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2008年初冬、妻とスペインに旅しました。<br />この旅行には三題話が結果的に起こってしまいました。<br />先ず一番目:<br />旅行出発の四日前に趣味の英語会話サークルの忘年会がありました。雨の降る夜、急な階段のお店を出るとき、チャック式の靴のチャックを閉じずに降りる。後一歩というところで滑らせ、左足首を捻挫。とりあえずタクシーに乗り、翌朝一番で近所の外科病院にかけこむ。痛み止め、湿布薬をいただき、松葉杖も貸与された。医者に「三日後には海外旅行にいくのだが、よろしいか?」と訊いてみた。彼曰く「普通は勧めません。靭帯を少しひねっただけなので、可能でしょう。」妻にはあきれられました。急遽、近所の靴量販店を訪れ、踝から上までカバーする固めの靴を調達。二日ほどは松葉杖の厄介になりながら、医者通いをし、前日には松葉杖も返却しスーツケースも準備、なんとか軽く足を引きずりながらスーツケースを杖がわりに出発。<br />次に起こったことは:<br />成田発、パリ・ドゴール空港経由のバルセロナ到着が今回の往きのルートでした。なんとなく胸騒ぎはしていました。そうです、ロストバゲッジがなければいいがなと・・・<br />果たせるかな、バルセロナ空港の機内預け荷物受け取りのターン・テーブルに小生のスーツケースが現れてこないのです。同行グループの20数名のうち、よりによって小生のみが・・・<br />複数あるターンテーブルをすべてチェック。ありません。添乗員とともにバッゲッジ・クレイムのカウンターに赴き、その旨申請。しばらく英語、スペイン語で口頭やり取りの後、パソコン画面とやりとり、「ドゴール空港に残っている。」とのこと。バルセロナは近郊のシッチェスに2連泊、その間に届くのだろうか・・・<br />結局、帰国直前の夜、最終地のマドリッドで再会。まったく無意味なスーツケースであった。とほほ・・・<br />最後には:<br />マドリッドからはオランダ・スキポール経由、成田着の復路でした。マドリッドはほぼ定刻に朝の8時頃に離陸10時前にはスキポール空港に到着。13時発のJAL機で成田に向かうだけ。ところがである、ロビーにアナウンス。当該JAL機の前輪の一部にパンク発生。機材の調達努力を行っているとのこと。結局、その日には調達不可とのことで、欠航。夜の9時頃まで、ロビーに居た後、急遽、空港内にあるホテル「ヒルトン」に臨時宿泊となる。小生のように暇人はいいのだが、かなりの人たちが、ホテルから日本に会社などに、連絡をとっていた。<br />翌朝11時頃の臨時便で成田へと飛び立ったのであった。

はじめてのスペイン(1)(バルセロナ)ロストバッゲッジのままで

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2008/12/13 - 2008/12/23

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tadashi

tadashiさん

2008年初冬、妻とスペインに旅しました。
この旅行には三題話が結果的に起こってしまいました。
先ず一番目:
旅行出発の四日前に趣味の英語会話サークルの忘年会がありました。雨の降る夜、急な階段のお店を出るとき、チャック式の靴のチャックを閉じずに降りる。後一歩というところで滑らせ、左足首を捻挫。とりあえずタクシーに乗り、翌朝一番で近所の外科病院にかけこむ。痛み止め、湿布薬をいただき、松葉杖も貸与された。医者に「三日後には海外旅行にいくのだが、よろしいか?」と訊いてみた。彼曰く「普通は勧めません。靭帯を少しひねっただけなので、可能でしょう。」妻にはあきれられました。急遽、近所の靴量販店を訪れ、踝から上までカバーする固めの靴を調達。二日ほどは松葉杖の厄介になりながら、医者通いをし、前日には松葉杖も返却しスーツケースも準備、なんとか軽く足を引きずりながらスーツケースを杖がわりに出発。
次に起こったことは:
成田発、パリ・ドゴール空港経由のバルセロナ到着が今回の往きのルートでした。なんとなく胸騒ぎはしていました。そうです、ロストバゲッジがなければいいがなと・・・
果たせるかな、バルセロナ空港の機内預け荷物受け取りのターン・テーブルに小生のスーツケースが現れてこないのです。同行グループの20数名のうち、よりによって小生のみが・・・
複数あるターンテーブルをすべてチェック。ありません。添乗員とともにバッゲッジ・クレイムのカウンターに赴き、その旨申請。しばらく英語、スペイン語で口頭やり取りの後、パソコン画面とやりとり、「ドゴール空港に残っている。」とのこと。バルセロナは近郊のシッチェスに2連泊、その間に届くのだろうか・・・
結局、帰国直前の夜、最終地のマドリッドで再会。まったく無意味なスーツケースであった。とほほ・・・
最後には:
マドリッドからはオランダ・スキポール経由、成田着の復路でした。マドリッドはほぼ定刻に朝の8時頃に離陸10時前にはスキポール空港に到着。13時発のJAL機で成田に向かうだけ。ところがである、ロビーにアナウンス。当該JAL機の前輪の一部にパンク発生。機材の調達努力を行っているとのこと。結局、その日には調達不可とのことで、欠航。夜の9時頃まで、ロビーに居た後、急遽、空港内にあるホテル「ヒルトン」に臨時宿泊となる。小生のように暇人はいいのだが、かなりの人たちが、ホテルから日本に会社などに、連絡をとっていた。
翌朝11時頃の臨時便で成田へと飛び立ったのであった。

  • 2008年12月13日<br />成田をたってから12時間以上。パリ郊外ドゴール空港で、バルセロナへの接続便を待っている。この空港は昨年の旅行の帰国便(パリからウィーン経由の成田)のとき利用しました。昨年から特に変化は気がつかなかった。

    2008年12月13日
    成田をたってから12時間以上。パリ郊外ドゴール空港で、バルセロナへの接続便を待っている。この空港は昨年の旅行の帰国便(パリからウィーン経由の成田)のとき利用しました。昨年から特に変化は気がつかなかった。

  • 2008年12月13日<br />懸念したとおり、小生のスーツケースがロストバッゲッジにみまわれた。他のメンバーをバスに待たせること1時間以上で、クレーム・カウンターでの処理を終えた。カウンターでこの「お助けセット」をもらった。小さな黒のポシェットにTシャツ、歯磨きセット、くし、簡易かみそり、デオラント、耳掃除セットなどとお詫びのメッセージ・シートが入っていた。MADE IN JAPAN とのことであった。

    2008年12月13日
    懸念したとおり、小生のスーツケースがロストバッゲッジにみまわれた。他のメンバーをバスに待たせること1時間以上で、クレーム・カウンターでの処理を終えた。カウンターでこの「お助けセット」をもらった。小さな黒のポシェットにTシャツ、歯磨きセット、くし、簡易かみそり、デオラント、耳掃除セットなどとお詫びのメッセージ・シートが入っていた。MADE IN JAPAN とのことであった。

  • 上記のお詫びメッセージ・シートは、写真のように、ここはバルセロナであるので、まずカタロニャ語、スペイン語(カステージャ語)、イタリア語

    上記のお詫びメッセージ・シートは、写真のように、ここはバルセロナであるので、まずカタロニャ語、スペイン語(カステージャ語)、イタリア語

  • 英語、ドイツ語、中国語、日本語であった。<br /><br />不幸にしてロスト・バッゲジになった場合は、忘れずにクレイム・カウンターで請求してください。<br />このときは、この便の数人の被害者がいた。我が添乗員は個人旅行の若い日本人女性に頼まれ彼女の分のクレイム処理も助けてあげていた。このへんが、日本人ですね。

    英語、ドイツ語、中国語、日本語であった。

    不幸にしてロスト・バッゲジになった場合は、忘れずにクレイム・カウンターで請求してください。
    このときは、この便の数人の被害者がいた。我が添乗員は個人旅行の若い日本人女性に頼まれ彼女の分のクレイム処理も助けてあげていた。このへんが、日本人ですね。

  • バルセロナの近郊(車で40分くらい)のシッチェスという夏場に繁忙するきれいな地中海の海辺にあるリゾート・シティーのANTEMARE(海の前というカルニャ語)というホテルが今日、明日の宿泊ホテルです。<br />入口からの絵です。ホテルの前の道路は閑散期にメンテということで、あちらこちら工事中です。

    バルセロナの近郊(車で40分くらい)のシッチェスという夏場に繁忙するきれいな地中海の海辺にあるリゾート・シティーのANTEMARE(海の前というカルニャ語)というホテルが今日、明日の宿泊ホテルです。
    入口からの絵です。ホテルの前の道路は閑散期にメンテということで、あちらこちら工事中です。

  • 部屋に荷物を投げ込み(といっても小生はスーツケースがないのであっという間)、ホテルから100メートルほどの浜辺に地中海に沈む夕日を眺めに、散歩がてらで架けました。地中海という響きに何故かロマンティックな心持がしたものです。

    部屋に荷物を投げ込み(といっても小生はスーツケースがないのであっという間)、ホテルから100メートルほどの浜辺に地中海に沈む夕日を眺めに、散歩がてらで架けました。地中海という響きに何故かロマンティックな心持がしたものです。

  • 2008年12月14日<br />さあ、今日はたった一日で見所一杯のバルセロナの観光です。<br />まず、バルセロナ・オリンピックの女子マラソンの有森さんのデッドヒートで日本人の脳裏に刻まれたモンジュイックの丘を望む、エスパニャ広場です。

    2008年12月14日
    さあ、今日はたった一日で見所一杯のバルセロナの観光です。
    まず、バルセロナ・オリンピックの女子マラソンの有森さんのデッドヒートで日本人の脳裏に刻まれたモンジュイックの丘を望む、エスパニャ広場です。

  • この広場の隣接の円形ロータリーの中心のモニュメントとその向こうに改修工事中の元闘牛場です。この元闘牛場はショッピング・センターになるのだということでした。そういえば、バルセロナのある自治州であるカタルニャは、これを描いている2012年の1月1日付けで、闘牛禁止法が施行されています。闘牛はカタルニャの文化ではない、カステリャの文化の押し付けだという主張がこの法律成立の根底にあるようです。

    この広場の隣接の円形ロータリーの中心のモニュメントとその向こうに改修工事中の元闘牛場です。この元闘牛場はショッピング・センターになるのだということでした。そういえば、バルセロナのある自治州であるカタルニャは、これを描いている2012年の1月1日付けで、闘牛禁止法が施行されています。闘牛はカタルニャの文化ではない、カステリャの文化の押し付けだという主張がこの法律成立の根底にあるようです。

  • モンジュイックの丘方面に向かう大きな道路にこれまた大きなオベリスクが両側に立っています。このオベリスク近くがスベテラニョ(地下鉄)駅の入口があります。突き当たりの小高くなったところに、宮殿風の建物が見えます。カタルーニャ美術館です。スペインにおけるロマネスク壁画の量質ともに圧倒的だということです。今回の旅ではここから建物のみを一瞥するだけです。機会あらば、訪れて観賞したいものです。現地ガイドの話によれば、内部に設営されてるレストランが雰囲気、料理ともすばらしいと言っていました。

    モンジュイックの丘方面に向かう大きな道路にこれまた大きなオベリスクが両側に立っています。このオベリスク近くがスベテラニョ(地下鉄)駅の入口があります。突き当たりの小高くなったところに、宮殿風の建物が見えます。カタルーニャ美術館です。スペインにおけるロマネスク壁画の量質ともに圧倒的だということです。今回の旅ではここから建物のみを一瞥するだけです。機会あらば、訪れて観賞したいものです。現地ガイドの話によれば、内部に設営されてるレストランが雰囲気、料理ともすばらしいと言っていました。

  • エスパニャ広場を離れ、バスにてバルセロナ旧市街地中心地区の入口にある「カタルニャ広場」に赴きました。近くに趣のあるビルがあったのでカメラを向けました。銀行の建物でした。看板を拡大してみると、エスパニア信託銀行とマドリッド信用金庫とあります。

    エスパニャ広場を離れ、バスにてバルセロナ旧市街地中心地区の入口にある「カタルニャ広場」に赴きました。近くに趣のあるビルがあったのでカメラを向けました。銀行の建物でした。看板を拡大してみると、エスパニア信託銀行とマドリッド信用金庫とあります。

  • エスパニャ広場にはジプシー(ヒターノ)の中年女性が大きなマグカップを手に持って「ポルファボール、ポルファボールといって」お金を求めていました。

    エスパニャ広場にはジプシー(ヒターノ)の中年女性が大きなマグカップを手に持って「ポルファボール、ポルファボールといって」お金を求めていました。

  • エスパニャ広場をあとにし、車窓より町を観光。アントニオ・ガウディの作品がそこかしこにありました。この建物は彼の最後の対民間建築である「カサ・ミラ」です。バルコニィーの鉄製の柔らかな感じがする欄干が目を引きます。ここも次に訪問することがあれば、中に入って見たところの一つです。

    エスパニャ広場をあとにし、車窓より町を観光。アントニオ・ガウディの作品がそこかしこにありました。この建物は彼の最後の対民間建築である「カサ・ミラ」です。バルコニィーの鉄製の柔らかな感じがする欄干が目を引きます。ここも次に訪問することがあれば、中に入って見たところの一つです。

  • 世界文化遺産のサン・パウ病院の正面パビジョンです。世界遺産でありながら現役で病院として機能しているのはなんともはやすばらしいの<br />言葉しかありません。各病棟建物は花や天使や聖人たちの彫刻が施されれ、壁のモザイク模様はつとめて明るい色にしたのだという。

    世界文化遺産のサン・パウ病院の正面パビジョンです。世界遺産でありながら現役で病院として機能しているのはなんともはやすばらしいの
    言葉しかありません。各病棟建物は花や天使や聖人たちの彫刻が施されれ、壁のモザイク模様はつとめて明るい色にしたのだという。

  • サン・パウ病院は現役病院であり、旧病棟と新病棟の案内図です。<br />カタロニア語で記入されています。ここでもマドリッドへのかなりの敵愾心を感じます。こちらの看板は建物の説明のようです。

    サン・パウ病院は現役病院であり、旧病棟と新病棟の案内図です。
    カタロニア語で記入されています。ここでもマドリッドへのかなりの敵愾心を感じます。こちらの看板は建物の説明のようです。

  • そして、こちらは扱っている各医療科の案内のようです。

    そして、こちらは扱っている各医療科の案内のようです。

  • 正面の第一ファサードのような空間から外部の風景です。向こうにサグラダ・ファミリアの特徴的な尖塔が望めます。

    正面の第一ファサードのような空間から外部の風景です。向こうにサグラダ・ファミリアの特徴的な尖塔が望めます。

  • 病院敷地の入場門です。ここからもサグラダ・ファミリアが見えます。

    病院敷地の入場門です。ここからもサグラダ・ファミリアが見えます。

  • サン・パウ病院に別れを告げ、ガウディーの作品の一つである「グエル公園」に着きました。公園内に設営されている園内を結ぶ陸橋。この支柱はやしの木をイメージしたとのことです。

    サン・パウ病院に別れを告げ、ガウディーの作品の一つである「グエル公園」に着きました。公園内に設営されている園内を結ぶ陸橋。この支柱はやしの木をイメージしたとのことです。

  • 公園入口のグリムの御伽噺のお菓子の家のような建物。管理人の家と管理事務所用の意図であったとのことです。<br />こちらが管理人の家だったかも・・・

    公園入口のグリムの御伽噺のお菓子の家のような建物。管理人の家と管理事務所用の意図であったとのことです。
    こちらが管理人の家だったかも・・・

  • そして、こちらが管理事務所だったような気がします。

    そして、こちらが管理事務所だったような気がします。

  • 突き当たりの屋上がギリシャ劇場とよばれたテラス。その下はちょっとしたホールになっている。このホール天井には日本の岡本太郎を思わせるオブジェがあったのを記憶しています。<br />一人のミュジシャンが日本人の大好きな「アルハンブラの思い出」をギターで演奏しながら、自作CDを観光客に販売していました。<br />階段の途中には有名なトカゲが鎮座しています。

    突き当たりの屋上がギリシャ劇場とよばれたテラス。その下はちょっとしたホールになっている。このホール天井には日本の岡本太郎を思わせるオブジェがあったのを記憶しています。
    一人のミュジシャンが日本人の大好きな「アルハンブラの思い出」をギターで演奏しながら、自作CDを観光客に販売していました。
    階段の途中には有名なトカゲが鎮座しています。

  • トカゲの近接写真です。

    トカゲの近接写真です。

  • グエル公園に別れを告げ、ピカソ美術館に向かいました。この写真の奥はピカソの作品集、絵葉書などの販売店です。幼少期から青年期の作品が数多く収蔵展示されています。「青の時代」や「キュビズム」などピカソの変遷過程が良く理解できるようにアレンジされています。展示館内はカメラNGです。販売店はおかげ?で大盛況です。

    グエル公園に別れを告げ、ピカソ美術館に向かいました。この写真の奥はピカソの作品集、絵葉書などの販売店です。幼少期から青年期の作品が数多く収蔵展示されています。「青の時代」や「キュビズム」などピカソの変遷過程が良く理解できるようにアレンジされています。展示館内はカメラNGです。販売店はおかげ?で大盛況です。

  • カタラニャ語でピカソの姉妹がドネーションしたことが壁に記されています。<br />ピカソ美術館を出た直後に我々一行にアクシデントというか事件が発生。現地ガイドがスリ・グループを発見。大きな声で「PICK POCKET!」と叫んで注意を喚起したのですが、3人組の若いヒターノと思われるグループに先頭を進んでいた我々グループの2人連れの若い女性たちが囲まれました。あっという間にバッグから財布を抜き取り、3方向に散っていったのでした。ものの20秒くらいだったと思います。<br />現地ガイドいわく、「グッズ・ショップの中から獲物として目をつけていたと考えられる。日本人観光客はキャッシュを多く持っていることを彼らは良く知っている。集団で連携プレーされるので、うっかりしているとやられます。」パスポートは盗まれなかったのが不幸中の幸いだったが1000ユーロ程は泥棒たちの稼ぎとなってしまった。クレジット・カード類は財布にはいっていたため、添乗員はカード会社への手続きという仕事が増えてしまったのであった。ちなみに、彼は小生のスツケースについても、一定時間おきに、動行チェックを行っていました。このときもチェックし、ホテルにもバルセロナ空港にも届いていないとのことであった。

    カタラニャ語でピカソの姉妹がドネーションしたことが壁に記されています。
    ピカソ美術館を出た直後に我々一行にアクシデントというか事件が発生。現地ガイドがスリ・グループを発見。大きな声で「PICK POCKET!」と叫んで注意を喚起したのですが、3人組の若いヒターノと思われるグループに先頭を進んでいた我々グループの2人連れの若い女性たちが囲まれました。あっという間にバッグから財布を抜き取り、3方向に散っていったのでした。ものの20秒くらいだったと思います。
    現地ガイドいわく、「グッズ・ショップの中から獲物として目をつけていたと考えられる。日本人観光客はキャッシュを多く持っていることを彼らは良く知っている。集団で連携プレーされるので、うっかりしているとやられます。」パスポートは盗まれなかったのが不幸中の幸いだったが1000ユーロ程は泥棒たちの稼ぎとなってしまった。クレジット・カード類は財布にはいっていたため、添乗員はカード会社への手続きという仕事が増えてしまったのであった。ちなみに、彼は小生のスツケースについても、一定時間おきに、動行チェックを行っていました。このときもチェックし、ホテルにもバルセロナ空港にも届いていないとのことであった。

  • 窃盗事件で妙に興奮状態のまま、昼食をとった後、サグラダ・ファミリアに向かいました。クレーンがいくつも動いており、まさしく工事現場そのものです。あちこちに材料や工事用具などがあり、まごまごするとけつまずいてしまいます。これを記している2012年4月現在では、かなり工事も進捗し、クレーンもすくなくなっていると、最近行かれた方からは聞いております。工事真っ最中ということもあり、荘厳さはかんじられませんでした。何年か後に落ち着いたころに再訪すれば、また異なった感慨にひたれると思っています。

    窃盗事件で妙に興奮状態のまま、昼食をとった後、サグラダ・ファミリアに向かいました。クレーンがいくつも動いており、まさしく工事現場そのものです。あちこちに材料や工事用具などがあり、まごまごするとけつまずいてしまいます。これを記している2012年4月現在では、かなり工事も進捗し、クレーンもすくなくなっていると、最近行かれた方からは聞いております。工事真っ最中ということもあり、荘厳さはかんじられませんでした。何年か後に落ち着いたころに再訪すれば、また異なった感慨にひたれると思っています。

  • 南がわの「誕生の門」の楽器を奏でる天使たちの彫刻像。某コーヒーのコマーシャル、「違いのわかる・・・」で有名な外尾悦郎さんの作品です。

    南がわの「誕生の門」の楽器を奏でる天使たちの彫刻像。某コーヒーのコマーシャル、「違いのわかる・・・」で有名な外尾悦郎さんの作品です。

  • 北側の「受難の門」を見上げました。こちらの彫刻は思い切ってデフォルメされた現代的なカットです。このあたりのことも、ガウディーの考え方に沿っているのかどうかは伺っていません。どなたかご存知ならご教示ください。

    北側の「受難の門」を見上げました。こちらの彫刻は思い切ってデフォルメされた現代的なカットです。このあたりのことも、ガウディーの考え方に沿っているのかどうかは伺っていません。どなたかご存知ならご教示ください。

  • 「受難の門」の左側にキリストとユダの像があり、その左に数字の表があります。縦横斜めの各一列の数字をサマライズしてみてください。<br />ほら、皆同じ数字33になっています。この意味も教えてもらったような気がしますが、覚えていません。<br />調べたところ、どうもイエス・キリストの亡くなった年齢が33だということのようです。

    「受難の門」の左側にキリストとユダの像があり、その左に数字の表があります。縦横斜めの各一列の数字をサマライズしてみてください。
    ほら、皆同じ数字33になっています。この意味も教えてもらったような気がしますが、覚えていません。
    調べたところ、どうもイエス・キリストの亡くなった年齢が33だということのようです。

  • バルセロナ歴史地区の中心にもどってきました。コロンブスがイサベル女王にアメリカ発見の報告謁見を行うときに馬で上ったという階段が奥に見えます。王の広場といいます。

    バルセロナ歴史地区の中心にもどってきました。コロンブスがイサベル女王にアメリカ発見の報告謁見を行うときに馬で上ったという階段が奥に見えます。王の広場といいます。

  • ランブラス通りでお買い物タイム。クリスマス用のお飾りが売られている屋台店がたくさんでています。現地の市民がおおぜいいます。街頭ではクリスマスの音楽が流れムードをたかめています。<br /><br />この後、シッチェスへ戻りました。やはりスーツケースは届いていません。下着類をどうにか調達しなければとシッチェスの商店街らしきところにホテルでのディナー前に出かけました。しかし、ここはリゾート地、それも季節はずれということで衣料日用品の店は見つかりません。ようやく水着を中心に販売している店を一軒発見。ここでパンツ代わりに水泳トランクスを2枚ほど購入。しっかりレシートは保管。後で旅行保険で請求するためです。上用の下着や靴下類は見つかりません。次にラグジャリー・シャツの店発見。<br />ここでシャツを2枚購入。アルマーニーでした。かなり高かった。靴下は見つからず、最後には薬局(ファルマシア)に行く。靴下代わりに「足首手首用サポータ」を購入。左足は捻挫しているし、丁度よかったかも・・・<br />本来は、バルセロナで購入すればよいのだが、そこは団体行動の団体旅行のためままならない。今考えると、この写真のときの買い物タイムに衣料品店を紹介してもらえばよかった。まあ、この時点ではまさかスーツケースが最後までとどかないとは思っていなかったのでいたしかたない。<br />この日の夜は、リーガ・エスパニョラのクラシコ、レアルとバルサの試合があるということで、街のBARやRESTAURANTEではその準備真っ最中という状況。多くのテーブル、いすをオープンスペースに並べ、客の襲来を待っている状態。小生は宿に帰り、ホテルのレストランで皆で会食。プール脇の別のスペースでは現地のファミリーと思われる一団が赤ちゃんからお年寄りまでにぎやかにフィエスタ中であった。

    ランブラス通りでお買い物タイム。クリスマス用のお飾りが売られている屋台店がたくさんでています。現地の市民がおおぜいいます。街頭ではクリスマスの音楽が流れムードをたかめています。

    この後、シッチェスへ戻りました。やはりスーツケースは届いていません。下着類をどうにか調達しなければとシッチェスの商店街らしきところにホテルでのディナー前に出かけました。しかし、ここはリゾート地、それも季節はずれということで衣料日用品の店は見つかりません。ようやく水着を中心に販売している店を一軒発見。ここでパンツ代わりに水泳トランクスを2枚ほど購入。しっかりレシートは保管。後で旅行保険で請求するためです。上用の下着や靴下類は見つかりません。次にラグジャリー・シャツの店発見。
    ここでシャツを2枚購入。アルマーニーでした。かなり高かった。靴下は見つからず、最後には薬局(ファルマシア)に行く。靴下代わりに「足首手首用サポータ」を購入。左足は捻挫しているし、丁度よかったかも・・・
    本来は、バルセロナで購入すればよいのだが、そこは団体行動の団体旅行のためままならない。今考えると、この写真のときの買い物タイムに衣料品店を紹介してもらえばよかった。まあ、この時点ではまさかスーツケースが最後までとどかないとは思っていなかったのでいたしかたない。
    この日の夜は、リーガ・エスパニョラのクラシコ、レアルとバルサの試合があるということで、街のBARやRESTAURANTEではその準備真っ最中という状況。多くのテーブル、いすをオープンスペースに並べ、客の襲来を待っている状態。小生は宿に帰り、ホテルのレストランで皆で会食。プール脇の別のスペースでは現地のファミリーと思われる一団が赤ちゃんからお年寄りまでにぎやかにフィエスタ中であった。

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