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 鎌倉市寺分にある大慶寺は臨済宗円覚寺派の寺で霊照山大慶寺という。創建は文永6年(1269年)〜弘安2年(1279年)とされ、開基は永井光録、開山は大休正念(仏源禅師)であり、至徳3年(1386年)に関東十刹に列せられた。地名の寺分は大慶寺の寺域で大慶寺分と言われていた。指月軒、覚華庵、天台庵、大東庵、方外庵など塔頭が五つもある大きなお寺であったが、永禄4年(1562年)上杉謙信が鎌倉八幡宮参拝の折の戦火により灰燼に帰し、昭和19年(1944年)に残っていた方外庵が大慶寺と改称し、復興したのが現在の大慶寺である。平成2年(1990年)から檀家を受け入れるようになり、樹齢700年を越えるといわれる天然記念物のビャクシンの老木2株の裏にお墓を造成して檀徒希望者に分譲している。<br /> 最近、本堂を改築し、広い駐車場の前に山門も移築して屋根の萱が葺き替えられた。新しい本堂と移築したばかりの山門と真新しい墓石が並ぶ分譲墓地、そんな中に、山門前に移動した真新しい門柱に彫られた「関東十刹」の文字だけが古刹であることを伝えている。<br />(表紙写真は大慶寺山門) 

鎌倉大慶寺

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2009/03 - 2009/03

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市寺分にある大慶寺は臨済宗円覚寺派の寺で霊照山大慶寺という。創建は文永6年(1269年)〜弘安2年(1279年)とされ、開基は永井光録、開山は大休正念(仏源禅師)であり、至徳3年(1386年)に関東十刹に列せられた。地名の寺分は大慶寺の寺域で大慶寺分と言われていた。指月軒、覚華庵、天台庵、大東庵、方外庵など塔頭が五つもある大きなお寺であったが、永禄4年(1562年)上杉謙信が鎌倉八幡宮参拝の折の戦火により灰燼に帰し、昭和19年(1944年)に残っていた方外庵が大慶寺と改称し、復興したのが現在の大慶寺である。平成2年(1990年)から檀家を受け入れるようになり、樹齢700年を越えるといわれる天然記念物のビャクシンの老木2株の裏にお墓を造成して檀徒希望者に分譲している。
 最近、本堂を改築し、広い駐車場の前に山門も移築して屋根の萱が葺き替えられた。新しい本堂と移築したばかりの山門と真新しい墓石が並ぶ分譲墓地、そんな中に、山門前に移動した真新しい門柱に彫られた「関東十刹」の文字だけが古刹であることを伝えている。
(表紙写真は大慶寺山門) 

  • 大慶寺山門。

    大慶寺山門。

  • 大慶寺山門。

    大慶寺山門。

  • 大慶寺山門。

    大慶寺山門。

  • 本堂。

    本堂。

  • 本堂。

    本堂。

  • 本堂。

    本堂。

  • 本堂。

    本堂。

  • 本堂。

    本堂。

  • 境内の2つ並んだ宝篋印塔。

    境内の2つ並んだ宝篋印塔。

  • 2つ並んだ宝篋印塔を囲む2本の銀杏の木。

    2つ並んだ宝篋印塔を囲む2本の銀杏の木。

  • 裏手の墓地。

    裏手の墓地。

  • 裏のやぐら。

    裏のやぐら。

  • 境内横の井戸。

    境内横の井戸。

  • 境内前の枝垂れ桜。

    境内前の枝垂れ桜。

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