2004/03/26 - 2004/03/28
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旅人のくまさんさん
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<2004年3月26日(金)>
オールフリータイムの台北2泊3日の旅行プランは、一応「気軽に台北3日間」のタイトルが付いていました。しかし、実質はホテルの予約と、飛行場からホテルまでの送り迎えだけを頼んだスリムな旅行プランです。中身も個別にオンライン検索で予約をとって貰った、いわば私専用の手作りプランでした。
その旅行プランは、ハワードプラザホテルの一人泊の追加料金2万6千円を含めて、ほぼ10万円で仕上がりました。
<HI*の現地ガイドさん>
HI*の現地ガイドさんは20代半ばくらいの女性の方でした。私以外にも何組かが合流し、マイクロバスでそれぞれのホテルに送ってもらうことになりました。しかし、旅行社を使ったときのお決まりで、小一時間は免税店のお付き合いをさせられました。到着してすぐに買い物をすることはありませんし、免税店で買いたい品物もありませんから、外へ出て時間を潰したり、烏龍茶をご馳走になって時間を過ごしました。前回もお付き合いした何時もの免税店でした。
ガイドさんはこの免税店に着くまでの時間に、いくつかの注意事項を話してくれました。
「生水を飲まないようにしてください」
「貴重品はフロントか部屋のセーフティボックスに仕舞ってください」
とかの、お決まりの話が最初にありました。
それに加え今回は、次の注意事項が付け加えられました。
「日本でもテレビ等でご存知かもしれませんが、総統選挙の後で大もめになっています。交通規制で市内観光が遅れたりしますので、あらかじめご承知置きください」
「総統府などには絶対に近づかないでください。万が一の場合、HI*としては責任がもてませんのでよろしくお願いします」
等の注意でした。市内観光の法は関係ありませんでしたが、総督府の話はもう少し詳しく聞きたかったので、
「西面(シーメン)から龍山寺(ロンシャンスー)辺りは問題ないですか?」
「西面から龍山寺辺りは、鳥インフルエンザ問題の中心地だったようですが、今は心配ありませんか?」
などを確認しました。返ってきた答は、
「龍山寺付近はだいぶ離れていますので大丈夫です。西面は総統府に近いので立ち入らないようにしてください」
「鳥インフルエンザ問題は収束しましたが、念のため鳥料理は避けた方がいいかも知れません」
と、言ったことでした。基本的には私自身の自己責任なので、 ガイドさんの話は参考程度にさせてもらいました。ついでに、国際空港を出るリムジンバスの乗り場も教えてもらいました。ガイドさんは、
「マイクロバスに乗ってもらった場所のすぐ左手にあります」
と、教えてくれましたが、ついでに、
「次回は、私の仕事がなくなりそうですね?」
と、質問の意味をすぐに悟られてしまいました。
<ハワードプラザホテル>
国際空港からホテルまでは1時間ほどで着きますが、おまけの免税店巡りがありますから、出発して2時間はかかりました。免税店からは、ほかのメンバーより近い位置で順路に当るため、先に降ろしてもらいました。予約の確認をし、部屋の鍵を預かったところで、早々にガイドさんと別れました。その他に確認しておくことは、帰りの日の迎えの時間だけでした。
前回の2002年12月の旅行で利用したハワードプラザホテルは、MRT駅から近く便利でしたから、今回も指定で予約を取ってもらいました。その分一人部屋使用で1泊当りの追加料金が1万3千円と、少し割高でした。外観は地味なデザインで、色も地味なブラウンが基調になっています。しかし、設備は申し分ありませんし、バイキング方式の朝食もなかなか立派です。中国名では「福華大飯店(フーホアダーファンティエン)」と呼ばれています。
ガイドブックから少し引用しますと「地下1階から地上4階まで85店舗のブランド品ショップが並ぶ大型ホテル」と紹介され、更に「コーヒーラウンジの天井は吹き抜けになっており、噴水や滝が配されている。客室は重厚な家具で品よくまとめられている」とありました。
また、2001年版のガイドブック(旺文社の個人旅行・台湾)には、5800〜7600元と宿泊料金が記されていました。やはり、1泊1万3千円の追加料金は仕方ないようです。現在はインターネットでの予約も出来るようになっています。部屋数606室の規模です。
ついでに、このガイドブックでは丸山大飯店の宿泊料金は4000元からとありました。スウィートルームの値段は聞くまでも無いことです。日本でもよく知られた中国建築のこのホテルは、1995年に火災に遭い、しばらく営業を中止していましたが、今は再開されています。見学の対象となる台北名所でもあります。
国際空港からご一緒だった同世代のご夫婦の旦那さんは、
「丸山大飯店は素晴らしいホテルですが、街へ出るのに不便で仕方ありませんでした」
と話されていました。
「それで、今回は交通の便のいい、街中のホテルにしました」
とも話されていました。これは、空港から市内へ向かう途中で、丸山大飯店が丘の上に見えてきた時、ガイドさんが説明をしてくれた後での会話でした。
<久しぶりの龍山寺>
ハワードプラザホテルにチェックインした後、すぐにMRTを使って龍山寺にやって来ました。この日は、まだ何回もMRTに乗る予定なので、早速、忠孝復興駅で一日乗車券を買い求めました。何回も回数券を買ったことがある駅です。ワンディチケットの150元の値段は以前と変わっていませんでした。自動改札口は通らず、その窓口の左手を開けてもらって入場するのも同じでした。
この忠孝復興駅に向かう途中、ホテルの界隈で面白い街路樹の花を見ました。花の形は白木蓮と同じなのに、色は赤色をしていました。いくつかの花弁が歩道に落ちていて、手にとってその花を観察することができました。普段は気がつかなかった街路樹です。
龍山寺までは乗換えなしです。台北市の名刹、龍山寺はお決まりの観光コースになっていますので、日本人観光客によく出会います。この日も大勢の地元参拝客の合間に、何組かの団体客がやってきていました。昼食は遅くなりましたので、龍山寺界隈の屋台で50元の海苔巻きと稲荷寿司のパックを買って済ませました。
この見慣れたお寺で、最初に「おやっ!」と思ったのが本堂でした。今までは実物大の写真パネルが設置され、再建工事が進められていたからです。今回は見事に再建がなって、以前よりも大勢の参拝客で賑わっているようでした。何度も写真を撮ったお寺ですが、改めていろんな角度から写真を撮り直しました。
龍山寺は、台北では最古の寺院で、1738年の創建とされます。ご本尊は観音菩薩です。お賽銭を払わないお寺、と言うより、賽銭箱に小銭を入れてはいけないお寺であることを教えてもらったことがあります。今回もそのアドバイスに従いました。奥の院では道教の神々が祀られていて、道教と仏教が仲良く共存しているお寺です。
創建以来、台風、地震、戦火で何度か損壊しましたが、そのつど再建されたとされます。第二次大戦の戦禍も免れることは出来ず、戦後に復興されたのが現在の建物です。今回の本堂再建は修復工事だったようであり、金箔をふんだんに使って内装され、眼を見張るような賢覧豪華な造りとなっていました。
この日、もう一度夜に参詣しましたが、ライトアップも一段と見事になっていました。線香の煙と蝋燭の炎が絶えず、夜も大勢の参拝客で賑わっていて、相変わらずでした。檀家の人が、火が付いた大きな線香を渡していましたので、私もこれを貰って参拝しました。長さが50cmはあろうかと言うジャンボ線香です。
線香立てには灰が積み重なっていて、ここへ軽く投げ入れると、うまく線香が立つようになっています。見様見真似で試してみましたが、手で立てるより簡単に出来ました。何より熱い思いをしないで済みます。
寄進の図書類も相変わらずでした。本堂の再建を祝ってのためでしょうか、以前よりはるかに多くのお経の本や観音菩薩などのプロマイドが積み上げられていました。今回も、小さなお経の本1冊と、トランプほどの大きさの20種類ほどのプロマイドを頂戴してきました。有難いことです。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。
<士林夜市>
毎回、いくつかの夜市を見学しています。屋台や市場を見学するのが旅の楽しみです。MRTの回数券を最初に入手しましたので、MRTで行ける所なら、取り敢えず何処へでも足を運ぶと言うこともありました。龍山寺駅から士林(シーリン)駅までは、台北駅での乗換えとなります。
ガイドブックから少し引用してみます。『士林は台北の郊外に位置する文教地区で、最近ではベッドタウンとして開発が進められている。かつては籐家具の街として知られてきたが、最近では士林夜市の街として有名になった』と紹介されていました。
確かに夜市を歩く人は、若い人が圧倒的に多い。個人としては、飲食店は多いものの、アルコールが飲める店が少ないのが残念な点です。
MRTでは士林か剣譚で降りればよく、士林駅からは高架の西方面を南下、剣譚駅からは西方面を北上すると士林夜市にたどり着くことが出来ます。今回は剣譚駅のほうでMRTを降りました。台北駅を出て、しばらくしますと、MRTは高架になってきます。
軽く飲める店が見つかったら、士林でも飲んでみたいと思いましたが、なかなか注文に合った店は見つかりませんでした。薄暗いうちに士林夜市にやってきましたが、すっかり日が落ちて晩酌の時間になりましたので、元来た経路で、華西街夜市に戻りました。
<華西街観光夜市>
昼のうちに一度この界隈にやって来ましたので、この日、二度目の華西街観光夜市見学です。鳥インフルエンザ問題では、この近くの西面(シーメン)から華西街観光夜市一帯が封鎖された様な話を聞いていましたので、もう少し詳しく様子を探っておく考えもありました。
以前目撃した中で、生きた鳥などを籠に入れ、積み上げて売っていた一角がありました。しかし、かなり小まめに回ってみたものの、今回は見つかりませんでした。その代わり、道路拡幅工事らしい未舗装の道路に脇に、取り壊された商店街を2箇所ほど見つけました。その辺りが鳥インフルエンザ騒動の影響を受けて、手が入った部分かも知れません。
アーケードの中も一通り見て回りましたが、蛇料理の店は何軒かそのまま営業していました。当然ながら、爬虫類は鳥インフルエンザやサーズ問題には無関係だったようです。
ところで、この夜市にやって来たのは、晩酌が主目的です。明るいうちに念のため、なじみの店の位置を確認しておきました。その時間、店はまだ閉まっていたものの「伝統」の看板に見覚えがありました。暗くなっても間違えずに「伝統」の店を探すことが出来ました。と言うより、暗くなってからの方が探しやすいものです。
店先に顔を出しますと、すぐに店のママが気付いてくれました。今までは30代くらいの男の人が中華鍋を使って料理をしていましたが、今回はママが料理を作っていました。1年半前に見た時、その男の人は、利き腕の手首に包帯をしていましたので、「腱鞘炎でも起こしたのでは?」と心配していましたが、その勘が当ってしまったようです。
ママがいつもの通り、ガラスのネタケースの品を示してくれましたので、その中から3種類を選びました。席はいつもの壁際の場所が空いていました。その場所もママがよく覚えてくれていて、すぐにその席に案内してくれました。
ネタケースで選んだ品は、定番の貝のピリカラ漬け、茹でピーナッツと、それに捌いた蟹でした。多分、渡り蟹でしょう。飲み物も、いつものようにビール1本を飲んだ後、紹興酒を1本頼みました。
晩酌を終わりそうになった時、いつものようにデザートのプレゼントが出てきました。見た目はトマトで、切り方も同じでした。しかし、歯ごたえと味はかなり違っていました。野菜と言うよりフルーツ感覚でした。翌日の基隆見学の時、果物屋さんの店先で知ったことですが、この食物は「黒柿」の名前でした。
「ニーハオ」と並んで僅かに使える中国語の「シェ シェ」を使ってデザートのお礼を兼ねて勘定を頼みました。請求されたのは450元でした。ママはメモ用紙に数字を書いてくれていました。日本円で1500円見当です。お釣りの50元をチップで渡してお店を出ました。
チップを払うような高級な店ではないですが、いつも美味しく戴くお礼の積りです。これでも、日本円では、2000円からお釣りがくる勘定であり、極めてお値打ちです。10回近くこの店を利用しましたが、一度も日本人を見たことがありません。私のお気に入りの庶民的な店です。晩酌の後は、夜の龍山寺を見学して、一旦ホテルに戻りました。
<夜のテレビ報道>
今回の旅行では、定期的にテレビのお世話になりました。ニュース番組が伝える、総統選挙後の大もめの台湾政情から眼が離せなかったためです。テレビでは選挙疑惑、殊に銃撃疑惑を巡って大規模な抗議行動が起きており、フルタイムで報道がされていました。
テレビでは、連戦候補とその支持者、陳水扁候補とその支持者の主張を交互に報道したり、有識者たちによる討論、物価問題、失業問題などの解説を取り上げていました。その番組の中でも、慶福門、中正紀念堂の現場状況を、画面を分割してリアルタイムで報道していました。日本政府の反応は伝わっていないようでした。もっぱらアメリカ政府の反応を番組に挟んでいました。
テレビで報道される範囲では、流血騒ぎになるような危険な状況は考え難かったので、一度現場状況を見に出掛けることにしました。パスポートなどは部屋のセーフティボックスに入れて、出来る限り身軽な格好で出掛けることにしました。カメラも上着の横ポケットに入れて、完全なフリーハンドにしました。
<夜の中正紀念堂>
テレビで見る限り、抗議行動は整然と行われており、家族ぐるみでの参加者も多いように見受けましたので、現地の状況を見に出掛けることにしました。総統府前広場が最前線であり、中正紀念堂にも多くの人が集まっているとの報道も繰り返されていました。総督府前広場は、空からの取材を含めて「慶福門」の呼び方で報道されていました。
最初に出掛けたのは、中正紀念堂の方です。何度も乗ったMRTを使いました。台北駅で乗り換え、南へ二つ目の中正紀念堂で降りました。この辺りも、HISの現地ガイドさんから立ち入りをしないよう注意されていた区域です。
電車の中でも抗議集会に出掛ける人を見かけました。テレビで見た黄色のビニル雨合羽と、台湾国旗がシンボルでした。若い人のグループや家族連れなどが目に付きました。車内全体を見回しますと、やや混んではいたものの、満員ではありませんでした。
地下鉄を降りて少し北に歩き、大中至誠門に向かいました。雨は降っていたものの、傘を差すほどではありません。大きな国旗を持った若い人達の後ろを歩きましたが、悲壮感や切迫感は無く、やや早足程度で歩いていました。至誠門は開放されていました。台北のシンボルの一つであるこの門は、煌煌とライトアップされていました。
脇の門を潜る時、守衛さんが詰めているのを確認できましたが、規制をする気配はまったく無く、自由に出入りが出来ました。紀念堂の中には電飾の宣伝カーが停められ、屋台もいくつか出ていました。全体に静かな様子で、音を出していたのはこの宣伝カーだけでした。
至誠門を入った左右には、国立の音楽堂や劇場があり、室内には明かりが灯っていました。天候を考えて、この中で集会が行われたり、休憩所に使われているのではないかと推測しました。しかし、中まで入って確認することは、さすがに躊躇しました。離れた場所から、デジカメに収めました。
この場所にやってきた人達は、総督府前広場の方に移動をしているようでした。私もこの流れに乗って移動をしました。と言っても僅かな距離です。後で地図で確認したことですが、中正紀念堂の北隣が国民党本部で、国民党本部西隣の五差路に慶福門があります。この門が、総督府からは500m足らずの位置にあります。
<国民党本部>
人の流れに乗ってやって来たのが国民党本部前でした。正面には孫文の筆になる掲額「天下為公」がありました。この場所から慶福門、総督府前のバリケードまでは、人で溢れかえっていました。
国民党本部の正門は開け放たれており、誰でも自由に出入りが出来ました。中に入ると、係りの人が鉢巻やら国旗を渡していましたので、私も記念に貰ってきました。これを手にしていれば、抗議集会に紛れ込んでも、不審に思われることが無く便利でした。
党本部の中も人で溢れていて、テレビで状況を確認する人達や、ホールのような部屋には、次の行動に備えて椅子で仮眠する人達がいました。壁や柱には銃撃事件の疑惑を写真入で掲示してありました。これらの様子を、目立たないよう、フラッシュを焚かずにデジカメに収めました。
国民党本部に掲示してあった、銃撃事件疑惑に関しては、写真やタイトルから判断しますと、「自作自演説」のようでした。少なくとも陳陣営が打った起死回生の戦術であることを糾弾しているようでした。殺気だった重苦しいものではなかったものの、どの支援者の顔にも緊張感と高揚した雰囲気が漂っていました。
<バリケードの最前線>
国民党本部見学の後は、抗議集会の最先端まで足を運びました。国民党本部の前が慶福門であり、ここを西へ500mほど進めば総督府の正門に達します。その中間で、総督府の周を囲むようにバリケードが敷設されていました。コイル状に巻かれた鉄条網と、車止めが使用されていました。その内側を大勢の機動隊員が固めていました。
23時半頃になると、後方に何台もの機動隊の投石防止のネットを付けた車が連なって待機し、大型のクレーン車が近づいてきました。バリケードの向うでも、盾を持ち、投石用の保護マスクが付いたヘルメット姿の機動隊が整列して備えていました。先刻までは、全員が整列まではしていなかったはずです。横隊になって最前列を固めた人以外は、先程までは多少はリラックスした様子でした。いよいよ、強行排除の時間が切迫している雰囲気になってきました。
海外旅行中に、この強制排除に遭ったり、トラブルに巻き込まれるのは避けたかったので、これを機に総督府前広場を離れました。小雨はまだ降り続いていました。最寄の駅である台大病院前から乗った遅い時間のMRTは、がらがらに空いていました。
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2004年3月末、総統選挙後の大もめの台北を訪れました。「抗議中選会 群衆聚集興警爆発衝突」等の刺激的な文字がテレビ放映されていました。
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「中選会」は中央選挙管理委員会の意味でしょう。台北中心部のホテルにチェックインした後、すぐにテレビで事態の推移を把握しました。
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総統選挙最終場面で、現職の陳候補の銃撃事件が起き、この事件で当落が逆転されたとされ、事件の自作自演説を巡って大もめでした。
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日本のテレビでも色々と報道されていましたが、現地での状況は、文字通り国を二分する大事件でした。
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あちこちに文字が散りばめられているので、このマイクを握られている人がどなたか分かりません。多分、下に記載された「陳定南」氏でしょう。
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円卓を挟んだ話し合いは比較的冷静に進められているようです。中立的な人達を含めた有識者による事態収拾のための討論でしょうか?
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総統府広場で座り込みを続ける民衆のライブ放送画面です。「体力」や「昏倒」の文字が見えるのは、長期間に亘る座り込みのためでしょう。
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台湾の北部、台北では日本の梅雨時を思わせる雨が降り続きました。手にした台湾国旗と雨合羽が抗議集会のシンボルでした。
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陳候補の対立相手、選挙の無効を訴える国民党党首の連戦候補の演説も繰り返しテレビ放映されていました。
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「陳水扁先生」「陳水扁総統」のテロップが入ったこの画面、右手には「親民党主席、宋楚瑜」の文字があり、陳水扁総統支持の本人でしょうか。
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画面右下はニュースキャスター?刻々伝えられる現場状況と画面分割されて表示されていました。大きい画面は力での当選無効を訴える民衆です。
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衛星テレビでは主にアメリカの反応を報道していました。「美国務院」はパウエル長官率いる「アメリカ国務省」のことでしょう。
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この衛星テレビもアメリカ合衆国の反応を伝えるものです。白いドームはワシントンの国会議事堂です。どの画面にも漢字での表示がありました。
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この方は台湾、中華民国を代表してアメリカに勤務されている人でしょう。総統選挙に対するアメリカ政府の公式態度の説明のようです。
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陳政権に対する不満は、物価問題が大きいようでした。各種の生活必需品の値上がり率を示したものです。卵は35%の値上がりです。
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「台股走勢」の意味が読み取れないのが残念です。しかし、推測すれば、「台湾証券取引所での株価状況」を示したグラフのように思えます。
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相変わらず台北の道路には単車が多く走っていました。この日は雨に備えて合羽姿の人を多く見かけました。
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単車と同じように多く走っているのが黄色いタクシーです。相変わらず、乗客よりもタクシーの数が圧倒的に多いように見受けました。
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ホテルから最寄のMRTの南北の線路は高架になっています。木柵線の忠孝復興駅付近です。
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広い歩道の一角の駐輪場です。単車だけでなく、自転車も通勤用等に使われているようです。そういえば中心部には起伏は殆どありません。
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その街路樹の根元には、小さな黄色の花が咲いていました。少し黄味がかった葉が出揃っていて、これから満開の時期を迎えそうです。
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ホテルから最寄のMRT駅に歩く途中で見つけた花です。朝顔ではなく、昼顔のようです。空き地を仕切る金網に巻きつき咲いていました。
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その花の色は、あいにくの天候で写真にはうまく写せませんでした。それで、パソコンで思い切り全体を明るくして、赤色を強調してみました。
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街路樹でもこんなに根を伸ばしたものがあります。さすがに亜熱帯か熱帯気候の地域ならではの風景です。ガジュマルの系統でしょうか?
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ハクモクレンを赤くしたような花を付けた木、地上に落とした花びらの歩合も似ていました。ガイドブックに載せておく価値がある街路樹とその季節と感じました。
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ホテル付近の街路樹には、白木蓮(ハクモクレン)を赤くしたような花が満開でした。葉はなく、花だけがびっしりと付いていました。
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忠孝復興駅付近の交差点です。MRT路線が交差する場所なのに、高架が南北だけなのは、東西線の板南線が地下鉄になっているためです。
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何度も利用した「忠孝復興駅」の近代的な建物です。「駅」は日本では余り使われなくなった漢字の「站」で表記してあります。
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