2011/12/02 - 2011/12/02
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belleduneさん
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永観堂禅林寺の紅葉を堪能した後、30分程歩いて、くろ谷金戒光明寺へ行きました。くろ谷は法然上人が43歳の時(承安5年)、比叡山の修行を終えて、この地で念仏をされました。その時、紫雲が全山にたなびき、光明が辺りを照らしたことから浄土宗最初の念仏道場が開かれたそうです。
紫雲の庭の紅葉もまだ残っていました。
この後、真如堂へ周りましたが、もう4時近かったので、境内を散策することにしました。
青蓮院門跡のライトアップを期待して、行列に並んだのですが、青いライトの全体のデザインが安っぽい感じがして、青蓮院のイメージが落ちたように感じました。来年は「流石青蓮院だな」という格式と風情のあるものにして欲しいです。
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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くろ谷金戒光明寺にやっと到着しました。永観堂禅林寺から歩いて30分位でしょうか。
ここの特別公開を見たかったので、何とか時間に間に合いました。
でも、ここから坂道を上って、山門があるのですが、今修復中で平成25年に完成ということでした。さらに5,6分弱掛かりました。 -
御影堂 内陣正面には、宗祖法然上人七十五歳の座像(御影)を奉安してあります。
昭和29年に再建され、円光大師二十五霊場第二十四番、京都二十五処第七番の霊場となっているそうです。 -
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熊谷直実(1141〜1208)の鎧かけの松
熊谷直実は、建久4年(1193)ここに黒谷の法然上人を訪ね、方丈裏の池(鎧池)で鎧を洗い、この松の木に鎧を掛け、出家しました。
庵は蓮池の畔に建てられ、現在の蓮池院(熊谷堂)です。供養塔は法然上人の御廟前に平敦威の供養塔と向かい合わせに建てられています。古樹は枯れて、現在は2代目のものとなっています。 -
阿弥陀堂 当山の諸堂の中で一番古いお堂で、慶長10年(1605)豊臣秀頼公が再建しました。本尊は恵心僧都源信の最終作と伝えられている阿弥陀様がお祀りされています.本尊の名前の由来は、恵心僧都源信が仏像彫刻に必要な鑿(のみ)をお納めになって、仏像彫刻を止められたということからで、「のみおさめの如来」または「お止めの如来」とも呼ばれています。
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清和殿
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方丈前庭
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紫雲の庭 平成23年法然上人八百年大遠忌記念として、大方丈東庭園の西側約200坪を新たに整備して、宗祖法然上人の生涯と浄土宗の広がりを枯山水の中に表現したそうです。幼少時代ー美作の国、修業時代ー比叡山延暦寺、浄土開祖ー金戒光明寺の興隆の3つに分けて、構成されています。
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鎧池
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紫雲亭 六畳の茶室です。
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その隣にある花峯庵は、四畳半の茶室で、瓦屋根、銅板の腰葺きとなっています。
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黒谷から歩いて15分程で、真如堂に来ました。
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三重塔
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絶滅危惧種「花の木」カエデ科カエデ属ハナノキ節
3月下旬、真紅の花が美しいため、この名前が付いたそうです。落葉樹で、雌雄異株。花が終わるとすぐに実がなり、5月初めには片翼だけで、2,5cm程の大きな赤い翼果が風に乗ってクルクル回って落ちて来ます。11月中旬には落葉し、木の上部から紅〜黄〜緑のグラデーションになります。
真如堂には約10本ありますが、この木は、昭和天皇御大典記念に木曽福島から京都植物園に植えられた中の1本で、昭和34年に三井家が真如堂に寄付したものです。
境内にある他の花の木は、昭和57年に植えられた園芸品種で、この「花の木」とは開花の様子や翼果や紅葉の具合が少し異なっています。 -
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真如堂が人気があるのが分かりますね。
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青蓮院門跡のライトアップへ
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