2009/11/20 - 2009/11/21
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ナオさん
船が長崎の港内に入ったとき、竜馬は胸のおどるような思いをおさえかね、「長崎はわしの希望じゃ」と陸奥陽之助にいった。「やがては日本回天の足場になる」ともいった。
司馬遼太郎「龍馬がゆく」より
これは、長崎の街と港が見渡せる、風頭公園に建つ司馬遼太郎の文学碑に彫られているものです。
2010年のNHK大河ドラマは「竜馬がゆく」。
幕末をさわやかに駆け抜けていった坂本龍馬。長崎での足跡を少しだけ辿ってみました。
「さるく」とは長崎弁でぶらぶら歩くという意味だそうです。
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平戸で遊んだ後、長崎にやって来ました。
長崎での宿は、風頭公園近くの「弥太楼南館」です。夜景が自慢の宿です。
それに、「弥太楼南館」は龍馬の長崎での足跡が色濃く残る竜馬通りに近いのです。
風頭公園には龍馬の銅像がありますし、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」の文学碑もあります。 -
これは長崎での宿「弥太楼南館」での夕食です。長崎の美しい夜景が見える10階のレストランの窓際の席で食べました。最高でした!(^.^)
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「弥太楼南館」のロビーに飾られた龍(じゃ)踊りの龍です。
「長崎くんち」に奉納される龍踊りは、国の無形文化財に選定されており、日本三大祭の一つとして全国的に有名です。 -
長崎の夜景は1万ドルとか!
「弥太楼南館」の私達の部屋からも、夕食を食べた10階のレストランからも、美しい夜景が見えました。
ただガラス越しなのと、この時、私が三脚を持ってなかったので、あまりいい夜景は撮れませんでした。 -
長崎の宿「弥太楼南館」での朝食はバイキング。これはこの日、私が食べた朝食です。
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長崎は坂の街。「弥太楼南館」は坂の上にあるので、眺めは抜群です。
これは私達の部屋からの長崎の展望です。長崎港を挟んで向こうに聳える山が稲佐山です。 -
これも「弥太楼南館」の私達の部屋からの、長崎の眺めです。
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「弥太楼南館」を後に、風頭公園にやって来ました。
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風頭公園には、風頭大権現が祀られていました。
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これは風頭公園から見た長崎の街です。
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長崎の風頭公園の一角には墓地がありますが、そこに上野家の墓地があり、上野彦馬の墓もあります。
上野彦馬は日本初の商業写真家です。彼は坂本龍馬をはじめ、多くの幕末の志士の写真や、長崎の街の様子、当時の人々の暮らしなど多くの写真を残しています。
上野彦馬のお陰で、私達は幕末を生きた坂本龍馬の実際の姿を知ることが出来たのです。 -
これは風頭公園に立ち、長崎の街や港を見下ろす坂本龍馬の像です。
坂本龍馬は天保6年(1835年)土佐生まれ。土佐藩を脱藩、江戸へ出て勝海舟の弟子となり、1864年、海舟について長崎に来て、翌年の1836年に、長崎に「亀山社中」を結成しています。 -
2010年のNHK大河ドラマは「竜馬がゆく」。
これは、長崎の街と港が見渡せる、風頭公園に建つ司馬遼太郎の文学碑です。
船が長崎の港内に入ったとき、竜馬は胸のおどるような思いをおさえかね、「長崎はわしの希望じゃ」と陸奥陽之助にいった。「やがては日本回天の足場になる」ともいった。
司馬遼太郎「龍馬がゆく」より
これが碑文です。いいですねぇ。竜馬の想いが伝わってきて!
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ここは風頭公園の展望台です。ここからは長崎の街が360度見渡せます。
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風頭公園を抜けて、グランドを横切り、階段から坂道、石段とどんどん下り、龍馬通りにやって来ました。ここが龍馬たち幕末の志士が、闊歩した辺りなのだと思うと、感慨深いものがあります。
こんな龍馬通りには、「あかねさす 一幅の絵か 西の山」の句が道の端の鉄柵に掲げられていました。
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龍馬通りを遊さるくすれば、手作りの色々な案内看板に出会えます。これらを読みながら行くのも楽しいです。
「幾万の魂ゆさぶる 坂本龍馬」と書かれています。 -
ここは龍馬通りに沿ってある「龍馬茶屋」です。
おしるこ1杯350円です。 -
ここは風頭山北側に連なる小高い丘で、亀山と呼ばれるところです。
1865年、坂本龍馬とその仲間により亀山に結成された亀山社中は、日本最初のカンパニーといわれる結社です。
私達はその「亀山社中の跡」にやって来ました。今ここには「亀山社中記念館」が建てられています。当時の建物を調査、改修、復元し、平成21年8月にオープンしたばかりです。
入館料は一般300円、高校生200円、小・中学生150円です。 -
これは「亀山社中記念館」の、入ってすぐの部屋に飾られている坂本龍馬の写真です。
学生時代の教科書にも乗っていた写真ですよね。ブーツを履いて、着物で刀を差し、遠くを見つめるような様子の龍馬の写真は、とても印象的で、一度見たら忘れられるものではありません。
ところで龍馬の身長を知っていますか?5尺八寸、1m76cmだそうです。当時としては、大きいですよね。
この写真は、この部屋の物だけは、撮影してもいいとのことだったので、写したものです。 -
これは亀山社中前ポケットパークにある「龍馬のブーツ」です。
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「亀山社中資料展示場」にやって来ました。ここには当時の長崎や幕末の志士などの多くの写真が展示されていて、その数の多さに驚かされます。写真の他にも、手紙や地図などいろいろな資料が残され、展示されています。
龍馬フアンならずとも、とても興味をそそられるところです。
入館料 無料というのがまた嬉しいですね。 -
「亀山社中資料展示場」で、勧められるままに写していただいた坂本龍馬との写真です。ちょっと恥しいけれど、いい記念になりました。
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これはちょうど私達が長崎を訪れた日に売り出された酒で、その名も坂本龍馬「出島の珍駄酒」。1本2700円です。
運よく、私達が発売された最初の1本目をゲットしました!(*^_^*)
ワインのようなお洒落なおいしい酒です。 -
私と写真でご一緒してくださっている方は、勝海舟の子孫で、海援隊龍馬倶楽部名誉副会長の高山みな子さんです。
高山さんは鎌倉に工房を持つガラス作家で、この日は坂本龍馬「出島の珍駄酒」の発売初日とあって、ご自身のグラスの同時発売のために、長崎に来られておられました。高山さんのグラスには、坂本龍馬と勝海舟の自筆サインが入れられており、「出島の珍駄酒」を飲むのにぴったりのものです。 -
次にやって来たのは若宮稲荷神社です。
ここには竹ン芸といって、白狐に扮した若者が、2本の10mからの青竹の上で、囃子に合わせて妙技を見せる芸が伝わっています。
私達の目的は、今ここに移設されている坂本龍馬像を見ることです。
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これが若宮稲荷神社にある「坂本龍馬像」です。風頭公園に立つ坂本龍馬像の原像で、ここに移されるまでは亀山社中跡にあったのだそうです。
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長崎さるく! ぶらぶらとやって来たのは「亀山焼窯跡」です。
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亀山焼窯跡に建つ伊良林平公民館に展示された亀山焼きの破片です。
亀山焼きは江戸時代にこの地で焼かれた物ですが、その期間はわずか61年間だけでした。 -
長崎歴史探訪路に建つ「手づくり郷土賞」の記念碑です。
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長崎遊さるく!坂本龍馬ら幕末の志士がさっそうと闊歩していた坂の街・長崎を、私達もぶらぶらキョロキヨロと、さるくこと1時間30分少々。また風頭公園に帰って来ました。
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駐車場までは、巻き道もあるけれど、また風頭公園を登り越して行きます。
長崎さるく!
最後にまた風頭公園に立つ龍馬の像に会って行きたいですし、長崎の街をも、もう1度しっかり見たいものですものね。
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