一衣帯水さんへのコメント一覧(2ページ)全18件
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トライしたいですが・・・・・
日本海横断フェリーが来春に就航するそうですが乗船客よりも中古の車が多いのではないでしょうか・・・・
以前に投稿で新潟〜ロシアを船旅で行かれた方の記事によりますと乗客は数人で
後は中古車ばかりと書いてありましたね。
韓国を経由して行きますから、どの程度の乗船客が見込めるか判りませんが主にコンテナが主流ですかね〜〜
日中航路を何度か乗船しましたが、このルートも年々、乗船客が減ってきているようです。2008年11月07日09時09分返信するRE: トライしたいですが・・・・・
> 日本海横断フェリーが来春に就航するそうですが乗船客よりも中古の車が多いのではないでしょうか・・・・
> 以前に投稿で新潟〜ロシアを船旅で行かれた方の記事によりますと乗客は数人で
> 後は中古車ばかりと書いてありましたね。
> 韓国を経由して行きますから、どの程度の乗船客が見込めるか判りませんが主にコンテナが主流ですかね〜〜
> 日中航路を何度か乗船しましたが、このルートも年々、乗船客が減ってきているようです。
鳩摩羅汁さん
書込みありがとうございます。まだ定期就航の日時は決まっていないようですが来春3〜4月頃のようです。予定では△航路ではなく束草〜新潟〜トロイツァ〜新潟〜束草のV字航路になるみたいですね。束草〜トロイツァは既存の定期航路がそのまま残るようです。
船荷は何が主体になるかわかりませんが、中国東北地方との物流が増えそうだと言っていましたよ。今回は試験運航でしたが中古車もいくらか搭載していたようです。
新潟〜トロイツァはおそらく古の渤海ルートに近いんでしょうね。人も物も増えていくと活気が出ていいでしょうね。2008年11月07日14時54分 返信する -
はじめ
一衣帯水さま、はじめてメッセージを差し上げます。
この度は小生のページに初訪問を賜りまして誠に有難うございました。
熊本城の旅行記を興味深く拝見させて頂きました。
小生が熊本を訪れた際は熊本城は工事途上で、あちらこちらに櫓が組まれた状態でした。
やっと完成した姿を小生も見たいと思っております。
今後とも宜しくお願いします。
先ずはご挨拶まで。
横浜臨海公園
2008年06月20日21時12分返信する -
武士と城
立派なイメージですね
歴史も教えてもらうと見えてなかったつながりが現れて興味深いですね
津山は鉄道事故から復旧してないイメージがあります
近江路でもお待ちしております -
直江兼継公の砂像!
一衣帯水さん、こんにちは。はじめまして。
新潟でのサンドクラフト!
直江兼継公の砂像があったんですね〜!
これはかなり渋い選択ですね〜。
実は私は山形なんですが、こちらでは大河ドラマ
影響で直江兼継公に一躍脚光があたっています。
山形だけのローカルな盛り上がりと思っていたんですが、
新潟での砂像を拝見し、ちょっとうれしい気分になりました。RE: 直江兼継公の砂像!
むんさん、書き込みありがとうございます。
今年は直江兼継公でしたが、昨年は上杉謙信公でした。
これらの砂像だけがプロの彫刻家の作品であって、あとは地元の有志たちや
子供たちの砂像が並んでいます。
ご存知のとおり直江兼継公は越後新潟の生まれですが、やはり脚光を浴びたのは再来年のNHK大河ドラマに「天地人」が決まってからです。
もっとも私はもう随分前からのファンですが。
6月にも米沢の伝国の杜へ直江兼継展を見に行って来ました。
米沢市、福島県の会津若松市、新潟県の長岡市(居城与板城)、上越市(春日山城)、南魚沼市(出生の坂戸城)の5市は以前から連携しているようです。
今日これから仕事ですが、会津若松まで行って来ます。2007年11月01日09時47分 返信するRE: RE: 直江兼継公の砂像!
一衣帯水さん、返信ありがとうございました!
一衣帯水さんは以前から直江兼継公のファンでいらしたん
ですね〜!
私はこれまではその名を知っていた程度で、ここにきての
にわかファンなんです。(笑)
そして、伝国の杜の直江兼継展にいらっしゃったんですね〜!
伝国の杜の前をよく通ることあるんですが、まだ直江兼継展に行って
いないんです・・・。
5市の連携のことも知りませんでした。
もっと勉強して、にわかファンを卒業しなければ〜。(笑)
今日はお仕事で会津若松いらっしゃたんですね〜。
私も大峠越えてよく喜多方や会津行っているんですよ〜。
またお伺いしますので、これからもどうぞよろしくお願いします!2007年11月01日21時40分 返信するRE: 直江兼継公の砂像!
家康の小山評定のの後、景勝が兼継の進言に従って関東へ討ち入りしていれば・・・謙信ならどう決断したか?なんて想像するだけで楽しいです。兼継にはぜひとも関東討ち入りをして欲しかった。景勝は天下人の器ではなかったのでしょうか?毛利輝元と同じで。2008年02月10日08時35分 返信するRE: 直江兼継公の砂像!
masterhiroさん、こんにちは。
旅と歴史は切り離せないですね、歴史背景を知るとまた旅もより一層輝きますね。
小山評定後の上杉軍の行動は不可解なところもありますが、兼続の提案を景勝が収めたのは事実だと思います。上杉軍の徳川方の押さえが結城秀康でなかったら、また別の展開になったかも知れませんね。
景勝は確かに謙信ほどの器ではなかったかも知れませんが、きっと謙信公ならどうするか考えての結論ではないかと思います。
今回、結城秀康のことを調べていたらこの前訪れた津山城の森氏の後の松平氏が秀康の家系だったんですね。
ところで私の「直江兼継」の「継」は間違いで「直江兼続」でした、失礼しました。2008年02月16日16時14分 返信する



