2008/07/27 - 2008/07/27
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旅人のくまさんさん
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4つの国宝の城郭の内、最後に見学した松本城の紹介です。金山駅で地下鉄からJRに乗換えました。金山から松本まで特急券を買っていましたが、中津川までは快速電車で出かけました。車窓の景色を楽しむためです。中津川では、ほとんど待ち時間無しで特急に乗換え出来ました。
- 交通手段
- JR特急 JRローカル
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7月27日、塩尻駅近くでは、雷雲が出て、稲妻も光っていました。松本駅に到着したのは、昼の時間、雨は降っていませんでした。まずは昼食のお店探しです。
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昼食は駅前のビルのレストランで済ませました。炊き込みご飯とウドンのセットです。生ビールも頼みました。駅前の看板で、松本城までの大雑把な経路の確認です。
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松本駅前の花壇です。半分市街の光景を入れました。紫の花はサルビア系、白と赤色の花はペチュニア当たりでしょうか。
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駅から松本城までは15分程です。途中川を渡りました。清流ですから、水遊びの姿が遠望できました。アルプスを源流とするのでしょうか。
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街角で咲いていた松葉牡丹の花です。真夏を象徴する花として、小さな頃から大好きな花です。ハナスベリヒユ科の植物です。
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松本城が見えてきました。お城の西側方面です。久し振りの見学となりました。別名、烏城です。
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松本城には内堀、外堀の他、その外側には惣堀もあったようです。この睡蓮が花を咲かせていた池も、堀の名残のようです。
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お城見学の前に池の睡蓮を見学しました。最初は白い睡蓮の花です。花の中心部は黄色です。
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次は赤と白のツートンカラーの睡蓮の花です。睡蓮で有名なのは、モネが描いた幾多の絵です。モネの池には、日本庭園を模して、太鼓橋が架けられていました。
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開きかけの赤と白のツートンカラーの睡蓮の花です。睡蓮の和名は、ヒツジグサ(未草)です。ヒツジは未の刻(今の午後2時)を指します。
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睡蓮の見学を終えたところで、お城の方の見学です。高いほうが天守閣、その左手に見えるのが、乾小天守です。
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今度は赤い橋を手前に入れて、天守閣のアップです。現地で戴いたパンフレットには、天守閣の高さは29.4mと記されていました。
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赤い橋のアップです。平成10年3月竣工の埋橋です。観光のために架け替えられた橋のようです。
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朱塗りの埋橋が架かっているのは内堀、この撮影場所は、内堀と外堀の中間点になります。その場所からの天守閣の眺めです。
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乾小天守のアップです。乾は、方角としては北西の方角になります。戌(いぬ)と亥(い)の間であることから、「いぬい」と読まれます。
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天守閣の最上部のアップです。天守の築造は、1593-4年(文禄2-3年)とされます。秀吉の配下、石川数政・康長父子による築城です。
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天守閣の下層階と石垣のアップです。石垣は、内堀から立ち上がっています。野面積の石垣とされます。野面積は、別名乱積とも言われる手法で、自然石をそのまま積み上げたものです。
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江戸時代中期の松本城の平面図です。元々は、小田原の戦い以後、秀吉が関東の家康を監視する城として造らせたものです。
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横から眺めた埋橋です。橋が架かった先は、石垣に埋もれて見えないところから、埋門(うずみのもん)と呼ばれた箇所です。
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右手に見える石垣は乾小天守のものです。お堀の隅に小船が浮かんでいました。内堀と外堀は、この辺りで繋がっていたようです。
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構内にあった江戸時代中期の平面図には、埋橋は直線で記されていました。直角に曲がっているのは、後世の架け替えのためのようです。
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埋橋の上からの天守閣の撮影です。埋橋は「うずみのはし」と読みます。その名前の由来は、石垣を通路の幅だけ削った埋門(うずみのもん)が、隠れてしまうところからの命名のようです。
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埋橋の上から望遠を使っての撮影です。鴨でしょうか、水鳥達が羽根を休めていました。
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埋橋を渡るところです。橋を渡った左手に改札口がありました。防御のために、橋の幅だけ開けられた石垣です。
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埋橋を渡ったところで、天守閣のアップです。黒く塗られた板張りは、火責めには弱いでしょうが、お堀が火矢を防ぐ構造かも知れません。
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今度はアングルを横にして、乾小天守と、天守閣の上部のアップです。同時期に作られた天守です。
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松本城の周りは公園として整備され、松本市民の憩いの場となっていました。内堀の畔の藤棚も、その1つです。
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側面から眺めた、野面積と呼ばれる石垣の光景です。勾配が急にできないことや、見た目が美しくない等、近世城郭には殆んど見られなくなります。犬山城も野面積です。
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松本城を築城した石川氏は、豊臣秀吉の信頼の厚い武将でした。秀吉の大坂城は黒で統一されていましたので、忠誠の証として松本城も黒で統一されたとの説があります。
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天守閣の最上階のアップです。松本城は戦国末期、鉄砲戦を想定した、戦うための天守の典型とされます。また、その形式を現存する、唯一の城ともされます。
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