2011/01/22 - 2011/01/22
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戸塚区吉田町に鎮座する東峰八幡宮(鳥居、拝殿扁額)は八幡大神(旧本殿遺跡之碑)とも呼ばれ、地図などには八幡神社と記載されている。永久2年(1114年)の創建とされ、明和2年(1765年)に現在地に遷座したとされる。本殿は安政5年(1858年)に改築され、昭和37年(1962年)に鉄筋コンクリート製で再建された。
石段上の椎の大木は、源義家が東征の折休息したとの伝承に因み「白幡の椎」と呼ばれている。「白幡の椎」に馬を繋いだとする説があるがいかがなものか。拝殿前には石段があり、石垣が積まれているが、その端あたりにはこの古木があるから、根を傷めずに丘を削ることが可能であったのであろうか。また、八幡太郎義家の没年が嘉承元年(1106年)であるから、東峰八幡が鎮座する以前のことが伝承されていることになる。おそらくは、山(現八幡山)の山頂下に椎の大木があり、祠か何かが祭ってあり、後に源義家に結び付けられ、800年近く後に八幡社が移ってきたのであろう。ただし、鳥居や参道、石垣下にある庚申塔の多くは遷座以前の銘があるから遷座とともに移設されたものか、近代になってから境内に移されたかしたものであろう。
(表紙写真は八幡神社拝殿)
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鳥居前に建つ「前中納言国房郷」歌碑。中納言大江匡房(まさふさ)の曾孫は鎌倉政権の政所別当の大江広元である。八幡太郎義家は「前九年の役」のあと大江中納言匡房に学んだ。 「郷」は「卿」の誤記であろう。石碑の題目を間違えるのも珍しいことだ。
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鳥居前に聳える銀杏の大木。
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敷石奉納碑。
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八幡神社鳥居。参道は桜並木になっている。
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八幡神社鳥居右前の庚申塔。
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庚申塔(安政7年(1860年)銘)。
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庚申塔(元禄□年(1688年〜1696年)銘)。
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庚申塔(享保3年(1718年)銘)。
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「鳥居更柱工事完成」記念碑。
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銀杏の木と並ぶ鳥居。関東大震災前の大正3年(1914年)に建立され、昭和13年(1938年)に更柱したと彫られている。
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八幡神社鳥居右前の庚申塚。
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参道。桜並木が続く。
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庚申供養塔。
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「明治百年記念植樹碑」。
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庚申塔(元禄(1688年〜1704年)銘)。
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庚申塔(貞享3年(1686年)銘)。
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庚申塔(貞享3年(1686年)銘)に彫られた猿(右側面)。
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庚申塔(貞享3年(1686年)銘)に彫られた猿(裏面)。
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庚申塔(貞享3年(1686年)銘)に彫られた猿(左側面)。
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庚申塚。石段右横にL字にある。
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庚申塚。
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八角石碑、矢照大神(五角)と庚申塔(宝暦4年(1754年)銘)。
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庚申供養塔(享保12年(1727年)銘)。
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庚申供養(享保12年(1727年)銘)。
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庚申塔(享保12年(1727年)銘)。
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守夜庚申供養塔。
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石段。
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「白幡の椎」。
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石段上の「白幡の椎」。
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「白幡の椎」。
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「白幡の椎」。
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「白幡の椎」。
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「白幡の椎」。
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手水舎。
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「白幡の椎」前の狛犬。
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「白幡の椎」前の狛犬。
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狛犬。
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石燈籠。
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石廟。
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本殿横の大木。
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「御大礼奉祝の木(平成3年12月日)」。
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「旧本殿遺跡之碑」。
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「旧本殿遺跡之碑」台に載る石。
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神輿庫。
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八幡神社拝殿。鉄筋コンクリート製。朱色の社殿は出雲地方の社殿を巡ったときに日御崎神社の社殿を目にしたときのような感じがある。
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八幡神社拝殿。
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八幡神社拝殿。
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八幡神社拝殿。
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八幡神社拝殿。
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八幡神社拝殿。
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八幡神社拝殿に掛かる「東峰八幡宮」の扁額。
南北に連なり小田急団地(上倉田町)に続くのが八幡山のようだ。八幡山の北端に鎮座する八幡神社が東峰八幡宮と呼ばれるのは、八幡山が戸塚宿の東に位置しているからか。 -
八幡神社拝殿と本殿。本殿は白だ。
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