2010/03/22 - 2010/03/22
41位(同エリア156件中)
- #遺跡・歴史
- #内部を公開している古民家訪問
- #安徽省古村群
- #宏村からバイク・タクシー利用
- #映画『菊豆』に出て来た万松橋
- #映画『菊豆』の舞台の南屏村
- #洋楼旅社の小洋楼からの眺め
- #町歩き
- #鞏俐も泊まった菊豆飯店
- #桃の花と菜の花畑
関連タグ
SUR SHANGHAIさん
- SUR SHANGHAIさんTOP
- 旅行記929冊
- クチコミ7097件
- Q&A回答49件
- 6,451,593アクセス
- フォロワー238人
2002年に初めて安徽省の古村群を訪れた時には、友人たちの車で真っ先にこの南屏を訪れた。
映画『菊豆』の舞台になったこの村には、ロケ中の鞏俐(コン・リー)が泊まっていたという民家が菊豆飯店になっていて、そこで晩ご飯を食べたんだよね。
あれもちょうど春先だったし、ちょうど8年振りの再訪。
あの時と同じように、今にも雨が降り出しそうな空模様。
でも、今回のSUR SHANGHAIは、一人でこの村をさまよってみます。
南屏は、宏村と同じく安徽省黄山市[黒多]県にある小さい村。
ここも皖南(安徽省南部)の独特の風格を持つ民家が美しい所で、鞏俐(コン・リー)主演の映画『菊豆』で有名になりました。
●注: 日本では、県の中に市がありますが、中国では逆。市の中に県があります。
表紙の画像は、南屏の村の小道
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
安徽省南部の古村落の一つとして世界遺産に登録された黄山市[黒多]県の宏村に宿を取って、近隣の古村も訪れてみたSUR SHANGHAI。
個人で訪れるなら、バイク・タクシーが便利です。
宏村からのバイク・タクシーについては、下記の旅行記内に出しておきましたので、詳細が知りたい方はご覧ください。
★早春の安徽省古村(2) −汪氏八人兄弟の八大家がある関麓へ
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10529503/
この編では、この日関麓の村の後で訪れた南屏の村をご紹介。
関麓の村と南屏の村とはごく近くて、バイク・タクシーだと10分足らず。
この画像の建物は南屏の村のチケット売り場。チケットは43元也。
画像に見えているガイドさん料金もチケットに込み。 -
これは、南屏の村の地図。
画像をクリックして元画像で見てみても文字がはっきりしない時には、一旦コピーで保存してさらに拡大すると見えるようになると思います。
この画像では、右上の方にチケット売り場(售票処)と村への入り口が見えていますが、チケット購入後のSUR SHANGHAIは、バイク・タクシーの運転手さんに画像左手に見えている西干橋を渡ってもらい、出口の方から村に入りました。
特に理由は無いんですが、2002年に初めて南屏に来た時には入り口がこちら側にあったので、自分にとっては記憶をたどって歩きやすいと思っただけ。 -
今、南屏観光ルートの出口になっている昔の入り口のあたりは、ちょっとした村の広場のようになっています。
2002年に来た時には、写生に来ている画学生グループがポツポツと言う感じだったのに、ずいぶん観光客も増えた。
小さいながら食堂や食べ物の屋台まで出来ちゃって。
上の画像の手前に写っているのは、SUR SHANGHAI付きになったチケット料金に込みのガイドおにいちゃん。一緒に村を案内してもらえるのは1時間くらい。一緒に歩くと、見所も逃しません。
SUR SHANGHAIは南屏は再訪だし、自分で歩いてみたいから、と早めに途中で帰ってもらいました。
広場そばの白い壁を見て、「あ! 前はあそこに三者三様のおじちゃんたちが座っていたっけ。」と思い出したSUR SHANGHAI。
この日はそのおじちゃんたちの姿は見えず。
今もお元気でしょうか。
この旅行記でご紹介する南屏と、2002年の様子を比べてみたい方は、下記の旅行記も併せてご覧ください。
★安徽省の古村群 −コン・リー主演映画≪菊豆≫の舞台 南屏の巻
http://4travel.jp/traveler/casa/album/10074775/ -
そんな広場そばにお寺さんのように立っているのは、葉氏支祠。
上の方に出した南屏の地図では、別名の奎光堂で出ています。
これは元の時代にこの地にやって来て村を発展させたという葉氏を祀る祠堂で、明代弘治年間に建てられたと説明に出ていました。
そのため、村の名も昔は南屏では無く、葉村と呼んだんだそう。
一族の祖先を祀る祠堂にも種類があって、支祠というのは分派の祠堂なんだそうですが、これはずいぶん立派。
南屏ではこのほかにも程氏や李氏の祠堂も見かけますが、この葉氏支祠が一番規模が大きかったと思います。
中に入ると、建物の規模の割りに装飾は少なくてがらんどう。これは文革の時期に破壊されてしまったからと聞きました。
それでも左下の画像のように、一番奥の奎光堂は祭壇の体裁が整えられています。
右下の画像は、葉氏支祠の入り口にある抱鼓石。
門の基礎部分の石に鼓のような形の装飾を施したのが抱鼓石ということですが、普通は膝くらいの高さ。
これは人の背丈より高くて、かつての葉氏の勢いを表わしているかのよう。 -
南屏の村の中。
あちこちに画学生が陣取っていて、それぞれにスケッチしている姿が絵になります。
村にはいつの間にやら英語や韓国語、それに日本語の説明標識も付けられていてびっくり。
そう言えば、先に行ってみた関麓の村でもそうだったっけ。
この歩歩高升巷と言うのはごく緩い傾斜にある小道で、石段を少しずつ上っていくうちに出世すると言った意味合い。
でも、こういう名前を付けちゃったら、上りの一方通行にしないと却って縁起が悪いんじゃない? -
南屏では、内部も公開されている民家や建物には上に出した画像のような標識が出ているので、表の戸が開いていたらお邪魔してみるといいですよ。
これは、南薫別墅だったと思います。別墅というのは、別荘のこと。
上の方に出した南屏の地図にも出ています。
間口は狭いように見えても、こんな感じで中庭を挟んでいて、奥行きは結構深かったりします。 -
南屏にも今も人が住んでいる民家がたくさんあって、その日用品が置いてある一画。
これも、南薫別墅だったと思います。別墅というのは、別荘のこと。
こういう立派な彫刻付きの木製洗面台はもう骨董の域。中には清代の物を今も使い続けているお宅もあるくらい。
置いてある洗面器も、ホーロー製だったり、木製だったり。金盥という言葉がピッタリの物もあります。 -
この日の朝に行った関麓の村でも見たような、四つの時代の竈が一つの厨房に収まっているお宅。
これも、南薫別墅だったと思います。別墅というのは、別荘のこと。
南屏と関麓は距離的にバイク・タクシーで10分くらいと近いせいもあるんでしょうが、竈の造りまでそっくり。
上段の画像は、明り取り兼煙出しの天窓の下に造られた清代の竈。
雨の日には雨まで吹き込んで、調理も出来なかったんじゃないの?
ずいぶん不便な造りと、このお宅の人も言ってました。
中段左の画像は、民国時代の竈。
煙突がないから、周りの壁や天井が真っ黒。
中段右側の画像は、開放以後の竈。
こちらには煙突が付いているので、今も時々使っているんだそう。
下段の画像は、現代のガス・コンロも付いた流し台。
ガス・コンロもあるし、中段の画像には炊飯器も見えているのに、薪が大量に置いてある。
ご飯だけは薪で炊いた方がおいしいから、と言うのは、日本でもよく聞くなあ。SUR SHANGHAIが子どもの時のおばあちゃんの家でもそうだった。
おこげがおいしいのよね。(^^♪ -
イチオシ
台所と呼ぶより、厨とか厨房という言葉がシックリ来る南屏の民家の一画。
傾斜の急な梯子風の階段、古びた食器戸棚を照らし出すのは、天窓からの光。 -
南屏の村の中はほぼ平坦な土地。
それでも、ちょっと高く盛り上がった所もあって、小路が緩い石段になって続く。
石段の上に座っているのは、またまたスケッチに余念の無い画学生。 -
南屏は水郷の村とは違いますが、家々の前には村の外を流れる川から引いてきた水路が通っています。
これは、大事な生活用水。
この日はお天気が悪いので見かけませんでしたが、洗い物に使われます。 -
これは、南屏の南の外れ近くにある倚南別墅で、清代に建てられた葉氏の邸宅。別名は養老庁と言うそうです。
その一画の壁に掛けてあったこの肖像は、かつてこの家の主だった葉氏?
日本の昔の家でも、長押のあたりにその家のご先祖様の古〜い白黒写真が掛けてあると、ちょっと怖くなったのを思い出す。
この倚南別墅では、チケットとは別料金で、公開しているお部屋もあるようです。
食事も宿泊も出来るそうですが、外国人の宿泊は不可。
南屏には、この2010年の訪問時には宿も菊豆飯店以外に数軒出来ていましたが、厳密に言うとどれも外国人の宿泊は不可。
南屏に限らず、小さい宿では、「日本人は外国人に見えないし、ここに泊まっていると言わなければ大丈夫。」などと言って来ますが、トラブルがあった時の事を考えた方がいいのでは? -
これは、慎思堂と名の付いた洋風の門構えの建物。
南屏の普通の民家とは違う感じだし、これも祠堂の一つ?
名前以外に説明が出ていなかったので不明。
扉も閉まっていて、中にも入れないようでした。 -
この建物は、本来は叙秩堂(葉氏の宗祠)なんですが、1990年製作の中国映画『菊豆』の撮影舞台の一つ老楊家染坊として公開しています。
元々、『菊豆』の原作では農家が舞台。
映画製作にあたって見た目の効果を重視して、染物屋という設定に変更したんだそう。
南屏が染物を作っていた村というわけではありません。
そう聞くとちょっとがっかりのような気もしますが、『菊豆』の中では、菊豆に扮した鞏俐(コン・リー)が、登場人物の一人天青と一緒に布地を巻き上げていた機械の歯車の音、薄闇の村に長く垂れ下がる染め生地がとても印象的でした。
映画撮影のために使われた道具類の一部がここに置いてあり、染物を干す竿や、葬儀の場面で使われた棺桶も置かれていました。
2002年に来た時には、老楊家染坊に改装されたこの葉氏宗祠は見た覚えが無いけど、見落としていたのかなあ…。 -
これは、『菊豆』ロケ中の鞏俐(コン・リー)も泊まったという菊豆飯店内部。
元々民家なので、南屏の人々の生活の様子もうかがい知れる環境。
宿を提供しているほか、食事も出していますが、外国人の宿泊は不可。
路地に面した戸口には、菊豆飯店とだけそっけなく縦書きにした小さい看板が出ているだけですが、内部はこの通り立派なお宅。
2002年に友人たちと来て晩ご飯を食べた時と同じ雰囲気で残っていました。
あ、ここにも、小さい湯船のような形をした一人用ポータブル掘りごたつの火桶がある。
前編でも言いましたが、使い方は、まず、灰に埋めた火種をホーロー製の洗面器に入れて火桶の底に置き、その上に金網を架けます。
火桶には椅子のようにお尻を置く板も付いているので掘りごたつのように中に脚を入れて座り、足は上記の金網の上に置いて暖める仕組み。
あとは膝の上に毛布などをかけます。 -
南屏の民家の一軒。
赤い紙におめでたい言葉を書いた春聯が型通りに貼ってある戸口。
ちょっと見には普通のお宅に見えますが、戸口の上に貼ってある紙の下にご注目。
黒い石に「毛主席万歳」の言葉が見えています。
南屏にも文革の時代は押し寄せたんだな。 -
さっきからSUR SHANGHAIが探しているのは、ちょっと倉庫風の四角い建物に亭を乗せたお宅。
2002年に来た時には、その上から南屏の村がよく見えたんだよね。
まだ、その建物はあるかなあ。
あ、あった! (^◇^)
今は洋楼旅社という名前になって健在。
でも、あれ? 戸口が閉まってる。
近所の人が「誰かいるはずだよ。」と言って様子を見に行ってくれた。 -
今は洋楼旅社という宿になったんだなと思いつつ、近所の人とも中庭に入って声をかける。
その壁に吊るしてあった臘肉(豚肉をベーコン風に加工して干したもの)。
元は豚だったのが一目で分かるいろんなパーツが並んでいる。
日本で軒先に魚を干すのと同じだね。
でも、洗ったズボンも一緒に干すって、匂いが移るんじゃないかなあ。 -
中庭から見上げた洋楼旅社の小洋楼とその上の亭。
皖南(安徽省南部)独特の風格がある白壁と黒い瓦は他の民家と同じでも、窓の造りが洋風。
清代のハイカラさんが西洋建築を真似て建てさせたので、小洋楼と呼ばれるようになったんだそう。
内部は物置風に使っている階もあり、画学生用ドミトリー・ルームがあったり。
てっぺんにある亭からの南屏の眺めが最高なんですが…、続けて何度か声を掛けても返事が無い。(^^ゞ
中で何かしていて、SUR SHANGHAIたちの声が聞こえないのかなあ?
中庭には七輪も置いてあって、その上の薬缶もシュンシュンと沸いているのに、誰もいないの?
まるで『遠野物語』の迷い家に来てしまった気分。 -
小洋楼は公開されている建物とは言え、そこのご主人がいない間に黙って上がり込むわけにもいかないので、SUR SHANGHAIは一旦出直します。
そうだ、前にも行った川のほとりに行ってみようっと。(^^♪
その途中で振り向いて見た小洋楼。
南屏の村では一番背の高い建物のようだし、火の見櫓代わりに使われていたこともあったのかも、と思わせる。 -
南屏の村の北側を流れる川へと向かう道筋。
水が湧いている場所では、おばあさんがお洗濯。
ここが村の地図にも出ていた醴泉かな。
おばあさんのそばにいるのはお孫さん?
ピンク色の服と赤いバケツが早春の彩り。 -
イチオシ
南屏の村外れに来ると、突然目の前に広がる菜の花畑。
天秤棒を担いで通る人もいる村の道。
どんよりした曇り空がちょっと残念な気もするけれど、これはこれで早春の憂鬱の風情。 -
南屏の村外れには廃屋もあって、この日のじっとり重い空気と露を含んだ菜の花畑に崩れて溶けてしまいそう。
-
あ、あった、あった。(^^♪
南屏の北側を流れる川に架かる橋。
川べりに新しく立てられたらしい碑があって、大渓という名詞が出ていたんですが、それがこの川の固有名詞なのか、単に大きい渓流の意味なのかが判然としない…。読解力のないSUR SHANGHAIですみません。(^^ゞ
ともかく、この川は東に向かって流れ、下流の漁亭という場所で新安江と合流するんだそうです。
その川に架かるのは、筏型の基礎の上に乗った立派な石橋。
この橋にはちゃんと名前があって、万松橋と言うんだそう。清代に葉氏が築いたと言われています。
映画『菊豆』の中で、葬儀の列が通ったのがこの橋。
菊豆に扮した鞏俐(コン・リー)が、登場人物の一人天青と一緒に葬儀の車に向かって「別走!!(行かないで!!)」と叫んでいたのも印象的なシーン。
2002年に来た時には、あんまり水が無くて、水牛を牽いた人が橋の下を通っていたっけ。 -
万松橋からさらに北に続く小道は南屏古道。
ゆるゆると菜の花畑を通って行く道がなんだか懐かしい。
この小道の先に、今回チケットを買った售票処(チケット売り場)と新しい入り口があります。そこからこの道を歩いて来て、この万松橋から南屏の村に入るのも○。
SUR SHANGHAIは、上の方で言ったとおり、別の場所から村に入りました。 -
万松橋のたもとから、ちょっと川上にある水車を見る。
水車の近くには粉引き小屋もあったけど、2002年にはどちらも無かったような気がするなあ。 -
万松橋近くで菜の花畑を描いていた女の子がどこかへ消えた。
イーゼルと絵描き道具だけが取り残された風景がアトリエになった。 -
さ、また村の中に戻って、さっきの小洋楼へ行ってみよう。
その途中で見たのは、ピンクの桃の花と赤い春聯。
菜の花以外にも明るい色の花が咲く南屏の村。 -
両側を塀と壁に挟まれて、細い路地になった先に玄関があるお宅。
このお宅は2002年にも見かけて、敵の侵入を防ぐ造りかなと思ったっけ。 -
皖南(安徽省南部)の民家の特徴の一つは、つるりとして窓が少ない土蔵のような白壁。
火事や盗難、外敵を避けるためにこうした造りになったんだろうな。
でも、行く手にヌッと立ちはだかれると、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる妖怪の塗り壁に見えてしまう。(^^ゞ -
南屏の村の特徴は、一族の祖先を祀る祠堂が多いこと。
上の方で見てきた葉氏の支祠や宗祠のほかにも、程氏や李氏の祠堂も見かけます。
これは程氏の宗祠のようですが、農作業用品が周りに積まれて物置のよう。
当然、中には入れませんでした。 -
また洋楼旅社の小洋楼に戻って来てみると、今度はおうちの方がいらっしゃったので、ホッと一息。
南屏まで来たら、小洋楼からの村の眺めははずせません。
小さい子たちが遊びに来ているらしくて、靴がたくさん。
中には、手作りらしい布靴も混じって可愛らしい。 -
洋楼旅社を経営しているご家族も葉さんとおっしゃるんだそう。
「これ、なんだか知ってる? 立つようになった子をこうして入れておくんだよ。」と実演して見せてくれました。
「この子はあんまり笑わないんだよ。」というその男の子も、これで笑ってくれました。 -
小洋楼に上るには、チケットとは別に5元の支払い。
直接、洋楼旅社の方に払いましょう。
傾斜のきつい梯子風の階段を上りつめて、てっぺんの亭に出て来ると、「わ〜!ヽ(^o^)丿」と言いたくなる南屏の眺めが待っています。
これまでに南屏の村を訪れた内外のお偉いさんも、ここには必ず立ち寄って行った、と洋楼旅社の方が自慢するだけのことはあります。 -
これは、南屏の村の南方向を見た景色。
黒瓦と白壁の村、その向こうの霧に煙る山の風情も美しい。 -
イチオシ
小洋楼の上にある四角い亭には手すりと長椅子が取り付けられていて、そこに寄りかかって眺める南屏の村。
今日は、霧に湿った家並みがしっとりと静か。
映画『菊豆』では、こんな家並みの合間に染物が長く垂れていた。
青い闇の中の光景だったから、不吉な結末の予感がしたっけ。 -
月の美しい季節には、手すりに寄りかかって眺めるのもいいだろうなあ。
想像してみると、月明かりに照らされる南屏の村も、風流風流。
SUR SHANGHAIはお酒が飲めない体質なので無粋ですが、イケる口の方は、「ささ、一献。」なんてなりそうですね。 -
小洋楼の下にある農家。
中庭が広く取ってあるのは、作物を干すなどの農作業のため。 -
洋楼旅社は、その名の通り宿も経営しています。
これはそのうちの小洋楼に入った学生用ドミトリー形式の部屋。
画学生グループが来た時に使っているそうで、質素な2段ベッドが並んでいます。
後で見せてもらった母屋の方にはこざっぱりとしたツインのお部屋もあったんですが、やはり外国人は厳密には宿泊不可ということで残念。 -
小洋楼から下に下りて行く時に、塀越しに見えたお隣の農家。
小屋の前で何やら作業開始。 -
小洋楼の窓から見えた外の風景。
南屏に限らず、皖南(安徽省南部)の白壁の民家は、火事や盗難避けのために窓が小さく少ないのが特徴。
お陰で中は土蔵のように垂れ込めた暗さ。
この日はお天気が悪くて外もどんよりなんですが、こうして中から外を見ると、ずいぶん明るく見えます。 -
イチオシ
洋楼旅社を後にして、バイク・タクシーの運転手さんが待つ村の広場へ。
途中ですれ違った村の男性。
荷物を担いで歩いていく様子がいい感じだったので、ちょっと行過ぎて振り向くと…、
…ほらね、南屏の村の風景とぴったりマッチ。いい風情。 -
今日はもう歩き疲れたし、バイク・タクシーの運転手さんにはこのまま弘村へ帰ってもらおうっと。
「ほい、来た!」 ブルブルブル、ガタガタガタ、と走り始めたバイク・タクシー。
南屏から宏村に行く途中の道は菜の花と桃の花が花盛り。
「あ、おじさん、ごめん、ちょっと停まって〜!」
バイク・タクシーだと、好きな時間に出発できたり、気になる場所ではちょっと停まってもらえるのがうれしい。 -
イチオシ
「この近くにはもっと大きい桃園もあるけど。」というバイク・タクシーの運転手おじさん。
でも、今日はこの道の脇の桃園で十分。
明日また、この辺を回ろうと思っているから、明日また会えたらよろしくね。
道のすぐ脇にある桃園でも、この通り見応えありの花盛り。
急に視界が明るくなった。 -
「おじさん、ありがとう。今度こそ宏村へお願いします。」
その道筋で見たのは…、
…トラクターに積んでいた古い建材が道に崩れて、トラクターおじさんは立ち往生。
でも、二重三重の事故にならなかったのは幸い。
応援も来たようだし、SUR SHANGHAIたちはこのまま素通り。
これでこの日の関麓、南屏の訪問を終えて、明日の宏村−五里桃園基地−西遞−屏山−宏村の旅へと続きます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
★早春の安徽省古村
-
★早春の安徽省古村(1) −上海から宏村到着
2010/03/21~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(2) −汪氏八人兄弟の八大家がある関麓へ
2010/03/22~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(3) 映画『菊豆』の舞台 南屏再訪
2010/03/22~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(4) −宏村の月沼と南湖
2010/03/23~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(5) −五里村桃園へ、そして西遞と屏山へ
2010/03/23~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(6)木雕楼と菜の花畑の盧村へ
2010/03/24~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(7)宏村と客桟≪碧園≫
2010/03/24~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(8) −宏村から徽商大宅院と棠[木越]牌坊群へ
2010/03/25~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(9)唐模の村へ
2010/03/25~
安徽省
-
★早春の安徽省古村(10、完)呈坎の村へ、そして上海へ
2010/03/25~
安徽省
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ ★早春の安徽省古村
0
45