2008/02/19 - 2008/02/19
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中国の風景さん
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元宵節は道教の三元信仰(1月15日上元、7月15日中元、10月15日下元)と灯籠を掲げて仏を祭る仏教上の習俗が混交したもので、そのため灯籠節とか上元節とも呼ばれていて、夜になると、多くの都市では灯籠祭を催し、色とりどりに美しく飾りつけた灯籠を飾りつけます。このお祭りは西暦1世紀ごろから現代に伝わるものです。元宵節には、「元宵」という団子を食べます。「元宵」は「湯圓(汤圆∶tāngyuán)」とも呼びます。春秋時代の終りには、元宵を食べる習慣があったと言われていますが、当時は粘り気のある、白い粥状のものでした。後に、お湯の中に浮かんだ、甘いあんの入ったもち粉の皮のお団子に変わっていったのです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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最近は駅で並んでキップを買わないで済むようになった。コンピューターにより近くの旅行社で1週間前に、しかも往復買える。もちろん永い時間並ばなくて良い。旅行社発券のキップ。
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旅行社の手数料も安くなった。上記のキップの手数料は5元です。
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帰りに南京駅で少しでも早く帰る為、変更を窓口に並んでみた。1時間ほど早めの列車に乗ることが出来た。コンピューターのおかげです。 -
乗り口はエスカレーターで二階に登る。電光掲示板で待合室の番号を確認する。
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待合室に入る時キップを見せる。列車番号の札の列に座る。 -
発車15分前に改札が始まり越線橋から階段を下りホームへと誘導される。列車は待機しているので車両番号を見て指定番号の席に座る。
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出口はスロープを下る専用通路を使う。
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日本の東北新幹線「はやて」をモデルに中国で製造する。
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列車内でカップラーメンを食べるのがはやり、これでお湯が出るが沸騰するまで時間がかかる。
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車内は日本の景色と変わらない。
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二編成を接続して走らせるので車両番号には気をつけましょう。
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最近新しくなった南京駅
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南京市内を南北に走る1号線が開通、南京駅、玄武門、夫子廟、中華門など中心部を通る。
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キップはカード型でなくコイン型でした。コインに情報が入ってますので触れると通過できる。降りる時はコイン投入口に入れる。
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中華門の手前に位置する、秦准河の水路が周りを流れる。
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夫子廟では別館もある大きなホテル、入口には提灯が掲げられる。
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廟は秦淮河の北側に面し、孔子を祭るために宋の時代(1034年)に創設されました。その後、幾度となく戦火に見舞われ、損傷と修復とが繰り返されましたが、現在の建物は、清の同治年代に建設された原図を元にして、1986年に再建されたものです
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夜になると大勢の人で混雑している
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橋の上を提灯で飾ってある。
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夜になると灯りが付いて大勢の人が橋を渡る、警察官も多数動員され橋の上は一方通行となる。
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夫子廟前を流れる秦准河の畔にある壁に龍の電飾がある。
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秦淮河(チンフアイホー)は、遠く六朝時代から商業の中心地で、貴族や文人も多く集まり、「六朝金粉」と讃えられてきました。当時の南京は六朝の歴代王朝の首都であり、学問、文化、芸術の中心地として、大いに栄えました。秦准河には提灯で飾られた遊覧船が浮ぶ。 -
清末には、科挙の試験場と共に遊郭も林立する一大繁華街となり、明かりを灯した船に乗った遊女が、夜の秦淮河に溢れたといわれています。
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南京では、孔子廟のほかに、市内を流れる秦淮河を中心に古くから栄えた繁華街と、大規模な科挙の試験場の跡地を総称して、夫子廟と呼んでいるようです。
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「夫子」はもともと儒学者に対する尊称で、孔夫子とか朱夫子などと呼ばれていたこともあり、「夫子廟(フーツミャオ)」というと、一般に孔子廟のことを意味します。
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江南貢院(ジャンナンコンユエン)は、南宋の時代(1169年)に、県と府の科挙試験場として創建されましたが、明の太祖朱元璋が首都を南京に定めたあと、この地は国レベルでの科挙試験場としてさらに重要になりました。
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清末に科挙制度が廃止され、江南貢院も取り壊されましたが、科挙試験の試験官の詰め所となっていた明遠楼が、現在も保存されています。 -
夫子廟近くにある白鷺洲公園の七重塔も提灯にかざられている。
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夫子廟近くの路上で肉饅頭二ヶと、豆乳を朝飯とする。2.4元
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南京を語るとき、やはりこの建物に触れないわけにはゆきません。記念館は、市の中心からそう遠くない所にあり、週末には多くの見学者が訪れています。完成は意外と新しく1985年で、玄関の「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館」の文字は、鄧小平の手になるものです(中国語の屠殺は虐殺を意味します)。
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30万人の人々が殺されると言う悲劇がおきました。野田と向井の両少尉が民間人を切り殺す数を100人切りと称し競ったと言う日本の新聞記事がありました。二人は戦後裁判に掛けられ雨花台の刑場で銃殺刑に処せられました。 -
鐘を支える柱が三本、上の輪が0を五つで30万と言う数字を表す。
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死んだ子供抱く像、殺されて横たわる像、などが並んでいます。
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鼓楼とは太鼓を叩いて時刻を知らせるための望楼で見張り台の役目も果たしていた。高さは30mで打たれる太鼓の音は、城内のどこにいても聞こえたとのこと。
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旅行記グループ 南京の城壁・楊州
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