台北旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<2004年3月28日(日)><br /><br /> 帰りは午後の便なので、荷物は部屋に置いたまま、この日も朝早く出かけました。チェックアウトがありますから、午前中に戻る予定でした。行き先は台北孔子廟とそれに隣接する保安宮です。この2箇所は、前回の旅行の時に、最後の見学場所の積りで探しましたが、時間切れになって見学できませんでした。台北市の西北方面に位置する名所です。最初に掲げた3つの旅のテーマに入れませんでしたが、なんとしても、今回は実現したい見学地でした。<br /><br /><台北市孔子廟><br /> 最初に孔子廟を目指しました。MRTに乗って台北駅で乗換え、淡水行きの電車で、円山駅で降りれば、そこからは徒歩です。前回時間切れで終わったのは、大雑把な地図で丸山駅からの距離感覚がつかめなかったためでした。今回は道筋まで分かる地図で事前確認しておきました。<br /> 駅から西方向へ歩いて10分程、距離にして1km足らずでした。地図で確認しますと、更に西に1kmも歩けば淡水川に達する位置です。前回の大雑把な地図では、その手前の筋あたりを探していたようです。前回諦めた位置は、長い塀の手前でした。少し記憶に残っていたこの塀は、孔子廟の東側を囲むものに違いありませんでした。<br /> 今回は時間もたっぷりありましたし、事前に道筋を確認していましたので、間違いなく一発で孔子廟にたどり着きました。途中で案内の表示板にも気付きました。入り口は孔子廟の南側から、ぐるりと回った西側にありました。この廟は1925年の創建と新しいものの、規模は大きく、台湾全土の孔子廟の総本山になっているとされます。<br /> 門を潜った右手には大きな石碑が2つ建っていました。1つは創建当時の1925年のもの、もう1つはそれより13年後のものでした。庭内はよく整備されていましたが、まだ修復工事が完了せずに、緑色に塗られた塀で囲われた箇所がいくつかありました。<br /> 創建された1925年当時には、まだ小さな木だったのでしょうが、今では建物を凌ぐような大木に育っていました。その間約80年です。落葉樹や針葉樹のほか、南国独特のヤシ類の大木が多く育っていました。<br /> 当然ながら祀られている主神は孔子様です。それ以外にも顔子、曽子、孟子、子恩子が祀られていると言います。正殿である大成殿の両脇には低い回廊状になった廟がありました。こちらには孔子のお弟子さんや、中国の歴史上の賢人が祀られ、その数は154名に上るとされます。<br /> その木札に近寄ってみますと、上の文字が「先賢」下の文字が「神位」が記され、その中間に祀られた人(神)の名前が読み取れました。向かって左手の木札の一部だけを見ましたので、少し違った書き方がされている木札もあるかも知れません。<br /><br /><保安宮><br /> 地図に示されたとおり、保安宮は孔子廟と隣接する近い位置にありました。最初入った入り口から出て、右手に曲がりその左右が入り口になっていました。これは後で知ったことですが、右手の入り口が保安宮、左手が保安宮庭園の入り口でした。200年以上の歴史を持つ、台湾では古い廟に数えられています。<br /> 最初に潜った門は、左手の庭園の方です。この方角に最初に見えたのは、立派な造りの焼却炉でした。立派な彩色を施した、塔のような造りで、した。門は橙色の瓦で、3段屋根の堂々たる造りでした。正面の鉄の扉は閉まっていましたが、その横から自由に入ることが出来ました。<br /> 医学の神様である保生大帝が祀られている保安宮は、長寿や自分の健康を願うお年寄り、お子さんの健康を願っての親子連れの参拝が絶えないと言います。この日もあいにくの小雨模様でしたが、何組もの参拝客の姿がありました。<br /> 庭内には保生大帝にまつわると思われる人形劇のような飾り物がありました。1つは竜神が主役のようであり、もう1つは洞窟に押し込められているような構図の飾り物でした。残念ながらガイドブックではその謂れまでは解説されていませんでした。機会があったら、その歴史や寓話を紐解いてみたいものです。下に示した案内看板では、2つの人形の飾り物に記された時代は少し離れているようです。<br /> 庭園の次には、その北側の本殿に参拝しました。堂々たる造りで、龍山寺と同じように龍の彫り物の石柱がありました。比較的新しいものの、立体描写などが相当に凝った造りになっていました。また、龍山寺と同じように、線香の煙と蝋燭の炎が絶えない名刹でした。手元に小銭がありましたので、賽銭箱に入れて楽しかった旅の感謝をさせて貰いました。<br /><br /><帰国><br /> HISの現地ガイドさんには、予定通り午後にホテルのロビーに迎えに来て貰いました。台湾に入国した時のガイドさんとは別の女性の方でした。時間調整を兼ねて、帰りも免税店に案内されました。しかし、今度はそのまま日本への帰りなので、お土産物を買いました。台湾元を整理して、足りなかった分は円で支払いました。烏龍茶などの買い増し等です。これは、専門店で買った烏龍茶との飲み比べの意味があります。<br /> 今回のオールフリータイムの旅は、2泊3日と短かったものの、当初目的の3つのテーマをすべて実現することが出来ました。前回の旅行で、全面的に撮影禁止になっていた故宮博物院も、展示室によっては、フラッシュを焚かなければ撮影が出来ました。事前には諦めていたので、これも望外の喜びでした。<br /> 総統選挙後の大もめの台湾でしたが、空港でのチェックなどは普段通りで、特別に厳しいことはありませんでした。予定通りの時間に出発でき、ワインを飲みながら、名古屋空港までの快適な空の旅を楽しみました。<br /><br /><br /><あとがき> <br /> 2泊3日の海外旅行だと結構忙しいものです。睡眠時間を削って、飛び回る感覚です。その甲斐があって、短いながらも充実した小旅行を楽しむことが出来ました。殊に「雨の基隆」、定例の「故宮博物院見学」、それに「総統選挙後の台湾政情体験」と言った3つの旅のテーマが、短い旅行で、そのすべてが実現できました。それと、華西街観光夜市のお馴染みの店での晩酌も楽しむことが出来ました。<br /><br /><総統選挙疑惑・その後><br /> 3月の台北旅行の後、5月のゴールデンウィークには韓国旅行、6月下旬にはフランス旅行を楽しみました。旅行記の作成は、この2冊を先行させましたので、つい、この時期まで遅れてしまいました。<br /> ところで総統選挙後、銃撃疑惑を巡って大もめの台湾でしたが、結局は現職の陳水扁氏が総統に就任しました。しかし、疑惑が解明されたわけではなく、調査のための特別委員会が設置されることになったのは、8月の入ってからの報道でした。<br /> この問題は、当事者である台湾だけでなく中国本土や日本でも多くの関心が寄せられ、田原総一郎さんの8月のテレビ番組では、疑惑を巡って現地取材をしてきた特別番組が放映されました。<br /> この番組は、付録の写真集でも「総統選銃撃疑惑のその後」として、テレビ番組のポイントを収録しておきました。その取材結果と再現実験の結果は次の通りです。<br /><br />?銃撃事件の背景は選挙賭博と思われる。<br />?銃撃事件の当日、台南市の市会議員郭氏の口利きで防弾ガラス無しの選挙カーが提供された。(通常は防弾ガラス付)<br />?この選挙カーの運転手は、同じ郭議員の口利きで、急遽地元の人が起用された。(取材結果)<br />?使用された拳銃は殺傷能力の低い22口径で、かつ、弾薬量が減らされていた。(実験結果)<br />?通常は現行犯で追及されるはずの犯人が易々と現場から逃走した。また、銃撃事件後も緊急配備はされなかった。<br />?2発の銃弾は鉛製と銅製であり、犯人は複数犯の可能性がある。<br />?陳総統と同時に銃撃された呂副総統は、ひざに弾が当ったものの怪我もしていない状況で、そのまま選挙運動を続けた。<br />?銃撃前後選挙カーのビデオが撮影されており、フロントガラスに貫通孔が生じたにも関わらず、運転手は何事も無かったように運転を続けていた。<br />?選挙賭博で、不利と思われた陳候補に賭けて、大儲けをした人がいる。(選挙賭博は恒常化しているようです)<br />?郭市会議員は事業の失敗で莫大な謝金を背負っていた。しかし、選挙賭博に関しては黙秘を通している。(選挙賭博で大儲けをしたようです)<br /><br /> テレビ番組では、口径の違いによる破壊力の違いなどを実験を通じて確認していました。その結果、「22口径で、かつ、火薬量が減らされていた」などと、「殺傷目的の要人襲撃ではない」ことを綿密に検証していました。当初は選挙不利と見られた陳候補の「自作自演説」が囁かれていましたが、選挙賭博がらみの一発逆転劇だと仮定すれば、一連の不自然な状況が合理的に説明されるようです。<br /> 銃撃疑惑が解明されても、選挙結果が覆されるわけではないでしょうが、まさに歴史に残る疑惑の銃弾であったことは疑いがありません。(本文完)<br /><br /><br /><蛇足として><br /> 忙しい日程でしたから、旅先で俳句を詠んだり、短歌を楽しむ余裕はありませんでした。それで、撮った写真で、旅を回顧しながら詠んだ短歌を添えて、この旅行記の締めくくりとします。<br /><br /><br />  龍山寺で<br /> 本堂の再建なりし龍山に燈明永久に絶じと願う<br /><br />  総督府前広場で<br /> 政冷て久しき日本の過し熱き日蘇る今<br /><br />  基隆で<br /> 海の幸山の幸もて道の端商う人に春の糠雨<br /><br /><br />  故宮博物院で<br /> 百年を重て尊き玉飾り海越え来る故宮の新地<br /><br /> 幾度の戦禍潜し寶物を後に伝えよ戦無き世の<br /><br />  台北孔子廟で<br /> 樹々生る畏き祠静りて一人拝する旅の終りに<br />

2004春、台湾旅行記3(10):3月28日(1)台北・台北孔子廟、保安宮

6いいね!

2004/03/26 - 2004/03/28

24331位(同エリア30178件中)

旅行記グループ 2004春、台湾旅行記3

0

30

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<2004年3月28日(日)>

 帰りは午後の便なので、荷物は部屋に置いたまま、この日も朝早く出かけました。チェックアウトがありますから、午前中に戻る予定でした。行き先は台北孔子廟とそれに隣接する保安宮です。この2箇所は、前回の旅行の時に、最後の見学場所の積りで探しましたが、時間切れになって見学できませんでした。台北市の西北方面に位置する名所です。最初に掲げた3つの旅のテーマに入れませんでしたが、なんとしても、今回は実現したい見学地でした。

<台北市孔子廟>
 最初に孔子廟を目指しました。MRTに乗って台北駅で乗換え、淡水行きの電車で、円山駅で降りれば、そこからは徒歩です。前回時間切れで終わったのは、大雑把な地図で丸山駅からの距離感覚がつかめなかったためでした。今回は道筋まで分かる地図で事前確認しておきました。
 駅から西方向へ歩いて10分程、距離にして1km足らずでした。地図で確認しますと、更に西に1kmも歩けば淡水川に達する位置です。前回の大雑把な地図では、その手前の筋あたりを探していたようです。前回諦めた位置は、長い塀の手前でした。少し記憶に残っていたこの塀は、孔子廟の東側を囲むものに違いありませんでした。
 今回は時間もたっぷりありましたし、事前に道筋を確認していましたので、間違いなく一発で孔子廟にたどり着きました。途中で案内の表示板にも気付きました。入り口は孔子廟の南側から、ぐるりと回った西側にありました。この廟は1925年の創建と新しいものの、規模は大きく、台湾全土の孔子廟の総本山になっているとされます。
 門を潜った右手には大きな石碑が2つ建っていました。1つは創建当時の1925年のもの、もう1つはそれより13年後のものでした。庭内はよく整備されていましたが、まだ修復工事が完了せずに、緑色に塗られた塀で囲われた箇所がいくつかありました。
 創建された1925年当時には、まだ小さな木だったのでしょうが、今では建物を凌ぐような大木に育っていました。その間約80年です。落葉樹や針葉樹のほか、南国独特のヤシ類の大木が多く育っていました。
 当然ながら祀られている主神は孔子様です。それ以外にも顔子、曽子、孟子、子恩子が祀られていると言います。正殿である大成殿の両脇には低い回廊状になった廟がありました。こちらには孔子のお弟子さんや、中国の歴史上の賢人が祀られ、その数は154名に上るとされます。
 その木札に近寄ってみますと、上の文字が「先賢」下の文字が「神位」が記され、その中間に祀られた人(神)の名前が読み取れました。向かって左手の木札の一部だけを見ましたので、少し違った書き方がされている木札もあるかも知れません。

<保安宮>
 地図に示されたとおり、保安宮は孔子廟と隣接する近い位置にありました。最初入った入り口から出て、右手に曲がりその左右が入り口になっていました。これは後で知ったことですが、右手の入り口が保安宮、左手が保安宮庭園の入り口でした。200年以上の歴史を持つ、台湾では古い廟に数えられています。
 最初に潜った門は、左手の庭園の方です。この方角に最初に見えたのは、立派な造りの焼却炉でした。立派な彩色を施した、塔のような造りで、した。門は橙色の瓦で、3段屋根の堂々たる造りでした。正面の鉄の扉は閉まっていましたが、その横から自由に入ることが出来ました。
 医学の神様である保生大帝が祀られている保安宮は、長寿や自分の健康を願うお年寄り、お子さんの健康を願っての親子連れの参拝が絶えないと言います。この日もあいにくの小雨模様でしたが、何組もの参拝客の姿がありました。
 庭内には保生大帝にまつわると思われる人形劇のような飾り物がありました。1つは竜神が主役のようであり、もう1つは洞窟に押し込められているような構図の飾り物でした。残念ながらガイドブックではその謂れまでは解説されていませんでした。機会があったら、その歴史や寓話を紐解いてみたいものです。下に示した案内看板では、2つの人形の飾り物に記された時代は少し離れているようです。
 庭園の次には、その北側の本殿に参拝しました。堂々たる造りで、龍山寺と同じように龍の彫り物の石柱がありました。比較的新しいものの、立体描写などが相当に凝った造りになっていました。また、龍山寺と同じように、線香の煙と蝋燭の炎が絶えない名刹でした。手元に小銭がありましたので、賽銭箱に入れて楽しかった旅の感謝をさせて貰いました。

<帰国>
 HISの現地ガイドさんには、予定通り午後にホテルのロビーに迎えに来て貰いました。台湾に入国した時のガイドさんとは別の女性の方でした。時間調整を兼ねて、帰りも免税店に案内されました。しかし、今度はそのまま日本への帰りなので、お土産物を買いました。台湾元を整理して、足りなかった分は円で支払いました。烏龍茶などの買い増し等です。これは、専門店で買った烏龍茶との飲み比べの意味があります。
 今回のオールフリータイムの旅は、2泊3日と短かったものの、当初目的の3つのテーマをすべて実現することが出来ました。前回の旅行で、全面的に撮影禁止になっていた故宮博物院も、展示室によっては、フラッシュを焚かなければ撮影が出来ました。事前には諦めていたので、これも望外の喜びでした。
 総統選挙後の大もめの台湾でしたが、空港でのチェックなどは普段通りで、特別に厳しいことはありませんでした。予定通りの時間に出発でき、ワインを飲みながら、名古屋空港までの快適な空の旅を楽しみました。


<あとがき> 
 2泊3日の海外旅行だと結構忙しいものです。睡眠時間を削って、飛び回る感覚です。その甲斐があって、短いながらも充実した小旅行を楽しむことが出来ました。殊に「雨の基隆」、定例の「故宮博物院見学」、それに「総統選挙後の台湾政情体験」と言った3つの旅のテーマが、短い旅行で、そのすべてが実現できました。それと、華西街観光夜市のお馴染みの店での晩酌も楽しむことが出来ました。

<総統選挙疑惑・その後>
 3月の台北旅行の後、5月のゴールデンウィークには韓国旅行、6月下旬にはフランス旅行を楽しみました。旅行記の作成は、この2冊を先行させましたので、つい、この時期まで遅れてしまいました。
 ところで総統選挙後、銃撃疑惑を巡って大もめの台湾でしたが、結局は現職の陳水扁氏が総統に就任しました。しかし、疑惑が解明されたわけではなく、調査のための特別委員会が設置されることになったのは、8月の入ってからの報道でした。
 この問題は、当事者である台湾だけでなく中国本土や日本でも多くの関心が寄せられ、田原総一郎さんの8月のテレビ番組では、疑惑を巡って現地取材をしてきた特別番組が放映されました。
 この番組は、付録の写真集でも「総統選銃撃疑惑のその後」として、テレビ番組のポイントを収録しておきました。その取材結果と再現実験の結果は次の通りです。

?銃撃事件の背景は選挙賭博と思われる。
?銃撃事件の当日、台南市の市会議員郭氏の口利きで防弾ガラス無しの選挙カーが提供された。(通常は防弾ガラス付)
?この選挙カーの運転手は、同じ郭議員の口利きで、急遽地元の人が起用された。(取材結果)
?使用された拳銃は殺傷能力の低い22口径で、かつ、弾薬量が減らされていた。(実験結果)
?通常は現行犯で追及されるはずの犯人が易々と現場から逃走した。また、銃撃事件後も緊急配備はされなかった。
?2発の銃弾は鉛製と銅製であり、犯人は複数犯の可能性がある。
?陳総統と同時に銃撃された呂副総統は、ひざに弾が当ったものの怪我もしていない状況で、そのまま選挙運動を続けた。
?銃撃前後選挙カーのビデオが撮影されており、フロントガラスに貫通孔が生じたにも関わらず、運転手は何事も無かったように運転を続けていた。
?選挙賭博で、不利と思われた陳候補に賭けて、大儲けをした人がいる。(選挙賭博は恒常化しているようです)
?郭市会議員は事業の失敗で莫大な謝金を背負っていた。しかし、選挙賭博に関しては黙秘を通している。(選挙賭博で大儲けをしたようです)

 テレビ番組では、口径の違いによる破壊力の違いなどを実験を通じて確認していました。その結果、「22口径で、かつ、火薬量が減らされていた」などと、「殺傷目的の要人襲撃ではない」ことを綿密に検証していました。当初は選挙不利と見られた陳候補の「自作自演説」が囁かれていましたが、選挙賭博がらみの一発逆転劇だと仮定すれば、一連の不自然な状況が合理的に説明されるようです。
 銃撃疑惑が解明されても、選挙結果が覆されるわけではないでしょうが、まさに歴史に残る疑惑の銃弾であったことは疑いがありません。(本文完)


<蛇足として>
 忙しい日程でしたから、旅先で俳句を詠んだり、短歌を楽しむ余裕はありませんでした。それで、撮った写真で、旅を回顧しながら詠んだ短歌を添えて、この旅行記の締めくくりとします。


  龍山寺で
 本堂の再建なりし龍山に燈明永久に絶じと願う

  総督府前広場で
 政冷て久しき日本の過し熱き日蘇る今

  基隆で
 海の幸山の幸もて道の端商う人に春の糠雨


  故宮博物院で
 百年を重て尊き玉飾り海越え来る故宮の新地

 幾度の戦禍潜し寶物を後に伝えよ戦無き世の

  台北孔子廟で
 樹々生る畏き祠静りて一人拝する旅の終りに

同行者
一人旅
交通手段
鉄道
  • 1925年に創建された台北の孔子廟は、台湾全土の孔子廟の総本山的な位置にあります。広い敷地内に厳かな建物が並んでいました。ここはその入口です。

    1925年に創建された台北の孔子廟は、台湾全土の孔子廟の総本山的な位置にあります。広い敷地内に厳かな建物が並んでいました。ここはその入口です。

  • 庭内には多くの樹木が生い茂っていました。ヤシ類などの南国の木々を多く見掛けました。

    庭内には多くの樹木が生い茂っていました。ヤシ類などの南国の木々を多く見掛けました。

  • 入口を入ったすぐ近くに、大きな石碑が二つ立っていました。こちらは総督府内の院長の撰による孔子廟創建の碑文。末尾には中華民国48年8月の期日が記されていました。

    入口を入ったすぐ近くに、大きな石碑が二つ立っていました。こちらは総督府内の院長の撰による孔子廟創建の碑文。末尾には中華民国48年8月の期日が記されていました。

  • 前の写真の碑文の末尾に中華民国48年、こちらには同じく61年の日付があります。同時に建てられたのではなく、13年の間があります。創建の後も整備が継続されていたようです。

    前の写真の碑文の末尾に中華民国48年、こちらには同じく61年の日付があります。同時に建てられたのではなく、13年の間があります。創建の後も整備が継続されていたようです。

  • 孔子廟には孔子のほか、顔子、曽子、孟子、子恩子の四聖人が祀られています。毎年、孔子誕生日祝い等の式が執り行われます。

    孔子廟には孔子のほか、顔子、曽子、孟子、子恩子の四聖人が祀られています。毎年、孔子誕生日祝い等の式が執り行われます。

  • 赤レンガを積み重ねたこの門には、「礼門」の額がかかっていました。儒教の教えに因んだ命名のようです。

    赤レンガを積み重ねたこの門には、「礼門」の額がかかっていました。儒教の教えに因んだ命名のようです。

  • 庭内は隅々まで手入れ、清掃が行き届いていました。この一角に生えていたのは落葉樹でした。何となく建物跡地といった感じです。

    庭内は隅々まで手入れ、清掃が行き届いていました。この一角に生えていたのは落葉樹でした。何となく建物跡地といった感じです。

  • この建屋にも緑の塀での囲いがありました。右手の案内看板には、「櫺星門(リン・シン・ゲーツ)」と記されていました。

    この建屋にも緑の塀での囲いがありました。右手の案内看板には、「櫺星門(リン・シン・ゲーツ)」と記されていました。

  • 仔細に見ますと、木組みや透かしの部分など、細かな細工が施された立派な造りになっていました。屋根上にも種々の飾りがありました。

    仔細に見ますと、木組みや透かしの部分など、細かな細工が施された立派な造りになっていました。屋根上にも種々の飾りがありました。

  • これが正殿の大成殿です。ここに孔子のほか孟子などの四賢人が祀られています。背後の崇聖祠には、孔子の先祖が祀られています。

    これが正殿の大成殿です。ここに孔子のほか孟子などの四賢人が祀られています。背後の崇聖祠には、孔子の先祖が祀られています。

  • 大成殿の右手部分です。こちらには孔子のお弟子さんや、中国歴代の賢人が祀られています。その背後を守るに木々です。

    大成殿の右手部分です。こちらには孔子のお弟子さんや、中国歴代の賢人が祀られています。その背後を守るに木々です。

  • こちらが大成殿の左手部分です。こちらにも孔子のお弟子さん達が祀られていて、その数は左右を合わせて154人と言われます。

    こちらが大成殿の左手部分です。こちらにも孔子のお弟子さん達が祀られていて、その数は左右を合わせて154人と言われます。

  • 龍の顔が正面向きで彫られた石像のレリーフ、右手には玉を持っているようです。その指の数は4本です。大成殿の正面にありました。

    龍の顔が正面向きで彫られた石像のレリーフ、右手には玉を持っているようです。その指の数は4本です。大成殿の正面にありました。

  • 位牌のような木札がガラス製の棚に大切に祀ってありました、頭の2文字「先賢」と、末尾の「神位」の2文字は共通でした。中間に賢人の名前です。

    位牌のような木札がガラス製の棚に大切に祀ってありました、頭の2文字「先賢」と、末尾の「神位」の2文字は共通でした。中間に賢人の名前です。

  • 孔子廟に隣接して保安宮がありました。こちらは医学の神様である保生大帝が祀られています。孔子廟より古く、200年の歴史を持つと言います。

    孔子廟に隣接して保安宮がありました。こちらは医学の神様である保生大帝が祀られています。孔子廟より古く、200年の歴史を持つと言います。

  • 入り口から向かって左手の建物です。多分、後から建てられた、ホールのような機能の建物でしょう。中までは入りませんでした。

    入り口から向かって左手の建物です。多分、後から建てられた、ホールのような機能の建物でしょう。中までは入りませんでした。

  • 保生大帝にまつわる寓話(神話?)を人形で表現しているようです。岩の上の龍神を、手厚くもてなしている風にも見えます。

    保生大帝にまつわる寓話(神話?)を人形で表現しているようです。岩の上の龍神を、手厚くもてなしている風にも見えます。

  • 節と節の間が短い、変わった竹が植栽されていました。その周りの手すりも竹を模してありました。

    節と節の間が短い、変わった竹が植栽されていました。その周りの手すりも竹を模してありました。

  • 橙色の屋根が三重になった正門です。道路を挟んだ向こう側にも、お寺が続いていました。手前では皐月が満開でした。

    橙色の屋根が三重になった正門です。道路を挟んだ向こう側にも、お寺が続いていました。手前では皐月が満開でした。

  • こちらにも、鉄の柵の向こうに人形群がありました。洞窟に囚われの身になった保生大帝とその身内を表現したものでしょうか?

    こちらにも、鉄の柵の向こうに人形群がありました。洞窟に囚われの身になった保生大帝とその身内を表現したものでしょうか?

この旅行記のタグ

6いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

2004春、台湾旅行記3

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

台湾で使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
台湾最安 254円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

台湾の料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP