドーのディスプレイも良かったです。
此処は、可愛いお人形が覗いていました。 -
此処の建物のデザインも良かったです。
ブラブラ散策していても何軒かありました。
住んでいらっしゃるみたいなので、写真は止めました。 -
カリエール広場(ここも世界遺産)
ここもスタニスラス広場と同じナンシー出身のエマニュエル・エレ設計。 -
?と・・
-
ここも?
-
ロレーヌ歴史博物館?
-
ぺピニエール公園
-
落ち葉の絨毯。
だれも歩いていないので静かなので この景色独り占め。
ずっと一人なら怖くないんですが・・時々キョロキョロ見まわしてます -
自転車道路マーク有りますが、時々歩く人が来るだけです。
-
黄色の絨毯・・・・
此処も綺麗でした。 -
風情がある通り
-
この教会には子供達もいたので安心して入りました。
-
最初の恐怖から天蓋の所まで急いで行きまして・・
-
1枚^^;;
-
NEW CITYの中にも、面白い建物。
-
この辺りのスーパーで食糧を調達。。
ウインドーショッピングしながら、ホテルに戻る。
ナンシー名物?のお菓子があり購入。ロンドンでお世話になった方にプレゼント。
どんな感じだったんだろう? -
ハイ、このマカロン購入。
2015年にフランスを2週間ほど旅しましたが、どこでもこんな感じのマカロンが多かったですね。
パリのマカロンが日本では有名ですが、フランス各地のこのマカロンも美味しいですよね^^ -
トラムにも乗ってみたかったけど、行き先の目標が見当たらず断念。
-
次は、ナンシーを後にして一気にアヴィニョンに向かいます。
今回行きたい所に、リヨンが有りましたが残念ながら、ストライキが有る所には、
一人旅では行けないので、次回に。
どんどん、次回行きたい場所が増えていきます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (3)
-
- jijidarumaさん 2021/10/18 01:12:59
- ポーランド王スタニスワフ・レシチニスキと夏の離宮
- rinnmamaさん、
今晩は。久しぶりです。
2010年秋の旅でRheinland-Pfalzラインラント・プファルツ州 & Saarlandザールラント州:ラインヘッセン・プファルツ・モーゼル・ナーエ地方のワイン産地を旅しました。
その際、ザールラント州ツヴァイブリュッケンにある古城ホテルに泊まりました。
ナンシーの町と関わりあるポーランド王スタニスワフ・レシチニスキと家族が、亡命中に素晴らしい夏の離宮を建てて過ごしたと云う事です。
・・・・・
<Romantik Hotel Landschloss Fasanerieロマンティックホテル
ランドシュロス ファザネリ>
D-66482 Zweibruecken 、Fasanerie 1
古城ホテル;4星S・50室。
グルメレストランTschifflikはミシュラン1星、GaultMillau 18点。全独ランク35位、
席数35、従業員11名、シェフJoerg Glauben。(日曜日は休みなので一日前倒した)
夕食は19時に予約済み。
メニューは3品Euro69、5品95、6品112、7品120、8品129。
尚、Tschifflikはチフリックでしょうか?正確とはいえませんが。トルコ語では“ Ciftlik “は農場・ファームの意味だそうです。(尚、Cは下に髭が付いたもの)
敷地40haの広さをもつ、美しい自然公園の中心に位置する4つ星スーペリアホテルは、ツヴァイブリュッケンに位置し、歴史的な建物内にてグルメレストランと、素晴らしい客室を持つホテルである。元はポーランド王Stanislaus Lesczcynskiスタニスワフ・レシチニスキの別荘として建てられたのですが、かつてのオスマントルコ帝国(現在はモルドバ共和国)の領地であったBesarabienベッサラビアやBenderベンデルにスタニスワフ王が滞在し、良き思い出があったそうで、トルコ語の名前をつけたとのことです。
レストランの料理はフレンチの正統派でした。
【歴史的記念碑ともなった庭園 Fasanerieファザネリ・Tschifflickチフリック】
元ポーランド王・リトアニア大公スタニスワフ1世・レシチニスキ(1677~1766年;王位1704~09、1733年。およびロレーヌ公在位;1737~66年)
我々は元ポーランド王スタニスワフ・レシチニスキが素晴らしい歴史的庭園を造ったことに感謝せねばならない。
彼の友人であり、支援者であったスウェーデン王カール12世Koenig Karl von Schweden(=プファルツ・ツヴァイブリュッケン公)が、王に彼のヴィッテルスバッハ公国ツヴァイブリュッケンへの亡命を認め、スタニスワフ自身が 旧ルーマニアBesarabienベッサラビアでの幸せな時代を思い、ここに夏の離宮を建て、それにトルコ名Tschifflikチフリックを与えたと云う。
スタニスワフ王、彼の妻キャサリン、2人の娘アンナとメアリーの絵画がグルメレストランTschifflikの壁を飾っているのも、ポーランド王への感謝の表れである。
王の長女アンナが若くして亡くなり、修道院Graefintalに埋葬されている。
次女メアリーは1725年にストラスブールで、後のフランス国王ルイ15世と結婚している。
1718年12月11日、スウェーデン王カール12世がノルウェー攻略の要となるフレデリクスハルド要塞を攻囲中、流れ弾に当たって落命した。
この為、ツヴァイブリュッケン公国はプファルツ伯Gustav Samuel Leopoldグスタフ・サミュエル・レオポルドの支配に戻った。
この結果、元ポーランド王スタニスワフは亡命先であったツヴァイブリュッケンを去り、仏・アルザスのWissembourgヴィッセンブール(ドイツ語でWeissenburgヴァイセンブルク)に新たな住居を求めた。
スタニスワフ王の女婿であったルイ15世は王の亡命を認め、1735年にはロレーヌ公国のロレーヌ公に任じた(~1766年)。王の家族はナンシーに移住した。
・・・・
という次第で、ナンシーの今があるようです。
それではまた。
jijidaruma
追伸:フォロー中なのに、rinnmamaさんのUK留学中の旅日記が
我が方のフォロー仲間の新規旅行記に出てきません。
何故なのでしょうね?
- rinnmamaさん からの返信 2021/10/24 22:20:10
- RE: ポーランド王スタニスワフ・レシチニスキと夏の離宮
- jijidarumaさん、こんばんは
何時も有難うございます。お返事が遅くなりごめんなさい。
久しぶりに4トラのサイトを開いてのお返事でして・・(汗)
もう少しでUK編関係は終着駅なのですが・・今年中に終わらせる予定が危うし。。
最後のご質問なのですが、この留学編は再投稿でして、新規でない為連絡は行きません。。ですので、ご覧頂く皆様には感謝あるのみです。
さて、ナンシーに関して詳しい情報を有難うございました。
私は陶器・ガラス類が好きなのでアールヌーボーの地として、ナンシーに行こうと決めただけなので、当時は咄嗟の決めた訪問地でした。
ですから、jijidarumaさんのご説明の様に詳しい事を知っていたら見方も変わっていたと思いました。
この後にフランス・アルザスも旅した時に、地球の歩き方を見ましたら、ポーランド王だったくだりが記されていました。でも、jijidarumaさんの説明は専門家目線でビックリです。
2010年のjijidarumaさんの旅行記をみなさせて頂いたのですが、ヴェイブリュッケン古城がさがせませんでしたので、遡ってゆっくり見させて頂きたいと思います。
ドイツの地名がイマイチ覚えられませんが、ルクセンブルク・フランス・ドイツに面する地域をなぞってみます。
何時もご丁寧な説明を有難うございます。
では、次はアビニョンへ向かいました・・
寒さが増してくる時期ですので、お気をつけてお過ごしくださいませ。
rinnmama
- jijidarumaさん からの返信 2021/11/04 01:32:53
- RE: RE: ポーランド王スタニスワフ・レシチニスキと夏の離宮
- rinnmamaさん、
今晩は。
遅ればせながら、追加にて以下をご参考にしてください。
この時は古城、食事、旅行とそれぞれカテゴリーで掲載してしまいましたので、普段とスタイルが異なっています。
文章は先の掲示版で十分ですので、写真などをお楽しみください。
<Romantik Hotel Landschloss Fasanerieロマンティックホテル
ランドシュロス ファザネリ>
2010年秋、ドイツワイン街道とラインラント・プファルツ州& ザールラント州の古城群を巡る
https://4travel.jp/travelogue/11324204
2010年ドイツの秋:ワイン街道を走り、様々な料理を楽しむ?
https://4travel.jp/travelogue/11326388
2010年ドイツの秋:?靴製造のメッカ・ピルマゼンスから公爵家の町ツヴァイブリュッケンへ
https://4travel.jp/travelogue/11342570
それではまた。
jijidaruma
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
rinnmamaさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
3
68