2008/02/19 - 2008/02/19
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中国の風景さん
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南京市の北側に位置する紫金山の山麓には、近代中国建国の父孫文が埋葬されている中山陵(ツョンシャンリン)があります。孫文(1866-1925年)は、辛亥革命後、1912年に中華民国の臨時大総統に就任しました。その後も彼は、新しい中国の国造りに邁進しましたが、1925年、「革命未だ成功せず」の言葉を残して、北京で波乱の生涯を閉じたのです。孫文は、臨時大総統として執務した南京が気に入り、臨時政府発祥のこの地に埋葬するよう遺言を残したため、死後一周年目に陵墓が南京に定礎され、1929年に完成しました。同年6月、彼の亡骸は北京から南京に移送され、紫金山の麓に埋葬されました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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中山陵景区、明孝陵景区、霊谷寺景区、音楽台、孫中山記念館を有する広大な名勝で、入場料150元(2月は130元)でした。
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36博愛坊、37陵門、38碑亭、39祭堂、43中山書院、45中山記念館、54桂林石屋、
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中山陵の入り口にある門には、孫文が生前愛用した「博愛」の2文字が掲げられ、この門から亡骸が安置されている墓室まで、総延長700メートル、高低差70メートルの参道が連なっています。
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博愛坊から陵門へと向う。
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中山陵の入口
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碑亭(あずまや)は長さ12m、高さ約17mで、全部花崗岩で建てられ、青色の瑠璃瓦を覆っている。中の石碑は高さ8.1m、幅4mで、その表面にある三行の金メッキの大きな字は顔真卿の書体で、力強くて、国民党の元老譚延闓に書かれた自筆である。(案内板)
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上段部の3つの石段は「三民主義」を、下段部の5つの石段は5権(立法、司法、監察、行政、考試)を表現し、孫文が死ぬ前に残した「革命未だ成功せず、同士なお努力すべし」という言葉を、後世の人びとが忘れることのないようにとの意図が込められています。総数392段の階段を上り終えると、大きな祭堂に辿り着きます。
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日本軍の砲弾の痕が残っている。
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遠くに南京市街が見える。
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孫文の遺体が安置されている
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堂内の中央には、イタリア大理石を使いパリで製作された、高さ4.6メートルの孫文の座像があり、その奥の一段高くなった所に、墓室が配置されています。
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墓室には、孫文の実物大の石像が静かに横たわっていて、手摺りから見下ろせるようになっています。
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この石像は、孫文が亡くなった直後の遺体を模って製作されたものですが、その意外な設定に墓室内は深閑として、観客は思わず息を呑み、石像に目を凝らします。亡骸は、静かに横たわるこの石像の地下に安置されているのだそうです。
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中山陵景区、明孝陵景区、霊谷寺景区、各間を入場券を見せると無料で乗せてくれる。
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辛亥革命の英雄「孫文(孫中山)」の紀念館である。紀念館となっている、藏経楼の1階には孫文の胸像と辛亥革命を描いた壁画が展示されている。この孫文の立像は梅谷庄吉が贈呈したものです。
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2階は絵画の展示
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3階と4階は資料展となっている。
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藏経楼の脇には長さ125メートルの碑廊があり、碑廊には138の石碑があり孫文の「三民主義」全文が刻まれている
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孫中山紀念館の西には中山書院がある。孫中山に関する資料が豊富に展示されており、入場料10元分の価値は十分ある。中山陵から少し歩くが、森の中を散策しながらなので健康には良いだろう
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中山書院の前のある。
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木犀林石屋は元々、国民政府主席林森の別荘であった。1931年広州市政府の寄付金で建てられた。その周りに木犀が一面に植えているので、木犀林石屋と呼ばれる。(案内板)
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石屋は母屋と地下室の二階に分けられる。母屋は居間、食事室、寝室など七間があり、地下室は厨房及び使用人の部屋である。抗日戦争中破壊され、災難後の荒れ果てた壁と塀しか残っていない。(案内板)
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旅行記グループ 南京の城壁・楊州
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