2007/12/24 - 2007/12/24
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ドクターキムルさん
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奈良市山陵町にある五社神(ごさし)古墳が文久3年(1863年)に神功皇后陵に比定されている。神功皇后は第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后とされ、第15代応神天皇の母である。明治時代以前は神功皇后を天皇(皇后の臨朝)とみなして第15代の帝と数えられていたが、大正15年(1926年)の詔書により、歴代天皇から外された。五社神古墳は全長約275mの前方後円墳で、4世紀後半から5世紀初めかそれよりやや新しい時期に造られたと考えられている。
承和10年(843年)、盾列陵で奇異があり、調査の結果、神功皇后陵と成務天皇陵を混同していたことがわかったという記事が「続日本後紀」にある。もうこの時代になると天皇陵でさえも分からなくなってしまっていることが知れよう。その後も、「御陵山」と呼ばれていた佐紀陵山古墳(現 日葉酢媛陵)が神功皇后陵とみなされるようになり、神功皇后の神話での事績から安産祈願に霊験ありとして多くの人が参拝していた史実がある。現在の古墳に比定されてからは150年も経っていない。
近鉄京都線平城(へいじょう)駅で降りて五社神古墳に向かった。JR関西本線にも平城山(ならやま)駅があるが、佐紀陵山古墳に行く時に降りたことがある。平城(へいじょう)と平城山(ならやま)の読みもそうだが、地元の人でないと間違いそうだ。五社神古墳には周濠があり、前方部周濠を挟んで陵山八幡神社があり、後円部に続いて古墳のような山が連なっているから五社神古墳を1周するのには結構な距離となった。
(表紙写真は神功皇后陵(五社神古墳)の拝所)
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宮内庁の看板。
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神功皇后陵(五社神古墳)拝所。日本酒(一升瓶)が供えられている。
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神功皇后陵(五社神古墳)。前方部の周濠は堤のブロックが新しく積まれたばかりのようだ。
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神功皇后陵(五社神古墳)。新しく積まれたばかりの前方部の周濠の堤のブロック。
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神功皇后陵(五社神古墳)。前方部の周濠。
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神功皇后陵(五社神古墳)。大きいので入り切らない。
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山陵特別保在地区地図。山陵特別保存地区の間違いだろう。
地図から、神功皇后陵(五社神古墳)と成務天皇陵、日葉酢媛陵(佐紀陵山古墳)、孝謙天皇陵とも近いことが分かる。 -
神功皇后陵(五社神古墳)。大きいので入り切らない。
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神功皇后陵(五社神古墳)。大きいので入り切らない。
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神功皇后陵(五社神古墳)の後円部とそれに連なる山で周濠が途切れる。
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神功皇后陵(五社神古墳)のくびれ部はこちら側は田圃だ。
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神功皇后陵(五社神古墳)辺りの紅葉。
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神功皇后陵(五社神古墳)辺りの朝日。
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