1983/07/02 - 1983/07/04
1218位(同エリア4698件中)
キートンさん
もう25年以上昔のこと。大学3回生だった私は、大学の連れと2人で当時の国鉄の北海道ワイド周遊券を利用して、17日間の旅行をしました。
当時、夏の北海道のユースホステルはまさに学生天国で、同じような旅をした人は多いと思います。
「とらべるまんの北海道」という若者向きの北海道旅行のバイブルともいえる伝説的ガイドブックが存在し、ぼろぼろになるまで読んでプランを練りました。
参考:「とらべるまんの北海道」http://takachi.no-ip.com/column/travelman.htm
この旅行は、私にとって最長だっただけでなく、内容の質、たくさんの人々との出会い、さまざまな面において、記念碑的な旅となりました。
最新の情報は皆無ですが、なつかしく見ていただいたり、今と比較して楽しんでいただければ幸いです。
ということで17日間の旅行記を、「道南編」、「道東編」、「道央編?」、「道北編」、「道央編?」の5つに分けてお届けします。第1章は道南編です。
旅程(予定)は下記の通りです。
7/2 : 大阪→夜行列車(車中泊)
7/3 : 青森→函館(ホテルニュー函館泊)
7/4 : 函館→大沼公園→札幌(車中泊) 【以上道南編】
7/5 : 網走→斜里→オシンコシンの滝→ウトロ(ウトロYH泊)
7/6 : ウトロ→知床半島遊覧船→カムイワッカ湯の滝→知床五湖→岩尾別(岩尾別YH泊)
7/7 : 岩尾別→乙女の涙→男の涙→岩尾別(岩尾別YH泊)
7/8 : 岩尾別→サロマ湖→屈斜路湖→摩周湖(摩周湖YH泊)
7/9 : 摩周湖→オンネトー→層雲峡(層雲峡YH泊)【以上道東編】
7/10: 層雲峡→黒岳→沼の平→愛山渓→上川→旭川→夜行列車(車中泊) 【以上道央編?】
7/11: 稚内→礼文島→桃岩(桃岩荘YH泊)
7/12: 桃岩→愛とロマンの8時間コース→桃岩(桃岩荘YH泊)
7/13: 礼文島→稚内→サロベツ原生花園→夜行列車(車中泊) 【以上道北編】
7/14: 旭川→天人峡→美瑛・美馬牛→富良野(富良野ホワイトYH泊)
7/15: 富良野→新冠(新冠YH泊)
7/16: 新冠→支笏湖→苔の洞門(支笏湖YH)
7/17: 支笏湖→オコタンペ湖→登別温泉→函館→青函連絡船(船中泊)
7/18: 青森→大阪 【以上道央編?】
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- JR特急
-
当時の北海道ワイド周遊券です。
20日間有効で、35,800円と記載されていますが、北海道ワイド周遊券は冬料金というのがあって、2割引になったのです。
冬は国鉄の本数が減るので2割引なのですが、5月末日販売分までが冬料金の適用となりました。さらに出発1ヶ月前から購入できたので、5月30日に1ヶ月先の6月30日から20日間有効(7月19日まで)の周遊券が2割引で購入できたのです。
さらに、学生割引が2割なので、0.2×0.2=0.36の36%引で購入できたのでした。
私が通っていた大学は7月1日から2ヶ月間が夏休みだったので、ほぼフルにワイド周遊券を活用できるという、我ながら良くできた魂胆です。 -
北海道ワイド周遊券は、北海道内は特急自由席まで乗り放題だったのですが、大阪〜青森間は急行までしか乗れません。
青森まで急行で行こうとすると途中2回くらい乗り換えが必要で、時間もかなり余計にかかるので、ここは贅沢にも寝台の特急「日本海」で。
(昔、急行「きたぐに」が大阪〜青森間を結んでいましたが、このころはもう新潟までになっていました)
かくして7月2日夕方、特急「日本海」に乗り込みます。 -
翌7月3日の朝9時前、青森駅に到着し今度は青函連絡船「大雪丸」に乗船。
低気圧が接近しているらしく、船上は風が強かったようです。
旅の始まりは雲行き怪しい・・・
ちなみに、この5年後の1988年3月に、青函トンネルの開通に伴い青函連絡船は廃止されました。 -
青函連絡船に4時間弱揺られ、14時過ぎ頃函館に到着。
初めて北海道の地を踏みました。
駅前の「津軽丸大錨」の前で記念撮影。 -
これは本日宿泊するホテルニュー函館。
当時、函館の中心地にユースホステルがなかったので、若干料金が高いですがここに泊まりました。
この建物は古く、もともと銀行だったものを改装してホテルにしたのだとか。 -
ホテルニュー函館では、私達が泊った部屋だけラッキーにもベランダに出れる構造でした。
昭和初期の建築で、レトロな石造りの建物なのです。 -
ホテルに荷物を置いて、市内散策。
ここはハリストス正教会。
ちなみにこのころ函館といえばこんなCMでイメージをふくらませていました。
https://www.youtube.com/watch?v=Ya0K4FuFQeg
なので函館のイメージソングといえば、私の中では「野ばらのエチュード」。
でも、現実は残念ながらあいにくの天気でテンションは下がりぎみ。 -
旧函館区公会堂。
当時、カメラといっても50mm前後の単焦点レンズしか持っていないので、こんな切り張りした写真が多いのです。 -
そのあと、立待岬まで行きましたが雨風が強くなり一時ホテルに避難。
雨があがってから再び街歩きへ。
そして夜のハリストス正教会。 -
7月4日、函館から札幌に向かう途中、大沼公園に寄りました。
天候は雨。
雨宿りした食堂ではストーブがついていた記憶があります。
残念ながら駒ケ岳などの写真は残っていません。 -
大沼公園から札幌まで移動して、北海道大学の近くのポプラ並木だと思います。
-
大志を抱いていた少年。いや青年。
今はもうとっくに中年過ぎて初老の域。 -
ススキノあたりでラーメンを食べた記憶があります。
大学で同じ学科の学生と偶然出会いました。
お互い、「ススキノなんかで会うか?」とびっくり。でもこの学生とは約1週間後、礼文島でも会うこととなりました。 -
夜の時計台。
この後、札幌発網走行きの夜行列車に乗り、車中泊しました。
学生の貧乏旅行には、いかに車中泊で宿泊代を浮かすかがコスト削減のポイントだったのです。
夜中寝てる間に次の目的地に移動できるし。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 豚のしっぽさん 2011/01/15 11:08:54
- いいもの発見☆
- キートンさん
こんにちは*^^はじめまして^^*♪
懐かしい旅行記に出会いました!!!
周遊券懐かしい〜 よく残ってましたねぇ〜
あっ!写真に撮ってらしたのかな?
私も捨てては無いはずなのですが。。。
アルバムに張ってるかな?
道南や札幌あたりでのYHでの目的は・・・周遊券の交換の場でしたね☆
期限が迫ってきたら、札幌まで行って交換してました^^;
キートンさんは「日本海」で行かれたのですね!
うわ!リッチ!(当時、日本海で来た!って聞いたらよく言ってました)
私は「北国」でした。
直角椅子に耐えて耐えて。。。新聞紙下に敷いて寝ていました^^;
そう!
懐かしい!
新聞紙さえあれば、どこででも寝れる貧乏学生旅行!
楽しかったなぁ〜♪
宿泊費浮かすために深夜列車にも乗りましたね! いっしょ〜!です
今から続き拝見しに。。
タイムスリップしまぁ〜す
シッポ☆
- キートンさん からの返信 2011/01/15 16:34:51
- RE: いいもの発見☆
- 豚のシッポさん、こんにちは。
古い旅行記に書き込みありがとうございます。
周遊券便利でしたよね。
特に北海道のワイド周遊券は利用価値大でした。
YHに泊ると「あそこ凄い良かったで」とか「あそこはやめといた方がええで」とかいろんな情報が入って来て、行く前に十分下調べして計画した旅程も変更だらけになっちゃいました。
「北国」も懐かしいですね。
私がこの旅行をした時には急行「北国」は青森までではなく新潟止まりになっていたんです。
北海道内では夜行列車の座席で3泊くらいしましたが、行きだけ奮発して寝台列車「日本海」にしました。
今でも貧乏旅行をしてますが、この北海道旅行は特別思い出深い旅でしたね。
キートン
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