2010/02/07 - 2010/02/07
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有田みかんさん
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皆さん(。・ω・)ノ゛ コンチャ♪
昼食後、雪の化野念仏寺でも行こうかと思っていたんですが・・・
なんと、雪でお休みとの情報が・・・><
気持ちを切り替えて、近所の清涼寺へと向かいます~
名称:清凉寺(せいりょうじ)
所在地:京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
アクセス:JR嵯峨嵐山駅→徒歩15分
車アクセス:名神高速京都南IC15km45分
駐車場:あり
料金:本堂・庭園拝観400円
営業時間:9~16時(4・5・10・11月は~17時)
休業日:無休
問い合わせ先:TEL:075-861-0343
『源氏物語』の主人公光源氏のモデルとされる源融[みなもとのとおる]の山荘跡に阿弥陀堂を建てたのが始まり。嵯峨釈迦堂とも呼ばれる古刹。清凉寺式といわれる本尊の釈迦如来像(国宝)は、東大寺の僧、ちょう然が宋から招来したと伝える。目には黒水晶、耳に水晶をはめ込み、縄状の髪で、胎内には絹製の五臓六腑や経巻が納められた特異な様式。開帳料1000円で拝観することができる。4・5月、10・11月は特別公開(開帳料無料)。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
-
地元では嵯峨の“釈迦堂(しゃかどう)さん”の名で親しまれているとともに、嵯峨狂言・念仏・六斎などの民衆芸能の拠点としての役割を持つお寺です
嵯峨源氏の祖・源融は光源氏のモデルになった人として著名であるが、この人の山荘棲霞観がのちに棲霞寺となる。この寺に永延元年(989年)ちょう然上人が宋から持ち帰った釈迦如来を本尊とし、中国の五台山清涼寺を模した寺の創建を志し、その弟子盛算により完成を見た寺が清涼寺である -
本堂へと
現在の本堂は元禄14年(1701年)徳川五代将軍網吉、その母、桂昌院、大阪の豪商泉屋(後の住友)吉左衛門らの発起により再建されたものだそうです
それゆえか、本堂内では桂昌院ゆかりの品々が数多く展示されています
本堂内には本尊、釈迦如来立像及び地蔵菩薩立像を安置しております
本尊釈迦如来(国宝)は釈迦37歳の生身の像として、インドから中国に伝来したものを模刻したものを持ち帰ったもので、体内には絹で作られた五臓六腑が収められていました。
これは中国では千年以上前から体の構造が解剖学的に解明されていたことを示しており、体内に封籠された経文も含め全て国宝です -
本堂から
千年前、像が完成し釈迦如来像のお顔に仏牙(あごの骨)を入れた時、一点から血が出て、この像が生身の仏であることを示されたといわれています
また、この釈迦如来像は、九州太宰府から京都までを、沿道の庶民の労力奉仕で運ばれました
庶民はわれさきに運搬の役を買って出、像に手を触れることで感激した庶民の熱狂のなかを京都に着いたといわれています
源平争乱の頃には、この像が愛想を尽かしてインドへ帰ってしまうという噂が立ち「今のうちに拝もう」と参拝者が押し寄せたとそうです・・・ -
お坊さんに案内された通り、本堂の裏へと・・・
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人もそれほどおらず、静かに時が流れていきます
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ついつい額縁で撮ってしまいます^^;
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本堂の裏に放生池がありますが、池の中の二つの小島には弁天堂と忠霊塔が建っています
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忠霊塔の地下には、各戦争犠牲者の霊を弔う写経石が一万数千個(一石一字)、また沖縄ひめゆりの塔、その他、各戦跡で集められた血染めの小石が納められているそうです
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紅葉がきれいでしょうね・・・
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方丈庭園は小堀遠州作といわれています
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のんびりと和んでみます^^
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σ(゚∀゚ の清涼寺での一番のお気に入りは・・・
そう、この絵なんです^^; -
何種類あるんでしょうね・・・
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梅もそろそろでしょうか・・・
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まだまだ見所は数多いこのお寺ですが・・・
それはまた次の機会に^^
紅葉の折にも訪れてみたいですね・・・
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