2010/05 - 2010/05
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ドクターキムルさん
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葛原ヶ岡から急な坂を下る途中に銭洗弁天はある。文治元年(1185年)に源頼朝によって創建されたと伝えられる。入り口は随道となっており、入り口には鳥居と社号標石が建っている。上を見るとやぐら群だ。中に五輪塔が見える。この急坂は切通なのだ。創建当初から深く掘られていたのであろうか。それとも入り口が別にあったのであろうか。この疑問は地図を見ると直ぐに解消した。葛原ヶ岡に神社が創建された頃に深く掘られて幅も拡張されたのであろう。
交通の要所である葛原ヶ岡の直ぐ下に清水が湧き出ており、旅人の喉を潤し、竹筒に詰めたのであろう。貨幣(銭)が普及した江戸元禄以降に銭洗の名が付き、その創建を鎌倉初期(平安末期)に持って行くために頼朝を引き出しているのであろう。銭洗の名を冠していることから、官が造った神社ではなく民(庶民)の神社であることは明白だ。
(表紙写真は洞窟の中の奥社社殿前でお金を洗う小学生たち)
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葛原ヶ岡の楠木の大木。
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葛原ヶ岡の八重桜。
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銭洗弁天から葛原ヶ岡へ向かう幼稚園児たち。
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幼稚園児たちが上る階段。この上が公園だ。
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銭洗弁天前の切通。
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銭洗弁天上の切通。
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銭洗弁天下の切通。
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銭洗弁天前の切通。
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銭洗弁天前の切通上のやぐら。五輪塔が見える。
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銭洗弁天前の切通上のやぐら。ここにも五輪塔が見える。
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銭洗弁天前の切通上のやぐら。ここにも五輪塔が見える。
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銭洗弁天前の切通の上に綺麗に切られたやぐらが並ぶ。
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銭洗弁天の社号標石と説明板。
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「銭洗弁財天宇賀福神社」の社号標石が建ち、「銭洗弁財天」の社号標の横には入り口の随道があり、薗前に鳥居が建つ。
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入り口の鳥居。
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随道の中。
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随道出口。
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出口の鳥居。
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随道を出ると鳥居が並んでいる。
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随道まで並ぶ鳥居。
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随道横の手水舎。
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仏像が彫られている。
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摂社七福神社。左の屋根は本宮。2度来たが、2度とも本宮を撮り損ねた。
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摂社七福神社。
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橋を渡った池の向こうの崖にも下之水神社がある。
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下之水神社。
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池の石の浮島の上には灯篭が、崖のやぐらには五輪塔が並ぶ。
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下之水神社の狛犬と後の小滝。
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上にある上之水神社の鳥居の下の狛犬には赤い前掛けが掛かっている。
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上にある上之水神社の五重塔。
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上にある上之水神社。
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上にある上之水神社も洞窟の中にある。
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洞窟の中の奥社(左)。
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洞窟の中の奥社(右)。
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洞窟中央の奥社本殿。
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奥社本殿に光が差す。
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洞窟中央の奥社本殿前。
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洞窟中央の奥社本殿左横。
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洞窟中央の奥社本殿後からは光が差す。
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洞窟の中の右奥社でお金を洗う小学生たち。
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洞窟の中の右奥社でお金を洗う小学生たちと参拝者。
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洞窟奥社出口。
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鳥居が並ぶ。佐助稲荷方面へ向かう。
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「神前石燈籠壱對」(東京黄金講5周年記念)碑。
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手水舎。
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鳥居。
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佐助稲荷に向かう石段。
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道標石と道標。
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古い民家。
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「銭洗弁財天之道」の道標石。ここからは佐助稲荷神社通りだ。
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