2011/01/10 - 2011/01/10
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戸塚に鎮座する冨塚八幡宮は、源頼義・義家父子が前九年の役平定のため奥州下向のおりにこの地に露営した際、夢の中で応神天皇(誉田別命)及び富属彦命(相模国造二世孫)の神託を授かり、その加護によって戦功を収めたため、延久4年(1072年)富塚山中腹に社殿を造り、両祭神を勧請したものと由緒が示されている。
富塚山山頂には富属彦命(とつきひこのみこと)の古墳がある。全長35mといわれる前方後円墳の前方部に接して社殿が建てられている。古墳の成立年代は不明であるが、富属彦命の墳墓として認識され、祀られて来たのであろう。
冨塚八幡宮の祭神が誉田別命と富属彦命の2柱であることから、古代から富属彦命を祀る神社に誉田別命を合祀して八幡宮に祭り直されたものであろう。富塚山は広く、東海道側の一番小高い峰に古墳を造営している。あるいは、峰となっているのは盛り土したからかも知れない。横浜新道側の峰は公園となっており、戸塚側の中腹にも広場がある。神社裏の公園ではなくて、本来は墓地公園といえようか。
また、この古墳を「富塚」と呼んだことが「戸塚」の由来とされている。富属彦命(とつきひこのみこと)の富塚である。「とつか」と読んだのかも知れない。いつの日にかは「とみつか、とみずか」と読まれ、そのtomiがtom、さらにmが抜けるとすれば分かり易い。
(表紙写真は冨塚八幡宮拝殿)
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「旧東海道 富塚八幡宮」。
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富塚八幡宮掲示板。
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富塚八幡宮鳥居。
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「富塚八幡宮」由緒。
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手水舎。
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神輿庫。
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神輿。
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芭蕉句碑。「鎌倉を生きて 出でけむ 初松魚(初鰹)」(元禄5年(1692年))。
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冨塚幼稚園碑。かつては左側に冨塚幼稚園があった。
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社号標石。
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社号標石(裏)。
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石段。
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富塚八幡宮拝殿。
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富塚八幡宮拝殿には「富塚八幡宮」の扁額が掛かり、奥に鏡が安置されている。
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鳥居を見下ろす。
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境内の建物。
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狛犬。親子の像だ。
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狛犬。
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冨塚天神。
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玉守稲荷。
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玉守稲荷。
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富塚八幡宮本殿。
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富塚八幡宮本殿。
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富塚八幡宮の社殿。
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御嶽大権現。
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御嶽大権現。
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2基の石廟。
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庚申塚の3基の積石。
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庚申塚の塔。
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庚申塚に並ぶ庚申塔(手前)。
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庚申塚に並ぶ庚申塔(奥)。 御嶽大権現の横に10基から成る庚申塚だ。
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庚申塚の庚申塔。左は銘が読めず。右は宝永4年(1707年)銘。
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庚申塚の庚申塔(寛文10年(1670年)銘)。
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庚申塚の庚申塔。
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庚申塚の庚申塔(元禄元年(1688年)銘)。
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庚申塚の庚申塔(正徳2年(1712年)銘)。
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庚申塚の庚申塔(寛文12年(1672年)銘)。
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庚申塚の庚申塔(寛永(1624年〜1643年)(?)銘)。
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庚申塚の庚申塔(享保元年(1716年)銘)。
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庚申塚の庚申塔(元文3年(1738年)銘)。
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富塚古墳。
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富塚古墳。
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「冨塚之碑」(昭和47年(1972年))。富塚古墳の後円部側に建つ。
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富塚古墳の前方部。富塚八幡宮の社殿へと続く。
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富塚古墳後円部。
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富塚古墳後円部から続く尾根は公園に。
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戸塚側の中腹にも広場が。
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富塚古墳後円部。
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戸塚側には梅が。
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田町稲荷社。
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田町稲荷社。
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急な階段を下りる。
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急な階段を下りる。
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急な階段を下りる。冨塚八幡宮手前の路地に出る。
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