2010/03/25 - 2010/03/25
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SUR SHANGHAIさん
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黄山市歙県(きゅうけん)にある徽商大宅院(西園)と、同じく歙県にある棠[木越]牌坊群を訪れた後のSUR SHANGHAIは、さらに黄山市徽州区(きしゅうく)にある唐模、呈坎、潜口の村を訪れるべく、この日雇ったタクシー運転手さんに車を進めてもらいます。
上記の場所のうち、棠[木越]牌坊群以外は全部初めて訪れる場所なのでワクワク。
この日は昨日までの雨も上がって超ラッキー。(*^。^*)
この後もどんどん歩いて見て回ります。
唐模、呈坎、潜口の村がある徽州区は、元々は黄山市歙県の一部だったんだそうですが、1988年からは黄山市徽州区となったようです。
●注: 日本では県の中に市がありますが、中国では逆。市の中に県があります。
表紙の画像は、唐模の村を流れる壇干渓(檀幹渓)の小西湖(孝子湖)。その向こうに見える建物は鏡亭。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前編では黄山市歙県(きゅうけん)の徽商大宅院と棠[木越]牌坊群を訪れたSUR SHANGHAIは、お次は黄山市徽州区(きしゅうく)にある唐模、呈坎、潜口の村の村を回ります。
タクシーの運転手おじさんと相談した結果、棠[木越]牌坊群から車で5分と近い唐模の村に先に寄ってもらいました。
ちなみにこの日のルートは、黄山長途汽車站→徽商大宅院(西園)→棠[木越」牌坊→唐模→呈坎→潜口→黄山機場(空港)で300元。
唐模の村は壇干渓(檀幹渓)に沿った東西に長い村で、観光で訪れる人の出入り口も東と西に一つずつ。SUR SHANGHAIは東側から入り、運転手さんには西側の駐車場で待っていてもらいました。
この画像の場所は東側の出入り口とチケット売り場。チケットは55元。
ここにはチケット代に含まれるガイドさんはいないようでした。
唐模の村は一通り見て歩くと1時間はかかると思っていくのがよし。
飲み物やトイレ用ペーパー位は準備していくといいですよ。 -
これは唐模の村の地図。
クリックして元画像で見てみても字が読み取れない場合は、一旦コピーで保存してからさらに拡大してみてください。
●注: この地図は、上方が南、下方が北になっています。従って、SUR SHANGHAIが入って行った東側の入り口は、この画像だと左手。赤い矢印と共に東入口と書いてあります。
あとは壇干渓(檀幹渓)に沿って道なりに歩いていくと、途中の小西湖(孝子湖)や唐模の村の中心部を抜けて、西側の出入り口に出られるようになっています。 -
唐模の村の東側入り口から入って行くと、まず目にするのは沙堤亭。
亭というのは、境界線を定めたり方角を示すために使われる小さい建築物。中で一休みするのにも使われます。
この沙堤亭は、清の康煕年間に建てられたのだそう。
そうそう、唐模の村では主な建築物などに説明が付いています。
中国語のほかにも、日本語や英語、フランス語、韓国語でも出ているので、見てみるといいですよ。
日本語はちょっと文法や言い回しが変だったりしますが…。(^^ゞ -
檀幹渓に沿って東西に細長い形の唐模の村。その起源は、唐の時代にまで遡るんだそうです。
そんな歴史を持つ村を貫いているのは、雲路とも呼ばれる徽浮之古道で、昔は唐模にもその中継点の駅があったのだそう。
徽浮之古道というのは、SUR SHANGHAIにもよく分からないんですが、現在の安徽省南部の徽州と江西省の浮梁県を結んでいた道なのではないかと思います。間違っていたらお許しを。m(__)m
その徽浮之古道のうち、唐模の村を貫いている部分には、三千枚あまりの石が敷かれているんだそう。
ここには写っていませんが、よく見ると、中には墓碑を転用している箇所もあってびっくり。 -
徽浮之古道の石畳を辿って唐模の村の中心部へ向かっていると、ロケ隊に遭遇。
中国の古い町や村を旅していると、時々こうしたロケ現場に出会います。
上海あたりだと、西郊外の松江区にある映画村の上海影視楽園や、江蘇省にちょっと入った水郷の町≪周荘(庄)≫でよくロケ風景が見られますよ。
で、「この道を通るのはちょっと待って!」と言われたSUR SHANGHAIは、一休みしながら高みの見物。(^^♪
唐模の村の徽浮之古道にも、さっき見てきた棠[木越]牌坊と同じような形の牌坊≪同胞翰林坊≫があって、その向こうから伝令が馬を飛ばして来る場面を狙っているらしい。
準備OKになると、監督の「下雨!(雨を降らせろ!)」の掛け声で水が撒かれて煙幕も濛々。
その中を、伝令に鞭を入れられてドガガガガッと駆けて来る馬。
う〜ん、いい雰囲気だあ。
それでも監督には不満な点があったらしくて、二度撮り直されてOKが出たようでした。 -
イチオシ
ロケが行われていた同胞翰林坊の近くには、小西湖(孝子湖)に面した壇干園(檀幹園)という庭園があるんですが、上記のロケ隊が占領していたので中に入るのはご遠慮申し上げておきました。
で、この画像は、小西湖とその向こうに見える鏡亭という建物。
この湖は、清初期の唐模の豪商許氏が、西湖(現在の浙江省杭州にある湖)を見たいという母親の願いを叶えるために、代わりに造った人工湖なんだそう。
その故に、小西湖とか孝子湖という名が付けられたようです。
柳の枝が、今日の陽気で芽吹き始めていい色! -
壇干渓(壇幹渓)に沿った徽浮之古道を辿って、唐模の村の中心部を目指すSUR SHANGHAI。
昨日までの雨で増水した流れは濁っているけど、水車もあって風情よし。
奥に見えている橋は霊官橋だったと思います。
この壇幹渓は、村の西から流れて来る徐ィ渓と上川の二つの流れも一緒に人工的に一つにまとめた川。
水は富の象徴とされる風水の理論によって造り上げられたので、『人も水も富も一つに集まるように』という意味が込められているんだそう。
●注:徐ィ渓の≪徐ィ≫の字が文字化けしていますが、これは竹冠の下に均の字。
その三つの流れが合流する場所が、村の西の出入り口近くで見られたので、この旅行記の後半でご紹介します。 -
昨日までの雨で増水した壇干渓(壇幹渓)。
川岸に何人か立って川を見下ろしているので、何かと思ったら…、
…その川の水に胸近くまで浸かって、何やらしているおじさんが一人。
何してるの? (・・? -
そばにいた地元のおにいちゃんに聞いてみたら、川の中にいるおじさんは網を使って魚捕りをしているんだそう。
網って言っても、これだと昆虫採集の時に使う網と同じ感じだけど…。
あ、ひょっとして、二本の竹竿の間に網が張ってあるのかも? −−そこまでは確認せず。
見物人が増えてきた壇干渓(壇幹渓)のほとりや霊官橋。
それでもおじさんは平然とマイペース。 -
唐模の村の東側の入り口から入って行くと、村の中心より手前に見えてくるのが許氏宗祠。
清の嘉慶2年に建てられたという説明が出ていました。
宗祠と言うのは、村に点在する祖先を祀る祠の総本山的存在。
一族の位牌が安置されていたり、一族の集会や冠婚葬祭も行われていた場所なんだそう。
唐模の村の許氏一族を祀ったこの祠は、敷地もこの通り広くて奥に見える祠の建物も立派、…のはずなんですが、今は荒れ果ててがらんどう。
これは、太平天国時代の戦火や、最近では文化大革命によって破壊された名残なんだそう。
これから復元予定はあるのかな。 -
唐模の村の許氏宗祠入り口付近の石畳。
よ〜く見ると、これは墓碑。
彫られた文字がかすれて読み取れない部分もあるんですが、これは黄氏の墓碑だったようで、ご夫婦らしき名の下に 〜之墓 という文字や、康煕三十三年に建立された日付まで出ていました。
昔の墓碑を石畳に使っているのは他の村でも見たけど、祀ってくれる子孫が絶えた一家の墓碑なのかなあ。
でも、そのまま石畳に使うなんてあんまりだと思うんだけど。
何か意味があってしていることなんだろうか…。
想像は尽きない。 -
壇干渓(壇幹渓)に沿った道筋に、ポツポツと民家が見え始めた唐模の村。
村の中心を通って行くこの道は、水街とも呼ばれる風雅な趣き。
SUR SHANGHAIは村の東側の入り口から入って、西にある村の中心向かって歩いているので午後には逆光気味。 -
壇干渓(壇幹渓)向こう側の民家。
古びた白壁に木目の浮き出た木の扉。
貼ってある春聯の赤がこの風景のアクセント。 -
壇干渓(壇幹渓)が村を貫いている唐模の村には、村の規模の割りに壇干渓(壇幹渓)十橋と呼ばれるほど橋がたくさん架かっています。
上の方に出した村の地図にはそのいくつかが載っています。
その中で、唐模の村を有名にしているのは、村の中心にあるこの高陽橋。
白く見えている石のプレートには、≪橋 陽 高≫と彫られています。
その高陽橋の橋桁部分だけを見ると、そんなに特別ではない感じですが…。 -
…上流側に回って高陽橋全体を見ると、一軒の家が壇干渓(壇幹渓)をまたいでいるように見えます。
この高陽橋は清の雍正年間に建てられ、観音橋とも呼ばれているのだそう。中には通り抜けが出来る茶室が入っています。
地元のおじいさんおばあさんたちが三々五々集まって来る村のコミュニティーセンターのようになっていましたよ。
お時間があれば、一緒に一休みしていっては? (^◇^)
唐模の村を紹介するサイトはこちら。http://www.tangmocun.com.cn/main.asp (中国語簡体字版)
村周辺の見所・名産の説明や地図、公共の交通の便、ドライブのモデル・ルートなどのアクセスについても載っています。 -
しばらく高陽橋の辺りをうろうろしてみたSUR SHANGHAI。
ふと気付くと、橋桁の向こうに一人のおじさんが。
あれ? さっき霊官橋のあたりで魚捕りをしていたおじさんじゃないの?
ずっと川の中を歩いて遡ってきたんだろうか? (◎o◎)!
お疲れ様〜。 -
高陽橋から見て、ちょっと上流部分の壇干渓(壇幹渓)。
筏型の橋桁らしき基礎があるけど、ここにも昔は橋があったのかも?
それとも基礎だけ造って中断したとか?
このあたりが唐模の村の中心部で、民家がたくさん並んでいます。
唐代からの歴史を持つこの村は、小さいながら風格がある家並み。
向こうに見えるお宅もどっしりした趣き。
ちょっと近寄って行ってみると…、 -
イチオシ
…古びた建物ながら、外壁に沿って洗濯物や蝋肉が干してあった。
その手前には農作業に使う器具や干し野菜もある風景。
「そろそろ洗濯物も乾いたかな?」と確かめに出てきたのは、この家に住む娘さん? それともお嫁さん?
あちこちで見てきた古村の民家は、もう打ち捨てられて廃墟になった所も多かったけど、唐模の村のこの建物はまだまだ住居として生きている、という実感がこもる眺め。 -
上の画像の外壁がやけにフォトジェニックだなあ、と思ってさらに近づいてみたSUR SHANGHAI。
西日になり始めた光を浴びる民家の壁。
文化大革命の頃のスローガンが書いてあったらしい壁の字の色が褪せていた。
唐模の村にもそんな時代の波が通り過ぎていったんだ…。 -
高陽橋のあたりから、日の傾き始めた壇干渓(壇幹渓)の上流方向を見る。
壇干渓(壇幹渓)に架かる橋のいくつかが写っているのが分かると思います。 -
壇干渓(壇幹渓)に沿って、古色の付いた白壁の民家が連なる唐模の村。
薄い水色の空が春の色。 -
イチオシ
小さいながらも、唐模の村はいい絵になる場所が多い。
駿恵書屋と名が出ている建物と、村の奥へ通じる小路がいい感じだあ。(*^。^*) -
こんな道の奥にも入り込んでみたかった唐模の村。
この後は別の村にも行くから、今回はお預け。
次にはゆっくり来てみたい。 -
壇干渓(壇幹渓)沿いの唐模の村の家並み。
ん? あの骨組みだけになっているお宅はこれからどうなるの? -
欄干も無い石橋がいくつも架かる壇干渓(壇幹渓)。
筏型の基礎が尖った先を向けているのが、西の上流方向。
大水で大きなものが流れてきた時、この先端にまずぶつかって衝撃を分散するようになっているに違いない。
雨が続いた後だから、水がずいぶん濁っている。
普段は底が見えるくらい澄んだ水なのかな? -
唐模の村は、壇干渓(檀幹渓)沿いを行きつ戻りつして撮ったので、家並みが必ずしも見て歩くとおりの順番になっていませんがご容赦を。
高陽橋がある村の中心部の壇干渓(檀幹渓)には、日除け・雨除けの屋根付き通路になっている部分があります。
そしてその通路には、こんな背もたれ付きのベンチもずら〜っ。
上海周辺の水郷の村でも、同じ造りになった通路があったっけ。
お尻を乗せる部分がちょっとボロボロで細いですが、このベンチは美人靠と言って、もたれて一休みしていくと10歳若返るそうです。 -
イチオシ
高陽橋を望む壇干渓(檀幹渓)の美人靠には、唐模の村の美人たちが勢ぞろい、
…と、うまくは行かない世の中ですみません。m(__)m -
壇干渓(檀幹渓)の美人靠がちょっと途切れたあたり。
村の中心を流れる壇干渓(檀幹渓)のお陰で、水郷の村に見える唐模の村。 -
壇干渓(檀幹渓)沿いにはちょっとした広場のような場所もあった。
で、この画像の奥に見えている民家の壁を見てびっくり。
すぐそばを通りかかった時には気付かなかったのに、離れて見ると大きな赤い文字で≪毛主席万歳≫と浮き出して見えました。
この画像だと見えにくいですが、それでも≪万≫の字は分かると思います。
唐模の村にも文化大革命の波が押し寄せて通って行った証拠。
後はこのまま色も薄れて消えてしまうんだろうな。 -
唐模の村には、○○堂と呼ばれる祠が多数。
中は荒れ果てていたり、がらんどうだったりするんですが、その門構えが立派。
これはそのうちの一つの尚義堂。
これは、唐模許氏の支祠の一つで、明代正統年間に建てられたのだそう。
上の方の梁に、細かい浮き彫りと彩色を施された花模様が続いているのが見えています。 -
雨続きで濁った壇干渓(檀幹渓)沿いに続く美人靠。
向こう側の道をリヤカーバイクが通って行く唐模の村の午後。 -
日除け・雨除けの屋根が架かった壇干渓(檀幹渓)沿いの通路。
柱や屋根部分の飾りの影が壁に落ちる。
静かな村の昼下がり。 -
日除け・雨除けの屋根が架かっている通路は、壇干渓(檀幹渓)の右岸になったり左岸になったり。
長〜い渡り廊下のような通路に、美人靠も延々と続く。
昔の唐模の村には、そんなに美人が多かったのか? (・・? …は冗談。
ところで、よくSUR SHANGHAIは間違えるんですが、川の上流から見て右の岸が右岸、左の岸が左岸になるんだそう。
この画像だと、画像奥が壇干渓(檀幹渓)の上流方向なので、画像の中のオートバイが走っていくのは左岸。
…でいいんですよね。(~_~;) -
唐模の村の西の出入り口が近づいて来た。
ふと足元の石畳を見ると、ここにも墓碑を石畳の石材に転用したような部分が…。
唐模姚氏という一族の名が出ています。
これって本当に不思議。どうして墓碑をそのまま石畳に使っちゃうの?
人に踏まれる所に使ったら、祟りがありそう。(^^ゞ
日本でもお城の石垣造りの際に石材が足りないと、墓碑のほかにも石臼やお地蔵さんまで転用していたらしいけど、それと同じことなのかも? -
もうすぐ唐模の村の西の出入り口。
それまで一本だった壇干渓(檀幹渓)が三つに枝分かれしている部分があった。
これが、この旅行記の上の方でちょっと話に出した、
「この壇幹渓は、村の西から流れて来る徐ィ渓と上川の二つの流れも一緒に人工的に一つにまとめた川。
風水の理論によって造り上げられたのだそうですが、『人も水も富も一つに集まるように』という意味が込められているんだそう。」
の合流地点。
この画像だと、右手から流れてくるのが徐ィ渓で、画像奥から流れてくるのは壇幹渓。左手から流れ込んでいる溝が見えているのが上川。
●注:徐ィ渓の≪徐ィ≫の字が文字化けしていますが、これは竹冠の下に均の字。 -
唐模の村の西の出入り口からオートバイで入って来たおじさん。
屋根付き通路部分もそのまま通る。
村の誰かに会いに行くのかな。 -
唐模の村の西の出入り口近くにあった民家。
窓だったらしい部分がふさがれている。
これもちょっとミステリアス。
中国では、住民がいなくなった後の家の窓や扉部分を塗り込めたり石で塞ぐことがある。
これにも何か意味があるのかな? -
唐模の村の西の出入り口手前には、古い町並みを再現した道が造られて、お土産屋さんが並んでいた。
村の振興のために新しく造ったんだろうけどなあ。
世界遺産になった[黒多]県の宏村や西遞の村のようにはお客さんが来ないからどこもガラガラ。
そのうちに唐模の村もまた昔のように栄えるといいね、としか言えないSUR SHANGHAI…。
このあとは、タクシーの運転手さんと落ち合って、さらに呈坎の村へ向かってもらいます。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 唐辛子婆さん 2011/02/28 11:13:17
- 笑っちゃいました
- SUR SHANGHAIさん
世の中そうはうまくいかないもんんですね(^o^)
どれもこれもため息がでるようなフォトジェニックな写真ばかり。
アングルも切り口も素敵でイチオシだらけです。
豚肉が干してある壁もいい味だし。
最後の石畳もさらなるディープな旅を感じさせて
うなってしまいます。
唐辛子婆
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2011/02/28 18:09:00
- RE: 笑っちゃいました
- > SUR SHANGHAIさん
>
> 世の中そうはうまくいかないもんんですね(^o^)
一長一短、あちらを立てればこちらが立たず、後悔先に立たず、etc…、どれもこれもそうはうまくいかない世の中を表す言葉。
でも、ポジティブな言葉も見つけて行きたいですね。(^◇^)
写真は、削りに削ってこの安徽省の旅行記も残すところあと一編。
ふう〜、やれやれ。(~_~;)
皆さん、アップがすばやくて羨ましいです。
>
> どれもこれもため息がでるようなフォトジェニックな写真ばかり。
> アングルも切り口も素敵でイチオシだらけです。
>
> 豚肉が干してある壁もいい味だし。
>
> 最後の石畳もさらなるディープな旅を感じさせて
> うなってしまいます。
>
> 唐辛子婆
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