2010/03/25 - 2010/03/25
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- #タクシー利用で古村群巡り
- #三階建ての造りになった燕翼堂
- #八卦の理論で造られた呈坎の村
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この日は、黄山市[黒多]県の宏村から黄山市(屯渓)へとバスで移動した後、今度はタクシーを雇って黄山市歙県の徽商大宅院と棠[木越]牌坊群→黄山市徽州区唐模の村…、とコマを進めてきたSUR SHANGHAI。
もうだいぶ日も傾いてきたけど、今日は夜に入ってからの便で上海に向かうから、やっぱり次の呈坎の村も見ておこう。
タクシーの運転手おじさんも、最初に回るルートを相談した時に決めた呈坎や潜口の村へも行く積もりで待機しているし。
雰囲気の下見で行ってみて、いい感じだったらまたそのうちに戻って来ればいいよね。
そう決めたら、歩き疲れた足もまた軽くなって、SUR SHANGHAIは今回の安徽省南部の旅では最後になる呈坎や潜口の村を訪れてみます。
潜口の村は、時間切れでアウトになっちゃうかも…。
呈坎の村は、唐模の村と同じく黄山市徽州区にある古村。
宋代から明・清代のものまで180あまりの古建築が残されている≪国宝の村≫であると同時に、八卦や風水の理論によって造り上げられた八卦村としても有名な所。
表紙の画像は、呈坎の村を流れる夕暮れ間近の衆川河。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前編では、黄山市徽州区(きしゅうく)にある唐模の村を訪れたSUR SHANGHAI。
この後、タクシー運転手さんに寄ってもらうのは、同じく徽州区にある呈坎の村と潜口の村。あとは上海に向かうべく黄山空港へと送ってもらいます。
この画像に出ているのがそのタクシー。
ちなみにこの日タクシーで訪れたルートは、黄山長途汽車站→徽商大宅院(西園)→棠[木越」牌坊→唐模→呈坎→潜口→黄山機場(空港)で300元でした。
結局、潜口の村は時間切れになってしまって、村のそばにある七層宝塔(下尖塔)だけの見学になりました。これで全行程6時間ほど。 -
前編でご紹介した唐模の村から呈坎の村へ向かうべく国道205号線に入ると、この画像の塔が道の脇に立っているのが見えてきます。
これは潜口の村にある七層宝塔(下尖塔)。
じゃ、先に潜口の村の方に寄ってもらおうと思ったら、タクシーの運転手さんは
「いや、呈坎の村の方が大きくて見応えがあるから、そっちに先に行ったほうがいいよ。それにもうすぐ日も暮れる。」
その言葉に従って、潜口の村は素通りして呈坎の村へ行ってもらったSUR SHANGHAI。
結論から言うと、そうしてよかったと思います。
運転手おじさんのアドバイスに感謝! (*^。^*) -
唐模の村から呈坎の村へは、タクシーで20分足らずで到着。
これは呈坎の村の地図で、散策モデル・コース矢印付き。
赤い線で描かれた家は、内部も公開されている見所の建物。
黒い線で描かれた家も見所になっている建物ですが、内部は未公開。
画像をクリックして元画像で見てみても文字がはっきりしない場合は、一旦コピーで保存してさらに拡大すると見えるようになると思います。
呈坎の村を紹介するサイトはこちら:http://www.hslsck.com/main.asp (中国語簡体字版)
呈坎の紹介のほか、村や村への交通を示した簡単な地図もあり。
画像左側に赤い丸を付けた場所が駐車場とチケット売り場。
呈坎のチケットは80元。チケット代に込みのガイドさんがいました。
村の規模は大きく、一人だけだと見逃してしまいそうな所がたくさん。ぜひ、一緒に歩いてみるといいですよ。
この日は夕暮れになったので、SUR SHANGHAIは1時間足らずしか見学しませんでしたが、ここはぜひ2時間は時間を取って歩いてみるのがお勧めです。
画像上方に紫色の○を付けた所が、見学ルートの終わりで駐車場もあります。SUR SHANGHAIが乗ってきたタクシーのおじさんとはここで帰りの待ち合わせをしました。
そうそう、観光客用トイレは上記の村の出入り口くらいにしかありません。
トイレ用のペーパー、ウェットティッシュは持参すると助かりますよ。
この2010年3月下旬には観光地化が進んでいなかったので、観光客相手のお店は見かけませんでした。
飲み物くらいは事前に買っていくのが○。 -
さて、呈坎の村のチケットを買って、ガイドさんと歩き始めたSUR SHANGHAI。
この日見てきた黄山市歙県の棠[木越]の村や黄山市徽州区の唐模の村と比べると、その入り口辺りを見ただけで広々と大きい村だと言うのが一目瞭然。
画像に見えているのは、永興湖という湖とそこに架かる橋の一つの魚化橋。
左手に見えている黄色っぽい壁は、文献祠跡。 -
黄山市徽州区にあるこの呈坎の村は、東漢の三国時代に起源を持つ村で、すでに1700年余りの歴史を持っているんだそう。
宋代から明・清代のものまで180あまりの古建築が残されている≪国宝の村≫としてばかりでなく、八卦や風水の理論によって造り上げられた八卦村ということでも有名なんだそうです。
元々は龍渓という名だったこの村が、呈坎と呼ばれるようになったのも八卦や風水の理論による命名とのこと。
それを物語るかのように、村のあちこちにはこの画像のような八卦図+太極図をはじめ、さまざまな意味が込められた建築や絵模様が溢れています。
SUR SHANGHAIは八卦図とか太極図についてはよく分からないので、次のウィキペディアのページで見てみるといいですよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%8D%A6
ミニ博物館的に公開しているお宅にも、八卦や風水に関するさまざまな像や図が展示されていて説明が付いていました。
ただし、それらの屋内展示品は撮影は不可でした。 -
呈坎の村の入り口にある永興湖。
こぢんまりとした村を想像していくと、チケット売り場近くのこの永興湖のあたりの広々とした様子を見て驚くと思います。
う〜ん、すでに見所がたくさんありそうな予感。(*^。^*)
画像左手に見えているのは、水碓と呼ばれる永興湖湖畔の水車。 -
チケット売り場から呈坎の村の中へは、塀に沿って永興湖をまず半周。
ちょうど夕暮れ時になったので、しっとりと落ち着いた光に照らされたその通路。
ここを通っただけで、次に来る事があれば一人でじっくり歩いてみたい気持ちになったSUR SHANGHAI。
画像奥に見えている亭のような場所を通りかかると…、 -
イチオシ
…SUR SHANGHAIを案内してくれているガイドさんが、「私、この丸窓から見える永興湖と魚化橋のあたりの風景が好きなんです。」
どれどれ、ああなるほどいい景色。(*^。^*)
夕暮れの永興湖に映る呈坎の村の民家と、その向こうの山がいい風情。 -
イチオシ
呈坎の村の中へと続く石畳の通路。
両脇には黒瓦を乗せた白壁の塀が付いて来る。
こういう感じがいいなあ。
で、足元の石畳に目を向けると…、 -
…呈坎の村でも、墓碑が石畳の一枚に転用されていた。SUR SHANGHAIが見かけただけでもこのほかに数基分ありました。
今回の安徽省南部の村でもよく見かけたなあ。
ガイドさんに聞いてみると、「う〜ん、単に石材が足りなかったのでは…。」という答え。
日本でもお城の石垣を造る時に石材が足りないと、墓碑や石臼、お地蔵さんまで転用して使っていたと分かった後は、妙に納得。
この墓碑は字が消えかけていますが、≪……羅氏之墓≫だけは読み取れました。羅氏は呈坎の村で最も有力だった氏族。 -
民家が密集するあたりへ続く通路は、両脇がずっと塀になっていた呈坎の村。
向こうに見える門には、昔は鋲が打たれた分厚い扉が付いていて、城壁のようになっていたのかも、と想像してみたSUR SHANGHAI。
これって風水や八卦による外敵避けの手段? -
やっと通路の先に民家が見えてきた呈坎の村。
ここも皖南(安徽省南部)独特の白壁に黒い瓦屋根を乗せた建築が多いんですが…、 -
…細かい点を見ていくと、風水や八卦の理論に従って造られた装飾部分が多数あって、これまでに見てきた安徽省南部の古村とは違った雰囲気の呈坎の村。
ガイドさんにあれこれ教えてもらうといいですよ。
この2枚の画像のうち、左の画像では屋根の合わせ目が≪人≫の字になっていたり、右の画像では屋根の上に装飾品が置かれていたりするのが、幸運を招くおまじないになっているんだそう。
上の方でも言いましたが、呈坎の村で公開されている民家では、ミニ博物館のように風水や八卦に関する図や像が展示されている所もあるので、興味がある方はガイドさんに色々聞いてみては?
ただし、それらの展示は撮影不可です。 -
迷路のような呈坎の村の中を歩いていくと、T字路になった部分の壁にあったのは泰山石敢当。
あ、ここにもあったんだ。(◎o◎)!
この石敢当は民家の壁に埋め込まれた形のシンプルな石板で、≪泰山石敢當≫とだけ文字が彫られていました。
今までSUR SHANGHAIが見てきた石敢当はこの形のものが多かったんですが、中には彫刻付きの立派な柱風になっているものもありました。
興味のある方は下記の旅行記も併せてご覧ください。
★夏の広西壮族自治区 ?−三江の程陽風雨橋
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10018587/
泰山石敢当というのは、気の流れが直撃する村の入口、河の流れのそば、三叉路などに置いて、邪気が入り込まないようにする役目を持っています。
由来はよく分かっていないそうですが、中国・山東省にある泰山は古代から信仰の対象になっていたので、その名のご利益で魔除け・厄除けにされたとも言われているのだそう。
8世紀に福建省からその風習が始まり、その後は沖縄(琉球)にも伝わったそうです。 -
夕暮れが近づいて、赤くなった日の光を浴び始めた呈坎の村。
ああ、いい感じだあ。
今日、上海に飛ぶんじゃなかったら、もう少しじっくり自分の足で歩いてみたかったな。
うん、この呈坎の村にはまた来てみたい。
今日は、ガイドさんが案内してくれる場所だけ見て回ろうっと。
村の道は入り組んでいましたが、要所要所に現在地点を書き込んだ地図標識が出ていたので、一人でも迷うことはないと思います。 -
呈坎の村の民家。
ここでも民家の戸口には、赤い春聯が貼ってあった。
最近は大量生産のやたらキラキラと派手な春聯が多くなってきたけど、ここではシンプルな手書き春聯。
字の巧拙は別にして、この方が味わいがあると思うのはSUR SHANGHAIだけ?
春聯は、中国の旧正月(春節)などに戸口に貼られる赤い紙で、おめでたい言葉が対句になって書かれています。
次のウィキペディアのページにその歴史が出ています。興味のある方は読んでみるといいですよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E8%81%AF -
呈坎の村を案内してくれたガイドさん。
チケット代に込みのガイドさんとは思えないほど、あれこれたくさん説明してくれて大感激。
一緒に村の道を歩いていると、「この家は何か分かりますか?」
顔を挙げて見てみると、ずいぶん高い所にある窓に沿って手すりが付いていた。
身長が170cmはあるというガイドさんにその前に立ってもらうと、その高さがありあり。
「う〜ん、これまであちこちの古村で見た清代の質屋さんのカウンターはこんな感じだったけど…。でも、普通、質屋さんのカウンターって建物の中にあるよね。」
これはSUR SHANGHAIの答えで正解。
ピンポ〜ン。(^◇^)
ガイドさんも、質屋さんのカウンターが道に面しているのは変、と言っていました。
これは、もちろん今は営業していない質屋さんです。住民もいなくなった感じで静まり返っていました。 -
呈坎の村は、規模が大きくて古民家がずいぶん多い割りに、内部まで見学できる建物は少ない感じ。
この旅行記の最初の方に出した地図でご確認下さい。内部見学が出来る建物は赤い線で家の形が描いてあります。
この画像のお宅はそのうちの一つの燕翼堂だったと思います。
あ、ここの中庭の床にも≪昔のクーラー≫だと言う穴が付いている。
この下には水が流れていて、この穴から夏には冷気が噴き出してくるんだそう。
その蓋を取ってもらいましたが、中は暗くて全然見えず。 -
呈坎の村にある燕翼堂は、明代の建築で600年近くの歴史がある建物。
それだけではなく、まれに見る三階建てということで、重要な文物として保護されているんだそう。
揚州八怪の一人、羅聘という人物の住まいだったようなんですが、上の階へは上れません。
●注: 揚州八怪というのは、清の乾隆年間の揚州を代表する文人画家集団。
SUR SHANGHAIもこれまでにそんな古い民家で3階建てというのは見たことが無かったのでドキドキ。
ガイドさんは「これだけでも世界遺産に登録する価値があると思うんですが。」とポツリ。
やっぱり、世界遺産に登録申請とかの宣伝活動もしなくちゃね。
でも、登録されちゃったら、[黒多]県の西遞(シーディ)村のように観光地化されてしまうんじゃないかなあ…。ちょっと心配。 -
呈坎の村の民家外壁にも、文化大革命の頃のものらしきスローガンが残っていた。
残っていると言っても、壁の表面の塗りと共に剥げ落ちてしまった部分が多い。
全文は想像で読むしかないですね。 -
だんだんに夕暮れが迫ってくる呈坎の村。
石畳の通路の向こうに、村人の姿がポツリ。
こんな家並みを見ると、野口雨情の『あの町この町』の歌を思い出して切なくなる。
♪あの町この町
日が暮れる 日が暮れる
今きたこの道
歸りやんせ 歸りやんせ♪ -
陽が当たらない部分はすっかり暗くなってきた呈坎の村。
現在の村人は、新しい家を建てて移り住んでいったに違いない村の一角。
明清時代以上に古い建物もあるこの村では、早急に補修を進めないと、住む人がいなくなった順に荒廃が進みそう。 -
この民家は羅純夫宅だったと思うんですが、間違っていたらお許しを。
羅純夫は、この村一の才子だったとされる人物。
呈坎の村の最有力者は羅氏だったので、このお宅のほかにも羅氏のゆかりの見所多し。
これまでに安徽省南部の古村落で見てきた民家よりも一層古びたたたずまい。
ガイドさんによると、この画像に写っている散髪用の椅子はドイツから持ち込まれたものだそうです。 -
上の画像のお宅の壁に掛けられていた中国版日捲りカレンダー。
その日の方角や行動の吉凶などが細かく記されています。
全部は紹介しきれないので、画像をクリックして元画像で見てみると大きく拡大されます。興味のある方はご覧ください。
ちなみにSUR SHANGHAIが呈坎の村を訪れた2010年3月25日は、庚寅年二月小 初十日と出ているんですが、SUR SHANGHAIには何のことやら(・・?
次のウィキペディアの干支のページで見てみるといいですよ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B2%E6%94%AF
一番下には、「針をくれる人の夢を見たら、巨万の富を得る。」なんて書いてあるけど、SUR SHANGHAIは見なかったなあ。(^^ゞ -
またまた民家の外壁に残っていた文化大革命時代のスローガンを発見。
時と共に色褪せていくその文字。
ここでも全文が読み取れるものは無く、前後合わせて読み解くパズルのよう。
画像中央より上に書いてあるのは、≪民兵三大任務≫だって。 -
呈坎の村の東側を流れている衆川河には橋がいくつも架かっていますが、これはそのうちの一つの環秀橋。
橋の長さは26.65m、幅は3.85mあるそうです。
石組み部分は元代、その上の木造部分は明代に造られたという歴史の古さ。
こういうものが今も当たり前のように残されている呈坎の村。
この橋には次のような言い伝えがありました。
元代にこの村に住んでいた若夫婦は、貧しかったが故に夫は妻と別れて他所で商売の道に入ったのだそう。
その甲斐あって財を成したものの夫は客死。
その知らせを聞いた妻がこの橋を建て、夫の名を取って環秀橋と名付けたというお話。
文化大革命の時代には紅旗橋と名を変えられたそうですが、今ではまた昔の名前で出ています。
…演歌のタイトルのようで、不謹慎でしたら失礼しました。m(__)m -
呈坎の村の東側を流れている衆川河。
その流れに沿って並ぶ民家が暮れ行く日の光を浴びて、ますます古びた雰囲気。
その光もそろそろ春めいてきたなあ、という暖かい色。 -
イチオシ
呈坎の村の東側を流れている衆川河。
上の方でご紹介した環秀橋の上流側はちょっとしたダムになっていて、そこからあふれ出る水が渓流のよう。
暑い時期にはそのせせらぎが涼しげになるんだろうな。
3月下旬は木の芽が吹き始めたばかりの気候で、せっかくの水の流れもまだちょっと寒い眺め。 -
イチオシ
呈坎の村の東側を流れている衆川河は、川沿いの民家も、洗い物をしにやって来る人も、家畜が餌を食む姿も絵になる場所。
街灯は見かけた覚えが無いから、暗くなったら[黒多]県の宏村の月沼と同じように、民家から漏れる灯りがポツポツと、になるのかな。
ウ?ン、想像しただけでいい風情。
…って、まさか赤や緑の電飾や、ギラギラしたライトアップは無い、よね。(~_~;) -
呈坎の村にはまだまだ見所はあるんですが、もう夕暮れになってきたし、チケットに込みのガイドさんもちょっとソワソワ。
うんうん、もう5時半になったし、暗くなる前に帰りたいよね。
SUR SHANGHAIも、この後は黄山市に戻って上海行きの飛行機に乗らなきゃいけないし…。
それでも、ここだけは最後に、と案内されたのは貞靖羅東舒先生祠(寶綸閣)。
羅東舒は、呈坎の村の最有力者だった羅氏13代目宗主で、この祠の創建は1539年だそうです。 -
呈坎の村の大きな見所の一つになっている貞靖羅東舒先生祠(寶綸閣)は、その建築や装飾が見事。
一見古びてがらんどうに見えるんですが、見上げてみるとその細部の装飾や彩色が細やか。
出来上がったばかりの時にはどれだけきらびやかだっただろう。 -
呈坎の村の見学は今日はここまで。
ガイドさん、丁寧な解説付のお案内でありがとう。(@^^)/~~~
見応えありの村だから、またそのうちに戻って来るね。
最後に振り向く衆川河沿いの民家。
そうそう、徽墨で有名な安徽省の羅氏と言うと、明代の墨匠だった羅小華(羅龍文)を思い浮かべる人も多いのでは?
その羅小華(羅龍文)の出身は、この呈坎の村だったという説もあるんだそうですよ。
それもまたこの村の神秘な一面。 -
「呈坎の村ってよかったなあ。またそのうちに来てみたい。」とタクシーの運転手さんと話しながら、国道205号線を潜口の村や黄山空港へ向かってもらったSUR SHANGHAI。
この205号線では、ちょっと停まってもらいたい所があるんだけどなあ。
最初に呈坎の村を目指して通った時に目を付けておいたんだけど、また見つけられるかな…。
あ、あった! (^◇^)
運転手さん、ごめんなさい。5分だけ待って。 -
SUR SHANGHAIが目を付けておいた場所と言うのは一軒の民家。
別に何の変哲も無い民家なんですが、その側面には、やっぱり文化大革命時代のスローガンが消え残っていました。
『読毛主席的書(毛主席の本を読み)』までは読み取れても、後は切れ切れになった赤い文字。
昔は交通も通信も今とは比べ物にならないほど不便だったろうに、どんな田舎に行っても、こんな時代が通り過ぎていった証拠が残っているのがすごいと思う。 -
国道205号線を黄山市方向に戻って来ると、また出会ったのは潜口の村にある七層宝塔(下尖塔)。
205号線のすぐ脇に立っているので、見逃すことは無いと思います。
ここでもちょっと車を停めてもらったSUR SHANGHAI。
このレンガ製の塔が建てられたのは明の時代の嘉靖23年だそう。
高さ32mのてっぺんは今では藪になって、まるでいがぐり頭。
この塔は1988年に徽州地区の文物保護対象物となったようで、周りは柵で囲まれていました。
山の向こうに日が沈む時刻になった。
潜口の村は、この七層宝塔(下尖塔)だけで、次までお預けだね。
でも、またこのあたりを訪れる楽しみが増えた。(*^。^*) -
ひゃ〜、今日は長い日だった。宏村から黄山長途汽車站までのバス移動を除いても、その後の黄山長途汽車站→徽商大宅院(西園)→棠[木越」牌坊→唐模→呈坎→潜口→黄山空港のルートをタクシーで回ってもらって6時間。
最後の呈坎と潜口の村は中途半端な見学になったから、黄山市で一泊追加して少しゆっくり回ればよかったな。反省、反省。
次に来る時には黄山市を拠点にして回ろうっと。(*^。^*)
タクシーの運転手さんも、お疲れ様。ありがとう。m(__)m
で、上海行きの便を待ちながら、黄山空港の中を見て回るSUR SHANGHAI。
ずいぶん新しくなってびっくりだけど、お客が少ないのは観光シーズン前だから? -
この日の黄山空港から上海の虹橋空港への便はスターアライアンスのメンバーの上海航空。
一応SUR SHANGHAIはゴールド・カード保持者なので、ラウンジがあるかどうか聞いてみたところ、同じくスターアライアンスのメンバーになっている中国国際航空(AIR CHINA)のラウンジが使えました。
●注: 上海航空はその後2010年10月31日付けでスターアライアンスを脱退しています。
ソファが大きいだけで、飲み物もスナックも簡単な物しかなかったんですが、ゆったり画像整理しながら待てたのが○。 -
黄山空港から上海の虹橋空港へ。
1時間足らずの空の旅の途中で出されたのは、冷えたハンバーガー風のハムとキュウリのサンドイッチだった…。(−−〆)
中国の航空会社のサービスって、あれ?と思うくらいいい時と、悪い時の落差が大きいのよね。
ま、べったりいつも悪かった時に比べると良くなったとは思うけど。(~_~;)
さ、戻って来た虹橋空港の第2ターミナル。これは、この時には出来立てホヤホヤだったターミナル。
ゲートから出口までの距離が、やたらに長かったのが気になった。10分くらいは歩いたんじゃないかな。
夜の11時過ぎと言う時間帯のタクシー乗り場は、ご覧の通り100人以上の長蛇の列…。
ああ、安徽省の古村から上海の都会に戻って来た、という実感。(^^ゞ
これで、今回の安徽省の旅はおしまいです。
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