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 横浜市戸塚区矢部町に鎮座する大山阿夫利神社(通称)は天明5年(1785年)に戸塚宿町方の鈴木小助が大山阿夫利神社をこの地に勧請した。天明2年(1782年)からおよそ8年間に亘り全国的に大飢饉(天明の大飢饉)が続いた。この飢饉から人々を救うために大山阿夫利神社を勧請した。中央の十五窓格子型石造りの祠と奉塔は当時奉斎したものである。<br /> 「大山さん」は農作と雨乞い、はたまた災害除去の神として人々の信仰を集め、江戸中期には「大山詣」と称し、7月27日の「大山夏祭り」として全国各地からの参拝人で賑ったという。祭神の大山祗尊(おおやまのみこと、おおやまつみのみこと)は伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)の御子と伝えられる。<br /> 当社は以前、現在の神明荘近くに在ったものを宅地造成にあたり、この地に遷座したとあるが、神明荘とは神明台団地にあるのであろう。アサリエの里と名付けられたようで、アサリエ自治会が看板を書いたとある。<br />  石祠の両側にそれよりも背が高い奉塔が建ち、傍らに双体の道祖神がある。街道沿いから外れた場所に道祖神が祀られているのは遷座したときに移設されたのであろうか。<br />(表紙写真は大山阿夫利神社(通称))

大山阿夫利神社(通称)(横浜市戸塚区矢部町)

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2011/04/02 - 2011/04/02

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 横浜市戸塚区矢部町に鎮座する大山阿夫利神社(通称)は天明5年(1785年)に戸塚宿町方の鈴木小助が大山阿夫利神社をこの地に勧請した。天明2年(1782年)からおよそ8年間に亘り全国的に大飢饉(天明の大飢饉)が続いた。この飢饉から人々を救うために大山阿夫利神社を勧請した。中央の十五窓格子型石造りの祠と奉塔は当時奉斎したものである。
 「大山さん」は農作と雨乞い、はたまた災害除去の神として人々の信仰を集め、江戸中期には「大山詣」と称し、7月27日の「大山夏祭り」として全国各地からの参拝人で賑ったという。祭神の大山祗尊(おおやまのみこと、おおやまつみのみこと)は伊奘諾尊(いざなぎのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)の御子と伝えられる。
 当社は以前、現在の神明荘近くに在ったものを宅地造成にあたり、この地に遷座したとあるが、神明荘とは神明台団地にあるのであろう。アサリエの里と名付けられたようで、アサリエ自治会が看板を書いたとある。
  石祠の両側にそれよりも背が高い奉塔が建ち、傍らに双体の道祖神がある。街道沿いから外れた場所に道祖神が祀られているのは遷座したときに移設されたのであろうか。
(表紙写真は大山阿夫利神社(通称))

  • 「大山さんの由来 大山阿夫利神社(通称)」。

    「大山さんの由来 大山阿夫利神社(通称)」。

  • 大山阿夫利神社(通称)の石祠。奉塔のほうが背が高い。

    大山阿夫利神社(通称)の石祠。奉塔のほうが背が高い。

  • 道祖神(双体)(文政2年(1819年)銘)。 <br /><br />

    道祖神(双体)(文政2年(1819年)銘)。

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