2006/08/15 - 2007/03/15
8109位(同エリア17021件中)
スキピオさん
ペール=ラシェーズ墓地は広大です。この墓地をすべて見て回るには、どのくらいの日数を必要とするでしょうか。
そして、どれだけの数の著名人がここに眠っているのでしょうか。手元のミシュラン・ガイドブック(緑)の地図には、51人の墓が紹介されています。
【フレデリック・ショパンの墓】
ショパンは、偉大なピアニストで作曲家です。ポーランド人だった彼は、パリで生き、恋をし、死にました。
彼の織り上げた曲は私たちの心の中を流れ、彼はメロディーとともに永遠に生き続けます。
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【墓地の正門】
ルイ14世の聴罪司祭だったラシェーズ神父の名前から、墓地名はついています。
樹木と坂道、そして石畳の散歩道、ここはまるで歴史を巡る大庭園のようです。そのために、観光地としても有名で、美術館が休みの火曜日や祭日はたくさんのツーリストでにぎわいます。 -
【アベラールとエロイーズの墓】
この広大な墓地を紹介するのに、最初が「アベラールとエロイーズ」となりました。これは偶然ではないかも知れません。
と言いますのは、まず墓地の正門を入ると、たいていのひとは真っ先にこの墓をお参りするからです。
また、これから何十人も紹介する著名人の中で、一番年上、つまり遠い時代のひとだからとも言えます。
二人は、遠い中世の時代に大恋愛をし、現代もなお、熱愛の代名詞となっている恋人同士なのです。 -
【アベラールとエロイーズ】
アベラール(1079-1142)は当時並ぶものなき哲学者・神学者でした。
エロイーズ(1101-1164)は学問好きな少女でした。彼女は、アベラールの上司にあたる教会参事の叔父に頼み、アベラールから直接学問を教わるようになりました。
アベラールは才色兼備のエロイーズに引かれ、エロイーズは学問において図抜けた秀才に恋心を抱きました。
二人は秘密の結婚をし、子供までもうけましたが、権力者の叔父は、アベラールを襲い、彼の男性器を切り落としてしまいます。不能となった男はただひたすら学問の道に、修道院に閉じ込められた女はひたすら信仰の道に励みました。
生活を分かった後に交わされた二人の往復書簡は、プラトニックな恋の最高傑作と言われています。
アベラールとエロイーズと言えば、家庭教師と教え子の恋を意味します。 -
【詩人アポリネールの墓】
ミラボー橋の下セーヌは流れ
二人の恋が
なぜこうも思い出されるのか
喜びはいつも苦しみの後に来たものだ
夜よ来い 時鐘(とき)よ打て
日々は去り行き 私は残る 「ミラボー橋」(安藤元雄訳)
女流画家、マリー・ローランサンとの恋に破れた詩人に残されたものは? -
【アポリネールの墓】
アポリネール(1880-1918)はピカソ、ドラン、ヴラマンク、税官吏ルソーたちとともに新たな芸術運動を指導し、前衛的な詩を次々と発表します。第一次大戦で頭に負傷し、38歳で世を去りました。 -
【アポリネールの墓】
アポリネールは、詩句を連ねてものの形を作った。これをカリグラムと言います。このハートを形作る詩句は、MON COEUR PAREIL A UNE FLAMME RENVERSEE と読めます。「我が心 逆しまの炎にも似て」という意味でしょうか。 -
【フランソワ・アラゴの墓】
アラゴ(1786-1853)は科学者にして、政治家でした。
彼については真@tokyo さんが「ダ・ヴィンチ・コードのパリ…深夜の逃避行、子午線、そして謎のメダル」で言及しております。そのなかで「アラゴメダル」の写真を掲載していて、興味深いです。 -
【オースマンの墓】
ジョルジュ・ウージェーヌ・オースマン(1809-91)はナポレオン3世の時代、パリ大改造を精力的に押し進めたパリ県知事です。今のパリがあるのも彼のおかげ、と言っても言い過ぎではないでしょう。 -
【アラン・カルデックの墓】
カルデックは交霊哲学の創始者で、今でもどういうわけか人気があります。 -
【画家クーチュールの墓】
トマ・クーチュール(1815-79)は、グロの弟子となり、後にマネの先生となります。つまり、大ナポレオンから小ナポレオンにかけての画家でした。 -
【作曲家ゴセックの墓】
フランソワ・ジョゼフ・ゴセック(1734-1829)は有名な『ガボツト』を作曲した音楽家です。
彼はロココ時代、マリ=アントワネット時代、大革命時代(彼はジャコバン派として活躍した)、ナポレオン時代と時代の移り変わりを常に第一線で仕事をし、生き抜いてきました。
七月革命直前の1829年に95歳の生涯を閉じます。 -
【小説家コレットの墓】
ガブリエル・コレット(1873-1954)は「クロディーヌもの」で人気を博し、次々と上流社会の官能的なものがたりを書きました。『青い麦』『シェリー』など映画化もされています。 -
【踊り子のコレット】(絵はがきより)
彼女は踊り子でもありました。
結婚・離婚、彼女の人生は多様性に富んでいました。 -
【コンスタンの墓】
バンジャマン・コンスタン(1767-1830)は、スイス出身の政治家であり、小説家でした。思想的には反ナポレオンで終始していました。
心理小説『アドルフ』で、後世に名を残しました。映画化もされています。 -
【女優サラ・ベルナールの墓】
サラ(1844-1923)は最も偉大な女優でした。彼女の「フェードル」、「椿姫」、「サロメ」は見物だったでしょうね。
彼女はサラ・ベルナール劇場を立ち上げます。現在のパリ市劇場です。 -
【画家ジェリコーの墓】
テオドール・ジェリコー(1791-1824)は、言わずと知れた、『メデュース号の筏』の作者です。彼の才能はドラクロワに負けず劣らずでしたが、寿命ばかりはどうしようもありません。 -
【画家ドラクロワの墓】
ウージェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)は、ロマン主義の画家の代表的存在です。特にルーヴルの至宝『民衆を率いる自由の女神』が有名です。 -
【シャンポリオンの墓】
ジャン・フランソワ・シャンポリオン(1790-1832)はエジプト学者でした。彼はとりわけ言語能力に優れていて、当時大競争になっていた、ロゼッタ石の碑文(ヒエログリフ)解読に最初に成功します。こうして、エジプト史の神秘のベールがはぎとられることになりました。
ロゼッタ石はもともとはナポレオンのエジプト遠征がもたらした果実でしたが、のち、イギリス軍により接収されたためにフランスには拓本しかありませんでした。もちろん彼はその写しを読んだのです。
彼はルーヴルのエジプト部門の初代責任者となりました。
彼の墓がオベリスクになっているのは当然でしょう。 -
【小説家アルフォンス・ドーデの墓】
ドーデ(1840-97)は「アルルの女」が収録された『風車小屋便り』、「最後の授業」のある『月曜物語』などで有名な小説家です。 -
【歌手エディット・ピアフの墓】
『愛の讃歌』『バラ色の人生』など、彼女の歌を知らないひとはおそらくいないかも知れません。小さな体から生まれ出る彼女の声は、その迫力で世界を震撼させました。
彼女(1915-63)はパリの20区、赤貧の中で生まれました(僕の旅行記「パリ20区を歩く・・・ベルヴィル・メニルモンタン」)。そのためかも知れません。彼女はいつでも、気さくで、磊落で、情にもろく、恋をして・・・ようするに庶民の歌手でした。彼女にとって、知性や気取りは目ではありません。大切なのはただただ心・情です。
残念ながら、日本では彼女のその庶民性(上品とは対極のもの)がよくわかっておりません。
『愛の讃歌』は、彼女がボクサーの世界チャンピオン、セルダンを理屈抜きで愛して愛して愛し抜いた末に生まれた名曲なのです。結果は?
恋人の飛行機事故死と言う、人知を超えた不幸でした。 -
【ピアフの墓に参る人たち】
ピアフはいまだ、庶民にとって最大のヒロインなのです。お参りするひとは引きも切らず・・・ -
【ロック歌手ジム・モリソンの墓】
ジム・モリソン(1943-1971)は、1960年代に活動したアメリカのロックバンド・ドアーズのボーカル、詩人。バンドの大部分の楽曲の作詞をし、またそれとは別に、数冊の詩集を発表した(日本語版「ウィキペディア」より)。
アメリカを捨ててパリにやってきた彼は、パスタブの中で27歳の死を見いだします。ロックの英雄は死してなお若者のアイドルであり続けるのでしょう。ここには今も世界中からファンが押し寄せてきます。 -
【画家モジリアーニの墓】
アメデオ・モジリアーニ(1884-1920)がパリにやってきたのは1906年のことでした。まずは、当時の画家志望の若者の例にもれずにモンマルトルに、ついで、3年後モンパルナスに移り住みました。
肺結核、アルコール中毒、麻薬依存症、困難な青春時代を彼はこのモンパルナスの街で過ごしました。
この間の悲劇的な生涯は、映画『モンパルナスの灯』に余すことなく描かれています。おそらくモジリアーニを演じたジェラール・フィリップの最高傑作でしょう。彼は奇しくも、この映画を撮った一年後ほどででしょうか、「モジ」と同様に37歳の短い生涯を終えます。 -
【シモーヌ・シニョレとイヴ・モンタンの墓】
ゾラの小説『テレーズ・ラカン』でテレーズを演じたシニョレ(1921-85)は、フランスで最高、最大の女優と言っても言い過ぎではないでしょう(「世界最高」と言ってもいいのですが・・・)。
彼女が優れているのは、演じた役を引きずらないことでしょうか。存在感はありますが、他の映画にまでその影響がありません。ですから、他の作品では全く別のシニョレがいるのです。
オードリー・ヘップバーンのような女優は、どんな映画でも彼女のイメージを払拭できません。存在が強すぎるのです。まあ、ハリウッドは役者をそう育てて、人気のある限りその役者に合わせて映画作りをしますから、それでいいのでしょうが(それでは俳優は成長しません。オードリーがいい例です)。
そう言う意味ではイヴ・モンタン(1921-91)もシニョレに近かったかも知れません。彼のほうが器用でしたが(演技と歌のうまさは群を抜いています。少し器用すぎた嫌いがありました)。
ふたりは1951年に結婚しました。ただし、モンタンほど「もてた」ひとはいなかったでしょう。シニョレはそれでひどく苦しんだということです(マリリン・モンローのときは自殺未遂)。 -
【小説家バルザックの墓】
オノレ・ド・バルザック(1799-1850)は、95編の小説を統合した『人間喜劇』を世に問いました。この膨大な小説の森の中に『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』『ウージェニー・グランデ』『従姉ベット』などなどの樹木があります。みな、傑作ぞろいで、その知識の量たるや、昨今はやった『なんとかコード』の比ではありません。
コンピューターも電気もない時代に、手書きで、どうしてこれほど膨大な小説が書けたのでしょう。しかも51歳という若さでこの世を去ったのです。 -
【バルザックの墓】
彼は晩年、長年の思いの人と結婚することができました。ハンスカ夫人と言います。ロシアの富豪の妻でしたが、その富豪が亡くなり、やっと思いがかなったのです。
しかし、そのときには彼の寿命はほとんどつきていました。まさに「人間喜劇」でした。
この春、「バルザックの家」(彼が生前住んでいた家が彼の資料館になっています。入場無料)に久しぶりに行ってきました(16区)。 -
【バルザックの家の庭】
彼の家を見学した後、庭を歩いていましたら、高校生くらいの女の子が植え込みの中でうずくまって何かをしているのが見えました。しかも、その少女は日系のひとなのでしょうか、日本人に見えます。とても美しい少女でした。
好奇心につられて思わず、「マドモワゼル・・・」と、声をかけてしまいました。「何を・・・」と言いかけますと。自分の行動が奇異に見られるのを承知していたのでしょう。にこりと笑って、
「ああ、これを埋葬したいと思いまして」と言いながら、真っ白な犬の毛のふさを見せてくれました。
そういえば、彼女は真っ先に受付のところに行って何かを説明していたな、と思い出し、納得しました。
そうです。彼女は愛犬の形見をバルザックの家の庭に埋めていたのでした。愛犬の名前は、彼の作品の登場人物名だったのかも知れません。
とても気持ちよい一日となりました。 -
【納骨堂】
この地下にさらに多くの人たちの遺骨が納められています。 -
【納骨堂の地下】
ここにあのオペラ歌手マリア・カラスの遺骨が納められています。 -
【元大統領フェリックス・フォールの墓】
彼(1841-99)が大統領のとき、あの忌まわしい「ドレフュス事件」が起こりました。
そして、ドレフュス派対反ドレフュス派も最終局面に達したとき、フォール大統領はこともあろうに、愛人と二人で逢引をしている最中に急死してしまいます。フランスはここで、他殺説まで出てきて、大スキャンダルに包まれます。結局は反ドレフュス派=カトリック派=右派が敗れることになります。 -
【墓地の小径】
通り名を忘れてしまいました。 -
【犬と少年】
この墓地を見学し、帰るとき、いつもこの美しい「犬と少年」の墓を見ます。どんな思いでこの子の両親は墓を作ったのでしょうか。
《合掌》
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この旅行記へのコメント (7)
-
- かにちゃんさん 2009/02/12 13:05:45
- お久しぶりです
- スキピオさん
こんにちは♪お久しぶりでしたm(__)m
コクリコさんのところから、来ました。
ジョルジュ・サンドの『手』のところで・・・教えていただきました。
ショパンのお墓だけでなく、バルザック、イブ・モンタン、エディット・ピアフなどなど、、、
日本の墓地のイメージとは、かけ離れたようなところなのですねー。
格調高い、崇高な空気感が漂っているような・・・。
背筋を伸ばして、旅行記拝見しました。
- スキピオさん からの返信 2009/02/13 13:45:18
- RE: こんにちは。
- こんにちは。
そんな「背筋を伸ばして」なんて,おっしゃらないでください。
それにしても、拙旅行記に遊びに来てくださり,ありがとうございます。
本当に,パリの墓地は、墓地というよりも美術館のようです。旅行記に紹介している写真は有名人だけですので,比較的地味かもしれません。最後の「犬と少年」のように、無名の方の墓の中には、びっくりするほど「凝った」ものがあります。
さきほど、かにちゃんサンの旅行記を拝見しました。以前山手西洋館巡りをしたことがありましたので、懐かしさも手伝って、すっかり楽しませていただきました。母・娘の仲むつまじさがさりげなくわかる、すてきな旅行記ですね。
これからもよろしくお願いします。
- かにちゃんさん からの返信 2009/02/13 18:01:20
- RE: RE: こんにちは。
- >
> さきほど、かにちゃんサンの旅行記を拝見しました。
投票もしていただき、ありがとうございました。
> これからもよろしくお願いします。
こちらこそ、です(^_^)v
-
- 権天使さん 2007/05/10 14:50:21
- スキピオさん、こんにちは!
- 私の旅行記への訪問と投票ありがとうございました。
また勝手ながらトラックバックさせていただきました。
しかし、スキピオさんの完璧な旅行記を見たあとで、
私のところへ飛んできた人にとってみると、
私のカキコミは非常に貧弱で、ガッカリすること間違いなし!笑
というところですが、どうぞよろしくお願い致します。
- スキピオさん からの返信 2007/05/11 07:31:53
- RE: こちらこそよろしく。
- 権天使さん、お早うございます。こちらこそトラックバックさせていただきました。よろしくお願いします。
墓地が、公園もしくはそれ以上の快適空間になるなんて、パリ散歩は楽しいですね。
-
- コクリコさん 2007/05/08 14:31:13
- ペール・ラシェーズ墓地
- スキピオさん、こんにちは。
「ペール=ラシェーズ墓地」の旅行記着々と進んでいますね。
私もたくさん写真を撮りましたが、広大すぎて手にあまるのでスキピオさんにお任せします。
トップの写真はショパンのお墓ですね。やはり美しいですものね。
最後の少年と犬の彫刻のあるお墓は行くたびに目を留める親しみのあるお墓です。
あの少年は私のイメージでは「小公子」のセドリックです。
- スキピオさん からの返信 2007/05/08 18:40:38
- RE: ペール・ラシェーズ墓地
- コクリコさん、こんにちは。
遊びに来てくださりありがとう。本当に、ペール・ラシェーズ墓地は広いので大変です。でも焦らず続けます。
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