2011/09/19 - 2011/09/19
253位(同エリア408件中)
まみさん
2011/09/19月 午前中ブハラ観光後、事前手配の車で午後シャフリサーブス経由サマルカンドへ
<ブハラ>
・ミル・アラブ・メドレセをもう一回見学(中庭の手前まで)
〜レギスタン広場よりも西へ〜
・バラハウズ・モスク見学(団体客がいたおかげか内部も見学)
・アヴドゥラ・ハン・メドレセと屋上を見学(有料)
・モダリ・ハン・メドレセ見学(無料)
・イスチロハット公園
・イスマイール・サーマーニ廟見学(有料)
・チャシマ・アイユブ廟見学(内部は水の博物館で有料)
<シャフリサーブス>
・ティムール像のある公園とアク・サライ宮殿跡
〜イバク・イユーリ通り沿いの見どころを散策〜
・コバ・キャラバンサライをさっと見学
・チャールスゥ(外観のみ)
・バザールをさっと見学
・ドルッティロヴァット建築群(有料)
コク・グムバズ・モスク(外観のみ)
グンバズィ・サイーダン廟
シャイスッディン・クラル廟
・ドルッサオダット建築群(無料)
モスクでは祈りの最中
〜タフタカラチャ峠を越えてサマルカンドへ〜
【サマルカンド泊:ホテル・アジア】
「地球の歩き方」の写真を見て、その美しさに惹かれたサーマーニ廟。
旧市街外の少しだけ郊外にあるため、旧市街観光で手一杯だったら見学はできないだろうと決めつけ、残念に思っていましたから、ブハラ2日目、午前中3時間だけ観光できた本日、サーマーニ廟まで足を伸ばすことが出来て良かったです。
サーマーニ廟があるイスチロハット公園は、きれいに整備された近代的な公園でした。
でも、ゲートは青屋根の小さなドームがついていたり、小さな観覧車は、どこか旧ソ連チックの、妙にノスタルジィを感じさせるものだったり(これは、その場ではさほど写欲はそそられず、写真を撮らなかったのが残念です!)。
日本の公園との違いも、なかなか面白く感じられました。
でも、イスチロハット公園は思っていたよりは広く、サーマーニ廟がどのあたりにあるのか、案内板もないので分かりませんでした。
できれば見たいと思うところは、1つ制覇すると次から次へと制覇したくなりますから、時間に余裕はありません。
平日の昼間だから人影は少なく、やっと出会った若いカップルに質問しようとしたとき、はたっと言葉が止まってしまいました。
まずい。
今回の旅行の前にちゃんと復習しておかなかったから、道を聞くときのロシア語のフレーズをド忘れ。
ガイドブックを見せて、「パジャーるスタ(=Please)」しか言えず、わたわたと意味不明なジェスチャーをしてしまったので、道を聞いた若者に苦笑されてしまいました。
「ありがとう」くらいはウズベキスタン語で言おうと思っていたのに、それもちゃんと覚えていなかったので、結局ロシア語の「スパシーバ」しか言えませんでした。
ああ、小さな失敗。
語学に携わる仕事をしているわりには、語学能力は高くないと自覚しているので、努力を怠ると、そのまま自分にはね返ってきてしまうものだな、と、今回もしみじみ思いました。
<2011年秋ウズベキスタン旅行:旅程一覧>
9/16金 成田発 ウズベキスタン航空でタシケントへ&国際線の遅延で国内線に乗り遅れる
9/17土 ヒヴァの代わりのタシケント観光
9/18日 朝7時台の国内線でブハラへ&ブハラ観光1日目
9/19月 午前ブハラ観光&午後サマルカンドヘ事前手配の車で移動(途中シャフリサーブス寄り道)
9/20火 サマルカンド観光1日目
9/21水 サマルカンド観光2日目
9/22木 特急シャーク号に途中乗車してタシケントへ&タシケント出国
9/23金 朝8時台に成田着
(その後、昼に妹ら一家と上野で待ち合わせて、甥っ子姪っ子らと上野動物園で遊ぶ)
※2011年秋ウズベキスタン旅行の詳細な旅程はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行プロローグ(旅程一覧)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10606873
あるいはもう一つのブログ「まみ’s Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/)の記事より
「2011年ウズベキスタン旅行の詳細旅程(写真付)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/2011-41d7.html
<立案・準備編>
「今年も2度目の海外旅行を計画中」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/08/post-087f.html
「もうすぐウズベキスタン旅行!」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/09/post-4f78.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
青いドーム屋根とアーチのあるイスチロハット公園の門
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チャリの親父とイスチロハット公園のゲート
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コスモスが乱れ咲く公園
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コスモスとドームのある建物
時間に余裕がなくなってきたので、この建物が何か確認せず、素通りするしかありませんでした。 -
コスモスと古い建物
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キバナコスモス花壇に飾られた、女性像のある意味深な空間
カリモフ大統領のイニシアチブで2006年3月から4月にかけて造られた「記念の道」だそうです。
あるいは「追悼の道」かもしれません。
英語では、Avenue of Memory。
何のか、というのは、看板に書かれてありませんでした。 -
イスマイール・サーマーニ廟
2度、人に尋ねて、やっと見つけました。
世界遺産に登録されている建物のようです。
「イスマーイール・サーマーニー廟
サーマーン朝の2代目の君主イスマーイールの霊廟で、かつては父親のアフマドやその他の一族の棺も納められていた。905年頃に完成したといわれ、完全な形で残っているサーマーン朝期の建築物としては唯一のもの。この時代は従来のイラン文明とイスラームが融合したイラン・イスラーム文化が最初に花開いた時期であり、この建物の造りにもそれが表れている。
構造は直方体の本体とそれを覆うドームからなっているが、四隅の副ドームや、側面の4つのアーチといった特徴はサーサーン朝期におけるゾロアスター教の神殿建築のものである。また、外壁の煉瓦は、あらかじめ日光の角度により異なる陰影が現れることを見込んだ上で組み込まれているが、こうした技術が可能だったのは、やはりこの地域での科学、特に幾何学の発達が背景にあったのだろう。サーマーン朝の滅亡後は長い間砂の中に埋もれていたが、それが幸いして、ほぼ原型のままで1934年に発掘された。サーマーニー公園の中にある。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
バラ花壇とイスマーイール・サーマーニー廟・その1
正方形プランの可愛らしい霊廟です。
「中央アジア最古のイスラーム建築イスマイール・サーマーニ廟
世界中の考古学者や建築家に注目されている、イスルーム初期の建築様式の霊廟。882年から943年にかけて作られた、中央アジアに現存する最古のイスラーム建築だ。
9世紀の終わりにブハラを占領して都としたサーマーン朝のイスマイール・サーマーニが父親のために建てた霊廟だが、後になって彼も、彼の孫も葬られてサーマーン朝の王族の霊廟となった。
モンゴルの来襲で町が破壊されたとき、マゴキ・アッタリ・モスクと同様に、ほとんどが土中に埋もれており、周りが墓地だったために気付かれなかったらしい。1925年に発掘された。
大きさは9m四方で、壁の厚さ1.8m、レンガを積み上げた、半球ドーム型の屋根の単純な構造だが、垂直ではなく内転び(鉛直方向に対して内側に傾いた造り)をもつ外壁など、その意匠には注目すべき要素が多い。壁面をレンガだけでさまざまな模様に積み上げているのは見事で、陰影があり、当時の建築家の技術と美意識に驚かされる。壁面は日射しの強弱、角度によって微妙に変わる。丹念に積み上げたレンガの凹凸の明暗が変わるのだ。特に月の光で見ると美しいといわれている。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より)
3つの情報源で発掘された年がずれていますが、ネットなどでさらに検索すると1925年が一番有力そうです -
ほれぼれする日干し煉瓦の壁
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煉瓦の向きを変えて重ねることで模様が形作られた壁
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バラ花壇とイスマーイール・サーマーニー廟・その2
ぐるっと回って、開いている扉を見つけました。
「イスマイル・サマニ廟
892〜943年に造られた中央アジア最古のイスラム建築。ブハラを占領していたサーマン朝4代目にして最後の王であるイスマイル・サマニが父親のために建てたが、後に自分も親族もここに葬られたため、サーマン朝の廟となっている。
わずか10.8m x 10.7m のほぼ正方形の小さな建物でいまだに正面入口がどこか定説がない。壁は厚さ1.8m もあり、日干しレンガだけを積み重ね、一切の色を使っていないそのシンプルさが何とも美しい。中に入り壁面を眺めると、全体が細かい花模様の彫刻が施され、紐状に微妙な陰影が出るようにレンガの配列に工夫がこらされており、わずかに桃色がかった灰色の壁は月の光の中で見るのが最も美しいという。
モンゴル来襲による破壊をまぬがれたのは、当時、この廟は砂に埋もれていたためで、1926年に考古学者のビャトキンが掘り起こし、イスマイル親子の遺体を発見するまで暗黒の中で静かに眠っていたことになる。」
(「ウズベキスタン シルクロードのオアシス」2000年10月5日出版(東方出版)より) -
ここから中に入る
入場料は700スム、撮影代も700スムでした。
(2011年9月現在、1,000ウズベキスタン・スム(UZS)=43.90円(約50円で換算))
ガイドブックの説明によると、ここがほんとに入口だったとは限らないようです。 -
石棺と内部の様子
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多様な壁の模様
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美しいドーム天井
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天井と壁の間
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石棺と入口のあたり
石棺のところに係員さんが座っていましたが、私がカメラを向けたらどいてくれました@
係員さんと一緒に写してもよかったんですけどネ。 -
壁から天井へ
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窓から外を眺めてみる
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壁の煉瓦1つ1つを眺める
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見上げる
小さな廟でしたが、時間をかけて眺めても飽きないくらいでした。 -
イスチロハット公園側から眺めたチャシマ・アイユブ
「地球の歩き方」にイスチロハット公園側から眺めてみると、つぎはぎのような面白い建築構造が分かるとあったので、このアングルを狙っていました。
「預言者ヨブの泉チャシュマ・アイユブ
チャシュマは“泉”、アイユブは旧約聖書に出てくる預言者ヨブのことで、“ヨブの泉”という名前である。人々が水不足で苦しんでいたとき、ヨブがここで杖を叩いたら、泉が湧き出たという伝説による。
12世紀に泉が出て、14世紀に真ん中のドームが、16世紀に前方のドームが、といった具合に次々に建て増しされていったため、アンバランスな建物になった。近くからだと全貌が見えないので、イスチロハット公園のほうから眺めてみよう。四角の平らな屋根にとんがり帽子型の屋根、ドーム型の屋根がふたつ、ドームの上に採光窓のある屋根が付いている。
昔、この泉は眼病に効くといわれておおぜいの人が遠くからやって来たが、疫病の流行で水汲みが禁止された。
今でも中に泉があり、水がこんこんと湧き出している。」
(「地球の歩き方 中央アジア サマルカンドとシルクロードの国々(2011〜2012年版)」より) -
正面から眺めても面白い屋根のチャシマ・アイユブ
増築を重ねたアイユブ廟ですが、この正面側が1番新しいそうです。
「チャシュマ・アユッブ廟
タジク語でアユッブ(旧約聖書のヨブに相当する人物)の泉を意味し、霊廟といっても祀られているのは人ではなく泉そのものだ。伝承によれば、ある時この地を訪れたアユッブが地面を杖で叩いたところ、たちまち地中から聖なる水が湧き出したという。イスラーム化以前からの聖地だったとの説もある。建物は不思議な形をしているが、これは12世紀に円錐型の屋根の霊廟が築かれた後、14世紀と16世紀に異なる形の建物がそれぞれ増築されたため(入口に当たるものが最も新しい)。霊廟内には今も泉が残っていて、聖なる水を飲むことができる。(後略)」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より) -
隣のメモリアル
イマーム・アル・ブハーリのメモリアル、と書かれた看板プレートがありました。
サーマーニ廟の煉瓦模様によく似た壁が美しいです。
時間があまりないので、こちらは中を覗くことはできませんでした。 -
さらに近づいて眺めたチャシュマ・アユブ廟
これも世界遺産に登録された建物でした。
「チャシュマとは泉、アユブは旧約聖書のヨブのこと。ヨブがここに杖を立てたら泉が湧き出たという伝説があり、今でもその泉が湧き出たという伝説があり、今でもその泉が湧いている。12世紀に泉が掘られてから、14世紀に真ん中のドームが、16世紀にその手前のドームが増築されていったため、現在は二つのドームととんがり帽子の屋根というちぐはぐな印象の建物となっている。
妃がこの泉で病気を治したため、王がこの塔を建てたという伝承などもあり、多くの伝染病患者が集まったので、疫病が広まるのを恐れたハーンがこの泉の使用を禁じたという。今でも飲んでいる人はいるようだ。」
(「ウズベキスタン シルクロードのオアシス」2000年10月5日出版(東方出版)より) -
中に入ってみる
13時までにホテルに戻らなくてはならないので、ブハラ観光はこれが最後の場所となります。
入場料は1,200スム、撮影代は1,000スムでした。 -
昔のラビハウズ(池)の絵とスザニの展示
真っ先に目についた中の展示です。
水にちなむ博物館なので、ラビハウズの絵なのでしょう。
昔はこのようにラビハウズの水は生活用水に利用されていました。
青タイルが剥がれかけた建物はナディール・ディヴァン・ハナカです。
ラビハウズとナディール・ディヴァン・ハナカの現在の実物の写真がある昨日の旅行記はこちら。
「2011年秋ウズベキスタン旅行第3日目(1)ブハラ:これならヒヴァ行きの国内線に乗り遅れた悔しさを忘れられる、と思った夢の中世シルクロード隊商都市───ホテルにチェックインするまでの午前中の散策〜コンパクトに見どころいっぱいのラビハウズ周辺」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10683456 -
美しいスザニにも惹かれて
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チャシマ・アイユブの内部
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御利益の水
おなかをこわすのが心配なので、飲みませんでした。 -
壁に残った一部古い部分
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水を運ぶ庶民の模型
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水にちなんだと思われる水彩画
でも、ボートの写真ばかり……? -
水のポスター・その1
ウズベキスタン語の意味は分からないまま、なんとなく面白くて撮っておきました。 -
水のポスター・その2
水を大切に、とロシア語で書かれています。 -
ドームの貯水池サルドバの写真
直径13-15m、深さ12-13m。
かつてブハラにあった貯水池でしょうか。詳細不明。 -
昔の水差しなど
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水袋
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ブハラの水売り
20世紀初頭までこのように水が売り買いされていたようです。 -
水運び、1930年
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水甕など
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水汲みの模型
この後は、急いでホテルに戻りました。
真っ直ぐ戻っていれば、ホテルのロビーのトイレを借りたり、汗がひくのを待ったり、など、多少は時間の余裕があったはずですが、旧市街に入ってすぐのフッジャ・ヌラパッド通りで子供たちが学校からぞろぞろ帰って来るのに遭遇してしまいました。
授業はお昼までなのか、あるいは昼食のためにいったん家に帰って来たのかは分かりません。
西欧人観光客グループが子供たちに写真を撮らせてもらっていたので、私もついついまねして頼んでしまい……。
その後は、ほとんど走るようにしてホテルに戻らなくてはならなくなりました。
でも、おかげで収穫ばっちり!
こちらのハイライト写真集にそのときに撮った子供たちの写真もあります。
「2011年秋ウズベキスタン旅行ハイライトその6:笑顔を向けてくれたウズベキスタンの人々」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10617185/
ブハラからシャフリサーブスへの車窓の外の景色の旅行記へとつづく。
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