2010/03/23 - 2010/03/23
50位(同エリア156件中)
SUR SHANGHAIさん
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2002年には友人たちと車で訪れた安徽省南部の古村群。
2000年にはもう世界遺産の文化遺産に登録されていた宏村と西遞が見られるなと喜んでいたSUR SHANGHAIなのに、一足先に安徽省入りしていた友人たちに、「西遞(シーディ)はもう観光地化されちゃって…。」と言われて、あの時は結局西遞には行かずじまい。
その代わり、雨の中をみんなで斉雲山に登ったんだよね。
でも、やっぱり自分の目でも西遞を見ておきたくて、今回の一人旅ではその気満々。
この日はまた宏村からバイク・タクシーのおじちゃんを雇って周辺を回ってみます。
この日のルートは、やはり初訪問となる五里村桃園に最初に寄って、お次は西遞、それに再訪問となる屏山。
さて、気がかりの西遞はいかに?
西遞も屏山も、宏村と同じく黄山市[黒多]県にある村。
どちらも皖南(安徽省南部)の独特の風格を持つ明・清代の民家が美しい所。
そのうち西遞は、宏村と共に2000年には世界遺産の文化遺産にも登録されました。
●注: 日本では、県の中に市がありますが、中国では逆。市の中に県があります。
表紙の画像は、西遞の村の入り口。向こうに見えるのは、胡氏の牌坊。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
安徽省南部の古村落の一つとして世界遺産に登録された黄山市[黒多]県の宏村に宿を取って、近隣の古村も訪れてみたSUR SHANGHAI。
個人で訪れるなら、バイク・タクシーが便利です。
宏村からのバイク・タクシーについては、下記の旅行記内に出しておきましたので、詳細が知りたい方はご覧ください。
★早春の安徽省古村(2) −汪氏八人兄弟の八大家がある関麓へ
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10529503/
この日は、宏村−五里桃園基地−西遞−屏山−宏村を回ってもらい80元。
昨日、関麓と南屏の村へ行ってもらった時の運転手おじさんにお願いしました。
朝からジクジク冷たい雨の日で、さすがにおじさんも寒いと思ったらしく、厚手のジャンパー。それに今日のバイク・タクシーには、窓もドアも取り付け完了してました。(^^ゞ -
昨日はのっぺりとした曇り空だった宏村周辺。
今日もお天気はよくないけど、いい具合に霧がたなびいて、菜の花畑向こうの山々も風情よし。 -
イチオシ
五里村桃園は、宏村から西遞方面に向かう道筋から脇道に入って行った所にありました。大きい標識が出ていたのですぐ分かります。
五里村桃園へは宏村からバイク・タクシーだと20分足らず。
入場無料。
入り口に大きな碑があって、それによると2006年に五里村桃園基地として、ダム、農道、市場なども一緒に整備されたのだそう。
広大な敷地には遊歩道が付いていて、自由に歩けるのがうれしい桃園。
桃のほか、菜の花もちょうど見頃。
これでお天気が良かったら桃源郷。(^^♪
バイク・タクシーの運転手さんによると、3月21日にはこの桃園で桃祭りもあったそうです。
その頃に宏村あたりに行く方は、地元の人に確認してから行ってみては?
ひょっとして、収穫の時期にはまた別のお祭りもあるのかも? -
五里村桃園の広ーい敷地。
SUR SHANGHAIの前を行く女性の雨傘も、桃の花と同じ色。
ここでは桃の木と菜の花しか見えませんが、桑の木が植えられている一画もありました。 -
同じ五里村桃園の中でも、しっとりと落ち着いた趣の眺めもあれば、パッと目が覚めるようなあでやかな色合いの眺めもあり。
-
五里村桃園内の遊歩道は途中で枝分かれしている所もあって、その一つのどん詰まりまで行ってみたSUR SHANGHAI。
桃園の外れには、お墓が一基。
桃園の花が散る季節には、ここまでチラチラと花びらが飛んで来そう。
想像してみると、美しくも物悲しい絵になる。 -
イチオシ
五里村桃園を去って、お次は長いこと懸案の地だった西遞(シーディ)へ。
バイク・タクシーだと十数分で到着。
村の入り口手前にチケット売り場と駐車場があってチケットは80元。
このチケット料金にはガイドさん(中国語)の料金も込み。
今回これまでに行った関麓や南屏の村でもチケット代に込みのガイドさんがいて、いいシステムだと思ったのに、ここでは商売っ気がありすぎるガイドさんに当たってしまったSUR SHANGHAI。
まだなんにも見ていないうちに「自分の店に来い来い。」なんてしつこくされたら、誰でもいやだと思うんだけどなあ…。
いい人に当たったら、色々教えてもらいながら歩いてみるといいですよ。
で、SUR SHANGHAIは、そのガイドさんは断って、一人で村を見て回ることにします。
西遞の村の入り口にある大きな池は、社屋渓と後辺渓に挟まれてできた明経湖。
村を守るかのように明経湖のほとりに立っているのは、西遞出身の官僚胡文光を称えるために建てられた牌楼なんだそうです。 -
友人たちが言っていたように、西遞(シーディ))の村は、チケット売り場からずらっとお土産屋さんが並んでいたけど、3月末はまだ本格的な旅行シーズンではなかったせいか、開いているお店は数えるほど。
路地に入ってからは、人出も想像よりずっと少なくて、ゆったり気分。 -
これは、西遞(シーディ)の村の地図。
西遞は、村を流れる3本の川が東から西に流れているために古くは西川とも西渓とも呼ばれたのだそうですが、のちに村の西に≪鋪遞所≫と呼ばれる通信施設が造られた事から今の西遞という名になったのだそうです。
画像をクリックして元画像で見てみても文字がはっきりしない場合は、一旦コピーで保存してからさらに拡大してみると見えるようになると思います。
この画像だと、チケット売り場(售票処)は左下に出ています。
西遞は、関麓や南屏の村に比べると規模が大きいので、ちょっと多目に時間を取っていくといいと思います。 -
西遞(シーディ)の村には、民家を改装した食堂やお土産屋さんが多数。
客引きさんが寄ってくるので、お試ししてみたい方はどうぞ。
中庭を前にして、文字通り軒先で食事を頼めます。
ついでに辺りを見回すと、日本の日捲りカレンダーと同じスタイルの暦も掛けてある。
よ〜く見ると、その日その日の運勢や吉凶、格言なんかもこまごまと書いてあるのも同じ。
…と言うか、日本の日捲りカレンダーの元々の形は中国にあったのかも。
民家の中のお土産屋さんでは、骨董までは行かない壺や皿などの古民具や、取り壊した古い木製家具の彫刻があるパーツなどを売っています。
左下の画像にもちょっと写っています。
お気に召したら買っていくのもいいかも。
お値段は交渉して下さいね。 -
SUR SHANGHAIも呼び止められて、一軒のお宅でお昼を食べる事に。
こういう食堂ではメニューは置いていないので、まずは台所へ行ってその日の食材をチェック。あとは好きな材料を指差してお任せでもいいし、調理法を指定するのもよし。
上の画像の食べ物は、豆巻。
湯葉でモヤシなどの野菜を巻き、春巻と同じ大きさの形にして、揚げ焼きにしてあります。
焼く前の状態まで仕上げたものがお皿に並んでいたので、調理をお願いして試してみました。
衣になった湯葉がサクサクで軽い塩味。日本人好みの味と食感だと思います。
3月下旬が旬のタケノコはこの日はもう売り切れだったので、あとは青い野菜とシイタケ、蝋肉(ラーロウ:ベーコン風に加工した豚肉)を塩味で炒めてもらいました。
辛い物が好きなSUR SHANGHAIは、唐辛子もアクセントにちょっぴり。
あとはご飯とお茶を出してもらっていくらだったかな。40元位だったような。これはちょっとお高い西遞(シーディ)価格。 -
西遞(シーディ)の村にも見所となる建物はあるんですが、SUR SHANGHAIは雨の風情を楽しむために、一人村の中をさまよってみます。
白壁と黒瓦の家並みに、赤い春聯がアクセント。
村はずれが近くなると誰も歩いていない小路。
しとしと降り続く春先の雨。
もう桃の花も菜の花も咲いたのに、指先がかじかむ寒さ。
花冷えって言う言葉を思い出したけど、これは桜の季節の寒さを表わす言葉らしいから、ここでは使えないかな。 -
西遞(シーディ)の村でも、入り口近くの民家は改装されて店舗になったりしているのに、あんまり人が通らない道筋ではこの村の歴史の古さがしのばれる。
この村を作ったのは10世紀にこの地に逃れてきた唐の昭宗の子で、胡姓を名乗ったのだそう。
その後、官僚を世に出した明清代が西遞の絶頂期で、当時は600を数える邸宅が建てられたようですが、今はその栄華の名残を留める家並みが続いています。
中には、もう住人はいないと思われる民家があったり。
世界遺産に登録されてからは、観光用に120軒ほどの民家が保存されているとは聞いたけど、実際に住むにはもう古過ぎて維持補修するのも大変なんだろうな。
保存対象になっていないお宅は、新築の家を建てて移った方がずっといいと思って出て行ったのかも…と思ったSUR SHANGHAIは無粋者。
ヨーロッパの貴族の子孫が遺産として引き継いだお城を、壊してしまうことも出来ずに持て余しているのとちょっと似ている。 -
西遞(シーディ)の村の小路を歩いてみる。
人の足に踏まれ続けて表面が磨り減った石畳が路地から路地へと消えていく。
雨でジクジク寒いこの日も、完全武装で来ている写真ファンはいるもので、歩いていく先でもカメラを構えている人がいた。
その感じがよくて撮ったのが右下の画像。
なんだか小路のこっちとあっちで写真を撮り合っていたような気がする。
SUR SHANGHAIも、その人の撮った写真の片隅に写っているかも。(^^ゞ -
古びた木の扉に取り付けてある小さい赤いプレート。
このお宅だけでなく、よくこういうプレートが玄関に出ているので見てみるといいですよ。
このお宅のプレートに書いてあるのは、≪共産党員戸≫、≪平安中心戸≫、≪光栄軍属≫。白っぽくなったプレートには≪遵紀守法戸≫と出ています。
西遞(シーディ)の村の模範的一家なんでしょうね。 -
西遞(シーディ)の村の民家は、その玄関の扉を見て歩くだけでもおもしろいと思うSUR SHANGHAI。
古風な閂や金具、それに金属板を鋲で打ちつけたそのデザインも凝っている。
南京錠だけがポツンと新しい。 -
これは、門の奥にさらに出入り口が見えているお宅。
保存が決まっている内の一軒かも。 -
あ、お客さんがいなくて残念。
もう何度も修理して使い続けてきたらしい椅子がレトロ。
SUR SHANGHAIがうんと小さかった頃は、ベルトのように長くて幅広の革でかみそりをシュッシュッと研いでいた床屋さんがあったのを思い出す。
あの革はなんて言う名前か調べてみたら、研ぎ革(とぎかわ)って言うんだそう。
このお店も床屋という言葉が似合うけど、床はお客さん一人ごとにちゃんと掃除したほうがいいと思う…。 -
赤いとさかを乗せた黒いニワトリと、黒い顔の白いニワトリが仲良く石畳の上を歩いていた。
子どもはどんな色になるかな? -
イチオシ
西遞(シーディ)には、村を見渡せる場所がいくつかあります。
村の脇にある丘の展望台もその一つなんですが、この日の雨でそこまでは行かなかったSUR SHANGHAI。
じゃ、この写真は? と申しますと、2階建ての民家が密集するあたりには、屋上を展望台として公開しているお宅が何軒かあるので、そのうちの一軒からの眺め。
屋上に行けるお宅の前には≪拍撮処≫などと看板が出ているのですぐに分かります。有料だったりするので、確かめてからどうぞ。
SUR SHANGHAIがお邪魔したのは、迪吉堂向かいにある≪撮影之家≫の屋上。ここはチケットとは別に5元。直接この家の人に払いました。 -
迪吉堂向かいにある≪撮影之家≫の屋上から見た西遞(シーディ)。
路地だけを歩いていると気付きにくいんですが、周りを低い山で囲まれた風光明媚な村。
白壁に黒瓦を乗せた家々が連なっているのがこれでよく分かると思います。 -
西遞(シーディ)の村の中心あたり。
小路もこの辺りだと広く取ってあって、荷車がゆったり通れる幅。 -
西遞(シーディ)の村の見所となっている建物には、画像のように壁に標識が出ています。
これは清代に建てられた惇仁堂と呼ばれる胡氏の住居の一つ。
チラッと表だけを見ると、普通の住居のようにも見えるので、標識の見落としにはご用心。
この日の西遞(シーディ)の村の中にも画学生が大勢。
でも、雨が降ったり止んだりで、紙や絵は大丈夫? -
古色の付いた白と黒の家並みの中を歩いたあとで、こんなお店が目に入ると、
パッ!!(◎◇◎)
と目の前が明るくなってびっくりする。
これは色鮮やかな布靴のお土産屋さん。
実用と言うより、古典家具の小物と一緒に飾って楽しむのがいいような気がするSUR SHANGHAI。 -
お土産屋さんで売られていたポスター。
これも、ちょっと前までの中国を思い起こさせる絵柄。
多色刷りのほか、黒と朱色だけのものもあってどちらもレトロな色合い。
ポスターは大きすぎると言う方は、絵はがきであれこれ揃えてみては? -
西遞(シーディ)の村は、なるほどお土産屋さんや客引きさんが多かったけど、友人たちが言っていたほど悪くはなかったと思うSUR SHANGHAI。
ただ、観光バスが次々にやって来る時期だと、ちょっとうんざりかも?
また、村の入り口にある明経湖と胡文光牌楼まで戻って来た。
牌楼は、特別な業績を残した人物を記念するために建てられた門。
胡文光は西遞(シーディ)出身で、明代・清代の境目の頃に官僚となった人物。村が清代に急激に発展したのは彼の功績の故だったのだそう。
この牌楼は、高さ12.3m、幅は9.95mあるそうです。
その前に立っている人物と比べると、大きさがよく分かると思います。 -
またまたバイク・タクシーの運転手さんに連れて行ってもらったのはこの日最後の見学地、屏山の村。
ここは2002年にも来たことがあるので、勝手知ったるつもりが、「あれ?チケット売り場ってこんな所だったっけ?(・・? 新しくここに出来たのかな。」
バイク・タクシーのおじさんもそのためかちょっと迷って、西遞(シーディ)からこの入り口まで20分くらいかかってしまった…。(^^ゞ
ともかく、チケットは32元で、ここもチケットに込みのガイドさん付き。
今度はお願いしてみたSUR SHANGHAI。
ガイドさんと一緒に村内を歩くと一時間くらいになります。
その後、もう少しお時間があれば、自分でも歩いてみるといいですよ。 -
屏山の村は世界遺産には登録されていませんが、それでも十分に美しい村なので、お時間があれば宏村周辺を回るルートに入れても悔いは無い場所だと思います。
屏山の地図はありませんが、吉陽渓と呼ばれる流れに沿って、七つの祠堂や200軒あまりの明・清時代の古民居が残っている村。
ガイドさんと一緒に吉陽渓に架かる木橋のそばまで来てみると、
「あ、このお宅は2002年に来た時にも見たっけ。(^^♪」
2002年の屏山の村と見比べてみたい方は、下記の旅行記をご参照下さい。
★安徽省の古村群 −宏村・屏山・斉雲山+αの巻
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10075485/ -
イチオシ
2002年に屏山の村を訪れた時に見て、SUR SHANGHAIが気に入ったお宅。
やはり清代に立てられたお宅だそうです。
吉陽渓沿いの塀に囲まれた造りで、川縁に下りて行ける石段付き。
実際に住んでみたら不便もあれこれあるんだろうけど、一度住み心地を試してみたくなる。
前回は中までは見学できませんでしたが、今回はガイドさん付きなので、快く見学させていただきました。
仮にこのお宅の住民の方のお名前をAさんとすると…、 -
…そのAさんのお宅の中は、これまで見てきた民家よりモダンな飾り付けがしてあった。
でも、ここにもお一人様用のポータブル掘り炬燵の火桶が置いてある。
やっぱり火桶はこのあたりの必需品のよう。
春先なのにジメジメした雨続きだから、誰でも火の気が恋しい季節。
奥の方では、このお宅の長老らしきご夫婦が火桶を使用中でしたが、写真に撮るのはご遠慮申し上げたSUR SHANGHAI。 -
これもAさんのお宅の内部。
やはり関麓や南屏の村で見たのと同じ造りの清代の厨房もありましたが、その片隅にはご覧の通りの炊飯器も鎮座。
脇に立っている柱とその台座の石の彫刻とはミスマッチな一面。 -
これはAさんのお宅の裏庭。石を敷いた小道の先は物置や家畜小屋。
今では家畜は飼っていないのかどうか、動物の気配は無し。
畑の方に行っているのかも? -
屏山の村から見える山々。
屏山という村の名前は、村の北に屏風山という山があることから来ているんだそうです。
ここでは、同じ形と同じ大きさの山の連なりが三つ見えていますが、これは三姑山と言うんだそう。
屏山の村をガイドさんと一緒に歩くと、最後に三姑廟という小さいお寺さんに行ってその関連と由来を教えてもらえますよ。 -
吉陽渓に沿って出来た前街というメイン・ストリートがある屏山の村。
あ、この風景はまだ覚えてる。
危なっかしい橋が架かっている吉陽渓は2002年に来た時と同じだ〜。(^◇^)
でも、前は細々と雑貨店を開いていた場所はバーになって、大きい看板まで出している。(^^ゞ -
屏山の村の傍らを流れる吉陽渓。
その流れの真ん中に杭のような物が立っていますが、ガイドさんによると、昔はここに粉引きの水車があったんだそう。
2002年には見た覚えが無いから、それより以前のことのよう。 -
屏山の村の傍らを流れる吉陽渓。
川はどこでも、そこに住む人々の生活の拠り所。
ここにも野菜を洗いにやって来る人がいた。
川の水がきれいな分、川底のプラスチックごみが丸見え。
屏山の村でも、プラスチックごみの処理は問題になりそう。 -
屏山の村の民家。
窓とひさしの間の壁に消え残る文字は、ここでも≪毛主席万歳≫。
どんな辺鄙な村に行っても、文革の頃のこんなスローガンが建物の壁に残っている。
交通も通信も不便だったその頃、どういう通信網があって、みんなこんなスローガンを書いたんだろうといつも不思議に思う。 -
屏山の村のチケットに込みのガイドさんに伴われて歩いた村の中。
一軒一軒のお宅の名までは覚えていないSUR SHANGHAIで申し訳ないんですが、ガイドさんが説明してくれた物の中からいくつかご紹介。
左上の画像の中の鏡は、清代にドイツに渡航したこの村出身の人物がもたらした物。この小さい村出身の人が、そんな昔にどういう伝手があってドイツに行ったんだろうと思うと、波乱のドラマになりそうな気がする。
左下の画像は、三重になった扉。防犯には役に立ったかもしれないけど、開けたり閉めたりも大変そう。
右上の画像は、門口の壁と土台に挟まれたコイン。これは、お金が儲かるおまじないなんだそう。
右中の画像は、纏足の女性が履いていたという布靴。20cm位の大きさだったと思います。ミニチュアお土産版と一緒に置かれていました。
右下の画像は、塀に取り付けられた窓風の透かし彫り。透かし彫り部分はパターン化された紋様になっているんですが、これは武人が立つ姿が紋様になったものだそう。模様をよく見ると、手足を踏ん張った人物が立っているように見えて納得。 -
「ここは元、人民公社が入っていた建物。」とガイドさんが教えてくれた。
あ、そう言えば、扉の入り口の上に≪愛社如家≫なんて書いてある。
でも、入れないようなので、内部は未確認。
人民公社は簡単に言うと、1958年から1982年の間に中国の農村を単位とした農業生産、行政、経済、学校、軍事、医療などが一体となった政社合一の組織。
1982年の新憲法では経済と行政を分離することが定められて、1985年には活動が停止したとのこと。
上海郊外の金山区にも、人民公社がミニ博物館になって残っている楓涇と言う水郷の町があります。興味がある方は上海旅游集散中心≫の1日観光バスで訪れてみては?
下記の旅行記にその水郷の様子を出しておいたので、併せてご覧ください。
★上海市金山区の水郷≪楓涇≫ −和平街のあたり
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10085101/ -
屏山の村に限らず、道端にこんな穴が開いている大きい石がよく置いてあります。
これは丸いですが、角ばった多面体のものもあり。
ガイドさんが一緒にいる時にこの石が目に入ったので、やっとこれは何なのか聞いてみたSUR SHANGHAI。
答えは簡単。
昔、幟のような旗を立てるためのものでした。
聞いてみると、「なあ〜んだ、そうかあ〜。」ですが、これで長年の疑問が氷解。 -
屏山の村の中にある祠堂の一つの大菩薩庁(舒光裕堂)。
これは2002年に来た時には施錠されていて中は見られなかったっけ。
大菩薩庁(舒光裕堂)は、皖南(安徽省南部)では数少ない明代の祠堂なんだそう。
その門構えの装飾も美しい祠堂で、奥行きもご覧の通りに深いんですが、内部はがらんどう。
朽ちかけている箇所もあるし、これからどうなるんだろうと思わせる佇まい。
屏山の村のその他の祠堂も外観はこの大菩薩庁(舒光裕堂)に似て、堂々とした造り。こんな小さい村の祠堂とは思えないくらい。 -
これは、葫芦井(ヒョウタン井戸)と呼ばれる井戸。路地の脇にありました。
子どもの落下防止のため、ヒョウタン型に穴を開けたらしい。
でも、これだと逆に水が汲みにくいんじゃないの?
蓋を作ればよかったような気がするけど。
…と言ってガイドさんを困らせても仕方ないか。(^^ゞ -
イチオシ
屏山の村も、人の気配があまり無い村。
中国はどこも人で溢れていると思って行くと、ずいぶん寂しい村に見えるかも。
たまに傍らを人が行き過ぎると、何となくホッとする。 -
ガイドさんが最後に案内してくれたのは、三姑廟(顕済廟)。
内部には屏山の村から見える三姑山と関わりのある三人の女性の像が祀られていますが撮影禁止。像自体はちょっと見応えに欠けていた…、と言っては罰当たり。お許しを〜。m(__)m
その三姑廟と三姑山の故事来歴もガイドさんが教えてくれたんですが、ちょっとそのお話の内容が曖昧になってしまったのでここではパス。
この村を訪れたらガイドさんに聞いてみてくださいね。
雨もザアザア大降りになってきたし、これで屏山の村の見学を終えたSUR SHANGHAI。
待っていてくれたバイク・タクシーの運転手さんには、今朝出てきた宏村へと戻ってもらいます。
明日は、また宏村周辺を見て回る予定だけど、お天気はどうなるかな。
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この旅行記へのコメント (1)
-
- 唐辛子婆さん 2011/02/21 13:16:38
- 面白いもの
- SUR SHANGHAIさん
このドア、鼻のおおきな人の顔に見える!
ポータブル炬燵も興味深いですね。
金網の上に足を乗せるだなんて足がおいしく焼きあがりそう(笑)
唐辛子婆
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