2010/01 - 2010/01
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ドクターキムルさん
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鎌倉にも洋館が建っている。横浜の山手地区にも洋館が多く建っているが、これは幕末になって外国人居留地になったから当然のことかも知れない。しかし、ここ鎌倉では、明治維新の神仏分離令で廃仏毀釈の嵐の中で、次々と寺が廃寺になっていった。こうして寂れた寒村・漁村に戻っていくのだが、東京から近いこともあって、明治になって財を成した人たちが別荘を営む絶好の地になった。
こうした別荘・別宅として廃寺跡の広大な土地を裏山の頂上まで付けて富裕層の別荘地として分譲された。したがって、今も残る鎌倉の三大洋館と呼ばれている古我邸(旧荘清次郎別荘)、鎌倉文学館(旧加賀前田家別邸)、旧華頂宮邸はいずれも谷戸にあり、敷地内の崖にはやぐらを伴い、南北朝以前には寺が建っていた場所であることを示している。
それ以外は普通の広さの敷地に建てられた中規模以下の洋館となり、実際に住居として建てられたり、あるいは、医院、店舗などとして建てられたものである。
そのためであろうか、鉄筋コンクリート造の洋館は旧華頂宮邸だけであり、他は全て木造2階建てか平屋である。また、煉瓦造の洋館などもない。鎌倉石窯ガーデンテラス(旧犬塚邸)を除くと、鎌倉に残っている洋館は2極化していることが分かる。横浜山手のように大規模な洋館から小規模な洋館まで遍く分布している訳ではない。
鎌倉駅西口市役所から少し北上したところに洋館のお屋敷がある。門柱に「古我」の表札が掛かっている。庭も広く、裏の山の木々が静寂感を醸し出している。写真を見てもJR鎌倉駅の近くであるとはとても思われない。
今は鎌倉文学館となっている旧加賀藩主前田侯爵家の鎌倉別邸は、鎌倉では最も知られた洋館であろう。
報国寺の奥には旧華頂宮邸がある。ドラマなどで大邸宅の洋館としてたまに登場する。
以上の3つが鎌倉三大洋館と言われているが、見れば納得できる。
浄妙寺境内を登り詰めるとドイツ人が建てた洋館がある。今はパンを焼くレストラン「石窯ガーデンテラス」になっている。
もう取り壊されたが、かつては鎌倉駅西口に鉄板で囲われた木造建築があった。
(表紙写真は鎌倉文学館)
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古我邸(旧荘清次郎別荘)。大正5年(1916年)建築。個人の表札が付いているお屋敷。鎌倉駅西口界隈(鎌倉市扇ガ谷1丁目)。大正5年に三菱銀行重役荘清次郎が別荘として建築し、その後浜口雄幸、近衛文麿等の首相経験者が別荘として使用した由緒ある建物。バロン古我こと古我信生さんは日本で初めてのレーサーだそうですが、2005年に亡くなったそうで、ここには今も古我未亡人が一人で住んでいるそうです。
「鎌倉古我邸−2011年秋」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10599522/)、「鎌倉古我邸(旧荘清次郎別荘)遠望」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10452598/)参照。
この春(2015年)にはレストランとして開業する予定です。 -
旧加賀藩主前田侯爵家の鎌倉別邸(鎌倉文学館)。昭和11年(1936年)改築。国登録有形文化財。鎌倉市長谷1-5-3。
東京駒場にある旧前田侯爵家本邸を見れば、この鎌倉別邸を評価する言葉は見付からなくなってしまう(「旧前田公爵家駒場本邸(外観)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10728010/)、「旧前田公爵家駒場本邸(1階)(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10728024/)、「旧前田公爵家駒場本邸(2階)(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10728039/)参照)。ボランティアがいうように「海の家」として建てられたという言葉は実感できることだ。
「鎌倉文学館(旧前田家別邸)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10458677/)参照。 -
旧華頂宮邸。「鉄筋コンクリート造洋館」。昭和4年(1929年)建築。国登録有形文化財。鎌倉市浄明寺2-486-1。
「鎌倉・旧華頂宮邸内部公開ー2012年春」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10659895/)、「鎌倉旧華頂宮邸−2011年春」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10562756/)参照。 -
石窯ガーデンテラス。大正11年(1922年)建築。鎌倉市浄明寺。
「鎌倉石窯ガーデンテラス(旧犬塚邸)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10456478/)参照。 -
旧松本蒸治邸。昭和9年(1934年)建築。鎌倉市鎌倉山2。
「NHK美の壺鎌倉」(2010年12月10日第1刷発行)と「鎌倉の西洋館」(柴田泉)(2011年11月17日刊)に紹介されている。
「旧松本蒸治邸(鎌倉市鎌倉山2)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10752617/)参照。 -
加賀谷邸。大正14年(1925年)建築。鎌倉市長谷1丁目。
「加賀谷邸(鎌倉長谷)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478051/)参照。 -
(財)鎌倉風致保存会(旧安保小児科医院)。大正13年(1924年)頃の建築。鎌倉市御成町。
「旧安保小児科医院(鎌倉市御成町)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478399/)参照。 -
石川邸(旧里見惇邸)。大正15年(1926年)建築。鎌倉市西御門。来迎寺を越えた3差路にある。今は建築事務所になっているが、毎週月曜日には公開されるそうだ。里見惇氏の4男の山内静夫氏(鎌倉文学館館長)は時々訪れるそうだ。まあ里帰りというところか。
「鎌倉石川邸(旧里見?狩邸)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10449385/)参照。 -
石島邸(旧川喜多家別邸)。大正末期〜昭和初期建築。鎌倉市雪ノ下。石島氏のご好意で庭から撮らして頂いた。鎌倉市景観重要建築物に指定(第15号)されているが、石島氏からの要望で長らく例の銅版プレートは付けていなかったが、ようやく付いた。
「石島邸(旧川喜多家別邸)(鎌倉・雪ノ下)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10480198/)参照。 -
川合邸。大正11年(1922年)建築。関東大震災以前の建築物。鎌倉市雪ノ下。
「川合邸(鎌倉雪ノ下)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478716/)参照。 -
高野邸。昭和8年(1933年)頃建築。鎌倉市扇ガ谷1丁目。古我邸(旧荘清次郎別荘)の前にある。
「高野邸(鎌倉扇ガ谷)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478717/)参照。 -
かいひん荘 鎌倉(旧村田邸)。大正13年(1924年)建築。国登録有形文化財。鎌倉市由比ガ浜4丁目。
「かいひん荘鎌倉(旧村田邸)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478861/)参照。 -
鎌倉市長谷子ども会館(旧諸戸邸)。明治41年(1908年)建築。国登録有形文化財。鎌倉市長谷1-11-1。
「鎌倉市長谷子ども会館(旧諸戸邸)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478364/)参照。 -
篠田邸(旧村田邸)。昭和8年(1933年)建築。鎌倉市由比ガ浜2丁目。
「篠田邸(旧村田邸)(鎌倉由比ガ浜)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478887/)参照。 -
小池邸。昭和2年(1927年)建築。鎌倉市大船2丁目。大船田園都市株式会社が開発・分譲した大船駅東口の住宅地「新鎌倉」の一画に、この小池邸と隣の対馬邸の2棟だけが現存している。
「小池邸(鎌倉大船)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10480598/)参照。 -
対馬邸。小池邸の隣。
「対馬邸(鎌倉大船)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10607071/)参照。 -
小池邸の向かい角の家。鎌倉市のWebによれば、この家は大船田園都市株式会社が開発・分譲した家ではないらしい。
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比企谷の家。詳細は不明だが、いかしてる。向かいのご年配のご主人に聞くと戦前からあるという。
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佐助の平屋の家。詳細は不明だが、これもいかしてる。
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壽福寺南・正宗稲荷脇の平屋の洋館。詳細は不明。鎌倉市扇ガ谷1。
「鎌倉扇ガ谷1の洋館」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10715083/)参照。 -
田丸邸。大正7年(1918年)建築。国登録有形文化財。鎌倉市扇ガ谷2。
「田丸邸(鎌倉市扇ガ谷2)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10753015/)参照。 -
旧中村光夫邸。昭和7年(1932年)建築。鎌倉市扇ガ谷2。
「旧中村光夫邸(鎌倉市扇ガ谷2)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10753017/)参照。 -
詳細は不明。葛原が岡の山に抱かれて素敵な洋館だ。ただし、門からは建物は見えない。鎌倉市扇ガ谷4。
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鎌倉山2の洋館。廃屋かも知れない。詳細は不明。鎌倉市鎌倉山2。
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伊藤邸(旧望洋楼)。鎌倉市大町。明治36年(1903年)頃、貿易商石川賢治氏の別邸として建てられ、昭和12年(1937年)、伊藤成明氏の所有となった。
「玄関にイオニア式柱頭を持つ円柱と、八角塔屋根に特徴を持つ、和洋折衷の別荘住宅で、創建当初の姿を残した、現存する市内最古の洋風住宅の遺構としてたいへん貴重です。」とされ、鎌倉市の景観重要建築物等の第2号で指定されている。 -
ホテルニューカマクラ。大正中期の建築。鎌倉市御成町。
「ホテルニューカマクラ(Hotel New Kamakura)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10478290/)参照。 -
星野写真館本店。築年は不明。鎌倉市腰越、龍口寺門前。江ノ電が路面電車となっている区間の前にある。鎌倉市腰越3。
「星野写真館本店(鎌倉腰越)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10477995/)参照。 -
若宮大路の湯浅物産館。「間口6間、奥行11.5間の二階建ての大規模な建物で、 若宮大路沿いの戦前の創建になる商店建築としては最大の規模のもの。 また、規模だけではなく、意匠の質も高く、鎌倉の看板建築を代表する存在ということができる。」(鎌倉市のWebより転載)。鎌倉市雪ノ下1.
「湯浅物産館(鎌倉雪ノ下)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10479902/)参照。 -
鎌倉市教育センター相談室がある建物。外観からして古そうだ。鎌倉市御成町18-35(御成小学校校門右)。
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長谷5の洋館。取り壊されずに残っている。鎌倉市長谷5.
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かつては鎌倉駅西口にあったが、取り壊された。
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