キャンサー50さんのクチコミ(93ページ)全7,624件
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.5
小田急小田原線下北沢駅が最寄り駅。
下北沢駅東口から北東へ約330mのところにあります。
小さな劇場ですが、個人的なイメージとしては下北沢=ザ スズナリです。
40年くらい前、私が学生だった自分に立ち上げられたように記憶しています。
個人的には懐かしさいっぱいの場所ですが、もはや昭和のレガシーといっていいような外観で、1階には飲食店街があるのですが、こちらもザ昭和。
漏れ伝え聞くところによると、劇場の場所が再開発されるため、遠くない将来に移転か閉鎖を余儀なくされるそうです。
寂しい限りです。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
小田急小田原線下北沢駅が最寄り駅。
下北沢駅南西口から南東へ約620mのところにある浄土宗のお寺です。
八幡山浄光院と号します。
古色蒼然とした木の山門がお出迎え。
境内図があるほど立派なお寺でした。
1月末の訪問でしたが、本堂前に紅梅が咲き始めていて綺麗でした。
山門に「粟島の灸」と書かれた看板があり気になっていたところ、境内に「せたがや百景」という石柱があり、そこに仔細が書かれていました。
それによると、森巌寺は江戸時代の初め、徳川家康の次男結城秀康公の位牌所として建立されたそうです。
同じ境内にある淡島神社はお灸と針供養で知られているとのこと。
これが「粟嶋の灸」でした。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
小田急小田原線世田谷代田駅が最寄り駅。
世田谷代田駅西口から西へ約150m、環七通り沿いにあります。
境内にあった由緒書きによると、代田地区の鎮守の神様として天正19年(1591)創建。
環七通り沿いに大きな鳥居がありますが、脇道に面した小さな鳥居のほうが古いようで、説明板がありました。
それによると、天明5年(1785)に奉納されたものだそうです。
大きな鳥居には威厳を、小さな鳥居には古めかしさを感じます。
拝殿も正面のものの裏側に一回り小さなものが見えました。
おそらくそれが昔の拝殿なのでしょう。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線東松原駅が最寄り駅。
東松原駅西口1から南へ約200mのところにあります。
かなり広い公園で、野球場、テニスコート、樹林広場、児童遊園など多彩な顔を持ちます。
有名なのは梅林で、約650本の梅が植えられています。
訪問時は1月の終わりでしたが、少しだけ梅がほころび、良い香りがしていました。
面白かったのはプレーパーク。
使い方のよくわからない遊具(?)がたくさんあります。
子供達が自分で考えて遊び方を作っていく意図だと思います。
テレビゲームなど、大人が考えた遊びしかやらない現代っ子に対してとても良い試みだと思いました。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
東急世田谷線松原駅が最寄り駅。
松原駅出口から南東へ約240mのところにあります。
境内に「六所神社御鎮座四百年奉祝記念碑」という碑があり、由緒が刻まれています。
それによると、天正12年(1584)赤堤の総鎮守として奉斎。
派手な朱色の美しい拝殿が特徴的です。
境内に厳島神社もあり、その入口には天宇受売命(芸能の始教神)の碑があります。
碑に刻まれた絵は、赤堤に在住していた漫画家杉浦幸男が描いたものだそうです。
一番良かったところは実はそこでした。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線西永福駅が最寄り駅。
西永福駅南口から南西へ約730mのところにあります。
説明板によると、長禄元年(1457)太田道灌が江戸城を築いた際に創建したといわれています。
境内には3つの境内社が1つの拝殿に祀られています。
参道に茅の輪があります。
茅の輪自体は珍しくありませんが、二の鳥居の中に収まっているのは面白いと思いました。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線浜田山駅が最寄り駅。
浜田山駅出口から南へ約450mのところにあります。
説明板によると、杉並区民が考えた、区最大の防災公園です。
広い芝生広場、森林広場の他、水生生物の池、水田、日本庭園、茶室などがあり、多彩な景色です。
特に茶室を有する日本庭園は小さいながらとても趣があります。
水田があるもの小さな驚きでした(杉並ですから)。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線永福町駅が最寄り駅。
永福町駅北口から北東へ約650mのところにある曹洞宗のお寺です。
泉谷山と号します。
門構えからして立派で大きな寺です。
境内も綺麗に整えられており、清々しい気持ちになります。
門扉は葵の紋。
説明板によると、慶長8年(1603)、徳川家康が開基となって建立されたそうです。
江戸で死去した薩摩藩主島津光久の嫡子綱久の葬儀を延宝元年(1673)に行って以来、藩邸に隣接する当寺は、島津家の江戸における菩提寺となったとのこと。
境内には島津家ゆかりのものが多くあります。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線永福町駅が最寄り駅。
永福町駅北口から北東へ約930mのところにあります。
十字路の一角に1本の背の高い松と説明板等があります。
説明板によると、平安時代の武将・源義家(1039~1106)が奥州遠征の折、この松の枝に馬の鞍を掛けたという伝説に由来するそうです。
松は当然代替わりしたもの。
説明板の横には源義家の姿絵と、源氏の家系図が置かれています。
鎌倉幕府を開いた源頼朝や室町幕府を開いた足利尊氏などの前の時代の系譜なので、興味深いものでした。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線永福町駅が最寄り駅。
永福町駅北口から北へ約1150mのところにあります。
驚くのは入口。
古そうな門が出迎えます。
説明板によると旧井口家長屋門といって、建築年代は文化・文政年間(1804~1829)。
昭和49年に杉並区に寄付されたそうです。
門を抜けると広場の先に近代的な建物の博物館があります。
杉並区に人が住みついた約3万年前から現代までの杉並の歴史や文化を学べます。
時々開催される「勾玉づくり」教室が楽しそうです。
観覧料100円。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線三鷹台駅が最寄り駅。
三鷹台駅南口から南西へ約1.2km、大盛寺の墓地内にあります。
三木 露風(1889~1964)は、日本の詩人、童謡作家、歌人、随筆家です。
説明板によると、露風は昭和3年(1928)にこの牟礼の地に移り住み、詩作を続けたそうです。
転居当時は桑畑や雑木林が広がる閑静な地だったとのこと。
今墓のある場所も、かなり殺風景に感じられる場所です。
墓の近所には「あかとんぼ児童遊園」という公園もあり、その入り口には赤とんぼの歌碑が置かれています。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年09月21日
総合評価:3.0
京王井の頭線三鷹台駅が最寄り駅。
三鷹台駅南口から南西へ約610mのところにあります。
説明板によると、社のある場所は天文6年(1537)北条氏が深大寺城の上杉氏と対峙した時に築陣した場所だそうです。
陣内鎮護の為に建てられたのはこの社です。
境内には「御神木 旗かけの松の由来」という碑があります。
北条氏綱より深大寺城攻略の命を受けた綱種は、当地に陣を敷きましたが、そこには数本の古木があり、周囲丈余の老松に旗を掲げ、本陣である事を示し、深大寺城と対峙したそうです。
今みてもなかなか立派な木でした。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0








































































































