2012/10/06 - 2012/10/06
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今回は、木曽路の散策に、駒ヶ岳の千畳敷カールから、茅野に戻ってビーナスラインのドライブ。木曽路、伊那谷、諏訪周辺を巡る南信州、三日間の旅です。
初日は木曽路へ。木曽路は、中仙道の宿場町のうちの11宿。馬籠宿から贄川宿までの約90キロの範囲を言います。以前、馬籠の宿には行ったことがありまして、島崎藤村の夜明け前で描かれた、歴史的には何か抑圧されてきた地域のイメージで。同じ山里なのに、飛騨の高山辺りと比べると、何でこんなに違うのかなあと愕然とした思いがありました。
しかし、今回、奈良井から福島を回って、少し華やかな印象も加わりました。観光地としての手が加えられた結果なのかもしれませんが、それでも、東海道ほどではないにせよ、街道を行き交う人の賑わいはそれなりにあって、地域を潤していたことも間違いないでしょう。
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旅の出発地点、上諏訪駅に到着しました。
この駅の中にある足湯が有名なんです。 -
上諏訪からは、レンタカー。塩尻を経由して、木曽路へと向かいます。塩尻の中心部を過ぎた辺りで、国道沿いに、やたらとぶどうの直販所やぶどう狩り農園のある場所があります。
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ぶどうは山梨でしょといいたいところですが、この塩尻も長野にあって、ぶどう作りが盛んな地域のようです。
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デラウエアや巨砲といったなじみの品種に、この黄色いナイヤガラというのが、この辺ならではの品種のようで。車を止めて、少し買って、ドライブしながらいただきました。やはり、産地の取れたてはうまいですね〜。
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最初に寄ったのは贄川の宿。ここは、木曽路の入り口です。
屋根が風で飛ばされないようにでしょうか。屋根に小石が乗せてあって、見た目は野趣に富んでいます。
内部は、係りの人が、とても丁寧に説明してくれます。
中山道は69次で、東海道よりも長い。しかし、川越えなどの難所が少なくて、日程が狂うことがないので、和宮の旅とかでは、中山道が選ばれたのだとか。納得の説明もあって、ありがたく拝聴いたしました。
なお、内部は撮影禁止です。 -
次は、平沢宿にある漆器の資料館。
ただ、この資料館を目指して車を走らせていると、漆器の会社があちこちに。その展示場だと思いますが、似たような名前の施設もあって、とても紛らわしいです。一方で、こんなにたくさんの漆器を業とする人が多いのには驚きます。
しかし、後で、奈良井のお土産物屋さんで尋ねると、漆器職人は数人だとのことでしたが、これには違和感が残りました。
なお、内部は、木曽だけでなく、全国的に有名な作家の作品も。特に乾漆とかの作品は珍しいと思いました。 -
さて、奈良井の宿です。中山道69次の34番目の宿場であり、木曽路11宿の一つです。
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私は馬籠の宿しか経験がなかったので、下町、中町、上町と続く、これだけまとまった町並みを見て、本当にびっくりしてしまいました。
これからも、重要伝統的建造物群保存地区として、大切に保存されることを祈ります。 -
湧き水も何か所かで見かけます。
食器を洗いに来ている近所の人もいまして、まだまだ現役ですね。 -
少しお腹も減ってきたところで、徳利屋へ。
堂々とした構えが目を引きます。 -
これは、江戸時代には脇本陣をつとめ旅籠として使われた建物で、島崎藤村や正岡子規といった有名人も泊まったことがあるとのこと。
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奥の広間で、くるみ餅と栗ぜんざいをいただきましたが、広い店内は、全体ががっちりしていて、ここに座っているだけでも楽しくなりました。
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次に行ったのは、上問屋史料館。
幕府の定めた伝馬と人足を司る問屋だった手塚家の旧宅です。 -
内部は、明治天皇が使用した上段の間もあって、
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格式が窺えます。
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反面、全体としては立派なのですが、
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細部では、例えば床の間の床が幅がなくて浅かったり、御座所の天井ですらさおぶち天井だったり、質素な作り。
何か意味があるのでしょう。返って、興味をそそられました。 -
器もきれいに残っています。
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イチオシ
これは、役人の控えどころ。少し威圧感も感じます。
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さらに先へ、向かいます。
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街の中ほどにある、鍵の手。街道に曲がり角を付けて、万が一の江戸防衛のために、大軍がすんなりとは通れないようにした名残です。
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今度は元櫛問屋・中村邸。
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元櫛は、つげの櫛に漆を塗って、装飾性の高い土産品とした塗り櫛。漆は、この地方で盛んですし、旅人がお土産にするには、小さくて軽いものの方が喜ばれる。
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そうした点に目をつけて、成功を収めたのだそうです。しかし、塗り櫛の生産は昭和初期に途絶えてしまったのだそうで、今はこの建物で往時をしのぶしかありません
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奈良井の街でも一番奥の方にある民俗資料館。
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地元で使われてきた生活道具を展示しているほか、お祭りの様子などをビデオで紹介していました。
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15分くらいのビデオでしたが、奈良井の街中を神輿が進んで、それを自宅の縁側から眺める光景など、宿場町の文化が綿々と受け継がれている姿に、ちょっと感動しました。
これは子供神輿です。 -
奈良井を後にして、福島へ。
これは、木曽福島の市街に本店のある「くるまや」の支店。国道沿いにあったので、すかさず車を止めました。 -
さて、期待したおそばの味は、ちょっときつめの田舎そば。信州はどちらかというと更科系に近いそばが多いようなイメージだったので、少し新鮮。これに、例の信州そばのきれい系の汁でいただきます。
これまでにないタイプで、私としては、正直ちょっとちぐはぐな印象を持ってしまいました。この違和感は、なんだったのかなあと今でも思っています。 -
福島の街中へ入ってきました。この駐車場に車を止めて、福島関所へと登っていきます。
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福島は、中山道のほぼ中央にあって、東海道の箱根、荒居、同じ中山道の碓水と並ぶ重要な関所とされました。
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と、その前に。
福島関所の隣りにあった資料館。門を入ると、ここは一般の民家なのだと思いますが、 -
声をかけると奥から家の人が出てきて、資料館を開けてくれました。
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内部は、代々の当主の肖像画や武具・鎧なども。
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二階が藤村に関係する資料です。
なんでも、「家」という作品がこの高瀬家をモデルにしているらしく、親しく交わった様子が感じられました。 -
改めて、福島の関所跡。
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イチオシ
現在の建物は、復元されたものですが、
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川に面した側が切り立った崖だし、
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背景も深い山。
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ここを通らないと先に行けない関所に適した地形であることが分かります。
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内部の改め所は規模が大きいし、やはり、贄川の関所とは格が違います。内部の写真撮影もOK。
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通行手形や関連資料など、けっこう豊富な展示内容です。
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関所跡を出て、興禅寺へ。(興禅寺は、福島関所跡との共通券があります)
途中、街中を流れる川を越えていきます。 -
ここは、木曽氏と山村氏の菩提寺。木曽義仲の墓もあります。
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入ると、こんなところで京都と同じ、台杉の庭園。緑も濃いですね。
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これは、一番奥にある庭。重森三玲作の日本で一番大きな枯山水だとか。砂地の四角く囲まれたスペースに紀州から運んだと言う貴重な石材が、空間を広く取って配置されています。塀の向こうには、川を挟んで、木曽の山々。ダイナミックな構想ですが、ちょっと難解。パッと見の美しさが欠けているように感じました。
むしろ、入り口の台杉を使った庭の方が意表をついて楽しく感じました。 -
ちなみに、興禅寺は、古い仏画や書に仏像にだけでなく、最近の美術品まで所蔵し、りっぱな宝物館で展示しています。目を引いたのが立山周平の作品。宮崎の出身とのことですが、この寺と遠縁にあたるそうで、これは力強い美しさがただ者ではない。一見の価値があると思いました。
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イチオシ
街中に戻って、山村代官屋敷。
木曽福島の代々代官を務めたのが山村家。武田家にも仕えた戦国大名木曽氏の旧臣で、後に関ヶ原の戦いでは、中仙道を行く徳川秀忠の軍の通行を助け、その功労により木曽谷の徳川直轄支配を任されたもの。以降、福島関所の関守として、木曽一帯を支配します。 -
中で展示されていた木の説明。この木を切ったものは、打ち首となる。「木の枝一本、手一本」とも言われた厳しい規制が敷かれた木曽のもう一つの顔です。
これは、つまり、山で生活するしかない木曽の人々から山を奪い、他方では、宿場を維持するために人足の賦役を課したという、抑圧された木曽の暗い一面を表すものなのです。夜明け前のイメージにつながります。 -
一方で、資料は、書物の類とかが豊富。武力だけではなく、
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イチオシ
諸事に通じる必要のあった関所の責務がしのばれました。
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めぼしい場所はチェックしたので、福島の和菓子探索。
まずは、宝来屋です。 -
イチオシ
ここの名物は、昔ながらの味、黒蒸し羊かん。 これは、木曽の代官に献上したという歴史ある品。包装の感じも、渋くていいですね。この中に、薄い板状の羊羹が入っていまして、それこそかじりながら食べました。甘さはかなり控えめ。かといって小豆の香りが強いわけでもない。とにかく素朴な羊羹です。
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二軒目は田ぐち。
小さな店構えですが、ショーウインドーとかとてもきれいで、垢抜けています。 -
名物を聞いたら、「御嶽もなか」だそうで。そういえば、ここは木曽の御嶽山の地元だったなあと逆に気付いた次第です。
なお、お菓子のほうは、刻印してある文字がくっきりきれいで、これは好印象。甘さが控えめで、後からじんわり甘さが付いてくるような味わいでした。 -
そういえば、忘れていました。ここは上の段。
福島は、木曽の政治・経済の中心地だっただけに、木曽では一番豊かだった宿場町。 -
今でこそ、奈良井のようなまとまった宿場の町並みは残っていませんが、それだけに、この小さな一角の整った美しさは、ちょっと別格。高級感のある食堂もあったりして、町がしっかり生きている感じがしました。
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いいものを見たという満足感ですね。
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上の段にある大通寺。
何でも武田信玄の娘で木曽義昌に嫁いだ真理姫の墓があるということで訪ねました。これは行って見なければ。木曽は、武田が滅びる前、真っ先に武田を裏切っってましたね。 -
武田信玄の娘は、政略結婚の道具にされているのですが、相手は、北条氏政、上杉景勝、同族重臣の穴山梅雪と大物ぞろい。この中に木曽氏もいたのは驚きです。諏訪氏の降伏後、木曽氏も武田の軍門に降り、この真理姫が輿入れするのです。
ただ、織田氏の進出には抗すべくもなく、木曽氏は織田方に寝返り。実はこの時に、人質として武田勝頼に差し出していた子供を殺されます。つまり、真理姫は、兄弟である勝頼にわが子を殺されるのです。
木曽と武田の間に立った悲劇の真理姫です。 -
もう一つは、木曽福島の上の段にある博物館の木曽町観光文化会館(まつり会館) 。
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イチオシ
御嶽山の祭り関係の資料が豊富に展示されています。
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「木曽のおんたけさん」とか、木曽なら御嶽山は当たり前なのですが、むしろ、この会館に来て、ここが御嶽山のお膝元なのを思い出しました。他にも、「木曽のなかのりさん」。なかのりさんは、木曽の木を運ぶいかだを操る人のことだとか。言葉では知っていても、イマイチ具体的な知識になっていないことを学ぶことが出来ました。
なお、入場料は無料です。 -
もう日が暮れてきました。
和菓子三軒目は、芳香堂。 -
ここの名物は、そば饅頭。早く買って旅を急ごうと思っていたのですが、「ここのお菓子はおいしいのよね。」とか、よく知ったらしいお客があれこれ注文してなかなか買えない。しかし、それだけ言われると、期待が高まります。
さて、やっと買えたそば饅頭ですが、ほくほくした皮はいいとして、餡子の甘さがイマイチのような。実は、他のお店のお菓子もそれぞれ甘さがかなり控えめで、この甘さが木曽のスタンダードなようです。なるほど、私の舌が必要以上に甘さに慣れすぎていたようです。これは、失礼したしました。 -
木曽路は、終了。
反対方向ではありますが、風呂は高遠の桜の湯に寄りまして、伊那のホテルに帰ってきました。 -
イチオシ
地元のB級グルメ、ローメンの人気店、うしおで、夕食です。ソースのさっぱりした味がうまいです。
さて、一日目は終了。明日の駒ヶ岳に備えて、早く休みます。
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