2012/07/21 - 2012/07/23
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kojikojiさん
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長門湯元温泉を8時に出発して青海島の遊覧船に乗って10時半には萩に到着しました。観光バスツアーの成せる業ですね。車窓から萩六島諸島を眺めて約1時間、橋本川を渡ると萩市内に入ります。35年前に高校の修学旅行で訪れて以来の萩観光です。修学旅行では松陰神社と松下村塾の見学の後は自転車に乗っての自由行動でした。本当なら城址や城下町を廻らなければならないのですが、友人十数人と菊が浜で遊んでいました。私服だったのでボラ釣りをしていた漁師さんに「会社の旅行ですか?」なんて言われたことを覚えています。と言う事で最初に見学した南小萩町辺りは全く初めての見学でした。ここの見学も観る所は多いのですが僅か50分という短いものでした。ガイドさんの説明を聞いて一緒に歩いていてはどこも入場できそうもないので自由行動で歩きました。夏休みの初めの日曜日でしたが、あまり観光客の姿は無く、個人で観光している雰囲気だけは味わえました。
集合の後は10分ほどバスで移動して、松下村塾と松陰神社の見学。ここは全員で見学したので印象が残っていました。ただ、周辺には宝物館などが出来ていて思い出とは変わっていました。そして、お昼を食べる津和野までバスで移動です。明治維新前後の事をもっと勉強してからゆっくり再訪してみたいと思いました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 船 ANAグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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橋本川を渡り萩市内に入ります。日曜日の昼前ですが市内は閑散としていました。萩で一番印象に残っている笠山が出迎えてくれます。
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10時半に中央公園の駐車場に到着。自由時間が1時間ありますが、バスガイドさんと一緒に回ることもできます。ぞろぞろ周るのは好きでは無いので二人で歩くことにします。他の方とは分かれて円政寺の見学から始めます。お寺なのに鳥居がある神仏習合の珍しいお寺です。
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真言宗の寺院で、元々は山口に創建された大内氏の祈願所でしたが、移転されて毛利氏の祈願所となったそうです。
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提灯の紋は「一文字に三つ星」、一品の字を紋章化したといわれている毛利氏の家紋です。
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円政寺の金毘羅社には十二支の彫刻が施されてありました。また欄間には獅子の透かし彫りがあり、裏から見ると牡丹の花の両面彫刻になっています。
嘉永年間には住職が従兄妹の林琴子の子供である利助を預かって読書や習字を教えます。その子が明治の元勲伊藤博文です。 -
本殿には巨大な天狗面が掛けられています。以前は口髭をはやし金色の目を光らせていたそうですが、近所に生まれた高杉晋作はこの面を見せられ物おじしないように育てられたそうです。
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山口県最大の石灯籠。見事な彫刻です。
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司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んで大連から旅順、奉天から哈爾濱をゆっくり旅したことがありましたが、「世に棲む日日」も読まなければいけないなと思いました。
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江戸屋横町を北に向かって歩きます。通りを歩く人はほとんどいません。車も通らず時間が止まったような錯覚に囚われます。
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ただただ日差しの強い日でした。
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毛利敬親の侍医を務めた幕末の蘭学医、青木周弼が生まれ育った家。
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イチオシ
萩と言うのはこんなに観光客が少ない所なのだろうかと思ってしまいます。
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去年旅したモン・サン・ミッシェルでも観光客が少なくて随分寂しい観光地だと思ったことがありました。
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幕末に藩の直目付などの要職を務めた佐伯丹下の旧宅です。
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イチオシ
立派な松から素晴らしい庭があるのだろうと感じさせます。
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維新の三傑と呼ばれた木戸孝允、別名“桂小五郎”の生家。生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした木造瓦葺の家です。
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入口は裏側へ廻りますが何となく建物の中が伺えるので表からの見学に留めました。
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何せ1時間の見学時間ではゆっくり歴史に浸るなんて時間はありません。
どなたかが拾って置いた夏みかんがひとつ。 -
内部を見学できなかったのが残念です。藩校明倫館に通い吉田松陰の兵学門下となり、藩の要職に就いた後に京へ出て国事に奔走しました。藩命により姓を木戸に改め、坂本竜馬の仲介のもと薩摩藩の西郷隆盛や大久保利通らと薩長同盟を結びます。維新の後は、五箇条の御誓文の起草、版籍奉還、廃藩置県などの推進に功績を残す方がここで生まれ育ったのかと思うと萩と言う地は凄い所だと思います。
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今はただ青い空と夏みかん。
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動乱の時代を感じさせるものはありません。
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イチオシ
個人的には一番興味のあった菊屋家住宅です。江戸初期の建築で現存する商家としては最古の部類に属して400年の歴史があるそうです。元々大内氏時代には武士であったが、毛利輝元公萩城築城の際には有力町人として萩に入り、町づくりに尽力したそうです。。主屋をはじめ5棟が国指定重要文化財に指定され、幕府巡検使の宿として本陣としての役割も持ってそうです。
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何故この家に興味があったかというと母の実家である京都の二条陣屋に家の由来が似ていたからです。
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初めて来たのに非常に懐かしい感じがしました。大広間から庭を眺めた感じ。
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イチオシ
右手のこの辺りの雰囲気も似ています。
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床の間には山村耕花の「立葵図」ちょうどタチアオイの時期ですね。
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敷地は京都の家より広いようです。
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イチオシ
御簾が涼しさを演出しています。
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台所の吹き抜けは京都の町屋のようです。木組みに懐かしさを感じます。子供の頃祖母が台所に立っていた姿を思い出します。
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修復がなされているので非常に綺麗に残っています。
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家の歴史を感じさせる蘇鉄。
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おくどさん。
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陣屋にもこんな電話があったなと思い出します。
萩で懐かしさに浸れるとは思いませんでした。 -
立派な玄関。
京都の二条陣屋は2年前から解体修理中で来年まで見に行くことは出来ません。 -
御成道から菊屋横町に入ります。立派なウインドウに萩焼の作品が並んでいます。当代が東京芸術大学院修了の際に作陶した「ハイヒール」という作品に似ています。「陶」と「エロス」の融合だそうです。
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なまこ壁の美しい横丁ですがこちらも人通りはありません。
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高杉晋作の旧宅に着きました。ここには見学の方がいらっしゃいましたが、外国の方が多いのに驚きました。
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白壁に木々の影が美しいと思いました。
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「鼻輪も通さぬ放れ牛、束縛されない人」と評された高杉晋作はこんな家で生まれ育ったのですね。最近の大河ドラマの「龍馬伝」の印象が強いのか伊勢谷友介を思い出してしまいます。
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晋作は防州一の美人と言われる井上雅子と結婚するも、国事に奔走していたためほとんど一緒にはいられなかったそうです。一緒に居られたのは病で動けなくなってからだそうです。
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1時間の自由時間ではあまりに短すぎます。
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残り10分で晋作宅を後にします。
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またいつかゆっくり訪ねたい萩旧市街でした。
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修学旅行の時は両親に萩焼の湯飲みを買って帰ったのを思い出しました。
今は京都のもの以外はほとんど買う事はありません。 -
素晴らしい歴史の詰まった萩の旧市街の一角でした。
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駐車場に戻ってバスはすぐに出発します。そして松陰神社の駐車場に停まります。
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ここはバスガイドさんの案内によって見学します。
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ここには修学旅行でも来たはずなのですが印象には残っていません。
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明治維新胎動之地碑
建立当時の総理大臣佐藤栄作の筆だそうです。 -
ここだけは鮮明に印象に残っています。学年全員300人くらいで見学したのを思い出します。ここも我々のバス一台の観光客くらいしかいません。
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松陰の叔父である玉木文之進が自邸にて開設して、後に松陰の外伯父にあたる久保五郎左衛門が継いで、松陰が実家杉家邸内の納屋を増改築して開いた私塾です。塾では身分の区別なく学ぶことができ、幕末維新期に活躍して近代日本の原動力となった数多くの逸材が輩出された場所です。塾に通っていたのは近所の青年たちで、高杉晋作のような士分の存在は稀な存在だったそうです。
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講義を行った八畳間には松陰像と机が置かれています。
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そして松陰像の掛け軸が。
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松の樹の下にあるので松下村塾です。
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そうそうたる人物の肖像画飾られています。
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イチオシ
高杉晋作、久坂玄瑞は、「識の高杉、才の久坂」と称され、「松下村塾の双璧」と呼ばれたそうです。更にこの二人に吉田稔麿を入れて松陰門下の三秀と言い、入江九一を合わせて「松下村塾の四天王」と称されました。
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松下村塾の建物の横は松陰が幽囚された旧宅が残ります。
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この建物は松陰の父合之助の旧宅ですが、家禄四十九石余りの親族である瀬能家から借りたのもなのでかなりの広さがあります。
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伊豆下田の渡航に失敗して江戸から萩の野山獄に移された後に実家お預けとなり三畳一間に幽囚されます。
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安政五年に老中間部詮勝の要撃を企てたために野山獄へ再入獄される前に再びここに幽囚されます。
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高校生の時にここで大志を抱けば良かったのですが・・・。
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イチオシ
松陰神社の紋は「瓜の中に卍」です。この紋は長州藩山鹿流軍学師範吉田家の家紋であり、吉田松陰の家紋ですが、あまり見かけない紋でもあります。
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今からお参りしても手遅れですがこれ以上頭が悪くならないようにお願いしておきます。
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松陰神社は吉田松陰を祀っているので、神紋はもちろん、松陰の家紋である「五瓜に卍(ごかにまんじ)」紋です。松陰は五歳で生家の杉家より、長州毛利藩の軍学師範の家柄の吉田家の養子になり、この家紋はその吉田家のものです。神社なのにお寺でも無いのに卍紋が使われている理由です。
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松陰は偽名を使う必要に迫られ、偽名として名乗ったのが「瓜の内まんじ」だったと伝わっているそうです。この偽名は、下田におけるペリーの黒船渡米未遂の際にも使われたそうです
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有名な松陰の歌碑がありました。
「親思う こころにまさる 親ごころ
きょうの音づれ 何ときくらん」
碑文は郷里の両親に宛てた書簡の自筆を模写拡大したものです。 -
参道のお土産物屋では甘夏が売られています。1ネット600円と安いです。さすがに5キロは持って帰るのは大変なので小さいネットを買いました。
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午前中の観光は萩で終わりです。ここから津和野まで一気に移動して昼食になります。
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